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第零話 はじまりと黄昏
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ここでならお前は幸せに生きていけるはずだ、と誰かの声がした。悲しみと優しさが入り混じったその声の主が誰かを確かめようと、私は目を開けた。
「…ここ、どこ…?」
見渡すばかりの星の海に困惑するが、私の頭はここが何処かを知っていた。
星の海、或いは秩序なき混沌が広がる、はじまりの世界。それが私のいる場所だ。
「…んん…なんとなく分かってきた。私は女神で、ここは世界を生み出す場所。うん、大丈夫」
私は元々、女神でもなんでもない人間だったはずだが、何の因果か悪戯か、おそらく転生してしまったのだろう。その辺りの記憶はすっぽりと抜けているので分からないが。
ただ、私は人間だったということと人間であった頃の知識は覚えているようだ。なぜなのかは分からないが。
「うーん、とりあえずちょっと移動してみよう。私以外は誰も居ないのかなぁ」
私以外の生命体がいれば一人で世界を作るなんてことをしなくても良さそうだし。そう思って、浮遊できるらしい私はふわふわと当てもなく移動を始める。
上下も左右も進んでいるのか戻っているのかも分からなくなりそうなほど移動した頃、ふと遠くに白い物体が見えた。近付くにつれ、それが物凄く大きなものであることが分かる。
「なんだろう…生命体、かな?でも微動だにしないし…」
触れる距離まで近付いて、その大きさに驚く。私の何百倍だろうか、大きな白い物体は山かと思うほどだ。
私以外の何かを見つけたのはいいが、さてどうしようかと考えていると、その白い物体が動いた。ずずず、と音がしそうな巨体を動かして―目を、開けた。
「わっ、びっくりした…。私以外にもいたんだ…」
「………汝、は…」
重々しく響く割りに、その巨体が発した声は若い。とりあえず、初対面なので自己紹介が大切だろう。私は最初から名前があるみたいだし。
「はじめまして。私はミーフェリアス、女神をしています。あなたの名前を教えていただけますか?」
「…名前……。我は…我は、グランヴァイルス、だ」
「グランヴァイルス…良い名前ですね。これからよろしくお願いしますね」
私はにっこりと笑みを浮かべて、グランヴァイルスの青い瞳を見つめた。
*
グランヴァイルスことグランとはじめて会った時のことを思い返す。大きくて近付くのが難しかったり、知識の差異があったりと打ち解けるまで時間がかかったが、今では私の最愛の恋人だ。
うーむ、人生…神生?何があるか分からないものだ。
「―ミーフェ、少しいいか?君に渡したいものがあるんだが」
「うん?いいよー」
私たち神が暮らす世界のとある一室にグランが訪ねてきた。彼の手には包みがあるが、なんだろうか。
「少し用事があって地上に行っていたんだが、その時に見つけてな。君に似合うと思って」
「私に…?」
グランから小さな包みを受け取って開けてみる。中に彼の髪と同じ色、白雪色の髪紐が入っていた。
「髪紐…私に、くれるの?」
「君への贈り物だよ。恋人であるのだし、この位はしないとな。それと、私の色を身に着けていて欲しいというただの願望もあるが」
彼は髪紐を持って、私の髪を二房ほど取り綺麗に結んでくれる。頭の横、耳の上で揺れる白に彼はとても満足そうに頷く。
「ありがとうグラン…大切にするね」
「ああ、喜んでもらえて良かった」
グランから贈り物をしてもらえるなんて、嬉しくて堪らない。これは私もお返しをしないといけないだろう。この溢れてしまう想いのお返しを。
後日、私はグランに私の瞳と同じ紅い色の髪紐を贈った。彼は少し驚いていたけれど、とても嬉しそうにしてくれた。その日からずっと私の贈った髪紐を結んでいたので、気に入ってくれたのだろう。良かった。
