転生女神は最愛の竜と甘い日々を過ごしたい

紅乃璃雨-こうの りう-

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第三十一話 彼女の行く末

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 星の海にて邪神と女神が戦いを始めた頃。
 忽然と姿を消したミーフェリアスを探し、神界、竜界、魔界までにも捜索の手を伸ばしているグランだが、その行方はようとして知れず。

「もー、どこ行っちゃったんだろうねぇ、ミーフェリアスちゃん。怪我は治ってるだろうけど、力は戻ってないのにね~?」

 ふわふわと空中で頬杖をついているヴィアが困惑したようにそう零し、視線を下に向けた。彼女の眼下には、はじまりの竜としての力を最大にしてミーフェの居場所を探しているグランがいる。
 そして、彼のほかにもミーフェを全力で探している者たちがいることをヴィアは知っている。シャローテは信仰心の繋がりをたどって、フェイラスとフィーリはその類稀なる身体能力を駆使してミルスマギナ周辺を、居なくなった場に居合わせたセラフィーヌは彼女の知り合いに行方を知るものがいないかを、それぞれが出来ることをしている。
 だが、それでも。

「……いない。ミーフェリアスの力を、少しも感じられない……」
「私もですわ……。ミーフェリアス様に私の信仰心が届いていないように感じられます」
「魔界はいまごっちゃごちゃしてるからミーフェリアスちゃんはいないだろうし、どこいるんだろうね?」

 神界にも竜界にもおらず、その力を感じられない。それにヴィアとシャローテは、あり得てしまうかもしれない推測が頭に浮かぶ。

「……信じたくないけどさ、ミーフェリアスちゃんってもういないんじゃない?こーんなに探して、グランヴァイルスくんにも見つけられなかったらさ……」
「ヴィアデストア。一度ならお前なりの冗談として聞き流す」
「ぅ……で、でもさあ!本当にそうだった場合、ボクらは受け入れないといけないわけじゃん!」

 感情の感じられない冷たい青に射抜かれ、一度はしぼんだヴィアだがそれでもその先を口にしなければいけない。これから先、自分たちが抱えていかなければいけないその思いを。
 バン!とまるで爆発が起こったかのような音が響いた。ヴィアが音の発生源に目を向ければ、それなりに頑丈そうな机が手のひらほどの木片の山となっていた。誰がそれをやったのかというのは、明白である。

「ヴィアデストア」

 かつてこれほど感情がなく冷たいグランの声を聞いたことがあっただろうか、とヴィアは今まで自分が行ってきたミーフェに関わる悪事に思いを馳せ、現実逃避まがいの思考を始める。あるいはこれが彼女の走馬灯のようなものだったのかもしれない。
 死んだ、と冷静な部分が判断を下したとき、部屋のドアが乱暴に開かれた。

「グラン!オルネラがミーフェの姿を見たらしい!」

 慌ただしく入ってきたのは、知り合いにミーフェのことを聞いて回っていたセラフィーヌだ。彼女がもたらした情報にグランは意識を移し、ヴィアは幸運にも消滅を免れた。ほっと息を吐き出し、彼女もその話を聞くべく傍にへと寄っていく。
 情報源であるオルネラ曰く、ミーフェを見かけたのはとある家の前とのこと。何とも思わずに通り過ぎ、セラフィーヌに問われてからその異常に気付いたという。

「それほど時間は経っていないから、まだいるかもしれない。私はギルドの討伐隊に加わらなければいけないから一緒にはいけないが……」
「いや、ここまで手を貸してくれて感謝する」

 後ろ髪をひかれるような思いでそう告げ、セラフィーヌはミルスマギナの正門へと向かう。彼女に渡された場所を示す紙を見て、グランとヴィアはそこへ向かう。シャローテはもしものために家で待機してもらうことにした。

