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第一話 目覚め
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かさかさ、と木々の葉が揺れる音がする。僅かな風とぬくもりを感じ、私は目を開ける。
「……ん、ぅ…?」
ゆっくりと目を開けた私の視界に入ってきたのは真っ白いものだった。触れればあたたかさを感じ、開けたはずの目が閉じていってしまう。それになんとか抗い、顔を上げる。
見えたのは生い茂る深緑の葉と伸びる枝で、注意深く周りを見れば私は大樹の洞のようなところにいるのだと分かった。
どうしてこんな所で眠っていたのだろうか、と覚えている限りの記憶を掘り起こす。そうして覚えている新しい記憶は、私が彼と一緒に行った世界を分ける力技をしたときだ。
「ここは、あの場所…?んん…でもなんか、こんなんだったっけ…」
記憶にある場所よりも随分と緑が多い。ところどころ苔むしている箇所があるのを見つけ、眠っていたのは数年単位ではないなと感じる。
とにもかくにも、この場所を出て世界がどうなっているか確かめないと、と私は真っ白いものをぺちぺちと叩く。
「グラン。グランヴァイルス、起きてー」
私を守るように丸くなっている純白の鱗を持つ生き物は、竜であるグランヴァイルスだ。いつもは私の大きさに合わせて人型になっているけど、あの時は人型を保てなくなって元の竜姿に戻っていた。
揺さぶれる大きさではないけれど頑張って揺さぶり、聞こえるように名前を呼ぶ。
「もー、置いて行っちゃうよ?」
あまりにも反応がなくて、少しむくれて私がそう言えばぴくりとその巨体が身じろいだ。
ゆっくりと体を起こし、私の目線に合うようにその美しい青い瞳を見せる。
「…あ、起きた?おはよう、グラン」
「ミーフェリアス…ここは、あの後はどうなった…?」
「分かんない。私もさっき目が覚めたばかりだし」
「そうか…ん…ひとまずは、君が消えていなくて良かった」
そう言ってグランは私の頬に鼻先を寄せる。心底安堵した声をこぼす彼のその鼻先を撫で、私もだよ、と答える。
どちらか、あるいは両方の存在が消えてしまうかもしれなかったあの力技。私が消えてしまうのは構わないけど、彼を巻き込んでしまうのは避けたかったから、本当によかった。
「…とりあえず、ここを出よっか。じっとしているわけにもいかないし」
「そうだな。向こうに出口らしき穴が見えるが…このままの大きさでは私は出られないな」
グランが鼻先で示した方向へ視線を向ければ、確かに穴が見える。大きさは人が通れるくらいだから、私は通れても竜姿の彼は通れないようだ。人型になれるはずの彼がこう言うということは、なにかあるのかな。
「…グラン、もしかして人型になるだけの魔力がないの?あの時も人型を保てなくなってたし…」
「いや…少し足りないだけだから、人型になった後に君から魔力を貰えれば問題ない」
「本当に?私の魔力なら幾らでもあげるけど、無理しないでね?」
「ああ、もちろん」
頷いたグランは目を閉じ、その巨体が白い光に包まれていく。光は人の形になり、ぱっと晴れると見慣れた彼の姿があった。
雪のように白くて少し長い髪はゆるく結んで肩に流していて、青い瞳は透き通る空のようでとても綺麗だ。
恋人としての贔屓目はあるけど、グランは相変わらず物凄く端整な顔立ちだなぁ。
「ふむ、上手くいったようだ。いつもより魔力の消費も少ない」
「それでも回復しておいた方が良いよ」
洞の下、平らになっている場所に立っているグランへ近付く。彼に身体を寄せ、見上げてから目を閉じると唇に柔らかなものが押し当てられる。見えなくとも、それが彼の唇だと分かる。
魔力の譲渡は身体に触れてさえいれば可能であり、別に口付けである必要はない。これはただ単に、私はグランに触れたくて、グランも私に触れたかったというだけだ。
「…は、ミーフェ。君もあまり魔力が回復していない。そんな状態で…」
「私は魔力を消費するようなこと、あんまりないから大丈夫だよ。グランの方が大変なんだから、私はいいの」
