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第二話 人の世で暮らすために
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鳥のさえずる声に私は目を覚ます。身体を起こして窓の外を見ると、眠る前より太陽の位置が高い。むむ、これは翌朝まで眠ってしまったようだ。
視線を部屋の中に戻せば、空いている寝台の上に畳まれた服が幾つかおいてあってその上に書置きが。
曰く、とても良く眠っておられたので起こすのは忍びないとそのままにしました。服は置いておきますわ、と。
「んー…とりあえず着替えようかな…。あ、神体のままだと良くないだろうから人にして、と」
見た目的にはあまり変化はないけれど、神官とか信仰心の篤い人に見られると大変だし。とりあえず神としての色々なものを人に変えて、私はシャローテの用意してくれた服を手に取る。
フリルのついたブラウスやシャツ、スカート、ワンピースなど可愛らしいものが多くて迷ってしまう。うんうんと唸りながら、フリルで装飾されている袖無しの白いブラウスと青いスカートを選ぶ。
グランが眠っているうちに、と私は着替えを済ませ、きついところがないかを確認する。
「胸周りもきつくないし、大丈夫かな…」
よし、と口にして、私はグランを起こしに寝台へ近付く。すやすやと眠っている彼は起きているときよりも幼く見えるが、やはり格好良い。
しかし…私がごそごそと着替えていても起きないのは珍しい。それだけ彼の魔力が減っていて、回復していないということだろうか。むー、少しだけなら魔力をあげてもばれないかな?
口付けは彼が起きそうなので、頭を撫でながら少しずつ魔力を渡していく。優しく頭を撫でながら続けていると、彼が身じろいで目を開けた。
「あ、おはようグラン。良く眠れた?」
「……ミーフェ…」
ぼんやりとした様子のグランは起き上がって私をじっと見つめ、表情を綻ばせた。
「…着替えたのか。良く似合っている。とても可愛いよ」
「えへへ、ありがとう。選ぶのに時間がかかったから、グランにそう言ってもらえて嬉しい」
グランの真っ直ぐな言葉に笑みを零す私に彼も笑みを深め、愛おしさを込めて私を見つめている。そのまま彼は腕を伸ばして私を捕まえ、ぎゅうっと正面から抱きしめた。さっきまでぼんやりしていたけど、これはもう起きているな。
「グラン、もうちゃんと起きてるよね?元々、目覚めはいい方だし」
「ああ、起きているよ。おはよう、ミーフェ」
ぎゅーっと抱きしめて、軽く口付けるグラン。私も同じように口付けて、ふと彼の視線が私の顔より下にあることに気付く。顔より下、彼が見つめるような場所は…胸だ。
「…なんでそんなに私の胸ばっかり見てるの?」
「いや…君の乳房は豊か過ぎるから、目立たないようにするにはどうすればいいかと考えていただけで、凝視していたわけでは…」
「そうなの?グランはおっきいおっぱい好きだから早とちりしちゃった、ごめんなさい」
どうやら考え事をして視線が下に行っていただけのようだ。私の心配をしてくれていたのに、ちょっとやましい気持ちで胸を見ているのではと邪推してしまった。勘違い、早とちり、よくない。
素直に謝罪し心の中で反省している私に、グランは少し戸惑ったような声を掛ける。うん?
