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1章 異界の地
第三十五話 マルガリ大坑道④
しおりを挟む「風の流れがねえな……」
ジャンがポツリと呟いた。
少し前にバロンドの知らせを受けたグレイズが、騎士達に厳重な警戒を呼び掛け、辺りは騎士達の歩く足音が聞こえるだけだ。
《フェニル、辺りに何かいるか?》
《んーいるわよ。入り口の外と奥にもいるわね》
《例の気持ち悪い波動を出す奴だよな》
《ええ、でもそれだけじゃ無いわ…何か凄い力のある奴が奥にいるわよ?》
《奥に……ね》
どうやら護衛任務初日に誰の指図かわからないが、かなり厳しい状況におかれてるようだ。
俺はジャン、ロゼ、バロンドに声を掛けフェニルの察知報告を話すとバロンドが眉を顰める。
バロンドに信用して貰うためフェニルに体の外に出てもらうとバロンドが目を丸くして驚いていたが、信用はしてもらえたようだった。
ジャンやロゼ、バロンドもこのマルガリ大坑道を何度も通過したベテラン冒険者だが、風の流れが全く無くなるような経験は無いそうだ。
「強い魔道士や、例えば不死王の眷属の中には自らのガナの影響で周りに影響を与える者もいると言うわね…」
「勘弁してくれ。そんな化け物相手にしたくねーよ俺は」
ロゼの言葉にジャンがため息を吐く。
(やはりいるのか不死王…ドラゴンとかも居るかもしれないな)
「しかし…今の所何も動きが無いな…」
バロンドが腕を組みながら辺りを警戒する。
この気持ち悪い感覚が消え無いことには安心出来ないのは皆も同じだろう。
「ジャンさん、こう言う場合どう動くんですか?」
「動かんよ…相手はこちらにプレッシャーをかけてきてんだ。俺達はそれに耐えるだけだ」
相手はプレッシャーを掛け、こちらが動く事を念頭においてるのは知能有るものの常套手段だそうだ。
「プレッシャーに負けたら終わりだぜユウジ。以前俺達はユバムって魔獣に一週間付け回された事もあるからな…あいつら獣のくせに頭が良いから困りもんだったぜ」
「この相手も…」
「ユバムより気味悪いな。全く姿を見せないとか…まぁ頭も良いんだろうよ」
グレイズ騎士長も騎士達へ円形の防御陣を指示して持久戦覚悟のようだ。イタズラに斥候等を出さないのは良い判断だとジャンは言う。
この辺りの判断は経験に拠るものか、仮に俺が指示を出していたら…多分斥候を出していただろう。
「どんな相手かしらね…」
ロゼさんの呟きに"ふっ、必ずロゼさんは俺が守りますよ"とか、どこぞの少女漫画並のキザな台詞を想像した時点で俺の精神がガリガリと削れ、結局何も言えずにいるわけだ。
「グレイズの旦那と、ちと話してくるわ」
「そうだな、この分だと直ぐには手を出しては来ないだろうな」
バロンドがジャンと一緒にグレイズの居るテントに向かうのを見てロゼが俺に提案してきた。
「ユウジさん私達は少し近場を見廻りしてましょう」
「そうだな」
ロゼさんと並んでゆっくりと歩き出す。
このマルガリ大坑道は元々何かの遺跡だと説明をされたが、かなりの建築技術だと素人ながらもわかる。
サージュの町の煉瓦や漆喰を使った建造物は前世でも良く見れた工法なのだが、この坑道にある遺跡建造物はまるで彫刻のように岩等から彫り出したように全く繋目が無い。