「良くはない、良くはないが…私の魔力も譲渡できるほど多くはないからな。今回は仕方ないとしておくが、次にこのような事があったら私は怒るぞ」
閉じていた目を開ければ、青い瞳が強い意思を持って私を見つめていた。グランが本当に怒ると恐いから一応、心の端に留めておこう。
ひとまず魔力の譲渡も無事に終わったので、私とグランは大樹の洞から出ることにする。自然とグランが前を歩き、私の手を引いてくれる。
「道が出来ているな」
「誰かがここに来てるってことかな。んー、誰だろう?」
「君や私が知っている者ならいいが」
グランに手を引かれながら、なんとか洞から出て整備されている道を歩く。周りは水に囲まれていて、どうやらとても大きな湖の中にこの大樹があったようだ。
湖に掛けられた木製の橋を渡りきった私たちに、驚いた少女の声が聞こえた。
「―ミーフェリアス様…?」
声に視線を向ければ、金色の長い髪を風に揺らしながらこちらを見つめている少女の姿があった。私の記憶にある子と変わりない姿をしている彼女は。
「シャローテ?」
「ああ、ようやくお目覚めになられたのですねミーフェリアス様…。グランヴァイルス様も同じ時に目覚められたようで、安心致しました…」
ほっと安堵して柔らかく微笑むシャローテは私の巫女だ。彼女は世界分割の時にも力を貸してくれていたし、おそらく状況を分かっているだろう。
「シャローテ。私たちが眠ってからどれくらい経ったの?私がやろうとした事は成功したみたいだけど、あれから世界はどうなって…」
「ミーフェリアス様。こんな所で立ち話をするのもなんですし、近くに休憩所がありますので、そこでこの世界について全てお話いたします」
つい気持ちが逸って聞きたいことを矢継ぎ早に質問しそうになって、シャローテに止められる。変わらず柔らかな声にはっとして、私は彼女の提案に頷いた。
*
シャローテの案内された休憩所は意外にもしっかりとした造りだ。丸太を積んで作られたその小屋の中には机と椅子、寝台しかないが、休憩所には十分だろう。
私とグランはシャローテと向かい合うように椅子に座り、それを見計らった彼女が口を開く。
「さて、ミーフェリアス様とグランヴァイルス様がお眠りになって、どれほどの月日が経ったかということですが…そうですわね、一万年ほどでしょうか」
「わ、結構経ってるね」
「ええ。そして、ミーフェリアス様とグランヴァイルス様が主体となって張った結界は無事に機能しています。ただ、正当な儀式であったり世界を繋ぐ門であったり、そういうものには結界も十全には働かないようですわ」
「…そっか。調整は難しかったから、仕方ないかな」
シャローテから教えられた結界の抜け道は、限られた時間の中では調整が上手くいかなかった部分だ。仕方ないとはいえ、この世界の子らに対して申し訳ない。
「ああ、落ち込まないで下さいませミーフェリアス様。その時々に対処は出来ていますからご心配なく。結界がどのように機能しているのかをお話しているだけですから」
「うん、分かってる。ええと、あとは…」
きちんと隠さずに話してくれるシャローテに、私は聞きたいことを頭の中に浮かべる。何を聞こうかと考えている私の横で、グランが静かに口を開いた。
「私たちが居た頃とはかなり変わっているのだろう。ここがあの場所だとは分かるが、他はどのようになっている?」
「そうですね…では、地図をお見せしながら説明いたします」
シャローテはどこからか大陸全土が描かれている地図を取り出す。見たところ、大陸の形は変わっていないようだが幾つか線で分けられているところがある。
「まず、私たちが居るのは大陸のほぼ中心ですわ。この円の中は私たち大神殿の領域になります」
「ふむ…ではこの東西に分かれているのが国家か」
「はい。西側はシンファール王国、東側はレギオル帝国が治めています。こちらの海向こうは夜薙という国が治めていますわ」
「三つだけなんだ。随分減ったね」
「色々とありましたから」
にこり、と笑みを浮かべるシャローテ。色々の部分はあまり聞かないほうが良さそうだと判断し、私は違う話題を振ることにした。
「ええっと、シャローテがいる大神殿ってことは、まだ私への信仰は残ってるの?」