「ミーフェ、待ってくれ。その…私が大きい乳房が好きというのは…?」
「え、だってグラン私の胸に顔を埋めて眠るの多かったし、寝てるときでもたまに私の胸を触ってるから、好きなんだと思ってたんだけど…違うの?」
ぐう、と呻くような声がグランの口から発せられる。何かに耐えるような表情で顔を紅くしている彼だが、いったい何があったのか。私の言葉のどれかに被弾したのだろうけど、どれだろう。
「その…眠っているとはいえ、君の許可なく乳房に触れてしまってすまない…」
「ううん、気にしなくていいよ。グランになら触られても大丈夫だから」
私がそう言うと、グランはぎゅうっと強く私を抱きしめる。正確には読み取れないが様々な感情が渦巻いていて、それを落ち着けようとするための行動だろう。ちょっと痛いけど、我慢して抱きしめられていよう。
「―ミーフェリアス様、グランヴァイルス様。お目覚めでしょうか?」
「あ…グラン、ちょっと離してもらってもいい?」
部屋の外から聞こえる声はシャローテのものだ。彼女は私とグランの関係を知っているけど、抱きしめられたままで話をするのはちょっと恥ずかしいので離してもらうことにした。
彼は特に駄々を捏ねるわけでもなく素直に解放してくれた。ありがとう、と礼を言って、私は部屋のドアを開ける。
「おはようシャローテ。どうぞ、入って」
「おはようございますミーフェリアス様。失礼致します」
優雅に一礼をするシャローテを部屋に招き入れる。良く見れば彼女は巫女服ではなくゆったりとしたワンピースを着ている。お休みの日かな?
「ミーフェリアス様、私の用意した服は如何でしょうか?きつくありませんか?」
「うん、大丈夫だよ。胸周りも余裕があるし、ありがとうシャローテ」
「礼には及びませんわ。では、服も問題ありませんし、私の部屋で人の世で暮らすための諸々を決めましょうか」
というわけで、私たちに用意された部屋からシャローテの部屋に移動して、設定を決めることになった。ちょっと人界に降りてデートするだけなら問題ないが、暮らすとなるとそういう部分が重要になる。
「まずは名前ですが、ミーフェリアス様はミーフェ様、グランヴァイルス様はグラン様で良いかと思います。神の名にあやかって名付けることもありますし、そう不審がられることはないでしょう。お二方も互いにそう呼んでいますし、別の名をつけるよりは良いでしょう」
「うん、そうだね。グランはずっとグランって呼んでるから、変えるのは難しいしね」
「咄嗟に別の名を呼んでしまうよりは、私もその方がいい」
「はい。ではそのように」
机に向かっているシャローテが紙に決まったことを書いていく。今後のために書き記しておいた方がいい、と彼女が提案して、私たちが承認したからだ。忘れないとは思うけど、彼女が強く希望するので頼むことにしている。
「関係性は…夫婦と致しますか?」
「えーっと、どうしようか?恋人にしておく?」
「…ふむ。まだ恋人としておいて欲しい」
「あら…。ふふ、承知致しました」
シャローテが意味ありげに笑みを浮かべて私を見ている。なんだろう、生暖かい視線を送られているような気がするけど、気のせいかな。
その後も家族構成や出身地を決め、残されたのは職業だ。
「うーーん…人の世で暮らすにはお金を稼がないといけないけど、職業かぁ…。私に出来そうなものってあるかな?冒険者とか?」
「ミーフェに冒険者は難しいだろう。君は繊細な作業が得意だから、そういう職業はどうだ?」
「んー、そりゃグランよりは得意だけど…」
「では調合師など如何でしょう?ミーフェリアス様であれば魔法調合も可能でしょうし、調合したものは商会や自前の店で売ることも出来ますわ」
「調合師かぁ…。資料とかある?」
「はい、ここに」
「ありがとう。私はちょっと読んでるから、グランの職業を決めておいて」
私はそう言って、シャローテから用意されていた資料を受け取り目を通していく。
調合師とはあらゆるものを調合し、あらゆるものを作り出す職業である。薬から魔法薬、魔法金属など作り出せるものは多岐に渡るため、調合師はひとつの分野を専門にすることが多い。一分野だけでも覚えることが多く、繊細な作業を必要とするためだ。二分野以上を選ぶものもいるがとても少なく、専門の調合師より腕が劣る場合が多い。
