感情だけをおいてゆく。

古川ゆう

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1.感情

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佐藤啓太さとうけいたは数ある東京都内に聳え立つ高層マンションの
とある一室で眠っていた。

その部屋は24歳の若さにして1人の男が住むには充分大きめとも思える3LDK。

啓太は朝起床して顔を洗う前
必ずやること、毎朝の日課になってやっていることがある。

それは自室に設備されているベランダでコーヒーを飲みながら煙草を吸い48階建ての高層マンション最上階
から見える早朝の東京都内を一望できる。
それらを毎朝、堪能し眠気を覚ます。

これは啓太がこのマンションに住むようになってからというもの自然と身体に染みついていて気付けば毎朝行う様になっていた。

この何気ないコーヒーを飲みながら煙草を吸う行為自体は誰にでもできそうな事だ。

だが、啓太自身が毎朝目視する事ができ
この絶景を直に肌で感じる事ができるのは

「俺だけだ。」と
「自分は全てを手に入れた。」と

そう思わせてくれる様な光景が啓太の
目の前には映される。

この景色を見る事の出来る人間はごく僅かしかいない、自分はそのごく僅かな人間だと自分の事を過信し過ぎている部分が啓太にはあった。

それでも決まって啓太は
毎朝そのモーニングルーティーンを自然と
繰り返すのだった。


2017年 12月26日 火曜日

現在の時刻 午前6時00分

黒いレザー調にあしらわれたキングサイズのベッドの下の方で啓太は1人、黒いシルクの掛け布団に包まって眠っていた。

午前6時20分

ベッド上の棚に置いてあるそれは我の使命を果たすかの如く突然と静まりきった寝室に鳴り響く。

だが、啓太は起きない。

それから10分後の事だった。

午前6時30分

未だ永遠と五月蝿く鳴り響き
鳴り止もうとしない目覚まし時計に

啓太は嫌気を感じながらも

「だあぁァァァァァァ~うるせぇぇぇ~。」

自ら包まっていた布団を跳ね除け
体に吸い付いて離れようとしないベッドの隅から赤ん坊の様な動きで何とか棚まで到着する事ができた。

そうして、啓太は棚に置いてある目覚まし時計を目視しする。

主人を起こす為だけに鳴り響いている目覚まし時計の使命を躊躇なく阻止するかの如く

啓太は朝という重しが乗って重たくなった腕を伸ばし止めたのだった。

「はぁ~。」「眠たい。」

あくびをしながら時計に目を移す。

「もうこんな時間か。」

「ふぅ、、、おはよう。」

啓太はそう言いながら体を起こしベッドから脚を床に下ろした。

「おはよう。」と言ったが
勿論、啓太1人だけしかこの部屋にはいない。

この「おはよう。」の一言さえも
彼のモーニングルーティーンだ。

寝室を離れ歩きながら目を擦る。

徐々に目が慣れてきたところでいつも愛用しているマグカップを手に取りスティックタイプのコーヒーを入れお湯を注ぐ。


このいつも愛用しているマグカップは仕事の出張で広島に行った時、自分へのお土産として買ったものだ。

啓太は取引先との面談まで時間があった為、広島市内をフラフラと歩いていた。

その時、人目にはつかない場所にあった焼物屋にへと体が吸い寄せられてしまいその店へと立ち寄ってしまったのだ。

そこでマグカップは売っていた。

カップ全体が赤色の光沢で包まれ
持ち手の部分は細いが持った時に程よく手にフィットする様に作られていた。

その職人技に啓太は一目惚れしてしまい
値は予想以上に張ったが満足気に
そのマグカップを大事に持ち帰ったのだった。

だが、啓太はコーヒー自体は飲めたら何でも良いという人間である為、安い市販のスティックタイプのコーヒーを飲んでいるのだ。


啓太はそのマグカップを持ち四角いガラステーブルの上に置いてあるタバコとライターを手に取りベランダへとゆっくり歩いた。

淡いグレーのカーテンを横にずらし
ベランダの窓を開ける。

「うっさみぃぃ~」

啓太はその真冬の凍える様な寒さに肩をすくめ腕を組み摩った。

