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【第5話】君に捧げるフレンチトースト
【5-14】
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残されたままの黒い穴を見つめて呆然としていると、リュリちゃんがクッションを引きずりながら膝立ちでにじり寄ってくる。やっぱり、動きが不安定だ。手を貸してあげるべきか、イラさんがいないのに男の手を近付けたら怖がらせてしまうだろうか、と悩んでいる間にリュリちゃんは器用に移動を終えて、僕のすぐ隣に座った。
「ねぇ、ミカさん。魔王って、歳をとらないってほんと?」
「えっ……と、うん、そうみたいだね」
魔王の不老は民に伏せられている情報ではなかったはずだ。そう思って素直に頷くと、美しい少女は大きな瞳を輝かせる。
「じゃあ、おじいちゃんじゃないのね?今の魔王は、魔王になってから八十年くらい経ってるみたいだけど、綺麗なお兄さんのまま?」
「え、うん……、確かに、綺麗なお兄さんだよ」
認めながらも、僕は戸惑いをおぼえていた。──だって、おそらく、魔王になる人が確実に美形とは限らないはずだ。性別や年齢に制限がある可能性だって謎だし。ジルに戦いを挑んで負けた人たちが、魔王が美男であるという話を広めたのだろうか? ……でも、なんのために?
僕が密かにそんなことを考えていると、リュリちゃんが声を弾ませた。
「じゃあ、宿屋のジルベールのお歌は本当だったんだ!」
──なんだって?
あまりの驚きに、つい振ってしまった手がリュリちゃんの肩に触れそうになり、寸前でそれを下ろす。こちらの不審な動きを見てきょとんとしている姫へ、僕は努めて穏やかに尋ねた。
「……宿屋のジルベールの歌って、どんな歌なの?」
「オロールおばあちゃんが残したお歌よ。歌の内容は本当のことだって信じてない人も多いけど、おとぎ話として有名なお歌。知らないの?」
「うん。……オロールおばあちゃんって?」
「有名な歌うたいのおばあちゃんよ。若いときからずっと、旅をしながら歌い続けていたんですって! その中でも、一番有名な歌が、宿屋のジルベール!」
そう言って、ご機嫌なリュリちゃんは歌って聞かせてくれた。
ジルベールは宿屋の息子
美しくて 優しくて 働き者
ジルベールは宿屋の息子
私の旅の足を止めさせる人
私が旅をやめても愛した人
ジルベールは宿屋の息子
金の髪と緑の目 穏やかな声
ジルベールは宿屋の息子
みんなを愛し 愛されていた人
私と生涯添い遂げるはずの人
ああ それなのに
ああ どうしてなの
金の髪は黒い髪に
緑の瞳は真っ黒に
頭には角まで生えた
ジルベールは魔王になった
あんなに美しく優しい人が
ジルベールは魔王になった
遠くに連れ去られ 閉じ込められた
何十年 もしかしたら何百年
彼は美しい青年のまま
長く永く生き続けるだろう
何十年 もしかしたら百年ほど
私は彼を愛したまま
長く旅をするのだろう
永く愛し続けるだろう
可憐な声が奏でた旋律は、優しくて切ないものだった。
「オロールおばあちゃんは、今から三十年くらい前に亡くなったらしいの。死ぬまで旅を続けて、毎日毎日、宿屋のジルベールのお歌を歌ってたんですって。ずっと独身だったからジルベールは本当にオロールおばあちゃんの恋人なんじゃないかって噂話もあるけど、おとぎ話っていう人のほうが何倍も多いわ」
「そうなんだ……、素敵な歌を聴かせてくれてありがとう、リュリちゃん。とっても上手だったよ」
「えへへっ」
褒められて嬉しそうにしている歌姫を微笑ましく思うと同時に、「宿屋のジルベール」に想いを馳せる。
リュリちゃんはたぶん、「宿屋のジルベール」が実在しているとまでは本気で思っていない。ただ、魔王が不老という事実を魔王の僕から聞けて、信憑性が増したと無邪気にはしゃいでいるだけだ。
──でも、僕は知っている。今の魔王ジルベールは、元々は宿屋の息子で、金髪翠眼だったと。ということは、オロールさんは本当にジルの恋人で、生涯彼を想いながら独り身を貫き、愛に殉じたのだろうか。
もし、……もし、それが本当だったとして。
これはジルに伝えるべきことなのだろうか。ジルは以前、「もう誰も宿屋の息子だったジルベールのことなど覚えていない」と言っていた。ということは、歌うたいのオロールさんが生涯歌い続けていた「宿屋のジルベール」という曲を知らない可能性が高い。
……ただ、リュリちゃんの口ぶりからして、「宿屋のジルベール」はそれなりに有名な歌のようだ。それを、キカさんもマティ様も知らないことってあるのだろうか。
もしも仮に知っているとしたら、あえてそれをジルに伏せているとも考えられる。──それもまた、思いやりなのかもしれない。
「ねぇ、ミカさん。今度は、わたしが教えてほしいことがあるの」
リュリちゃんに話し掛けられ、ハッと我に返った僕は、慌てて笑顔を浮かべる。
「うん、何かな? 僕で答えられることなら、何でも教えるよ」
「ほんと? あのね、ミカさんは魔王の城でごはんを作る人なんだよね?」
「うん、そうだよ。それが僕の大事な仕事なんだ」
「じゃあ、お料理が得意なんだよね。あのね、教えてほしいの。……固くなっちゃったパレドを美味しく食べる方法って、ある?」
美しい少女は小首を傾げて、少し困った様子を見せながらはにかんだ。
「ねぇ、ミカさん。魔王って、歳をとらないってほんと?」
「えっ……と、うん、そうみたいだね」
魔王の不老は民に伏せられている情報ではなかったはずだ。そう思って素直に頷くと、美しい少女は大きな瞳を輝かせる。
「じゃあ、おじいちゃんじゃないのね?今の魔王は、魔王になってから八十年くらい経ってるみたいだけど、綺麗なお兄さんのまま?」
「え、うん……、確かに、綺麗なお兄さんだよ」
認めながらも、僕は戸惑いをおぼえていた。──だって、おそらく、魔王になる人が確実に美形とは限らないはずだ。性別や年齢に制限がある可能性だって謎だし。ジルに戦いを挑んで負けた人たちが、魔王が美男であるという話を広めたのだろうか? ……でも、なんのために?
