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1章 異界の地
第三十七話 マルガリ大坑道⑥
しおりを挟む坑道に満ちていた魔法による熱気が払われ、騎士達が見回る甲冑の音が今は響いている。
未だ何かしらが観察するようでいて脅すようなプレッシャーが有るものの殊更何かを仕掛けて来る様子は無かった。
テントの中、四人の冒険者の真ん中に淡い光が浮かんでいた。
「はじめましての方も居るので先ずは私の事を…私はフェニル。普段はユウジの体の中にいるわ」
バロンドが興味津々の体でフェニルに質問をする。
「フェニル、君は流精虫なのか?妖精や精霊のようなものなのか?」
「私は私よ?ただ、あなた方が私を見てどう理解するかは自由だけど…」
"ふむ"と唸りバロンドが腕を組んだ。
「…フェニル。聞かせたい話って何だ?」
「先ずはさっきの化物の事だけど、それを話す前に流精虫の事から話すわ」
フェニル曰く流精虫はガナから生まれる。ガナが何らかの要因で濃くなった場所に誕生すると言う。
流精虫時の記憶はフェニルには無いらしく意識と呼べる物では無いようだ。
成虫となった流精虫はフェニルのように、会話が出来る迄では無いが、意思を持っているそうだ。
「んで、さっきの化物の中にいた流精虫だけど…あれ多分私と同じ会話が出来るタイプなんだけど…」
「?」「?」
「意識が偏ってたのよ」
「偏ってる?」
「憎しみと破壊しかあれから感じられなかったの」
「…………………それは有り得ないことなのか?」
「有りえないわよ!人の幼児と同じ五つの欲求が必ずあるものなのよ」
(マズローの五大欲求みたいなものかな…)
「憎しみと破壊だけなんてありえないのよ」
「なるほどねー…で、フェニルはどう考えてるんだ?」
ジャンに呼び付けにされたのが気に入らないのか少しジャンの顔を睨みプイッと顔を逸らすフェニル。
「有り体に言えばあれは紋章魔法による制御か…呪生ね…」
「…紋章魔法は奴隷等に使うやつよね?…呪生は聞いたことないわ…」
ロゼさんでも知らないことがあるのかと俺は驚く。
「呪生はね人の体に流精虫を住まわせながら飢えと苦痛を与え続ける事で意識の偏りを起こすのよ」
(おいおいおい…日本の外法の一部に似た方法有るぞ…)
「気分悪くなるわ…でも、どちらも人の手が加わってるわけよね?」
「みたいだな…」
「フェニルは俺をあの化物みたいな姿にする事が可能か?」
「出来るけどあそこまで変形させたら元に戻せないから私はやらない…と言うよりユウジが望まない限りやらないわよ?」
当然と言わんばかりにフェニルが言う。
「あんなのがゾロゾロ来たらキツイな…」
「それもそうだがあの中の奴、他の人間の中に入る事出来るのか?」
「どうなんだフェニル?」
「出来るけど多分短時間だけね。持って十分位かな?紋章魔法にせよ呪生にせよ育った環境と違う生体ガナを取り込むと機能不全を起こすわね」
「まてまて、成体になった流精虫は体外ガナで活動出来るんだろ?」
「体外ガナを取り込むのに生体ガナが必要なのよ。ユウジの場合もそうよ?」
「……確かにそうだった…」
どちらにしても敵は色々やってくるようだ。
「で、もう一つの話って何だ?」
俺の言葉にフェニルがじっと俺の顔を見る。
「ユウジの話よ」
「俺のか……」
フェニルが話しだした。
ユウジの魔法は基本的にユウジのイメージをフェニルが受け取りそれをフェニルが具現化する流れだ。
そこには詠唱が無い為魔法の発動が早い。圧倒的に早い。
「私がユウジのイメージを寸分違わず具現化するのは間違いなく出来るんだけど……さっきのユウジの魔法、私が具現化した瞬間付け足すように何らかの力が加わったのよ」
「………………」
「ユウジは実際温度的に約二千度位をイメージしたわよね?」
「は?二千度?」←ジャン
「…………………」←ロゼ
「なんと…」←バロンド
「ああ、そうだけど…」
やはり二千度はかなり高い温度なのだとジャン等の反応で理解した。
「でも実際は倍程になっていたわ…」
「フェニルのイメージの読み違いは…無いか…」
当然と言う感じで肯くフェニル
「じゃあどうしてだと思う?」
「可能性としては二つ ユウジ自身が魔法を発現していて私の魔法と被っている場合」
「魔法ってのは使うとわかるもんなんだろ?」
