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第12話 台風

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「矢野君! 台風! 台風だって!」

「あぁ~、台風だな。 一週間位前から言ってたよな。
その時はどっちに進むか分からなかったけど、
やっぱりこっちに来るんだな。

この分だと今夜から明け方にかけて上陸するっぽいな」

「え? そんな前から分かってたの?
誰も何も言ってなかったけど?!」

「お前、携帯でニュース見ないのか?」

「ねえ、僕が携帯触ってるの見たことある?
今まで携帯なんて所持したことないよ!」

そう言うと、矢野君は僕の事を天然記念物でも見るような目をして見た。

「何? 携帯持ってないのがそんなに悪いの?」

「いや、今どき携帯無いって珍しくないか?

でもそう言われれば、確かに携帯いじってるの、見たことないよな?

逆に俺が携帯で色々やってると、
お前って煩わしいくらい俺に話しかけてきてたよな。

あれって、携帯無いから暇つぶしに話しかけてたのか?」

「暇つぶしって……違うよ……

僕はあくまでも、矢野君と仲良くなりたかったから話しかけてたんです~」

「はい、はい、そう言うことにしておこう」

そう言って矢野君は笑いながら肩をすぼめた。

「ねえ、ねえ、矢野君って台風経験したことある?
僕は福岡出身だから九州は結構台風来るんだけど、
東京ってほとんどそれちゃうよね?」

「そうだな、あまりこっちには来ないよな」

「じゃあさ、台風の強風の中、
傘さして外を歩いたこともないよね?」

僕がそう尋ねると、矢野君は、

“は~っ?”

としたようにして僕を見ると、

「それって危ないよな?
周りの人、何も言わないのか?」

と尋ねた。

「あれね、傘をさして飛んでいかないか実験したことあるんだよ!
矢野君は経験ないよね?」

僕がそう言うと、矢野君は少し考えて、

「まあ、無いわな。

で? 飛んで行ったのか?」

と笑いながら尋ねた。

「それがさ~ 傘、逆にひっくり返っちゃって、
買ったばかりの傘ダメにしたから園長先生に怒られちゃったよ~」

そう言うと、矢野君はお腹を抱えて笑い出した。

「もう! そんなに笑わなくっても良いでしょ!

じゃあさ、じゃあ、窓に
ガムテープ張ったりもしたことないよね?」

そう尋ねると、矢野君は

「ガムテープ?」

と方眉を上げた。

「そうだよ! 
窓ガラスが割れたときのガラスの飛び散り防止!」

そう答えると、

「あ~ なるほどな~」

と納得していた。

「九州って結構台風対策はしっかりしてるんだよね。
沖縄も台風国家だから対策はしっかりしてるから大丈夫だよね?」

「まあ、直撃されたら停電なんかは逃れられないだろうけど、
建物が崩れて飛ばされるってことは無いだろうな」

そう矢野君が言うと、僕は両手をパーンと叩いた。

「そうそう! 停電! 台風には付き物なんだよね~」

そう言うと、矢野君はまたまた目を丸くして僕を見ていた。

「ねえ、ここって周りは海だけど、浸水するのかな?」

「う~ん、ここら辺、海だけど、
浸水は今まで被害にあったって話は聞いたことないから
大丈夫だとは思うけど……」

「そっか、台風って聞いてそれが心配だったんだよね~
一度施設が浸水したことあって、
後片付けが凄い大変だったんだよね~」

僕がウンウンと頷きながら返事をしていると、
矢野君は僕を見て、

「台風対策もだけど、お前、やけにウキウキしてないか?」

と図星を指されてしまった。
確かに矢野君の言うとおりだった。

僕は小さいころから、台風がやって来ると、
怖いと言うよりは、ワクワクとして眠れなかった。

まるで修学旅行に行く前の日みたいに。

台風対策の準備なんて、
体育祭の準備の様でみんなでワイワイやって楽しかった。

停電になった日なんて、興奮してギャーギャー騒いだものだ。

僕は少しのワクワク感を胸に矢野君を見上げると、

「ねえ、台風来るんだったら、
早めに出た方が良いね。」

と少し嬉しそうに言った。

「そうだな、だけどお前、目がキラキラしてるぞ?」

そう言って笑うと、僕たちはお蕎麦屋さんを後にすることにした。

「は~ おいしかった。
ごちそうさまでした!

たまにはこういうのも良いよね!」

僕がそう言うと矢野君も僕の意見に賛成した。

「ねえ、もうあと3週しかないけど、
高校生は僕達だけだから仲良くしようね。

夏が終わると別れ別れになってしまうけど、
僕、矢野君とここで会えて良かったよ。

僕に携帯があれば連絡することも出来るんだろうけどな~」

そう言い終えたところで、急に雨が降り出してきた。

「早いね、もう台風の影響?」

矢野君は空を見上げると、

「台風の目はまだ離れてるけど、おそらくそうだろうな」

と言った。

「心なしか風も吹いてるような……」

僕がそう言うと、

「走るぞ!」

そう言って矢野君は僕の手を取った。

そして僕たちは人目もはばからず、
二人手を取り合って町の中を走り抜けていった。

矢野君の顔を見ると、
何かが吹っ切れたような感じで、
僕にはキラキラと輝いているように見えた。

それがとても楽しくて、矢野君の手を握りしめて走りながら、
僕の心臓はずっとドキドキとなりっぱなしだった。



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