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第1話 忘却
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「——でさ、私思うんだけど」
僕の彼女は、結構小さい。
「いい加減、外に出なきゃダメなんじゃない?」
だけど、結構可愛い。
「ねえ、聞いてる?」
そして——
「聞けっつってんだろ、ばーか」
そして、滅茶苦茶口が悪い。
六畳一間の小さな僕の部屋は古すぎて、エアコンなんていう文明の利器は存在しない。ガタガタの扇風機がマックスパワーでフル稼働しているけれども、七海がかじりついて離さないから、僕には欠片の恩恵もなかった。それなのに。
「部屋の中でさえこんなに暑いんだから、外に出るなんて自殺行為だろ……」
「だからって何日引きこもってるつもり? 陰キャ。もやしっ子!」
「現代っ子だから仕方ないだろ。直射日光なんて浴びた日には跡形もなく蒸発するね」
「んなわけあるか、ばーか」
七海は可愛い顔に似合わない大きな舌打ちをして僕を睨んだ。黙って何もしなければ可愛いのに、ほんと。
「大人しく漫画でも読んでろよ」
「やだ。もうこの本棚全部読み尽くしたもん。ずーーーっと引きこもってる誰かさんのおかげで!」
オタクなんだから新刊漁りにでも行けばいいじゃんと口を尖らせる七海に、わざとらしく肩をすくめてみせた。ネットでポチれば翌日には家に届くこの時代、わざわざ外に出る馬鹿がどこにいる?
大きな溜息をつきながら、七海はこの部屋に似つかわしくないファンシーなぬいぐるみを棚から手に取った。「死んでるくらいやることないよ、ねーピカチュウ」なんて一人芝居で僕を煽る。いいじゃないか死体、やることなくて万々歳だ。
この部屋のいたる所が、彼女の持ち物で浸食されている。勝手に飾られた写真、おざなりにかけられたカーディガン、いつの間にか棚の上を占領しているぬいぐるみたち。ちょっと増えすぎじゃないか、別に同棲しているわけでもないのに。
「そんなに嫌なら、自分の家に帰ればいいだろ。ここは俺ん家、どうしようが俺の勝手ですー」
すると七海は、意外そうに目を見開いた。
「私、櫂斗が望むからここにいるのに」
「……はぁ? いい、暑苦しい、帰れ」
七海は「ばーか」と言いながらごろりと寝転んだ。カーペットのないフローリングは、ひんやりと心地いい。僕も背中を床に預けて天井を仰いだ。昔ながらの白熱灯が、鈍く瞬く。
「……ねえ、どうしてもダメ?」
先程までと違って切実な声に、思わず言葉に詰まった。寝返りをうって七海から顔を背ける。箪笥の上にあるコルクボードから、笑顔の七海が僕を見下ろした。四季折々二人で色んな場所に出かけては、彼女の写真を撮らされてこうして飾られたっけ。口いっぱいにどら焼きを頬張りながら僕を見つめる七海。悪戯っぽい表情で小さく笑う七海。中には、無理矢理ツーショットを撮られて仏頂面の僕もいる。
中心をガムテープで固定してある古い扇風機が、頷くようにガガガと揺れる。ああそうだ、今年の夏はまだ一枚の写真も撮っていないんだ。彼女が怒るのも、無理はないか。
「どこに、行きたいのさ」
背中の方で、彼女がガバッと起き上がる気配がした。慌てて僕も上体を起こすが、ダンッと床を突く勢いで飛んできた彼女の腕に気圧されて頭を下げる。その拍子に後頭部をぶつけて、脳細胞が幾らか死んでしまった。七海はそんなこと気にも留めずに、僕を見下ろして叫んだ。
「私の行きたいとこ!」
「そこは、どこでもいいよって言うとこじゃないんだ……」
逆光で七海の表情はよくわからなかったけど、鼻先をくすぐるように垂れ下がった髪の揺れ具合から察するに、彼女はだいぶ浮かれているらしかった。