「もちろんですわ。ですが、私の力が及ばず貴女様を信仰している者は少数なのです…」
「まあ、ずっと眠っていた訳だし…信仰の恩恵が無ければ仕方ないよ。少しでも残ってるならそれでいいし」
「そう言って頂けるのはとてもありがたいですが、もっと精進いたしますわ。
ついでに信仰についてもお話しておきますが、貴女様のいない間はフェリスニーア様がとても頑張っていましたので、その信者が多いですわね」
「そっかぁ。フェリスは良い神だから、信仰されるのも分かるなぁ」
うんうん、と私は強く頷く。フェリスニーアは私の後ろをついて色々と勉強していたし、納得だ。
他の信仰についてもシャローテに聞くと、そのあたりは昔と変わらず色々と人によって信仰しているものが違うようだ。たくさん神がいるしね。
「…と、大体のことはお話できたと思います。それで、お二方はこれからどうされるのですか?やはりそれぞれの世界へお帰りに?」
「あー…どうしようか?」
「ふむ…今は私もミーフェもあの時の結界で力を削がれている。それが回復するまではこの世界に留まるのが良いと思うが」
グランにどうするか聞いてみれば、この世界に留まるという答えを出してくれる。うん、私も考えてた。
力を回復するっていうのは大事なんだけど、私はゆっくり穏やかにグランと暮らしたいなぁって。大戦での戦い詰めの記憶が割りと新しいから、余計に。
「まあ…では、お二人が暮らす街の選定や家の準備、人の世での設定などを考えなくてはいけませんね。すぐに準備が出来るわけではありませんので、ひとまずは大神殿へ移動いたしましょう」
「いいの?シャローテには反対されるかと思ってた」
「ふふふ、反対なんて致しませんわ。お二方がこの世界でゆっくりと休みたいと仰るのでしたら、私はそれを全力で叶えるだけです。いまのこの平和を作っているのはお二方の功績ですから」
「いまの平和は今を生きている子たちの功績だよ。でも、ありがとうシャローテ」
私の言葉にシャローテはにこっと笑みを浮かべる。彼女は巫女として、私の友人として厳しく優しく接してくれていた。変わっていない彼女に私は少しだけ安心した。
*
シャローテがいつも使っている転移陣で大神殿までやって来た私とグラン。入り口に女神と竜の像があって驚いたが、彼女はにこにこと笑うだけだ。
大神殿の中に入り、神官や巫女が暮らしている部屋の一つに案内される。
「狭くて申し訳ないのですが、こちらの部屋をお使いください。ミーフェリアス様の服を用意いたしますわ」
「私の服?」
「はい。さすがにその衣装は露出が過ぎるので…」
ああ、そういえば女神としての衣装のままだった。確かにこの衣装のままで街にはいけない。いつもは魔力で形作るけど出来そうにないし。
「幾つか見繕ってきますが、もしお疲れでしたら寝台でお休みください」
「うん、ありがとうシャローテ」
シャローテを見送り、私はとりあえず寝台に腰掛ける。思っていたほど硬くはないが柔らかくもない。しかしあまり贅沢なことは言わないでおこう。
ぽすぽすと寝台の具合を確かめている私の隣に座ったグランは、私を抱き寄せてそのまま寝台へ倒れこむ。
「わ…!グラン、大丈夫?疲れちゃったの?」
「…そうだな。少し、疲れたかもしれない…」
「じゃあ少しだけ休んでおこうか。ちょっと体勢変えるから腕どけてー」
億劫に身体を動かすグランに少しどころではなくかなり疲れているのでは、と思う。これは意地でも眠ってもらわねば、と私は彼の頭を抱くような位置に動く。私の乳房に顔を埋めるようになるけど、こうしないと頭なでたり出来ないから仕方ない。
「ん、よし。ゆっくり休んでね、グラン」
「…ミーフェ…」
すり、と頭を摺り寄せて、ぎゅうっと抱きしめてきたグランはそのまま寝入ってしまった。すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
邪魔しないように頭を撫でているのだが、私もなんだか眠くなってきた。不足分の魔力を睡眠によって補おうとしているのかもしれない。
「ふわ…。私も少し眠ろう…」
変わらず彼の頭を撫でながら目を閉じる。これからの事、回復しきっていない魔力の事、シャローテから聞いた話のことを取りとめもなく考えながら、やって来る睡魔に身を委ねた。