また、調合師は国家資格のため試験に合格する必要がある。試験の難易度は高く、受験者百名に対して合格者は十名にも満たないほどと言われている。そして試験の難しさと国家資格ながら地味な職業としてあまり人気はなく、資格保有者は三国を合わせても一万に満たないと言われている。
「……えぇ…これ、私に出来るかなぁ…難しいんじゃないかな…?」
「まあ何を仰いますの?ミーフェリアス様は女神なのですから、問題なく合格できますわ」
資料を読み終えた私が漏らした言葉に、シャローテは心底驚いてそう言ってくれる。いや、女神だからって何でもできるわけじゃないんだけどな…。覚えるのは得意だけど、ううん、どうだろう。
「まあとりあえず、きちんと勉強して試験を受けてみるよ。で、ええと、グランは何をすることになったの?」
「私はギルドの依頼を受ける冒険者が良いだろうということになった。外に出ることが多いが、君が調合師になるのならその素材を集めてくることも出来るし、ちょうどいいだろう」
「んー、確かにそうかも。でも冒険者って武器とかいるよね?それは決めてあるの?」
「ああ、剣にした。使い慣れているし、新参冒険者の武器としては無難だろう」
グランは竜だけど私に合わせて人型になっていることが多かった。そのため人の姿でも私を守れるようにと剣の扱いを戦の神に習っていた。師事していたのが戦の神であり、人間よりも長い時間を掛けて剣の訓練をしていたのでその扱いは折り紙付きだ。
「まあ…うん、人前では加減しておかないとダメだよ?」
「分かっているよ。下手をすれば街や森が吹き飛びかねないからな、きちんと枷を嵌めておく」
余程の事がない限り彼の枷が外れることはないし、加減を間違えることもないだろう。彼も私も人間とは長く接しているから常識や良識は弁えているつもりだし。うん、大丈夫だろう。
「まあ、この位決めておけば大丈夫でしょう。ミーフェリアス様は、一週間後の試験に向けて学ばねばなりませんが」
「ううん、一週間あれば覚えられるかな。まあとにかく頑張ってみるよ」
というわけで、調合師の資格を取るために勉強が始まった。覚えるのは得意だから指定の教材を丸覚えしているけど、これでいいのかな。実技の練習も書いてあることをしているだけだし、うーん、合格できるかなぁ。
*
結論から言うと、私は合格した。受験者百人の中で二番目に成績が良かったらしい。
「そうか。君より成績の良い者がいるのか」
「そうみたいだよ。調合師の試験、けっこう難しかったのにすごいねー」
シャローテのいる大神殿でお世話になっている私たちは、用意された部屋でのんびりと過ごしている。私は試験も終わって無事に合格したし、グランも私が知らないうちに冒険者としてギルドに登録していたし、私たちがこの人の世で暮らすための問題は、ほぼ解消されただろう。
「私も君も手に職を持ったわけだし、残りは住む場所か」
「うん。私が調合師になったわけだし、自分の店を開けるように少し広いところを探してくれているみたい」
「何から何までシャローテには世話になっているな…」
本当に、目が覚めたときからずっとお世話になっている。この世界のことを教えてくれたし、私が人界でゆっくりしたいって言えば、職から家から探してくれているし。今度、きっちりとお礼をしなければ。
私がお礼に何を渡せばいいか考えていると、グランが少し不安そうな声で私を呼ぶ。
「ミーフェ。少し、散歩にでも行かないか?」
「ん、いいよ。何処に行こうか、中庭がいいかな?」
「そうだな。あの場所がこの大神殿では一番綺麗だから、そこにしよう」
散歩に誘うのに何を不安になることがあったのだろうか。グランの態度にちょっと首を傾げつつ、彼の提案に頷いて部屋を出る。中庭に向かうにはこの廊下を抜けて大聖堂に入り、もう一つの廊下から外に出れば辿り着ける。
中央には小さめの噴水が設置されていて、周りは花が咲き誇っている中庭は神官たちが交代制で手入れをしているらしい。
「夕日が差し込んでる時間でも綺麗だね」
「ああ、そうだな」
それほど時間も掛からず中庭にやって来た私たちは、噴水の近くまで花を見ながらゆっくりと歩いていく。昨日まで咲いていなかった花が咲いているのを見つけたり、あの花の時期はもうすぐ終わりだね、と他愛のない話をする。
噴水までやってきたので、私はその縁に腰を下ろすのだが、グランは私の目の前に立ってじっとこちらを見つめている。んん、どうしたんだろう?