**
私は、ずっとこんな平穏が、あたたかくて優しい幸せが、続くと思っていた。思って、いたかった。
まるで世界の終わりだ。
見上げる空は赤く染まり、大地は灰と黒に染まり、世界には昼も夜もなくなった。
太陽も月も沈まない赤い空を見上げ、私は一つ息を吐き出した。
「神も竜も魔も人も、多くが死んでしまった。…これ以上は、世界そのものが終わってしまう。滅んでしまう」
これほどの死者を出す争いのきっかけはどこからもたらされたものだったか、それすらも定かではない。
しかし、世界は善き者たちと悪しき者たちが熾烈な戦いを繰り広げている。どちらにも甚大な被害が出ているのにやめる気配も、止まる兆しもない。
「…成功するかは分からないけど、もうこれしか方法がないかな…」
私はそう呟いて、秘密の場所へと向かう。私が力を使って戦禍が届かないように、彼に見つからないようにした場所。
其処には身の丈の倍ほどある石柱が円状にそびえたち、内側には複雑な紋様の魔法陣が描かれている。
誰にも教えていない、私しか知らないはずの場所に人影があった。
「…どうして」
人影は彼女のよく知る人物で、生まれた時から隣にいて、恋仲である男だ。
彼は私の戸惑うような問いには答えず、一歩ずつ近付いて来る。
「どうして此処が…誰も、あなたにも気付けないようにしたはずなのに」
「君の力で隠しているなら、私が気付かない訳がないだろう」
彼の言葉にはわずかに怒りが滲んでいた。何に対して怒っているか、なんて明白だ。
「君は、何をしようとしている?この場所には驚くほど濃密な君の力が満ちている。これを、何に使うつもりだ」
「……なんだと思う?」
「ふざけずにきちんと話をしてくれ」
「…分かった。あなたに見つかったのなら隠してはおけないだろうし、何をしようとしているか話すよ」
怒りの度合いが少し上がった彼に肩をすくめ、私は自分の考えを口にする。この争いには終わりがないと思い始めていたときから、ずっと考えていたことを。
「この世界が、滅びに向かってしまう手前だというのはあなたも分かっているよね。ここは、神も人も竜も魔も、多くが消えて、悲しみが生まれてしまった」
「……ああ、そうだな。たくさん、消えてしまった」
仲が良かった子や慕ってくれた神の子を思い出す。私の言葉を聞いて彼も悲痛な表情を浮かべ、悲しみに目を伏せる。
「どうすればこの世界が、あの子たちの創った世界が、命が、滅びないか考えたの。ずっとずっと考えて…世界を分けようと思い付いた」
「世界を、分ける…?」
「今でも住む世界は分かれてるけど容易に干渉が出来るし、すぐに地上に降りられるでしょ?だから、そう出来ないようにそれぞれの世界に結界を張るの」
それぞれの世界に分ければ争いが広がることはなく、人間たちの世界を守る事も出来るだろう。
だが、それは神、魔、竜の三つの特性に合わせた結界を張り、なおかつ地上から神への信仰が届くようにしなければならない。人の信仰なくして神は存在することが難しいからだ。
「…君がやろうとしている事は、一柱の神の力を越えている。成功するとは限らないぞ」
「うん、そうだね。成功したとしてもその後がどうなるかは分からないし、失敗する可能性もある。それは、ちゃんと分かってるよ。分かってて、やろうとしているの」
「…そうか。君の考えている事は分かった。なら私たちは君に力を貸そう」
「……え?私たち?」
彼が合図をすると、それまで二人しか居なかったその場所に影が現れた。その影は私や彼を慕ってくれている人や神や竜達だ。いつのまにこんなにも…。
「塞ぎ込んでいた君を心配している者たちだ。これだけ居れば君の考えを達成できるのではないか?」
「……君たちに気付かれないようにって思ってたんだけど、どうにも詰めが甘かったみたいだね」
私は苦笑を零して彼らを見つめる。心配そうにしているものや怒っているもの、やれやれといった表情を浮かべているものなど様々だ。