手が悴みながらも口にタバコを咥え火をつけた。

「ふぅ~。」

啓太の吐いた吐息は瞬く間に白へと変わり
風に攫われる。

「今日も良い景色だな。」

そう言いながら
まだ微かに手で温もりを感じる事のできる
コーヒーを口へと運んだ。 

「今日も美味い。」

そう言うと啓太はコーヒーを一気に食道へと流し込んだ。

気がつくとタバコはフィルター部分まで吸っておりテーブルに置いてある缶の灰皿にタバコを押し付け蓋をした。

啓太は両腕を伸ばしながら少し背伸びをしこう言った。

「さぁて、準備するかあ。」

空になったマグカップとタバコとライターを手に持ち再びベランダの窓を開けた。

室内に入ると生暖かい部屋の匂いが身体を通して伝わってくる。

啓太は仕事に行く準備に取り掛かった。

朝風呂に入り眠気も覚めさっぱりとしたところで啓太は朝食を摂る事にした。

朝食は、昨日で食べ終えたと思っていた5枚入りの食パンがまだ1枚残っていたのでそれをトースターで焼いてバター、苺のジャム塗り食べる事にした。

啓太は2人掛けのグレーのソファに座り
パンを食べながらテレビを付けた。

「12月26日 朝7時になりました。」

「おはようございます。」

綺麗な服を見に纏った若めの美しい3人の女性達が凛々しい姿で横に並び
画面の前でこちらに挨拶をしてきた。

「今年も残すところ後5日となりましたね~。」

「皆さんは、悔いが残らない様にやり残した事がない様に締めくくりをされてますか?」

50代前半の男性キャスターが
若い女性キャスター達に話し掛けている。

3人の女性キャスター達は口を揃えて
その言葉に対し「う~~ん。」と首を傾げ戸惑いを見せていた。

すると1人の女性キャスターが口を開いた。

「あ、私は年末なので昨日家の大掃除をしました!」

「クリスマスだったんですけど1人だったし暇だったので!」

「使わなくなった物も捨てて来年には持ち越さないようにしようと思って!」

「来年のクリスマスは大掃除したくないですねぇ~。」とその言葉で周囲の者達は笑いを見せていた。


50代前半と見える男性キャスターは「そこまでプライベートは聞いてないけど1人だったんだね、、、」と
その女性キャスターに興味深々な表情を浮かべていた。

「こいつ絶対この子のこと狙ってんなぁ。」
「きんも。」
パンをかじりながら啓太は思っていた。

「では、昨日あった出来事を詳しく見ていきましょう。」 

そうして画面は男性キャスターに切り替わった。

啓太はパンを食べ終えそこでテレビを消した。

その後は歯を磨き
会社用のビジネススーツに着替えた。


啓太は大手の営業会社に勤めており
大学を出てすぐに就職した。

特にやりたい事も
夢もなかった啓太だったが
お金に困らない人生が良いと思っていたのだ。

少し厳しめの親だったが
何とか説得し大学に行かせてもらった。

その後、啓太は猛勉強し大企業に勤める事が出来た。

会社に勤めてからというもの
僅か一年という短い年月を経て
会社の売り上げトップに踊り出たのだ。

啓太自身、その時はびっくりしていた。
だが、成績は自分の努力の賜物だと実感し
それが嬉しくなり高揚感が高まった。

営業会社に勤めて最初の頃は先輩社員にはコキばかり使われた挙句、パワハラ等は当たり前に行われ、入社初日でもう会社を辞めようと思っていた時もあった。

だが、そんな奴らにやられたくらいで
仕事を辞めてしまってはせっかく自分自身が積み上げてきた物が台無しになると思い
必死に食らいついた。

その成果が上司に認められ
何と、当時先輩と呼んでいた奴らが
部下となりそいつらを
存分にコキ使ってやったのだ。

その時、啓太は「ざまあねえなぁ。」
と心の中で思った。


啓太は鏡の前で身なりを整え
ネクタイを真っ直ぐ引っ張った。

「さて、行くか。」

黒い鞄を持ち玄関へと歩く。
玄関で革靴を履きドアを開けた。

午前7時30分

「行ってきまーす。」

この一言さえも彼のルーティーンなのだ。







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