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1章 異界の地
第四十八話 影の鳴動
しおりを挟むモンタスの街は眠らない。
貿易が盛んなこの街は、深夜であろうとも必ず誰かが働いている。
冒険者ギルドもその性質上、二十四時間態勢で開いていた。
深夜のギルド内で数名の冒険者が、新人冒険者グループが見たと言う、謎の騎士の大軍の話しをしていた。
「どう思う?」
「まぁ、あり得なくもないが…確かスベランジェのパーティーが確認しに行ってたよな?」
「ええ、新人冒険者がギルドに依頼達成の報告に来たのが、午後五時位だったか……彼等から聞いて、確認にスベランジェ達がギルドを出たのが六時近く…かれこれ7時間は経ってるな…」
「……新人冒険者から聞いた場所へ行って、帰ってくるだけなら三時間あれば余裕なんだがな…こりゃあ何かあったかな…」
「どうする?ギルド長か騎士団に報告しとくか?」
「うーーん」
不確かな情報を報告するべきか、冒険者達は悩んで居たのだ。
「お兄さんまた来てねー」
「おう、任せとけ!」
ジャンの体からは女の移り香が漏れ出している。少しアルコールも入っているが、足下をふらつかせる程では無い。
街中とは言え護衛任務の合間なので、その辺りはちゃんとコントロールしていた。
「さて…宿に戻って一度休憩するかな………ん?」
ジャンは怪し気な店がならんだ路地の先を横切った人影を見て、体内のアルコールを瞬時に追い出した。
(……今のは"血風"じゃねーのか?)
遊び回っていたジャンは、ユウジ達が"血風"と街中で出合った事を知らない。
ジャンは気配を消し、横切った人影の後を慎重に尾行し始めた。
ジャンの前を歩く人影は、正門を目指しているようだ。
(……"血風"…だよな…)
役回り的に敵の気配を察知する事に慣れているジャンは、気配の少しの違いから確実に人間と区別出来る。それは魔物や動物でもだ。
(まぁ、何かしら補給で寄っただけなのか、他に目的があって来たのか…)
"血風"は間違いなく護衛対象のユーリヒを狙っていた。
誰の依頼かはわからない、噂を信じるならば、依頼主はマーレ王国の何らかの組織だろう。
傭兵と言う噂もあるが、あの女が傭兵に身を置くとはジャンには思えないのだ。
正門の手前五十メートルと迫ったところで人影が歩みを止めた。
「…あのね、女の後を気配を消して尾行するのは、この国では紳士的なのかしら?」
ジャンは息を呑む。
(……やはり気付いてたか…)
「いや、なに。余りにセクシーな後ろ姿に、理性がボヤけちまってね…で、何でこの街にいるんだよ?」
"血風"が振り向いてジャンと向かい合う。
「あら、そんなにセクシーだった?嬉しいわね」
「………………………」
「あーそれで何でこの街にいるのかって質問に、私が正直に答えると思う?……うふふ…でもまぁ答えてあげるわ……たんに個人的な用事だったんだけど、いきなり命令が来ちゃってね…私の上司、搦手を嫌ってるのよ」
「………………………」
「だから、力押ししちゃえって命令だもの。ほんと、困った上司よね。こちらもこちらで、一枚岩じゃないって事なの…人間って愚かで面白いわね」
「……お前も人間だろーが……」
「あら、嬉しい。私を人間扱いしてくれるんだ……」
"血風"は僅かにその目を窄め夜空を見上げる。
「ジャン、あなたと始めて出会ったの何時だったかしらね……八年前のシュプダ丘陵の時だったかしら? …ねぇ、顔見知りのあなたに良い事教えてあげる」
"血風"が小路に置かれた樽に寄りかかる。
「あなた方が本当に戦う相手は国内の勢力でも、マーレ王国でも無いわよ?」
「なに?………」
「たった一人の男。リーデンスと言う名前なんだけどね…」
「……何者だ?」
「…………本物の化物よ。この世界に存在してはいけない存在……私は精神的に弱っていた時、あの化物の誘惑に乗って死ねなくなっちゃったからねー…今の私に、これといった主義は無いし、誰にも恩義も感じて居ないわ」
「……死ねないって言ったが……本当に不死なのか?」
「馬鹿な事聞くわね。まぁそれも許してあげる、死なないわよ。身体が消滅しても意識が残っていてね…時間がかかるけどまた身体が作られるのよ。全く嫌になるわ…」
ジャンの背中に悪寒が走った。
不死の存在が現実に目の前にあるようだ。御伽話の中にしか出てこない存在。
魔物の中には不死と呼ばれる奴もいるが、結局何らかの対処法があるものだ。
例えそれが吸血鬼だろうがリッチであろうが、神聖術と言う摩訶不思議な術で消滅出来る。出来なければ人はこれまで生き残って来れなかった筈だ。
「………流精虫の事何か知ってるか?」
ジャンの質問に"血風"は少し驚いた顔をする。
「………へー…流精虫の事何か気付いてるんだ……あ、確か何人かに流精虫を植え付けたって話し聞いたわね…」
「……てめえ等か…ゲダをあんなにしたのは」
「んー個人名迄は知らないわ…まぁ広い意味ではそうなるけど、私の上司はそんなまどろっこしい真似やらないわよ? あれは別の……と言うより貴方の方がやりそうな人物に、心当たりあると思うんだけど…」
「……まさか…サルモンの野郎か…」
"血風"はジャンの呟きに何も答えなかった。
「まぁ、ここであなたの相手をしても良いのだけど……今は止めとくわ」
そう言うと"血風"は小路を出て、大通りの人影に紛れるように、身を滑らせ消えた。
"ちっ"と一つ舌打したジャンは、ゆっくりと後退りする。
宿への道に戻って行きながら、ジャンの胸中には、近々何か起きるであろう予感が過ぎっていた。
(………リーデンスとか言ってたな………まさかあのリーデンスか?)