「…みんな、心配させてごめんなさい。…私に、手を貸してくれる?」
私の言葉に、その場に集まった全てのものが頷いてくれた。
*
私の作り出した場所は、人間種が多く住む世界の中心にある。ここが最も彼に見つかりにくくて、私の力を蓄えるのに良い場所だったからだ。まあ、彼には見つかってしまったが、私が力を行使する場所としては最適であるのに変わりない。
全ての準備を整え、私と彼は魔法陣の中央に立つ。
「…はじめよう。愛しき世界を続かせるために」
私の言葉に集まった者たちは頷いて、魔法陣へそれぞれの力を注ぎ込む。彼らの多種多様な力は色彩となり陣を輝かせる。
幾つもの光が魔法陣で絶えず煌いている中、ばち、と弾くような音共に数人が陣の外へとはじき出された。
「なっ、これは…!」
「どうして…?!」
弾き出された彼らが指定された位置に戻ることは叶わず、陣の内側に居る私を縋るような目で見つめる。
ああ、やっぱり。もしかしたら、と思って直前に組み込んでおいてよかった。
「…この魔法陣はね、あなたたちの力が残り一割を切ると強制的に弾くようにしてあるの。そうしないと、命を懸けて、魂を砕くまで、私たちに手を貸してしまう。 それは、私が望んでいることじゃないから」
私の言葉に彼らは何も言えなくなる。その覚悟を持って手を貸していて、自分たちが消えてしまっても私の望みが叶うなら、と考えていたからだ。
「きゃぁっ」
「そんな…!」
一人、また一人と陣の外へ弾き出されていく。そうして、残ったのは魔法陣の中央に居る私と彼だけだ。
「…平気?」
「ああ。君の言う一割にはまだまだ及ばないよ」
「そっか。もう少しだから、お願いね」
「勿論だ」
極彩色の光は魔法陣の中心に集まり、柱となってその部屋を、空を、空間を突き抜けていく。
その光は彼女たちの純粋な力だ。あまりにも強力すぎたのか、それを行っている場所は崩れ、赤い空の下に晒された。
光の柱は争いを続けていた者達の注意を引いたが、行動を起こす前に全てが光に飲み込まれ、意識をなくした。
「うう…っ、どうなって…」
「光が、広がって…」
「…っお二人は、お二人は無事なのですか?!」
光の洪水に飲まれても意識を保っていたのは私と共にそれを行った者達だけだが、さすがに目が慣れるまでは時間が掛かるだろう。彼らは不安そうに見えない辺りを見回している。
私は急激に遠のき始める意識を保ちながら、世界を感じる。
「…上手く、いったかな…世界は、分かたれたね…」
「…そうだな……。すまない、少し…この姿を、保てそうにない…」
いまはまだ不安定ではあるが、世界は結界によって分かたれたようだ。安心して、意識を保てなくなってきた私を抱きとめる彼もまた、その身を保つことが出来なくなっていく。
彼の人としての輪郭がぼやけ、人ではないものへ変わって行く。純白の鱗に覆われ、二対四枚の翼と一尾の持つ―竜の姿へと。
「ん…大丈夫だよ。…お疲れ様、ゆっくり休んで。私も、少し…」
「……ああ、おや…すみ…」
私たち二人は目を閉じて、意識を失い、眠りの底へと落ちていった。
*
世界は四つに分かたれたている。
善き神々や神の高みまで上り詰めた精霊、神獣などが存在する『神界』
悪しき神々や破滅へ導く悪魔などが存在する『魔界』
数多の竜種が住む、竜種の楽園『竜界』
人間種が多く存在し多種多様な生命が生きる『人界』
それぞれの生きる世界に結界が張られ、分かたれたのは遠い昔の事。世界の黄昏と呼ばれた大戦の折。
善き神々を生み出した『はじまりの女神』と数多の竜を生み出した『はじまりの竜』が、神々と竜と人とで成したとされている。
世界を分かつ大規模な結界儀式は成功したが、女神と竜は深い眠りに落ちることになった。
幾千と時が経ち、あらゆるものの盛衰も幾度となく訪れた。
そうして、神話の中でしか語られなくなったとある時代。