 ミルスマギナの西側、少し奥まった場所に石造りで青い屋根の小さな一軒家が見える。そこが教えられた場所だった。
 久しく人が住んでいないような雰囲気を漂わせる家の扉を叩き、返事がないのを確認してから中へ入る。誰かに見られれば咎められる行為だが、事前に自分たちの存在を認識できないよう魔法を使って対策してある。

「……かすかだが、ミーフェリアスの気配がある。これは、奥か」

 集中しないと感じられないほど小さなミーフェの気配をたどり、グランたちは奥へと進む。埃の積もった調度品を横目に見ながら、彼らは客室らしき部屋を見つける。そこは他の場所と違い、埃や汚れがなく綺麗な部屋だった。
 その部屋の中央に、星空のように煌めく髪を揺らす者がいた。

「ゼン……?」
「あっれ、なんでゼンくんがいるのさ。ミーフェちゃんは?」

 どうしてこんなところにいるのかという疑問の声に反応してか、ゼンが振り向く。彼はグランを見て、待ち望んだような表情を浮かべた。

「ようやく来たか。これ以上遅くなるのなら、避けられない定めとして覚悟を決めるところだったぞ」
「言っている意味が理解できないが……そんなことよりミーフェはどこにいる?」
「隠してもためにならないよ~?ゼンくんなんてぷちっと潰せるんだから」

 部屋の中に彼女の姿はどこにもなく、身を隠しているというような気配も感じられない。だが、今いるこの部屋が一番ミーフェの気配が強い。姿が見えないのが信じられないほどだ。
 ヴィアもそれを感じているのだろう。不機嫌そうに尻尾を揺らし、剣呑な目を向けている。
 それを真正面から受けても彼は平然とし、少し考えるような仕草をしてからヴィアへ手を向け、ぱちんと指を鳴らした。瞬間、彼女は家の外へと転移させられた。
 少し遠くから、なんでボクを外に出すんだ!と怒鳴るような声が聞こえてくる。

「あれがいると面倒そうだから退場してもらった。さて、グラン……いや、ここではグランヴァイルスと呼ぶとしようか。星の海と共に生まれし命よ、お前はすべてを愛せる覚悟があるか?」

 *

 波打つ星の海にて、邪神と女神はぶつかり合う。小細工などなく、純粋な力のぶつかり合いだ。本来ならぶつかり合う力の影響が人界などに及ぶが、そこはゼンによって防がれている。

「ああ、本当に憎たらしいわ!かつてと同じようになんて通じないわよ!」
「――ッ、でしょう、ね……!」

 戦いは苛烈さを増していく。彼女らは神であるから、人間が負えば死んでしまうほどの傷であっても治癒してしまえる。だが、傷は治癒しても『治癒に回した力』は回復しない。微々たる量ではあるが、互いに確実に力を消費しているのだ。

「はあっ!」
「ッぐ、げほっ、ふふ、うふふふ……」

 ミーフェリアスの生成した光の槍が放たれ、邪神リリアの横腹をえぐり抜く。その衝撃でか口から鮮血を吐き出すが、それを拭って彼女は楽しそうに笑う。
 お返しとばかりに邪神リリアが生成した闇の大剣がミーフェリアスの片腕を落とす。
 だがそれらの傷も、瞬きのうちに治癒される。力が消費されると分かっていても、小さな傷が敗因となりえることを分かっているのだろう。
 攻防を幾度となく繰り返し、徐々に治癒へ回す力も少なくなり、治せない傷が増えていく。

「あは、あはははっ、あははははは!」

 淀んだ赤い瞳が光り、邪神リリアが振り上げた手の上に禍々しい闇が収束していく。それは球体となって、なおも大きくなっていく。
 あれが放たれれば、ゼンによって人界に影響が出なくされていても、星の海は氾濫し世界は終わってしまう。ミーフェリアスは彼女と同じように、光を収束させて球体を作る。同じだけの力をぶつけて相殺させるつもりだ。
 互いの手から圧縮された闇と光が放たれる。それは真正面からぶつかり、飲み込み飲み込まれ、混ざり合って弾ける。
 その隙間を縫うようにミーフェリアスは邪神リリアとの距離を詰める。残っている力は、もうわずか。