ふと目を覚ました俺の右腕に柔らかな感触を感じ、顔を横に向け確認する。
(!…何故ロゼさんが横に寝てるんだ…)
昨夜ロゼさんと男女の関係になった記憶は無い。
アルコールで酔った状態なら、記憶が曖昧な場合も有るだろうが、それ以外で初エッチ(この体では)で記憶がないのは考えられない。
(……押し倒したまま眠った可能性が高いな…これは男としてどうなんだ?)
身動も出来ず宿の天井を見ていたユウジの胸の上に、ロゼさんの右手が添えられた。
「おはようございますユウジさん……」
「……おはようロゼさん」
ロゼはゆっくりと身体を起こしベットを降りた。
"一度部屋に戻ります"とロゼが呟き、いそいそと部屋を出ていくのを、ユウジは無言で見送っていた。
(……エロ展開にならなかった……男としてどうなんだ…)
なんとも情けない気分に浸りながら、ユウジは新しい服に着替える。
昨日、ロゼさんに選んでもらった指輪を、宝飾店に受け取りに行く予定がある。
腰に剣を吊り下げたところでドアがノックされた。
「ユウジさん朝食を摂りに行きましょう。ジャンが何か話す事が有るようです」
「…ジャンが…わかりました」
ユウジがドアを開けると、ロゼさんが少し恥ずかしそうな顔をして立っていた。
ロゼの後について一階の食堂に入ると、テーブルには先に着いていたジャンとバロンドが、朝から酒を飲んでいた。
「…ジャンさん話があると聞きましたが」
木製のカップをテーブルに置いたジャンが、ユウジの顔を見てニヤリとした。
「そんな深刻な話しじゃ無いぜ?まぁ飯食いながら話すわ」
バロンドが、宿屋の給仕に尋常ではない品目の料理を頼み始める。
スタイルの良いロゼでも、一般的な女性の比ではない量を一回の食事で摂る。
椅子に座るロゼとユウジの前に飲み物が運ばれ、カップを手にしたのを見たジャンが話しだした。
「昨夜の事なんだがな…」
何でもない事の様に話しだした内容にユウジとロゼ、バロンドさえも顔を引き攣らせた。
「まてまてまて!お前…それヤバく無いか?」
バロンドが呆れた顔でジャンを見る。
「そうか?あの"血風"だぞ?……存在自体出鱈目な奴なのは、わかってるだろうが」
ジャンの平然とした態度に、ロゼとバロンドが頭を抱える。
「ジャンさん……"血風"の言っていた本物の化物ってやつに、何か心当たりありますか?」
首を振りながら肩を竦めると言う、器用な真似をしながらジャンはユウジを見る。
「わからん。大体人間を不死にするなんて……なぁユウジ…」
「なんですか?」
「流星虫が何か関係してないか?」
「…………さぁ……聞いてみるか…」
《……フェニル聞いてたか?〉
《聞いてたよー》
《で、どうなんだ?不死とか可能なのか?》
《可能は可能だけど出来ないわよ?》
《どっちなんだ…》
《つまり……ユウジが戦ったゲダって言う冒険者みたいになるわよ?肉体は人間のままだけど中身は私って感じ》
《……となると"血風"の不死性は流星虫と関係ないか…》
《あーそれは簡単に考えすぎよ?人間が手を加えた流星虫は別物かもしれないから、人の意識を残して流星虫の力を引き出せるかも知れないわよ?》
《……つまりわからない…と》
《ええ》
「……ねぇユウジさん…」
ロゼの呼び掛けにユウジはロゼの顔を見る。
「お料理来たのだけど……」
いつの間にかテーブルの上に山盛りの料理が隙間無く並んでいた。
「そうだね…食べながら話そうか」
ユウジ達は食事をしながら、今後の対応を話し合う。
結局のところ、不死について明確な回答は無かった。
"血風"が匂わせた何らかの行動については、ジャンが色々探りをいれるらしい。
ユーリヒや領主には、バロンドがこの後報告に向う事になった。
「で、ユウジとロゼはこの後連携が取れるように仲良くデートでもしててくれ」
ジャンがニヤニヤとユウジを見る。
(ユウジさん、ジャンの言う通りにしましょ)
(え!…しかし…)
("血風"が動くとなれば、ユウジさんと私が戦いの中心になるのを、ジャンやバロンドはわかってるのよ)
(………わかった……何か起きる前に色々準備しとくか…)
大規模な戦闘があるなら、エンチャント装備を整えておくに越したことはない。
「わかった。じゃあ今日はロゼさんとイチャイチャしながら過ごすとしようか」
ユウジの宣言にバロンドは大笑いして立ち上がった。
「ではユウジ殿 俺は早々に領主館に向かうとするわ」
そう言うとバロンドは宿屋の扉を開き出ていった。
チラリとバロンドの座っていた椅子の前には、まだ山盛りの料理が残されていた。
「まぁバロンドの奴も緊張してるって事さ」
そういったジャンも立ち上がり宿を出ていく。
「緊張して食事も摂れないならこんなに頼むなよ…どうするんだこれ…」
「……どうしましょうね…」
ユウジとロゼの二人は、まだ山のようにある料理を見つめ、溜め息を吐くのだった。
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