「ミーフェ。私と君が恋人になったときを覚えているか?」
「うん、もちろん。あの時は吃驚したよ」
私とグランが恋人関係になった時のことを思い出す。
竜姿だったグランが急に人型になって、この姿なら君の隣にいられる、だから恋人になって欲しいと言われて、しばらく言葉の意味が理解できなかった。私は急にそんなことを言われて混乱してるのに、グランは気持ちが伝わっていないのかと何度も好きだと言うし。ようやく意味を飲み込んで、彼の言葉に頷けばそれはもう強い力で抱きしめられたし。まあ私は女神だったから大丈夫だったけど。
「あの時、私は君に恋人になってほしいと言った。君との関係はそれが適切だと思っていたが、今は違う」
「…違うって、どういうこと?」
「ミーフェ。君が考えているようなことじゃない。私は…君を、嫁に迎えたいと思っている」
「よめ……、グランのお嫁さん、に?」
私の言葉にグランは深く頷いて、懐から小さな箱を取り出した。彼は私の前に跪いてその小箱の中に入っているものを見せてくれる。中には彼の鱗の色と同じ穢れない白の指輪が入っていた。
「本当は、あの大戦が終わったら君に伝えようと思っていた。―ミーフェリアス、私と結婚して欲しい」
「……っ、う、ん…っ」
彼の申し出に胸が一杯になって、嬉しくて涙が溢れる。その涙を優しく拭ってくれたグランは、小箱から指輪を取り出して私の薬指に嵌めてくれた。夕日を反射して光るそれに、また私は泣いてしまう。
「ミーフェ、泣かないでくれ。君に泣かれると、私はどうすればいいのか分からなくなる」
「うぅ…だって、すごく嬉しくて…」
「ミーフェ」
跪いていたはずのグランの顔が近い。優しく啄ばむように口付けされ、突然のことにぽろぽろと零れていた涙は止まり、それを見て彼はとても優しく笑う。
立ち上がったグランは私の手を引っ張って、ぎゅうっと抱きしめる。
「好きだ。…いや、愛しているよミーフェ」
「私も、グランを愛してる…」
ぎゅっと抱きしめあう私たちだが、不意に庭園の入り口方向から幾つかの気配を感じた。彼も気付いたらしく、私を見つめて頷き、抱きしめるのをやめてその方向に身体を向ける。
「あっ見つかった!」
「もう、フェイラスがそんなに前に出るから!」
「姉様…良かったです…!」
「これはおめでたい!」
「グラン様、ようやくですか…」
「あらあら、うふふ…」
柱の影に隠れ顔だけを出しているよく見知った七人。三人はこの世界のものだからいるのは分かるが、残りの四人はどうしてここにいるんだろうか。
顔ぶれに首を傾げていると、代表してかシャローテがこちらに向かってきてくれる。
「覗き見をしていて申し訳ありません。ですが、お二方の行く末が気になったものですから」
「まあ、その、ちょっと恥ずかしいけど怒ってはないよ。それよりあの子たちはどうしてここに?」
「お二方がお目覚めになられたことをお知らせしたからです。さすがに全ての方が来られては困ってしまうので、代表としてあの方たちが」
「そっかぁ。えっと、とりあえずシャローテの部屋でちょっとお話しようか」