「ええ、だからユウジの魔法は発現する一歩手前の状態で、私の魔法が現れた時点で発現する…とか?」
「……もう一つは?」
「それ以外よ。つまりユウジに何らかの外的要因が加わった…ガナや私では無い何か別の存在、若しくは物って感じかな?」
俺はフェニルの言葉を聞いた瞬間"神たま"の関与を疑った。
神の関与…この世界でそのような事が歴史上あったかわからないが、神の恩寵があっても不思議では無い気がする。
聞くところによると教会の中には信仰による奇跡…魔法とは根本的に違うものがあると言う。
信仰に基づく聖属性の神業。
この世界には"神たま"とは別の"神"がいる可能性はある。
「理由はわからないけどユウジの魔法はイメージよりも強力になる可能性が高いから余程気をつけないと味方にも被害が出るって事よ」
ジャンが首を振る。
「ユウジの問題はわかったが、魔法の制御が出来ない程度なら俺達が気を付ければ良いだけだ」
「そうだな、いざと言う時に躊躇されてヤバイ状況になるよりはましだ」
バロンドが肯きながらジャンに同意する。
「問題はフェニルの言った化物の中身の方ね」
人の手が加わった流精虫
「もしフェニルの言う通り人が作った物ならあれだけだとは限らないわね」
ロゼの言葉にジャンが考え込む。
「ロゼ、流精虫って言うのは大量に出回ってるものなのか?」
「…いえ、流精虫は基本的に国の管理下で流通されてるものなのよ。魔法は基本的に誰でも使えるものだけど、強力な魔法を持つ者を無闇に輩出するわけには行かないの。だから国が完全に管理する…」
「ああ…成程、ユウジに飲ませた流精虫はどうなんだ?」
「あれはメルカス伯の領地へ配分された流精虫を私がメルカス伯に頼んで譲り受けたのよ」
「あの流精虫が何処でグレイズの部下の体に仕込まれたか…か……ちとグレイズの旦那の所に行ってくる。他の部下も…と考えると恐ろしいからな」
ジャンの言う事は尤もで、護衛の騎士達が全員敵に回ることを想像し皆無言になる。
ジャンがテントを出ていくとバロンドも後を追うように出ていった。
「今呼びに部下を出そうと思ってた所だ」
ジャンがテントの中に入るとグレイズが少し疲れた表情で迎えた。
「グレイズ…」
「先程の事を気に病む事は無い。あの様な事になれば仕方ないからな…」
"ああ"と答えるジャンにグレイズは椅子に座る様に勧める。
「処で先程の出来事をユーリヒ様に報告したのだが…人があのような姿形になる事など我々の知識には無かったのだが、お前等はどうだ?」
「グレイズの旦那…俺達もあの化物…で良いか旦那?」
「構わん、でないと話が進まん」
「ん…で、あの化物の事を俺達なりに話したんだが…グレイズの旦那、これから話すのは概要しか話さないが突っ込み無しで聞いてくれ」
グレイズは深く肯く。
「人があのような姿形になる可能性はある。原因としては流精虫だ」
「流精虫…」
「流精虫は極稀にだが育つ過程によっては明確な意思を持つ事があるってわけだ」
「……知らんぞそんな話は」
グレイズが驚いた顔をする。
「しょっちゅう有るわけじゃないさ…んでだ、その意思を持った流精虫に奴隷に使う紋章魔法を刻み込んで制御すれば可能だ」
「…………それが出来たとしてあのような化物になるのか?」
「可能性としてはある…グレイズの旦那、詳しくは俺からは話せないが近々ユウジとロゼから多分説明があると思うぜ」
「…そうか」
「旦那、問題はいつ流精虫が体に入ったかなんだ。事によったら他の騎士さえ疑う事になる」
「…………流精虫が体内に入ってるか見分けられるジャン?」
「ロゼとユウジなら出来るだろうな」
グレイズは暫く沈黙した後ジャンに提案するのだった。
薄暗い坑道の岩の上に巨大な体躯をした男が座っていた。
彼の周りには数体の魔物が佇んでいる。
いや、目を凝らせばその数は直には判断できない程だ。
男を中心に魔物が円を描くように佇んで、まるで男の指示を待つ兵士のようだ。
男はその巨体を揺らし立ち上がり虚ろな眼で辺りを見渡しニヤリと笑う。
逞しい両腕を宙に掲げると周りの魔物全ての視線が男に集まった。
巨躯の男が獣のような咆哮を上げると周りの魔物達もそれに応えるように咆哮を上げ散って行った。
シンとなった坑道に立つ巨躯の男はブツブツと何かを呟きながら坑道の闇に消えて行った。
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