転生女神は最愛の竜と甘い日々を過ごしたい

紅乃璃雨-こうの りう-

文字の大きさ
31 / 34

第三十話 おわりのはじまり

しおりを挟む
 ミーフェリアスを瀕死に追いやった邪神リリアは、優雅に魔界を歩いていた。
 魔界は勝者が支配者という強さが絶対の場所である。強いものが多くの領域を持ち、またそれを広げるべく大なり小なり争いが起きている。ぽっと出の新顔の邪神がそこらに居ようものなら、叩き潰して服従させるか消滅させるかのどちらかだ。
 邪神リリアが通っている領域を支配している邪神ザゲイルとその配下が彼女にその邪悪な力を振るうが、まるで虫を払うかのような動作で、彼らは文字通り潰された。一瞬、あるいは感知する間もないほどの時間だっただろう。何が起きたのか、何をされたのかすら分からない。
 邪神リリアはその叩き潰した邪神を一瞥し、何かを思いついてそれに手を伸ばす。

「……だれにも邪魔させない。私は望みを、滅びを、成さなければ」

 成すべきことのために彼女は全てを利用することにした。向かってくるものは叩き潰し、見ているだけのものは放置して、進む。進んで、進んで、辿り着く。
 魔界の底、神界の端、竜界の末と呼ばれる、三つの世界に隣接する創生の地――星の海へと。
 
「……さあ、さあ。もう一度、終わりを……終焉を、はじめましょう」

 *

 それは、突如として世界を襲った異常だった。
 手を出さなければ暴れることのない魔物が狂暴化し、各地に存在する祭壇迷宮で急速に魔物が増え始めたのだ。迷宮から溢れるほどの魔物は、ミルスマギナで起きた邪神顕現の事例を受けて強化された結界でその一帯からは出られず、なんとか押し留められている。
 しかし結界内だからといって魔物を放置するわけにもいかず、祭壇迷宮を管理している各ギルドは特級冒険者に声をかけ魔物の討伐を依頼することになった。

 ミルスマギナも例にもれず、街に在住している特級冒険者に声をかけ討伐隊を編成することになっている。本来、冒険者になって一年も経っておらず、中級であるグランには声がかかる事はないはずだったが、邪神顕現時の活躍を考えれば、容易に想像できることであった。
 しかし、いくら力があろうと一年未満の冒険者をお願いという名の要請で招集するには問題がある。そこでギルド側は『自ら赴かせれば良い』と考えた。

「――それで私が交渉役という訳だ。グラン、どうだろうか?」

 ギルド側が交渉役として派遣したのはセラフィーヌだった。ミーフェと仲が良く、グランとも何度か一緒に仕事をしたこともあるためだろう。
 一階の奥まった場所、いわゆる調合部屋に通された彼女はここに至るまでの経緯を話し、グランへ参加の有無を問う。

「……セラフィーヌはミーフェと仲良くしているし、手を貸してやりたいが……すまない。いまは彼女の傍を離れたくないんだ」
「いや、謝らないでくれ。少し前からミーフェが眠っているのは知っているし、グランがその傍を離れたくないのも分かっている」

 セラフィーヌがそれを知ったのは、件の日より三日ほど経った頃だった。一日以上閉めていることのない調合屋が、ここ数日閉まっているのを不思議に思って訪ねた際に、ミーフェが体調を崩して寝込んでいることを聞いたのだ。その時はまだ落ち着いていないから、と顔を見ることはできなかった。
 ただ体調を崩しているだけなら五日ほどで良くなるだろうと考えていたセラフィーヌだが、その予想に反しミーフェは十日以上眠り続けている。何か大きな病気か呪いでも掛けられているのではないか、という彼女の問いにグランはすべて否定し、体の異常もなくただ眠っているだけだと答えたのだ。
 眠り続けるミーフェを悲痛な面持ちで見つめる彼に、それ以上何が言えようか。

「うん。ギルドには私が話しておくし、君は心配せず彼女の傍に居てあげると良い。じゃあ、私はこれで……」

 討伐隊の準備などがあるためセラフィーヌは早々に立ち去ろうとしたのだが、二階からばたばたと荒々しい足音が響いてくる。何事かと二階へ続く扉を見やるとそれが勢いよく開き、金色の髪を揺らして少女が飛び出してきた。

「姉様がっ、姉様が……!!」

 金色の髪の少女―以前ミーフェの妹と紹介されたフェリスの言葉に、グランとセラフィーヌが慌てて立ち上がる。二階につながる階段を駆け上がり彼女が眠っているはずの私室へ向かうが、寝台のシーツが少し乱れているだけでその姿はどこにもなかった。

 *

 ゼンとの夢から目が覚めたミーフェリアスこと私は、彼らに何も伝えずに行くことにした。どう説明したらいいのか分からないし、話せば止められてしまう気がしたから。
 ゆったりとした衣服を袖なしのブラウスと青いスカートに着替え、正面から出ると必ず見つかるだろうから私室の窓から飛び降りることにする。
 気付かれないように神の力や魔力を隠蔽し、無事に自宅の外へと出ることができた。

「前はグランに気付かれちゃったから、今度はちゃんとしないと」

 私のものとは分からないように力の残滓を別のものに変え、念入りに気配も隠蔽して私はゼンの家へと向かうことにした。前に教えてもらった場所を思い出しながら通りを進んでいくと、小さな一軒家が見える。
 青い屋根に石造りの家の前にゼンは立っていた。

「ひとまず中へ入ってくれ。グランが執念でお前を見つけかねないからな」
「あー、うん。お邪魔します」

 おそらく私を待っていただろうゼンにそう言われ、私は彼の家へと入る。通された客室らしきところは意外にもしっかりと調度品が揃っていた。豪華というわけではなく、さりげなくお洒落な感じのものばかりだ。
 二つある椅子の一つに腰かけ、ゼンが向かいに座ったところで私は口を開く。