視線でグランに問いかければ頷いてくれ、シャローテも了承してくれた。畏まった挨拶はまた彼女の部屋で話をする時でいいかな。それにしても変わってないなぁ…まあ歳を取るような子たちじゃないけど。
まあ、まずは積もる話でもしようか。時間はたくさんあるわけだしね。
視線を部屋の中に戻せば、空いている寝台の上に畳まれた服が幾つかおいてあってその上に書置きが。
曰く、とても良く眠っておられたので起こすのは忍びないとそのままにしました。服は置いておきますわ、と。
「んー…とりあえず着替えようかな…。あ、神体のままだと良くないだろうから人にして、と」
見た目的にはあまり変化はないけれど、神官とか信仰心の篤い人に見られると大変だし。とりあえず神としての色々なものを人に変えて、私はシャローテの用意してくれた服を手に取る。
フリルのついたブラウスやシャツ、スカート、ワンピースなど可愛らしいものが多くて迷ってしまう。うんうんと唸りながら、フリルで装飾されている袖無しの白いブラウスと青いスカートを選ぶ。
グランが眠っているうちに、と私は着替えを済ませ、きついところがないかを確認する。
「胸周りもきつくないし、大丈夫かな…」
よし、と口にして、私はグランを起こしに寝台へ近付く。すやすやと眠っている彼は起きているときよりも幼く見えるが、やはり格好良い。
しかし…私がごそごそと着替えていても起きないのは珍しい。それだけ彼の魔力が減っていて、回復していないということだろうか。むー、少しだけなら魔力をあげてもばれないかな?
口付けは彼が起きそうなので、頭を撫でながら少しずつ魔力を渡していく。優しく頭を撫でながら続けていると、彼が身じろいで目を開けた。
「あ、おはようグラン。良く眠れた?」
「……ミーフェ…」
ぼんやりとした様子のグランは起き上がって私をじっと見つめ、表情を綻ばせた。
「…着替えたのか。良く似合っている。とても可愛いよ」
「えへへ、ありがとう。選ぶのに時間がかかったから、グランにそう言ってもらえて嬉しい」
グランの真っ直ぐな言葉に笑みを零す私に彼も笑みを深め、愛おしさを込めて私を見つめている。そのまま彼は腕を伸ばして私を捕まえ、ぎゅうっと正面から抱きしめた。さっきまでぼんやりしていたけど、これはもう起きているな。
「グラン、もうちゃんと起きてるよね?元々、目覚めはいい方だし」
「ああ、起きているよ。おはよう、ミーフェ」
ぎゅーっと抱きしめて、軽く口付けるグラン。私も同じように口付けて、ふと彼の視線が私の顔より下にあることに気付く。顔より下、彼が見つめるような場所は…胸だ。
「…なんでそんなに私の胸ばっかり見てるの?」
「いや…君の乳房は豊か過ぎるから、目立たないようにするにはどうすればいいかと考えていただけで、凝視していたわけでは…」
「そうなの?グランはおっきいおっぱい好きだから早とちりしちゃった、ごめんなさい」
どうやら考え事をして視線が下に行っていただけのようだ。私の心配をしてくれていたのに、ちょっとやましい気持ちで胸を見ているのではと邪推してしまった。勘違い、早とちり、よくない。
素直に謝罪し心の中で反省している私に、グランは少し戸惑ったような声を掛ける。うん?