―はじまりの女神とはじまりの竜は、目覚めの時を向かえる。
「…ここ、どこ…?」
見渡すばかりの星の海に困惑するが、私の頭はここが何処かを知っていた。
星の海、或いは秩序なき混沌が広がる、はじまりの世界。それが私のいる場所だ。
「…んん…なんとなく分かってきた。私は女神で、ここは世界を生み出す場所。うん、大丈夫」
私は元々、女神でもなんでもない人間だったはずだが、何の因果か悪戯か、おそらく転生してしまったのだろう。その辺りの記憶はすっぽりと抜けているので分からないが。
ただ、私は人間だったということと人間であった頃の知識は覚えているようだ。なぜなのかは分からないが。
「うーん、とりあえずちょっと移動してみよう。私以外は誰も居ないのかなぁ」
私以外の生命体がいれば一人で世界を作るなんてことをしなくても良さそうだし。そう思って、浮遊できるらしい私はふわふわと当てもなく移動を始める。
上下も左右も進んでいるのか戻っているのかも分からなくなりそうなほど移動した頃、ふと遠くに白い物体が見えた。近付くにつれ、それが物凄く大きなものであることが分かる。
「なんだろう…生命体、かな?でも微動だにしないし…」
触れる距離まで近付いて、その大きさに驚く。私の何百倍だろうか、大きな白い物体は山かと思うほどだ。
私以外の何かを見つけたのはいいが、さてどうしようかと考えていると、その白い物体が動いた。ずずず、と音がしそうな巨体を動かして―目を、開けた。
「わっ、びっくりした…。私以外にもいたんだ…」
「………汝、は…」
重々しく響く割りに、その巨体が発した声は若い。とりあえず、初対面なので自己紹介が大切だろう。私は最初から名前があるみたいだし。
「はじめまして。私はミーフェリアス、女神をしています。あなたの名前を教えていただけますか?」
「…名前……。我は…我は、グランヴァイルス、だ」
「グランヴァイルス…良い名前ですね。これからよろしくお願いしますね」
私はにっこりと笑みを浮かべて、グランヴァイルスの青い瞳を見つめた。
*
グランヴァイルスことグランとはじめて会った時のことを思い返す。大きくて近付くのが難しかったり、知識の差異があったりと打ち解けるまで時間がかかったが、今では私の最愛の恋人だ。
うーむ、人生…神生?何があるか分からないものだ。
「―ミーフェ、少しいいか?君に渡したいものがあるんだが」
「うん?いいよー」
私たち神が暮らす世界のとある一室にグランが訪ねてきた。彼の手には包みがあるが、なんだろうか。
「少し用事があって地上に行っていたんだが、その時に見つけてな。君に似合うと思って」
「私に…?」
グランから小さな包みを受け取って開けてみる。中に彼の髪と同じ色、白雪色の髪紐が入っていた。
「髪紐…私に、くれるの?」
「君への贈り物だよ。恋人であるのだし、この位はしないとな。それと、私の色を身に着けていて欲しいというただの願望もあるが」
彼は髪紐を持って、私の髪を二房ほど取り綺麗に結んでくれる。頭の横、耳の上で揺れる白に彼はとても満足そうに頷く。
「ありがとうグラン…大切にするね」
「ああ、喜んでもらえて良かった」
グランから贈り物をしてもらえるなんて、嬉しくて堪らない。これは私もお返しをしないといけないだろう。この溢れてしまう想いのお返しを。
後日、私はグランに私の瞳と同じ紅い色の髪紐を贈った。彼は少し驚いていたけれど、とても嬉しそうにしてくれた。その日からずっと私の贈った髪紐を結んでいたので、気に入ってくれたのだろう。良かった。
**
私は、ずっとこんな平穏が、あたたかくて優しい幸せが、続くと思っていた。思って、いたかった。
まるで世界の終わりだ。
見上げる空は赤く染まり、大地は灰と黒に染まり、世界には昼も夜もなくなった。
太陽も月も沈まない赤い空を見上げ、私は一つ息を吐き出した。