きっと何があってもグランがいれば大丈夫、と小さく笑みを零して。
「……ん、ぅ…?」
ゆっくりと目を開けた私の視界に入ってきたのは真っ白いものだった。触れればあたたかさを感じ、開けたはずの目が閉じていってしまう。それになんとか抗い、顔を上げる。
見えたのは生い茂る深緑の葉と伸びる枝で、注意深く周りを見れば私は大樹の洞のようなところにいるのだと分かった。
どうしてこんな所で眠っていたのだろうか、と覚えている限りの記憶を掘り起こす。そうして覚えている新しい記憶は、私が彼と一緒に行った世界を分ける力技をしたときだ。
「ここは、あの場所…?んん…でもなんか、こんなんだったっけ…」
記憶にある場所よりも随分と緑が多い。ところどころ苔むしている箇所があるのを見つけ、眠っていたのは数年単位ではないなと感じる。
とにもかくにも、この場所を出て世界がどうなっているか確かめないと、と私は真っ白いものをぺちぺちと叩く。
「グラン。グランヴァイルス、起きてー」
私を守るように丸くなっている純白の鱗を持つ生き物は、竜であるグランヴァイルスだ。いつもは私の大きさに合わせて人型になっているけど、あの時は人型を保てなくなって元の竜姿に戻っていた。
揺さぶれる大きさではないけれど頑張って揺さぶり、聞こえるように名前を呼ぶ。
「もー、置いて行っちゃうよ?」
あまりにも反応がなくて、少しむくれて私がそう言えばぴくりとその巨体が身じろいだ。
ゆっくりと体を起こし、私の目線に合うようにその美しい青い瞳を見せる。
「…あ、起きた?おはよう、グラン」
「ミーフェリアス…ここは、あの後はどうなった…?」
「分かんない。私もさっき目が覚めたばかりだし」
「そうか…ん…ひとまずは、君が消えていなくて良かった」
そう言ってグランは私の頬に鼻先を寄せる。心底安堵した声をこぼす彼のその鼻先を撫で、私もだよ、と答える。
どちらか、あるいは両方の存在が消えてしまうかもしれなかったあの力技。私が消えてしまうのは構わないけど、彼を巻き込んでしまうのは避けたかったから、本当によかった。
「…とりあえず、ここを出よっか。じっとしているわけにもいかないし」
「そうだな。向こうに出口らしき穴が見えるが…このままの大きさでは私は出られないな」
グランが鼻先で示した方向へ視線を向ければ、確かに穴が見える。大きさは人が通れるくらいだから、私は通れても竜姿の彼は通れないようだ。人型になれるはずの彼がこう言うということは、なにかあるのかな。
「…グラン、もしかして人型になるだけの魔力がないの?あの時も人型を保てなくなってたし…」
「いや…少し足りないだけだから、人型になった後に君から魔力を貰えれば問題ない」
「本当に?私の魔力なら幾らでもあげるけど、無理しないでね?」
「ああ、もちろん」
頷いたグランは目を閉じ、その巨体が白い光に包まれていく。光は人の形になり、ぱっと晴れると見慣れた彼の姿があった。
雪のように白くて少し長い髪はゆるく結んで肩に流していて、青い瞳は透き通る空のようでとても綺麗だ。
恋人としての贔屓目はあるけど、グランは相変わらず物凄く端整な顔立ちだなぁ。
「ふむ、上手くいったようだ。いつもより魔力の消費も少ない」
「それでも回復しておいた方が良いよ」
洞の下、平らになっている場所に立っているグランへ近付く。彼に身体を寄せ、見上げてから目を閉じると唇に柔らかなものが押し当てられる。見えなくとも、それが彼の唇だと分かる。
魔力の譲渡は身体に触れてさえいれば可能であり、別に口付けである必要はない。これはただ単に、私はグランに触れたくて、グランも私に触れたかったというだけだ。
「…は、ミーフェ。君もあまり魔力が回復していない。そんな状態で…」
「私は魔力を消費するようなこと、あんまりないから大丈夫だよ。グランの方が大変なんだから、私はいいの」
「良くはない、良くはないが…私の魔力も譲渡できるほど多くはないからな。今回は仕方ないとしておくが、次にこのような事があったら私は怒るぞ」
閉じていた目を開ければ、青い瞳が強い意思を持って私を見つめていた。グランが本当に怒ると恐いから一応、心の端に留めておこう。