「ミーフェ、待ってくれ。その…私が大きい乳房が好きというのは…?」
「え、だってグラン私の胸に顔を埋めて眠るの多かったし、寝てるときでもたまに私の胸を触ってるから、好きなんだと思ってたんだけど…違うの?」
ぐう、と呻くような声がグランの口から発せられる。何かに耐えるような表情で顔を紅くしている彼だが、いったい何があったのか。私の言葉のどれかに被弾したのだろうけど、どれだろう。
「その…眠っているとはいえ、君の許可なく乳房に触れてしまってすまない…」
「ううん、気にしなくていいよ。グランになら触られても大丈夫だから」
私がそう言うと、グランはぎゅうっと強く私を抱きしめる。正確には読み取れないが様々な感情が渦巻いていて、それを落ち着けようとするための行動だろう。ちょっと痛いけど、我慢して抱きしめられていよう。
「―ミーフェリアス様、グランヴァイルス様。お目覚めでしょうか?」
「あ…グラン、ちょっと離してもらってもいい?」
部屋の外から聞こえる声はシャローテのものだ。彼女は私とグランの関係を知っているけど、抱きしめられたままで話をするのはちょっと恥ずかしいので離してもらうことにした。
彼は特に駄々を捏ねるわけでもなく素直に解放してくれた。ありがとう、と礼を言って、私は部屋のドアを開ける。
「おはようシャローテ。どうぞ、入って」
「おはようございますミーフェリアス様。失礼致します」
優雅に一礼をするシャローテを部屋に招き入れる。良く見れば彼女は巫女服ではなくゆったりとしたワンピースを着ている。お休みの日かな?
「ミーフェリアス様、私の用意した服は如何でしょうか?きつくありませんか?」
「うん、大丈夫だよ。胸周りも余裕があるし、ありがとうシャローテ」
「礼には及びませんわ。では、服も問題ありませんし、私の部屋で人の世で暮らすための諸々を決めましょうか」
というわけで、私たちに用意された部屋からシャローテの部屋に移動して、設定を決めることになった。ちょっと人界に降りてデートするだけなら問題ないが、暮らすとなるとそういう部分が重要になる。
「まずは名前ですが、ミーフェリアス様はミーフェ様、グランヴァイルス様はグラン様で良いかと思います。神の名にあやかって名付けることもありますし、そう不審がられることはないでしょう。お二方も互いにそう呼んでいますし、別の名をつけるよりは良いでしょう」
「うん、そうだね。グランはずっとグランって呼んでるから、変えるのは難しいしね」
「咄嗟に別の名を呼んでしまうよりは、私もその方がいい」
「はい。ではそのように」
机に向かっているシャローテが紙に決まったことを書いていく。今後のために書き記しておいた方がいい、と彼女が提案して、私たちが承認したからだ。忘れないとは思うけど、彼女が強く希望するので頼むことにしている。
「関係性は…夫婦と致しますか?」
「えーっと、どうしようか?恋人にしておく?」
「…ふむ。まだ恋人としておいて欲しい」
「あら…。ふふ、承知致しました」
シャローテが意味ありげに笑みを浮かべて私を見ている。なんだろう、生暖かい視線を送られているような気がするけど、気のせいかな。
その後も家族構成や出身地を決め、残されたのは職業だ。
「うーーん…人の世で暮らすにはお金を稼がないといけないけど、職業かぁ…。私に出来そうなものってあるかな?冒険者とか?」
「ミーフェに冒険者は難しいだろう。君は繊細な作業が得意だから、そういう職業はどうだ?」
「んー、そりゃグランよりは得意だけど…」
「では調合師など如何でしょう?ミーフェリアス様であれば魔法調合も可能でしょうし、調合したものは商会や自前の店で売ることも出来ますわ」
「調合師かぁ…。資料とかある?」
「はい、ここに」
「ありがとう。私はちょっと読んでるから、グランの職業を決めておいて」
私はそう言って、シャローテから用意されていた資料を受け取り目を通していく。
調合師とはあらゆるものを調合し、あらゆるものを作り出す職業である。薬から魔法薬、魔法金属など作り出せるものは多岐に渡るため、調合師はひとつの分野を専門にすることが多い。一分野だけでも覚えることが多く、繊細な作業を必要とするためだ。二分野以上を選ぶものもいるがとても少なく、専門の調合師より腕が劣る場合が多い。
