夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第2章

【2-130】一刻も早く

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 ◇


 城を発つ準備をしながら、ブルーノは以下のことをリアムとマクシミリアンへ語り聞かせた。


 中間討論会以降、様々な意味でキリエの存在を疎ましく感じたライアンは、後ろ盾になっている有力貴族から月夜の人形会の話を聞き、頭領であるルーナがキリエの身柄を強く欲している情報を得た。
 ライアンはルーナと接触し、手を組んだ。当初のライアンはキリエがいなくなればそれで良かったため、拐かした後は好きにして良いとルーナへ言っていたらしい。ルーナとしてもキリエを殺害したいわけではないので、ライアンの助力によりキリエへ近付く機会を得られるのは願ってもないことだった。

 リアムの屋敷を襲撃した際、ルーナは本気でキリエを手に入れようとしていた。ジョセフに打ち負かされて屋敷を離脱した後も、馬に乗ってキリエとエドワードを捜索して追いかけていたらしい。
 あのとき、ルーナは三人に追いついていたという。あともう少しという距離まで詰めていたから、上手く隙を突けばリアムの目を盗んでキリエを連れ去れる可能性もあったようだ。──しかし、ルーナはそうしなかった。
 というのも、彼女は気づいたのだと云う。キリエが最も良い表情を見せるのは、リアムが傍にいるときであるのだと。
 襲撃前にも王城の使用人に紛れたりなどしてキリエの様子を観察していたルーナは、今までの銀の王子のことを思い出しながら、彼を最も磨き上げられるのは自分ではないと悟ったそうだ。

 元々、ルーナにとってのキリエは、人形のように愛でたい対象だった。それは、宝石や芸術品を手元に置いて眺めたい感覚にも似ている。要は、この世界に生まれ落ちた希少な宝物という括りであり、最も美しい状態で保管して末永く愛でるべきものということだ。
 よって、リアムの手元に置いておいたほうがキリエの価値は上がると判断をした時点で、彼女がキリエの身柄を欲する必要はなくなった。時折その成長具合を覗きに行って眺められれば満足、という対象に変化したのである。

 ルーナの心変わりにより、ライアンとの協力関係は破棄された。初めは、ライアンは手駒のひとつを失っただけという感覚だったようだが、段々と思い詰める時間が増え、サリバン邸への放火に失敗した辺りから焦りを見せ始めるようになったという。
 更に、側近でさえ存在を把握することが許されていない、素性が何ひとつ分からない怪しい人物と頻繁にやり取りをしている様子もあり、ブルーノは心配していた。

 ──そして、昨夜。ライアンは唐突にルーナへ再接触を図り、最後にもう一度だけ協力してほしいと依頼した。

 ライアンの要求は「宰相と名誉称号騎士たちによる緊急集会を阻害したい。おそらくはキリエも登城するだろうから、彼を一時的に誘拐して騒ぎを起こすのが目的だ。その間、ルーナはキリエと話をするなり遊ぶなり好きにしていればいい。最終的に、キリエは無事に解放する。無傷のまま一時的に保護するだけならいくらでも言い訳は可能だから問題無い」というものだった。

 ルーナも、そしてブルーノも、腑に落ちない点は多々あったものの、結局はライアンに協力した。ブルーノは何があろうとも主君のために動くと心に決めていたし、ルーナとしても一時的にキリエを間近で愛でるのも悪くはないと思ったのだ。
 ジェイデンがキリエの傍にいたのは想定外だったが、最終的に彼も無傷で解放すれば良いことだろうと考え、王子たちを即効性のある薬煙で眠らせて捕獲した。

 しかし、ライアンはキリエを殺すと言い出したのだ。

 当然ながら、ルーナは強い反発を示し、ブルーノもキリエを害することには抵抗があった。自分の意思を殺してでもライアンへ付き従うと決めていたはずのブルーノだが、どうしてもキリエの命を奪うことに賛同できず、主君を止めようとした。
 ──その結果、ブルーノとルーナを残したまま、ライアンは謎の人物と共に姿を消した。


「実は、ウィスタリア王城には、知られていない古い抜け道がいくつか存在しています。しかし、黒いローブに身を包んだ不審な人物が現れたときにも、ライアン様がその者と共に消えられたときにも、そういった手段ではなく……唐突に目の前から消失したような、……まるで魔法のような消え方でした。そんな非現実的なこと、あるはずがないのに。……恥ずかしながら、私とルーナだけで追跡しても力不足なのではと本能的に感じて、リアムさんとマクシミリアンさんの御力を欲した次第です」

 厩でブルーノの話を聞きながら防具を装着していたリアムは、愛馬であるアーサーの黒く艶やかな胴を撫でつつ、何度か頷いた。

「事の経緯は理解した。ひとまずはブルーノを信じよう。可能な限り急いで行かなくてはならないな。……既に手遅れとなっていないことを祈るしかない」
「……おそらく、キリエ様はまだ御存命かと」

 歯切れ悪く零れたブルーノの言葉に、側で出発準備をしていたマクシミリアンが強い反応を示す。

「どういうことかな? その言い方だと、ジェイデン様は危ういかもしれないというように聞こえる」
「……非常に申し上げにくいのですが、……ライアン様は、その……、先にジェイデン様を傷つけて、その御姿をキリエ様にお見せし、リアムさんの屋敷を焼き払う、と」

 マクシミリアンを気遣っているのかブルーノは言葉を選んでいるようだったが、つまり、キリエへの見せしめとして先にジェイデンを嬲り殺すとライアンは計画しており、そこに時間を割いている最中だろうからキリエはまだ生きているはずだという予想だ。

「……ッ、急ごう。一刻も早く」

 マクシミリアンは橙の瞳に燃えるような憤怒を浮かべたものの、その衝動を飲み込み、強く拳を握ることで耐えていた。此処で言い争う時間が惜しいと感じたのだろう。
 彼と同感であるリアムは、アーサーの顔を撫でてから、相棒へひらりと跨り乗った。マクシミリアンとブルーノも各々の馬へ乗る。

「アーサーは、かなり脚が速い。少しでも早く到着するために全力で飛ばしたいから、俺がかなり先行してしまう可能性もあるが、構わないな?」
「ああ、勿論だ。……頼む、リアム。少しでも、少しでも早く、」
「分かっている。俺たちの主を、なんとしても取り戻す」

 歯がゆい焦りを浮かべている親友へ力強く頷いてから、リアムはアーサーへ語り掛けた。

「アーサー、力を貸してほしい。お前の母がそうしてくれたように、俺と共にあの御方を救い出してくれ」

 人間の言葉がどこまで通じているかは不明だが、黒馬は任せろと言わんばかりに鼻を鳴らす。リアムは手綱を強く握り、気合十分に見えるアーサーの腹を軽く二度蹴った。走れの合図を受けたアーサーは駆け出し、みるみる速度を上げて行く。マクシミリアンたちも次いで出発したが、城門を出るときには既にだいぶ距離が開いていた。
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