結局、僕が七海のワガママに逆らえたことなんて、一度もないのだ。
僕の彼女は、結構小さい。
「いい加減、外に出なきゃダメなんじゃない?」
だけど、結構可愛い。
「ねえ、聞いてる?」
そして——
「聞けっつってんだろ、ばーか」
そして、滅茶苦茶口が悪い。
六畳一間の小さな僕の部屋は古すぎて、エアコンなんていう文明の利器は存在しない。ガタガタの扇風機がマックスパワーでフル稼働しているけれども、七海がかじりついて離さないから、僕には欠片の恩恵もなかった。それなのに。
「部屋の中でさえこんなに暑いんだから、外に出るなんて自殺行為だろ……」
「だからって何日引きこもってるつもり? 陰キャ。もやしっ子!」
「現代っ子だから仕方ないだろ。直射日光なんて浴びた日には跡形もなく蒸発するね」
「んなわけあるか、ばーか」
七海は可愛い顔に似合わない大きな舌打ちをして僕を睨んだ。黙って何もしなければ可愛いのに、ほんと。
「大人しく漫画でも読んでろよ」
「やだ。もうこの本棚全部読み尽くしたもん。ずーーーっと引きこもってる誰かさんのおかげで!」
オタクなんだから新刊漁りにでも行けばいいじゃんと口を尖らせる七海に、わざとらしく肩をすくめてみせた。ネットでポチれば翌日には家に届くこの時代、わざわざ外に出る馬鹿がどこにいる?
大きな溜息をつきながら、七海はこの部屋に似つかわしくないファンシーなぬいぐるみを棚から手に取った。「死んでるくらいやることないよ、ねーピカチュウ」なんて一人芝居で僕を煽る。いいじゃないか死体、やることなくて万々歳だ。
この部屋のいたる所が、彼女の持ち物で浸食されている。勝手に飾られた写真、おざなりにかけられたカーディガン、いつの間にか棚の上を占領しているぬいぐるみたち。ちょっと増えすぎじゃないか、別に同棲しているわけでもないのに。
「そんなに嫌なら、自分の家に帰ればいいだろ。ここは俺ん家、どうしようが俺の勝手ですー」
すると七海は、意外そうに目を見開いた。
「私、櫂斗が望むからここにいるのに」
「……はぁ? いい、暑苦しい、帰れ」
七海は「ばーか」と言いながらごろりと寝転んだ。カーペットのないフローリングは、ひんやりと心地いい。僕も背中を床に預けて天井を仰いだ。昔ながらの白熱灯が、鈍く瞬く。
「……ねえ、どうしてもダメ?」
先程までと違って切実な声に、思わず言葉に詰まった。寝返りをうって七海から顔を背ける。箪笥の上にあるコルクボードから、笑顔の七海が僕を見下ろした。四季折々二人で色んな場所に出かけては、彼女の写真を撮らされてこうして飾られたっけ。口いっぱいにどら焼きを頬張りながら僕を見つめる七海。悪戯っぽい表情で小さく笑う七海。中には、無理矢理ツーショットを撮られて仏頂面の僕もいる。
中心をガムテープで固定してある古い扇風機が、頷くようにガガガと揺れる。ああそうだ、今年の夏はまだ一枚の写真も撮っていないんだ。彼女が怒るのも、無理はないか。
「どこに、行きたいのさ」
背中の方で、彼女がガバッと起き上がる気配がした。慌てて僕も上体を起こすが、ダンッと床を突く勢いで飛んできた彼女の腕に気圧されて頭を下げる。その拍子に後頭部をぶつけて、脳細胞が幾らか死んでしまった。七海はそんなこと気にも留めずに、僕を見下ろして叫んだ。
「私の行きたいとこ!」
「そこは、どこでもいいよって言うとこじゃないんだ……」
逆光で七海の表情はよくわからなかったけど、鼻先をくすぐるように垂れ下がった髪の揺れ具合から察するに、彼女はだいぶ浮かれているらしかった。
結局、僕が七海のワガママに逆らえたことなんて、一度もないのだ。
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