「神も竜も魔も人も、多くが死んでしまった。…これ以上は、世界そのものが終わってしまう。滅んでしまう」
これほどの死者を出す争いのきっかけはどこからもたらされたものだったか、それすらも定かではない。
しかし、世界は善き者たちと悪しき者たちが熾烈な戦いを繰り広げている。どちらにも甚大な被害が出ているのにやめる気配も、止まる兆しもない。
「…成功するかは分からないけど、もうこれしか方法がないかな…」
私はそう呟いて、秘密の場所へと向かう。私が力を使って戦禍が届かないように、彼に見つからないようにした場所。
其処には身の丈の倍ほどある石柱が円状にそびえたち、内側には複雑な紋様の魔法陣が描かれている。
誰にも教えていない、私しか知らないはずの場所に人影があった。
「…どうして」
人影は彼女のよく知る人物で、生まれた時から隣にいて、恋仲である男だ。
彼は私の戸惑うような問いには答えず、一歩ずつ近付いて来る。
「どうして此処が…誰も、あなたにも気付けないようにしたはずなのに」
「君の力で隠しているなら、私が気付かない訳がないだろう」
彼の言葉にはわずかに怒りが滲んでいた。何に対して怒っているか、なんて明白だ。
「君は、何をしようとしている?この場所には驚くほど濃密な君の力が満ちている。これを、何に使うつもりだ」
「……なんだと思う?」
「ふざけずにきちんと話をしてくれ」
「…分かった。あなたに見つかったのなら隠してはおけないだろうし、何をしようとしているか話すよ」
怒りの度合いが少し上がった彼に肩をすくめ、私は自分の考えを口にする。この争いには終わりがないと思い始めていたときから、ずっと考えていたことを。
「この世界が、滅びに向かってしまう手前だというのはあなたも分かっているよね。ここは、神も人も竜も魔も、多くが消えて、悲しみが生まれてしまった」
「……ああ、そうだな。たくさん、消えてしまった」
仲が良かった子や慕ってくれた神の子を思い出す。私の言葉を聞いて彼も悲痛な表情を浮かべ、悲しみに目を伏せる。
「どうすればこの世界が、あの子たちの創った世界が、命が、滅びないか考えたの。ずっとずっと考えて…世界を分けようと思い付いた」
「世界を、分ける…?」
「今でも住む世界は分かれてるけど容易に干渉が出来るし、すぐに地上に降りられるでしょ?だから、そう出来ないようにそれぞれの世界に結界を張るの」
それぞれの世界に分ければ争いが広がることはなく、人間たちの世界を守る事も出来るだろう。
だが、それは神、魔、竜の三つの特性に合わせた結界を張り、なおかつ地上から神への信仰が届くようにしなければならない。人の信仰なくして神は存在することが難しいからだ。
「…君がやろうとしている事は、一柱の神の力を越えている。成功するとは限らないぞ」
「うん、そうだね。成功したとしてもその後がどうなるかは分からないし、失敗する可能性もある。それは、ちゃんと分かってるよ。分かってて、やろうとしているの」
「…そうか。君の考えている事は分かった。なら私たちは君に力を貸そう」
「……え?私たち?」
彼が合図をすると、それまで二人しか居なかったその場所に影が現れた。その影は私や彼を慕ってくれている人や神や竜達だ。いつのまにこんなにも…。
「塞ぎ込んでいた君を心配している者たちだ。これだけ居れば君の考えを達成できるのではないか?」
「……君たちに気付かれないようにって思ってたんだけど、どうにも詰めが甘かったみたいだね」
私は苦笑を零して彼らを見つめる。心配そうにしているものや怒っているもの、やれやれといった表情を浮かべているものなど様々だ。
「…みんな、心配させてごめんなさい。…私に、手を貸してくれる?」
私の言葉に、その場に集まった全てのものが頷いてくれた。
*