ひとまず魔力の譲渡も無事に終わったので、私とグランは大樹の洞から出ることにする。自然とグランが前を歩き、私の手を引いてくれる。
「道が出来ているな」
「誰かがここに来てるってことかな。んー、誰だろう?」
「君や私が知っている者ならいいが」
グランに手を引かれながら、なんとか洞から出て整備されている道を歩く。周りは水に囲まれていて、どうやらとても大きな湖の中にこの大樹があったようだ。
湖に掛けられた木製の橋を渡りきった私たちに、驚いた少女の声が聞こえた。
「―ミーフェリアス様…?」
声に視線を向ければ、金色の長い髪を風に揺らしながらこちらを見つめている少女の姿があった。私の記憶にある子と変わりない姿をしている彼女は。
「シャローテ?」
「ああ、ようやくお目覚めになられたのですねミーフェリアス様…。グランヴァイルス様も同じ時に目覚められたようで、安心致しました…」
ほっと安堵して柔らかく微笑むシャローテは私の巫女だ。彼女は世界分割の時にも力を貸してくれていたし、おそらく状況を分かっているだろう。
「シャローテ。私たちが眠ってからどれくらい経ったの?私がやろうとした事は成功したみたいだけど、あれから世界はどうなって…」
「ミーフェリアス様。こんな所で立ち話をするのもなんですし、近くに休憩所がありますので、そこでこの世界について全てお話いたします」
つい気持ちが逸って聞きたいことを矢継ぎ早に質問しそうになって、シャローテに止められる。変わらず柔らかな声にはっとして、私は彼女の提案に頷いた。
*
シャローテの案内された休憩所は意外にもしっかりとした造りだ。丸太を積んで作られたその小屋の中には机と椅子、寝台しかないが、休憩所には十分だろう。
私とグランはシャローテと向かい合うように椅子に座り、それを見計らった彼女が口を開く。
「さて、ミーフェリアス様とグランヴァイルス様がお眠りになって、どれほどの月日が経ったかということですが…そうですわね、一万年ほどでしょうか」
「わ、結構経ってるね」
「ええ。そして、ミーフェリアス様とグランヴァイルス様が主体となって張った結界は無事に機能しています。ただ、正当な儀式であったり世界を繋ぐ門であったり、そういうものには結界も十全には働かないようですわ」
「…そっか。調整は難しかったから、仕方ないかな」
シャローテから教えられた結界の抜け道は、限られた時間の中では調整が上手くいかなかった部分だ。仕方ないとはいえ、この世界の子らに対して申し訳ない。
「ああ、落ち込まないで下さいませミーフェリアス様。その時々に対処は出来ていますからご心配なく。結界がどのように機能しているのかをお話しているだけですから」
「うん、分かってる。ええと、あとは…」
きちんと隠さずに話してくれるシャローテに、私は聞きたいことを頭の中に浮かべる。何を聞こうかと考えている私の横で、グランが静かに口を開いた。
「私たちが居た頃とはかなり変わっているのだろう。ここがあの場所だとは分かるが、他はどのようになっている?」
「そうですね…では、地図をお見せしながら説明いたします」
シャローテはどこからか大陸全土が描かれている地図を取り出す。見たところ、大陸の形は変わっていないようだが幾つか線で分けられているところがある。
「まず、私たちが居るのは大陸のほぼ中心ですわ。この円の中は私たち大神殿の領域になります」
「ふむ…ではこの東西に分かれているのが国家か」
「はい。西側はシンファール王国、東側はレギオル帝国が治めています。こちらの海向こうは夜薙という国が治めていますわ」
「三つだけなんだ。随分減ったね」
「色々とありましたから」
にこり、と笑みを浮かべるシャローテ。色々の部分はあまり聞かないほうが良さそうだと判断し、私は違う話題を振ることにした。
「ええっと、シャローテがいる大神殿ってことは、まだ私への信仰は残ってるの?」
「もちろんですわ。ですが、私の力が及ばず貴女様を信仰している者は少数なのです…」
「まあ、ずっと眠っていた訳だし…信仰の恩恵が無ければ仕方ないよ。少しでも残ってるならそれでいいし」