まるで3Dプリンターで作られたようだ。
実際に継ぎ目がない家に住むことになったら多分俺は気分悪くなる可能性が大だ。
何せ昭和の人間、これは俺の仕様なのだから致し方ない。
騎士団長からのお達しか、騎士達の警戒レベルも上がり緊張感が凄いが、この気持ち悪いプレッシャーが連日続いて、ただただ厳重な警護体制をわけも分からず命令される騎士等のストレスも心配だ。
(出来れば早めにこのプレッシャー片付けたいよな…)
はたしてこのプレッシャーの主は長期戦を望むのか謎だが、早めに方を付けた方が俺にとっても楽だ。
この世界に転生してからそれなりに顔見知りも出来た。
ロゼさんやジャン。
ギルド受付のタイナ嬢、ギルドマスターのエティナ。
メルカス伯爵やモーズラント家の人々…
サージュの町の住人
なにやらこの国はキナ臭い方向に向かっているかも知れない…
「ロゼさん、仮に俺が他国に行くとしたらロゼさん困りますか?」
俺のいきなりの質問にロゼは首を横に振った。
「ユウジさんが望むなら別に他国だろうが別の大陸だろうが構いません」
「…なる程…俺と違ってロゼさんには色々柵が有るかと思ってたから少し意外だな」
ロゼは微笑みながら"だって私は冒険者なのよ? "と耳元で囁いた。
前世…ある程度の自由はあったが会社勤めの俺は会社に縛られ地方自治体に管理され国が定めた(人が定めた)法に縛られ護られていた。
この世界にも法や秩序は有るが自由の領域が広い気がする、それはつまり自分の身は自分で守れと言う意味合いが強いのだろう。
(まぁ何にせよ、一段落したら色々見て回るかな…)
フェニルが俺に"もっと肩の力を抜いて気楽に"と言っていたが、この世界では…冒険者と言う人種にはそれが良いのかもしれない。
「じゃあロゼさん一段落したら色々みて回ろう。当然冒険者のランクも上げながら」
「良いわよ。貴男の未来は私の未来ですからね……あ、でも子供が出来たらどうするつもり?」
ロゼさんのいきなりの現実的発言に俺は戸惑った。
子供……前世では情け無いことに避妊をする以外には考えた事が無いワードだ。
(子供か……確かにロゼさんと結婚したら子供くらい出来るよな…)
この辺りの現実感は流石女性ならではなのか、それともそんな考えすら無い俺がオカシイのか微妙ではある。
「うん…でも今はそんな未来よりも護衛任務に集中しないと未来とか言ってられなくなるわね」
お互いが聞こえる範囲で話しながら俺達は辺りを見回る。
散歩と言うには物騒な場所ではあるが、それなりにロゼさんと話をしながら見回るのは楽しかったのだが、若い兵士が足早に俺達に近づいてくるのを見て俺達は足を止めた。
俺達の二メートル前で立ち止まった兵士が騎士の敬礼をする。
「冒険者のロゼ様とユウジ殿でしょうか?」
背筋にゾクリと寒気が走り、俺は咄嗟にロゼさんを庇う為に一歩左足をロゼさんの前に出した。
素早く鞘走りさせた剣に若い兵士の一撃が襲う。
〈ギン!〉
少し薄暗い坑道に一瞬飛ぶ火花
兵士の狙いはロゼさんだったのだろうが、そうは問屋が卸さない!
次々繰り出される剣撃を俺は弾き返す。
〈ギン!〉〈ギン!〉
〈ギン!〉〈ギン!〉
(ぬ!こいつ……強い!)