「今度は、どちらが消滅するのかしら……!」

 この一撃で終わりを迎えるだろうということが、二人には理解できていた。先ほどのように大技を放てる力もなく、傷ついた体を治す余裕もない。懐に潜り込んだ時、潜り込まれた時が好機。
 力のすべてをその一撃に集約させる。
 ぱりん、と音がした。薄氷を割ったような、硝子を割ったような、儚いものが壊れたような音が。

「……あぁ、どうして、また……」
「リリア……っ」

 ミーフェリアスの一撃は邪神リリアの核を砕いた。存在の核が砕かれた神や邪神は、世界に存在し続けることはできない。ただ、星の海へと沈んでいく。
 リリアは力が抜けたようにミーフェリアスへもたれかかってきた。

「私は……私は、わたし、は……?なにを、なにかをしなくちゃ、ちがう、わたしは」

 核の崩壊と共にリリアの意識も曖昧になっているようだ。思考や自分自身すらも上手く認識できなくなって、同じ言葉を繰り返す。
 ミーフェリアスは今度こそ彼女の最期を見届けようと、もたれ掛かられたまま繰り返される言葉を聞いている。

「ああ、わたしは、わたしは、滅びを、滅んでも、ちがう、願いを叶えなければ」
「っ……!!」

 ぱらぱらと端から粒子になっていくリリアに、何かをする力も思考もないだろうとされるがままだったミーフェリアスだが、淀んだ赤い瞳がこちらを捉えた瞬間、彼女に引っ張られるようにして星の海へと落ちた。
 水面に小石が投げ入れられたような音共に、荒れた星の海へ沈んでいく。

「これが、リリアの叶えなければならない願い?」

 混ざるような溶け合うような感覚に苛まれながら、ミーフェリアスは体の半分が粒子となって星の海へ消えていくリリアへ問いかける。彼女は笑みを浮かべて口を開いた。

「ふふふ、どうなのかしら……。もう分からないわ。ただ、私一人で消えてしまうのが寂しかったから。ねえ、どうして私はあなたに負けたのかしら」
「……理由なんて、ないよ。どうしても理由が必要なら、運が悪かったとしか言えない。前も今も、私がリリアに負ける世界もあったと思うから」

 リリアの問いに答えられると思っていたけど、いざ前にするとはっきりとした言葉が出てこない。納得させられるような答えではなかったのに、リリアは腑に落ちたような表情をした。

「ああ、そうね、運が悪かったのね……。ええ、そうだわ。あそこでなければ、私が私のままであったなら、きっとあなたと良い関係を築けたわね……リリィ。わたしの、」

 いもうと、と唇が動きその言葉を判別した瞬間に、リリアは完全に粒子となって消え星の海の底へと沈んでいく。
 私は胸の中に広がるわずかな悲しみを受け入れ、意識を切り替える。邪神リリアが居なくなっても、荒れ始めた星の海は元の静かな水面へは戻らない。

「……やらなくちゃいけないけど、さすがに無理かも」
 
 邪神リリアとの戦いでかなり消耗しており、くわえて荒れる星の海の中にいる。すべてが溶けるような混ざり合うような感覚が体中へと広がり、抗う気力も湧いてこない。
 星の海へ落ちたことはミーフェリアスの誤算だった。本当なら外から星の海を鎮めるはずであったし、そのための手段も考えていた。だが、中に落ちてしまえばそれらは意味をなさない。
 意識が曖昧になり、体の感覚が離れていく。
 まどろむように底へと落ちていくミーフェリアスに、声が届いた。

「―ミーフェリアス!」

 力強く名を呼ぶ声にミーフェリアスは閉じた瞼を上げる。荒れる星の海の中、遠くからこちらに向かって来るもの。
 雪のように白い体に四つの翼を持った、大きな竜が見えた。

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