「そう言って頂けるのはとてもありがたいですが、もっと精進いたしますわ。
ついでに信仰についてもお話しておきますが、貴女様のいない間はフェリスニーア様がとても頑張っていましたので、その信者が多いですわね」
「そっかぁ。フェリスは良い神だから、信仰されるのも分かるなぁ」
うんうん、と私は強く頷く。フェリスニーアは私の後ろをついて色々と勉強していたし、納得だ。
他の信仰についてもシャローテに聞くと、そのあたりは昔と変わらず色々と人によって信仰しているものが違うようだ。たくさん神がいるしね。
「…と、大体のことはお話できたと思います。それで、お二方はこれからどうされるのですか?やはりそれぞれの世界へお帰りに?」
「あー…どうしようか?」
「ふむ…今は私もミーフェもあの時の結界で力を削がれている。それが回復するまではこの世界に留まるのが良いと思うが」
グランにどうするか聞いてみれば、この世界に留まるという答えを出してくれる。うん、私も考えてた。
力を回復するっていうのは大事なんだけど、私はゆっくり穏やかにグランと暮らしたいなぁって。大戦での戦い詰めの記憶が割りと新しいから、余計に。
「まあ…では、お二人が暮らす街の選定や家の準備、人の世での設定などを考えなくてはいけませんね。すぐに準備が出来るわけではありませんので、ひとまずは大神殿へ移動いたしましょう」
「いいの?シャローテには反対されるかと思ってた」
「ふふふ、反対なんて致しませんわ。お二方がこの世界でゆっくりと休みたいと仰るのでしたら、私はそれを全力で叶えるだけです。いまのこの平和を作っているのはお二方の功績ですから」
「いまの平和は今を生きている子たちの功績だよ。でも、ありがとうシャローテ」
私の言葉にシャローテはにこっと笑みを浮かべる。彼女は巫女として、私の友人として厳しく優しく接してくれていた。変わっていない彼女に私は少しだけ安心した。
*
シャローテがいつも使っている転移陣で大神殿までやって来た私とグラン。入り口に女神と竜の像があって驚いたが、彼女はにこにこと笑うだけだ。
大神殿の中に入り、神官や巫女が暮らしている部屋の一つに案内される。
「狭くて申し訳ないのですが、こちらの部屋をお使いください。ミーフェリアス様の服を用意いたしますわ」
「私の服?」
「はい。さすがにその衣装は露出が過ぎるので…」
ああ、そういえば女神としての衣装のままだった。確かにこの衣装のままで街にはいけない。いつもは魔力で形作るけど出来そうにないし。
「幾つか見繕ってきますが、もしお疲れでしたら寝台でお休みください」
「うん、ありがとうシャローテ」
シャローテを見送り、私はとりあえず寝台に腰掛ける。思っていたほど硬くはないが柔らかくもない。しかしあまり贅沢なことは言わないでおこう。
ぽすぽすと寝台の具合を確かめている私の隣に座ったグランは、私を抱き寄せてそのまま寝台へ倒れこむ。
「わ…!グラン、大丈夫?疲れちゃったの?」
「…そうだな。少し、疲れたかもしれない…」
「じゃあ少しだけ休んでおこうか。ちょっと体勢変えるから腕どけてー」
億劫に身体を動かすグランに少しどころではなくかなり疲れているのでは、と思う。これは意地でも眠ってもらわねば、と私は彼の頭を抱くような位置に動く。私の乳房に顔を埋めるようになるけど、こうしないと頭なでたり出来ないから仕方ない。
「ん、よし。ゆっくり休んでね、グラン」
「…ミーフェ…」
すり、と頭を摺り寄せて、ぎゅうっと抱きしめてきたグランはそのまま寝入ってしまった。すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
邪魔しないように頭を撫でているのだが、私もなんだか眠くなってきた。不足分の魔力を睡眠によって補おうとしているのかもしれない。
「ふわ…。私も少し眠ろう…」
変わらず彼の頭を撫でながら目を閉じる。これからの事、回復しきっていない魔力の事、シャローテから聞いた話のことを取りとめもなく考えながら、やって来る睡魔に身を委ねた。
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