騎士の中に此程の手練れがいたのにも驚いたが、それより何よりそのスピードがおかしかった。
ロゼさんが俺が応戦してる間に少し下がり詠唱を始めている。
「大地の神子 ユーテスの名を持ちし新緑の貴公子 立ち塞がる敵を束縛せよ! リバイト!」
若い騎士の足元の岩が細かな砂状になり騎士の足を砂が巻き付くように駆け上って行く。
「うおぉぉぉー!」
叫んだ騎士の顔が赤銅色に変わり歯をむき出すその姿はまるで御伽噺の赤鬼のようだった。
騎士の腰まで覆い尽くした砂は固まり始め騎士の自由を完全に奪っていた。
「どうした!ユウジ平気か?」
剣撃と騎士の叫びを聞いたジャン達が駆け寄ってくる。
「これは……こいつはマルセリーノなのか?」
駆け付けたグレイズが騎士の顔を見て驚きの声を上げた。
どうすればあのような顔色になるのか不明だが、尋常ならざる事態が起きた事は明白。
未だその騎士は剣を振り回し俺の後ろに立つロゼさんを睨んでいる。
「……ロゼ…実はこの騎士を過去に激しく振った…とか?」
「ふざけないでジャン」
剣を振り回していた騎士がその動きを止めゆっくりと顔を俯かせる。
ジワジワと気持ち悪い感覚がその騎士から吹き出てくるのを感じたグレイズが叫んだ。
「危険だ!全員下がれ!」
若い騎士の身体が一回り大きく膨れ上がり甲冑と固まった砂もろとも弾き飛ばす。
砂塵が舞い上がり甲冑が四方に物凄い勢いで飛び散りそれに数名の騎士が巻き込まれていた。
もうもうと上がる砂煙の中から最早人とは言えない姿の何かが現れる。
「……ジャンさん…あれは何と言う魔物ですか?」
「知るか!」
《…フェニルあれは何だと思う?》
俺は体の中にいるフェニルに問うと意外な答えが返って来た。
《…多分私と同じ…んーでも違う…》
《え?…つまりあいつ流精虫なのか?》
《ユウジと同じ…あの騎士の中にいるのよ……》
《流精虫がか?》
《…うん…でも何か変…あの子憎しみの感情しか無いわ…他の感情が一欠片もないのよ…》
俯いた顔をゆっくりと上げたその表情はまさに赤鬼だった。
(筋肉隆々で素っ裸…だと…シマシマパンツくらい履けよ!)
“ガアアアアァァァ”
「狙いはロゼさんです!」
俺の声に反応したバロンドは大盾を構え俺の前に立った。
ジャンは変り果てた騎士の側面に移動しながらナイフを放つ。
“キンッ”
ジャンの投げたナイフは弾き飛ばされその肌に傷一つ付けられなかったのだ。
「おいおい…どんなバケモンだよ」
「ジャン下がれ」
グレイズが変り果てた騎士の前に立つ。
「マルセリーノ…意識はあるのか?」
その化物はグレイズを睨めつけ歯をむき出し遠吠のような雄叫びを放ちグレイズに襲いかかった。
素早く剣を抜き放ち肩に担ぐような型から迎え撃つ。
そのグレイズの一撃に躊躇は無い。
鋼鉄の硬さを持っている怪物がグレイズの一撃を避ける。
"ドンッ!"
グレイズの一振りは地面に裂け目を作る程の威力があった。もしかすると俺がウルムやバロンドとの試合に放った一撃と同等の威力があるかもしれない。
ジャンがグレイズを高く評価する意味がわかる。
モウモウと立ち昇る粉塵を掻き分けグレイズ化物となった部下にその豪剣を振るう。
「グレイズの旦那、助太刀いるか?」
「手出し無用!」
(…グレイズさんの剣って太刀流ににてるな…)
中学、高校と男の必須科目で柔道か剣道を選ぶ際、俺は剣道を選んでいたため、ある程度剣術について調べたことがあった。
太刀流は有名な示現流の影に隠れ余り日の目をみない流派だが太刀(長剣)をいかに素早く抜いて切るかに主眼をおいた流派で、ある意味示現流に似ているといえる。
グレイズの振るう剣は他の騎士達が持つ剣とは長さと刃の厚みが違う。
戦国時代初期以前に存在した太刀に似た直剣なのだ。
尤も日本刀の様な反りのある剣を未だこの世界で見かけた事はないが、他の国や大陸に行けばまた違った剣が有るのだろう。
ジャンの助太刀宣言を断ったグレイズは左手に持っていた盾を投げ捨て両手で剣を構える。
青眼の構え…剣道で言う中段の構え。
「部下の不始末は騎士長である私が始末をつけるのは道理!…マルセリーノ…すまん」
グレイズさんの体から気迫が噴き出す。
それは実際に俺の皮膚にピリピリと感じる程…
化物はグレイズの気迫に押されたように一歩後退る。
「参る!」
グレイズはその身を一段低くして化物に向かい踏み込んで行った。
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