また、調合師は国家資格のため試験に合格する必要がある。試験の難易度は高く、受験者百名に対して合格者は十名にも満たないほどと言われている。そして試験の難しさと国家資格ながら地味な職業としてあまり人気はなく、資格保有者は三国を合わせても一万に満たないと言われている。
「……えぇ…これ、私に出来るかなぁ…難しいんじゃないかな…?」
「まあ何を仰いますの?ミーフェリアス様は女神なのですから、問題なく合格できますわ」
資料を読み終えた私が漏らした言葉に、シャローテは心底驚いてそう言ってくれる。いや、女神だからって何でもできるわけじゃないんだけどな…。覚えるのは得意だけど、ううん、どうだろう。
「まあとりあえず、きちんと勉強して試験を受けてみるよ。で、ええと、グランは何をすることになったの?」
「私はギルドの依頼を受ける冒険者が良いだろうということになった。外に出ることが多いが、君が調合師になるのならその素材を集めてくることも出来るし、ちょうどいいだろう」
「んー、確かにそうかも。でも冒険者って武器とかいるよね?それは決めてあるの?」
「ああ、剣にした。使い慣れているし、新参冒険者の武器としては無難だろう」
グランは竜だけど私に合わせて人型になっていることが多かった。そのため人の姿でも私を守れるようにと剣の扱いを戦の神に習っていた。師事していたのが戦の神であり、人間よりも長い時間を掛けて剣の訓練をしていたのでその扱いは折り紙付きだ。
「まあ…うん、人前では加減しておかないとダメだよ?」
「分かっているよ。下手をすれば街や森が吹き飛びかねないからな、きちんと枷を嵌めておく」
余程の事がない限り彼の枷が外れることはないし、加減を間違えることもないだろう。彼も私も人間とは長く接しているから常識や良識は弁えているつもりだし。うん、大丈夫だろう。
「まあ、この位決めておけば大丈夫でしょう。ミーフェリアス様は、一週間後の試験に向けて学ばねばなりませんが」
「ううん、一週間あれば覚えられるかな。まあとにかく頑張ってみるよ」
というわけで、調合師の資格を取るために勉強が始まった。覚えるのは得意だから指定の教材を丸覚えしているけど、これでいいのかな。実技の練習も書いてあることをしているだけだし、うーん、合格できるかなぁ。
*
結論から言うと、私は合格した。受験者百人の中で二番目に成績が良かったらしい。
「そうか。君より成績の良い者がいるのか」
「そうみたいだよ。調合師の試験、けっこう難しかったのにすごいねー」
シャローテのいる大神殿でお世話になっている私たちは、用意された部屋でのんびりと過ごしている。私は試験も終わって無事に合格したし、グランも私が知らないうちに冒険者としてギルドに登録していたし、私たちがこの人の世で暮らすための問題は、ほぼ解消されただろう。
「私も君も手に職を持ったわけだし、残りは住む場所か」
「うん。私が調合師になったわけだし、自分の店を開けるように少し広いところを探してくれているみたい」
「何から何までシャローテには世話になっているな…」
本当に、目が覚めたときからずっとお世話になっている。この世界のことを教えてくれたし、私が人界でゆっくりしたいって言えば、職から家から探してくれているし。今度、きっちりとお礼をしなければ。
私がお礼に何を渡せばいいか考えていると、グランが少し不安そうな声で私を呼ぶ。
「ミーフェ。少し、散歩にでも行かないか?」
「ん、いいよ。何処に行こうか、中庭がいいかな?」
「そうだな。あの場所がこの大神殿では一番綺麗だから、そこにしよう」
散歩に誘うのに何を不安になることがあったのだろうか。グランの態度にちょっと首を傾げつつ、彼の提案に頷いて部屋を出る。中庭に向かうにはこの廊下を抜けて大聖堂に入り、もう一つの廊下から外に出れば辿り着ける。
中央には小さめの噴水が設置されていて、周りは花が咲き誇っている中庭は神官たちが交代制で手入れをしているらしい。
「夕日が差し込んでる時間でも綺麗だね」
「ああ、そうだな」
それほど時間も掛からず中庭にやって来た私たちは、噴水の近くまで花を見ながらゆっくりと歩いていく。昨日まで咲いていなかった花が咲いているのを見つけたり、あの花の時期はもうすぐ終わりだね、と他愛のない話をする。
噴水までやってきたので、私はその縁に腰を下ろすのだが、グランは私の目の前に立ってじっとこちらを見つめている。んん、どうしたんだろう?