私の作り出した場所は、人間種が多く住む世界の中心にある。ここが最も彼に見つかりにくくて、私の力を蓄えるのに良い場所だったからだ。まあ、彼には見つかってしまったが、私が力を行使する場所としては最適であるのに変わりない。
全ての準備を整え、私と彼は魔法陣の中央に立つ。
「…はじめよう。愛しき世界を続かせるために」
私の言葉に集まった者たちは頷いて、魔法陣へそれぞれの力を注ぎ込む。彼らの多種多様な力は色彩となり陣を輝かせる。
幾つもの光が魔法陣で絶えず煌いている中、ばち、と弾くような音共に数人が陣の外へとはじき出された。
「なっ、これは…!」
「どうして…?!」
弾き出された彼らが指定された位置に戻ることは叶わず、陣の内側に居る私を縋るような目で見つめる。
ああ、やっぱり。もしかしたら、と思って直前に組み込んでおいてよかった。
「…この魔法陣はね、あなたたちの力が残り一割を切ると強制的に弾くようにしてあるの。そうしないと、命を懸けて、魂を砕くまで、私たちに手を貸してしまう。 それは、私が望んでいることじゃないから」
私の言葉に彼らは何も言えなくなる。その覚悟を持って手を貸していて、自分たちが消えてしまっても私の望みが叶うなら、と考えていたからだ。
「きゃぁっ」
「そんな…!」
一人、また一人と陣の外へ弾き出されていく。そうして、残ったのは魔法陣の中央に居る私と彼だけだ。
「…平気?」
「ああ。君の言う一割にはまだまだ及ばないよ」
「そっか。もう少しだから、お願いね」
「勿論だ」
極彩色の光は魔法陣の中心に集まり、柱となってその部屋を、空を、空間を突き抜けていく。
その光は彼女たちの純粋な力だ。あまりにも強力すぎたのか、それを行っている場所は崩れ、赤い空の下に晒された。
光の柱は争いを続けていた者達の注意を引いたが、行動を起こす前に全てが光に飲み込まれ、意識をなくした。
「うう…っ、どうなって…」
「光が、広がって…」
「…っお二人は、お二人は無事なのですか?!」
光の洪水に飲まれても意識を保っていたのは私と共にそれを行った者達だけだが、さすがに目が慣れるまでは時間が掛かるだろう。彼らは不安そうに見えない辺りを見回している。
私は急激に遠のき始める意識を保ちながら、世界を感じる。
「…上手く、いったかな…世界は、分かたれたね…」
「…そうだな……。すまない、少し…この姿を、保てそうにない…」
いまはまだ不安定ではあるが、世界は結界によって分かたれたようだ。安心して、意識を保てなくなってきた私を抱きとめる彼もまた、その身を保つことが出来なくなっていく。
彼の人としての輪郭がぼやけ、人ではないものへ変わって行く。純白の鱗に覆われ、二対四枚の翼と一尾の持つ―竜の姿へと。
「ん…大丈夫だよ。…お疲れ様、ゆっくり休んで。私も、少し…」
「……ああ、おや…すみ…」
私たち二人は目を閉じて、意識を失い、眠りの底へと落ちていった。
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世界は四つに分かたれたている。
善き神々や神の高みまで上り詰めた精霊、神獣などが存在する『神界』
悪しき神々や破滅へ導く悪魔などが存在する『魔界』
数多の竜種が住む、竜種の楽園『竜界』
人間種が多く存在し多種多様な生命が生きる『人界』
それぞれの生きる世界に結界が張られ、分かたれたのは遠い昔の事。世界の黄昏と呼ばれた大戦の折。
善き神々を生み出した『はじまりの女神』と数多の竜を生み出した『はじまりの竜』が、神々と竜と人とで成したとされている。
世界を分かつ大規模な結界儀式は成功したが、女神と竜は深い眠りに落ちることになった。
幾千と時が経ち、あらゆるものの盛衰も幾度となく訪れた。
そうして、神話の中でしか語られなくなったとある時代。
―はじまりの女神とはじまりの竜は、目覚めの時を向かえる。
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