僕が密かにそんなことを考えていると、リュリちゃんが声を弾ませた。
「じゃあ、宿屋のジルベールのお歌は本当だったんだ!」
──なんだって?
あまりの驚きに、つい振ってしまった手がリュリちゃんの肩に触れそうになり、寸前でそれを下ろす。こちらの不審な動きを見てきょとんとしている姫へ、僕は努めて穏やかに尋ねた。
「……宿屋のジルベールの歌って、どんな歌なの?」
「オロールおばあちゃんが残したお歌よ。歌の内容は本当のことだって信じてない人も多いけど、おとぎ話として有名なお歌。知らないの?」
「うん。……オロールおばあちゃんって?」
「有名な歌うたいのおばあちゃんよ。若いときからずっと、旅をしながら歌い続けていたんですって! その中でも、一番有名な歌が、宿屋のジルベール!」
そう言って、ご機嫌なリュリちゃんは歌って聞かせてくれた。
ジルベールは宿屋の息子
美しくて 優しくて 働き者
ジルベールは宿屋の息子
私の旅の足を止めさせる人
私が旅をやめても愛した人
ジルベールは宿屋の息子
金の髪と緑の目 穏やかな声
ジルベールは宿屋の息子
みんなを愛し 愛されていた人
私と生涯添い遂げるはずの人
ああ それなのに
ああ どうしてなの
金の髪は黒い髪に
緑の瞳は真っ黒に
頭には角まで生えた
ジルベールは魔王になった
あんなに美しく優しい人が
ジルベールは魔王になった
遠くに連れ去られ 閉じ込められた
何十年 もしかしたら何百年
彼は美しい青年のまま
長く永く生き続けるだろう
何十年 もしかしたら百年ほど
私は彼を愛したまま
長く旅をするのだろう
永く愛し続けるだろう
可憐な声が奏でた旋律は、優しくて切ないものだった。
「オロールおばあちゃんは、今から三十年くらい前に亡くなったらしいの。死ぬまで旅を続けて、毎日毎日、宿屋のジルベールのお歌を歌ってたんですって。ずっと独身だったからジルベールは本当にオロールおばあちゃんの恋人なんじゃないかって噂話もあるけど、おとぎ話っていう人のほうが何倍も多いわ」
「そうなんだ……、素敵な歌を聴かせてくれてありがとう、リュリちゃん。とっても上手だったよ」
「えへへっ」
褒められて嬉しそうにしている歌姫を微笑ましく思うと同時に、「宿屋のジルベール」に想いを馳せる。
リュリちゃんはたぶん、「宿屋のジルベール」が実在しているとまでは本気で思っていない。ただ、魔王が不老という事実を魔王の僕から聞けて、信憑性が増したと無邪気にはしゃいでいるだけだ。
──でも、僕は知っている。今の魔王ジルベールは、元々は宿屋の息子で、金髪翠眼だったと。ということは、オロールさんは本当にジルの恋人で、生涯彼を想いながら独り身を貫き、愛に殉じたのだろうか。
もし、……もし、それが本当だったとして。
これはジルに伝えるべきことなのだろうか。ジルは以前、「もう誰も宿屋の息子だったジルベールのことなど覚えていない」と言っていた。ということは、歌うたいのオロールさんが生涯歌い続けていた「宿屋のジルベール」という曲を知らない可能性が高い。
……ただ、リュリちゃんの口ぶりからして、「宿屋のジルベール」はそれなりに有名な歌のようだ。それを、キカさんもマティ様も知らないことってあるのだろうか。
もしも仮に知っているとしたら、あえてそれをジルに伏せているとも考えられる。──それもまた、思いやりなのかもしれない。
「ねぇ、ミカさん。今度は、わたしが教えてほしいことがあるの」
リュリちゃんに話し掛けられ、ハッと我に返った僕は、慌てて笑顔を浮かべる。
「うん、何かな? 僕で答えられることなら、何でも教えるよ」
「ほんと? あのね、ミカさんは魔王の城でごはんを作る人なんだよね?」
「うん、そうだよ。それが僕の大事な仕事なんだ」
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