「ミーフェ。私と君が恋人になったときを覚えているか?」
「うん、もちろん。あの時は吃驚したよ」
私とグランが恋人関係になった時のことを思い出す。
竜姿だったグランが急に人型になって、この姿なら君の隣にいられる、だから恋人になって欲しいと言われて、しばらく言葉の意味が理解できなかった。私は急にそんなことを言われて混乱してるのに、グランは気持ちが伝わっていないのかと何度も好きだと言うし。ようやく意味を飲み込んで、彼の言葉に頷けばそれはもう強い力で抱きしめられたし。まあ私は女神だったから大丈夫だったけど。
「あの時、私は君に恋人になってほしいと言った。君との関係はそれが適切だと思っていたが、今は違う」
「…違うって、どういうこと?」
「ミーフェ。君が考えているようなことじゃない。私は…君を、嫁に迎えたいと思っている」
「よめ……、グランのお嫁さん、に?」
私の言葉にグランは深く頷いて、懐から小さな箱を取り出した。彼は私の前に跪いてその小箱の中に入っているものを見せてくれる。中には彼の鱗の色と同じ穢れない白の指輪が入っていた。
「本当は、あの大戦が終わったら君に伝えようと思っていた。―ミーフェリアス、私と結婚して欲しい」
「……っ、う、ん…っ」
彼の申し出に胸が一杯になって、嬉しくて涙が溢れる。その涙を優しく拭ってくれたグランは、小箱から指輪を取り出して私の薬指に嵌めてくれた。夕日を反射して光るそれに、また私は泣いてしまう。
「ミーフェ、泣かないでくれ。君に泣かれると、私はどうすればいいのか分からなくなる」
「うぅ…だって、すごく嬉しくて…」
「ミーフェ」
跪いていたはずのグランの顔が近い。優しく啄ばむように口付けされ、突然のことにぽろぽろと零れていた涙は止まり、それを見て彼はとても優しく笑う。
立ち上がったグランは私の手を引っ張って、ぎゅうっと抱きしめる。
「好きだ。…いや、愛しているよミーフェ」
「私も、グランを愛してる…」
ぎゅっと抱きしめあう私たちだが、不意に庭園の入り口方向から幾つかの気配を感じた。彼も気付いたらしく、私を見つめて頷き、抱きしめるのをやめてその方向に身体を向ける。
「あっ見つかった!」
「もう、フェイラスがそんなに前に出るから!」
「姉様…良かったです…!」
「これはおめでたい!」
「グラン様、ようやくですか…」
「あらあら、うふふ…」
柱の影に隠れ顔だけを出しているよく見知った七人。三人はこの世界のものだからいるのは分かるが、残りの四人はどうしてここにいるんだろうか。
顔ぶれに首を傾げていると、代表してかシャローテがこちらに向かってきてくれる。
「覗き見をしていて申し訳ありません。ですが、お二方の行く末が気になったものですから」
「まあ、その、ちょっと恥ずかしいけど怒ってはないよ。それよりあの子たちはどうしてここに?」
「お二方がお目覚めになられたことをお知らせしたからです。さすがに全ての方が来られては困ってしまうので、代表としてあの方たちが」
「そっかぁ。えっと、とりあえずシャローテの部屋でちょっとお話しようか」
視線でグランに問いかければ頷いてくれ、シャローテも了承してくれた。畏まった挨拶はまた彼女の部屋で話をする時でいいかな。それにしても変わってないなぁ…まあ歳を取るような子たちじゃないけど。
まあ、まずは積もる話でもしようか。時間はたくさんあるわけだしね。
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