「私ってどのくらい眠ってたの?その間になにかあった?」
「俺が重傷のお前を見てから今日が十三日目だ。この間に人界では祭壇迷宮の魔物が外に溢れるほど増殖したぞ。結界のおかげで一定の範囲外には出ていないから街に被害は出ていない。近々、討伐隊が組まれると聞いている。
 神界には特に何も起こっていないようだが、魔界では力のあった邪神が消滅して混沌としているみたいだ。あと、星の海が異常に活発化している。これはわりと真面目にどうにかしないといけない問題だぞ」

 その言葉に私も表情を引き締めて頷く。
 世界が出来上がった時点で星の海はその活動のほとんどが止まっている。気まぐれに動き出し神や邪神を生むことはあるが、それも最近では少ない。
 そんな星の海が、異常に活発化しているのだ。新たな生命が生まれているわけでもなく、ただ活発に動き出しているということは世界にとってよろしくない事態が引き起こされる可能性が高い。

「星の海は世界の始まりと終わり。活発に動くのはその二つだけ」
「そうだ。星の海は終わりに向けて活動を始めている。いままでまったくそんな兆候はなかったのに、急にそうなったということは……」
「リリアが関係している、ということ」

 私の答えにゼンは真面目な顔をして頷く。彼も同じ考えに行きついたのだろう。
 だって彼女は終焉で会いましょうと言った。邪神である彼女には星の海が終焉の始まりである事を知っている。なら、彼女はきっとそこにいる。

「俺が把握してるのはこの程度だ。今のところは大きな被害も重大な異常も見受けられないが、それも時間の問題だろう」
「そうだね、ゆっくりはしてられない。……リリアを止めに行かなくちゃ」
「一応、確認するが、一人で行くんだな?誰の協力も得ず、何も告げず、お前だけで」

 私はこちらを見つめる青空のように透き通った瞳を見返す。彼は私に起こりうる事態を憂いて、確認と称して問いかけているんだろう。本当にそれでいいのか、と。

「うん。夢でも言ったけど、これは私がやらなくちゃいけないことだから。リリアを止めるのは他の誰でもない私の役目。その先に何があっても後悔はしない、つもり」
「……つもり、か。まあ、ある程度の覚悟は決まっているみたいだから、これ以上は何も言わない。まあ、もしもがあった場合には言付けくらいは頼まれてやってもいいぞ」

 俺としてはそんな事態にならなければいいと思っているが、と呟いて、ゼンは立ち上がる。私も彼と同じように立ち上がり、体を完全な女神の姿へと変えた。現状確認が終わればあとは向かうだけだから。
 私の変化を見届けたゼンは頷き、こちらへ手を差し出す。

「お前でも星の海まで直通では行けないからな。俺が連れて行ってやる」
「それは助かるけど、それも手助けのうち?」
「さてな」

 ゼンの手を取りながら問いかける私に彼は曖昧に答え、転移を開始する。光の粒子が私たちを包み、それらで覆いつくされた次の瞬間、転移は完了した。
 本来なら穏やかな水面である星の海は見る影もなく、うねり、渦巻き、荒れ動いている。

「ミーフェリアス。俺はお前の、お前たちの幸福を願っている。それをくれぐれも忘れてくれるな」
「……うん。ありがとう、ゼン。行ってくるね」

 ゼンに背を向け、荒れる星の海の手前に佇むリリアの元へ向かう。
 私が来たことに気づいた彼女は閉じていた瞼を上げ、その光のない赤い瞳をこちらに向ける。

「あぁ……やっぱり私の邪魔をするのね。こんな世界、要らないのに」
「……リリア。あなたがリリアなら、残ったリリィの肉体を依り代にしたなら、あの人がどういう人か分かっているはず。あの人は、こんなこと望んだりしない」

 リリアと向かい合った状態の私は、彼女と話をすることにした。出来ることなら、彼女と戦いたくはないから。話をするだけで彼女の行為を止められるとも思っていないけど。
 でも、もしリリィとしての記憶がわずかでもあり、それを主体としているのなら。

「……あの人って、誰のことかしら?私は私の願いのために世界を滅ぼすのよ?」

 リリアは心底、意味が理解できないというような顔をした。赤い瞳には偽りの色などない。
 嘘をついていないのなら、彼女の中に記憶は存在しないということだ。だが、攻撃された時は確かにあの人を連想させるようなことを言っていた。
 なら、徐々に記憶が消えているということだろうか。たとえば、邪神としての力が強まるたびに。
 
「……あなたが来るまで考えていたの。あなたを滅ぼさなければいけないって。ほかにも何かあった気がするけれど……あぁ、なんだったかしら?思い出せないわ。でも、滅ぼさなくちゃ」

 私を見つめる赤い瞳に暗い光が灯る。彼女の中にあるのは、私が阻止した滅びを再びもたらすことだけになってしまったのだろう。あの子の記憶も私の記憶も失くなって、人間によって生み出された邪神となったのだ。
 それなら、もう。

「あなたが一番強くて邪魔になるから、最初に滅ぼさないと」
「そう簡単にはやられないよ。今度こそ穏やかな眠りにつかせてあげるから」

 そうすることが、きっと私たちのためだろう。それを成すために私がどうなってしまっても。
 私はその覚悟を決めてきたのだから。


――
*ほぼ三か月、更新できなくて申し訳ありません。まだご興味を持っていらっしゃる方が居れば、どうか彼女の物語の終わりを見届けてほしいとおもいます。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

処理中です...