僕と神様の、黄昏時

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第6話 神様の雷

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 翌日は嘘みたいにいい天気で、今年初めて霜柱が立った。
 僕とミコトは庭中走り回って、そのジャクジャクという足裏の感覚を楽しんだ。もっとも、素足のミコトは途中でリタイアしてストーブの前から動かなくなったけど。

 昼ご飯を食べて、僕もストーブの前で胡坐をくんだ。
 最初にこれを発明した人は天才だ、人をダメにする才能に溢れている。ミコトも猫のように優雅な伸びをしてくつろいでいる。
 うん、いい休日だ。

 しかし僕にとって最高の『ぐうたら休日』というのは、世間一般のお母さんたちからしたら目障りでしかないらしい、とはお父さんの受け売りだ。
 うちのお母さんもゴロゴロしっぱなしの僕に業を煮やしたらしく、たまには思いっきり走らせてあげなさいと、普段よりも早い時間に散歩に放り出された。ミコトはたいそう嬉しそうだから、まあいいか。


 季節の移ろいはこんなに早かったっけ、と落ち葉を踏みしだきながら山道を登った。落ち葉と霜柱は、ちょっと感覚が似ている。
 ミコトも軽やかに落ち葉の山に突っ込んでは、その感触に目を輝かせている。フフッと笑うと、吐く息の白さに我ながら驚いた。

 もうこんなにも、冬だったんだ。


 いつもの祠に着くと、はざま様は仁王立ちで僕らを睨んだ。お早いご到着で、と嫌味全開でねっとり言う。
 僕もカチンときて頬を膨らませた。

「昨日は雨降ったら行かないって言ったじゃん」
「しかし、昼過ぎには止んでいたであろう。いつもの時間には十分来られたはずじゃ」
「その時間は疲れて寝てたんです! いいじゃないですか、たまには」
「儂は約束だと言った」
「はいはい、すみませんでしたー」
「それが神に対する口の利き方か」

 はざま様は、静かにイラついているように見えた。
 でもその時の僕はまだまだクソガキで、イライラにはイライラで対抗しようとするくらい、大人の余裕なんてものはなかった。

「あのね、僕ははざま様と違って忙しいんです。一日ここでボーっとしてればいいだけの神様と一緒にしないでよ」
「おぬし、儂を誰だと心得ておる」

「神様でしょ。僕がいないと何にもできない、忘れられかけた暇神ひまじん様!」


 ピシッと、空気が凍り付く音がした。
 はざま様の表情を見て、流石のクソガキも言い過ぎたことを悟った。不敬にもほどがあるぞ、僕。


「……ああ、おぬしの言う通りじゃの」


 はざま様は顔を伏せた。サラツヤで光沢のすごい(絹のような、というらしい)髪が揺れて広がる。雨の夜みたいに黒々とした髪だ。

「儂はおぬしがおらねば存在すら危うくなる、ちっぽけな神じゃ。
 いや、神というのも烏滸がましいかの。

 のう、人の子よ。

 儂を儂たらしめる唯一の人の子よ」


 はざま様、と恐る恐る呼びかける。
 でも僕の声は、神様に届かない。


「そうか、おぬしがずっとここにおれば良いのか。
 逢魔が時もここで過ごせば、なんの危うきこともなかろう。

 武、今日からここがおぬしの家じゃ」


「はざま様、待って」


「何を恐るることがある。
 ふふ、人の子でいう番のようなものじゃ。四六時中共におることで、お互いの存在を確かめ合うのじゃろう?
 ほれ、おぬしの持ってきてくれた雨除けのおかげで祠も快適じゃ。

 これで儂らはずっとここにおれる。

 ずっとずっと。

 おぬしだけの神じゃ」


「はざま様」


「のう、儂だけの人の子」



 はざま様は僕の頬にひんやりとした手を添えた。
 ゾッとするほど冷たい。冬の水たまりみたいな、凍る寸前の温度。
 熱を持たない神様の体温。

 熱をはらまない凍えた風が、梢をざわざわと揺らす。



「はざま様、僕は、はざま様とずっと一緒にはいられません」



 やっとのことでそれだけを絞り出す。

 はざま様はその手と同じくらい冷ややかな眼で僕を見下ろした。
 初めて会った時と同じ威圧感が僕の喉を締め付ける。蛇に睨まれた蛙と、神に睨まれた人はきっと同じ気分だ。


「ぼ、僕は人間で、はざま様は神様だから、一緒にいるのは無理です」

「何故」

「えっと、僕はご飯を食べないと死んじゃうし、外で住んでると風邪もひくだろうし、あと……」


 足元でミコトが唸っている。珍しく歯茎をあらわにして、柄にもなく毛を逆立てて、尻尾は今にも垂れ下ろうとしているのに、それでも僕を守ろうと神様の前に立ちはだかる。



「――はざま様には僕しかいないかもしれないけど、僕にははざま様だけじゃないんです。
 お母さんもお父さんもミコトもいて。


 だから僕は、はざま様だけの僕にはなれません」






 世界から、ピタリと音が消えた。
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