夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら

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第4章(最終章)

【4-46】ふたつの嘘

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「銃撃部隊、続け!」

 リツの凛とした号令を受け、銃を撃つ音が至る所から発される。降り注ぐ矢の合間を銃弾が疾走し、怒号か悲鳴か分からない複数の声が各所から湧き上がる中、天幕内の二人はそれぞれ腕を振りかぶった。

「キリエ様!」
「リアム、危ない!」

 リアムが振るう剣がキリエの顔面目掛けて飛来してきた三本の矢を斬り払い、キリエがかざした手の先に生じた疾風の盾がリアムの胸元へ飛んでくる寸前だった二つの弾丸を弾き飛ばす。
 互いの無事を視線で確認しあった二人は、安堵したように溜息をつく。庭の兵たちが何やら騒がしいが、数多に立ち上っている硝煙が邪魔をして、彼らの様子がいまいち分からない。

「キリエ様、御怪我は?」
「見ての通り、無傷です。リアムが守ってくれたからですね。ありがとうございます」
「こちらこそ、御守りいただいてしまいました。ありがとうございます。……結局は御力を使わせてしまい、不甲斐なく」

 キリエが与えた精霊の加護がリアムの反応や動きを通常よりも素早くし、風の盾が彼の身を守ったのは事実だ。だからといって、それを気に病んでもらう必要は無い。キリエは何度も首を振った。

「いいえ、リアム。最終的に僕を守ってくれたのは、君の剣です。君が払ってくれなければ、僕は矢に射られていたでしょう」
「しかし……、」
「それより、みんなの様子が変ですね。訓練は上手くいかなかったのでしょうか」

 これ以上リアムを落ち込ませないためにも、キリエはさっさと話題を変える。実際、ざわついている皆の様子が気掛かりだった。

「──いえ、大体の矢や銃弾は想定通りの射出であったと思われます」

 キリエに合わせて気持ちを切り替えたのか、リアムは冷静に説明をする。

「ただ、我々の元へ矢や弾が飛来していることから、手元が狂ったか何かで想定外の軌道になってしまった遠撃はいくつかあったのでしょう。キリエ様へ悪意を持った攻撃の手を向けられる者はこの場に居ないはずですので、予想していない展開が生じたのは確かかと」

 キリエに妖精人エルフの特性が備わっている以上、意図的な攻撃を向けられる可能性は、ウィスタリア王国内において限りなく低い。両隣国の人々も百五十年前までは同じ国民であり、同じ祖先を持つ普通の人間であることから、同様にキリエへ悪意を向けるのは困難だろう。となれば、彼らが放った矢や銃弾が反れたのは予想外の出来事となる。

「先程、攻撃の音に混ざって、怒鳴り声や悲鳴が聞こえた気がします。驚いて声を上げただけなら良いですが、負傷した方がいたかもしれません」
「仰る通り、多少なりとも負傷者は出たのではないかと思われます」
「そうですよね、もしも大怪我をしてしまった人がいたら……」

 キリエが不安そうに呟いたとき、チェットとリツが揃って天幕へと駆け寄ってきた。どちらも顔色が優れない。

「キリエ! 怪我は無ぇか!?」
「こちらに流れ弾は飛来しませんでしたか?」
「僕も、リアムも、怪我はありません」
「矢と銃弾が少し飛んできましたが、キリエ様の御力添えもあり、いずれも直前で防ぐことが叶いました。──どのような状況ですか?」

 チェットとリツはキリエたちの無事を知り一瞬だけ安堵したものの、すぐに顔色を曇らせる。リアムの問いに答えたのは、リツだった。

「訓練はおおむね成功であると申し上げたいのですが、緊張のためか実践不足か、手元が狂ってしまった者が思っていたよりも多く……、予想していたよりも負傷者が多いのです」

 リツの言葉へ頷きつつ、チェットも苦い声音で言い添える。

「まぁ、大した怪我じゃねぇ奴が殆どなんだが……、当たり所が悪くて想定以上の重傷になっちまったのが、予想の倍以上いる。すぐに医療班に手当てを頼んでいるが、色々と足りてねぇから、どうなることやら……、決戦に向けて薬やら何やら備蓄しとかねぇといけないしな」
「とりあえず、もう少し事態が落ち着くまで、お二人はこちらにいてください。城内へお戻りいただきたいのは山々ですが、混乱中の庭を横切っていただくのは危険だと思いますので」
「じゃあな。迎えに来るまで、おとなしく待っとけ」

 そう言い残し、二人は天幕を離れて行った。その姿がさほど遠ざからないうちに、キリエは真剣な顔でリアムを見上げた。

「リアム、僕たちも行きましょう」
「なりません」
「怪我をしている人たちがいて、手当てが追い付かない、薬が足りないという話を君も聞いていたでしょう? 僕なら、傷を癒せるかもしれません」

 キリエには、治癒の加護もある。自身の傷を治すことは出来ないが、他人の怪我であれば重めのものでも治癒が可能であると、リアムが訓練中に負った傷で実証済みだ。初めに王都へ向かっていた道中、御者のトーマスの傷を癒せていたことから、リアム以外の者を癒すことも可能だろう。
 自分の力が役立つのであれば、是非そうしたい。そんな思いで真摯に訴えかけるキリエの両肩を掴み、顔を寄せたリアムは、間違っても他者へ聞かれぬように顰めた声で叱るように言った。

「駄目だ、キリエ」
「どうして……!? 怪我人を助けたいというのは、悪いことではないはずです!」
「確かに、現時点では悪いことではない。だが、後々の影響を考えれば、良いこととは言い切れない」
「何故ですか!? これから大きな戦があるのに、兵力を削るわけにはいかないし、薬なども温存しておくべきでしょう? 僕が治療できれば、その問題も解決できます」
「一理ある。だが、賛同はできない。──どうしても、今、その力で兵たちを癒すと云うのなら、自分は止血しか出来ない、その治癒能力ですら妖精人の長老から特別に与えられた一時的なものにすぎない、と嘘をつけ」
「……えっ?」
「そのふたつの嘘をつけるのであれば、お前の意志を尊重しよう。嘘をつかない己を貫き通したいのなら、此処でおとなしくしていろ」

 キリエは、銀眼を大きく見開いた。
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