消えない思い

樹木緑

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第181話 陽一と矢野先輩

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先輩も、陽一の

「矢野先輩だ~」

にびっくりしたらしい。

「えっ?」

という様な顔をして矢野先輩はこちらを見ていた。

矢野先輩の正確に捉えた僕達の姿に、
じりじりと額に汗が滲み出て来るような感覚に襲われ始めた。
心臓もバクバクとしている。

“先輩に陽一を見られた!
何とかごまかせる?
それとも、もう隠し通すことは出来ない……?”

僕の焦りとは裏腹に、
陽一は写真の中では無い初めて会う実物の先輩に
心なしかウキウキとしているように見える。

“どうしたらいいんだろう!?”

そう考えている間にも、
先輩は僕達との距離を詰めて、
もうそこまで歩み寄っていた。

“高校生の時、気を付けろって、
あんなに先輩に注意されたのに……
それなのに佐々木先輩と番って陽一まで産んでしまった……
そして僕は先輩の宣言通り、自分の行動に責任の持てない
ダメな子になってしまった……”

先輩の目を見るのが怖かった。

陽一の手をギュッと握りしめて
下を向いていると、
先輩の足が僕の視界に入った。

すると先輩は膝を低くして、陽一の目線に
自分の目線を合わせた。

先輩は僕をチラッと見ると、
陽一の方を向いて、

「こんにちは」

と話し掛けた。

「こんにちは。
矢野先輩!」

そう言って陽一は先輩に挨拶をした後、
深々と頭を下げた。

「ちゃんと挨拶出来てお利口だね。
僕のお名前は?」

僕は心臓が飛び出る位ドキドキとしていた。
まだ、陽一の事を家族以外に伝える心の準備が出来ていなかった。

「僕の名前は、赤城陽一です! 
おじさんは矢野先輩だよね?」

僕は慌てて、

「陽ちゃん、この人は叔父さんじゃ無くてお兄さんだよ」

と訂正した。

「ハハハ 要君、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。
陽一君から見たら、僕なんてもう叔父さんだよね」

先輩の声はいつもと変わららず優しかった。

先輩は陽一の頭をポンポンとすと、

「陽一君は物知りだね。
僕の名前は矢野浩二。
かなちゃん?と一緒に学校に行ったんだよ。

陽一君はどうして僕の名前を知ってるの?」

と尋ねた。

陽一はチラッと僕の方を見上げた。
そして、

「矢野先輩は、かなちゃんのお友達だよね?」

と先輩に尋ね返した。

「そうだよ」

と先輩がニッコリとすると、陽一は

「やっぱり! 
あのね、かなちゃんの机の上に
矢野先輩と、佐々木先輩のお写真があるの!」

と嬉しそうに先輩に教えてあげた。

すると先輩は、僕の方をチラッとみた。
僕は凄く居たたまれない気持ちがして、
今走って逃げれるのなら、逃げたかった。

「陽一君のお家には、僕の写真が飾ってあるんだ~」

「うん!
かなちゃんがね、お写真見ながら、
いつも矢野先輩と佐々木先輩のお話してくれたんだよ!
と~っても楽しいお話一杯してくれたんだよ!
僕、楽しくって、毎日聞いちゃった!
だから僕、名前覚えちゃった!」

「そうだったんだ。
これからよろしくね」

先輩がそう言うと、

「よろしくお願いします」

と陽一も深々とお辞儀をした。
矢野先輩は立ち上がって僕の方を見ると、

「要君、陽一君って弟さん?
あれからご両親に生まれたの?
二人目を欲しがってらしたもんね~」

と、両親が前に二人目が出来たらって言うのを、
先輩は覚えていたようだ。

まさか今日、矢野先輩に会うとは心にも思っていなかった。
だから、陽一の事が家族以外に
こんなに早くも知られるとは懸念していなかった。

それも佐々木先輩に近い矢野先輩に。

これまでの陽一とのやり取りによると、
矢野先輩は陽一が佐々木先輩との子供だとは
微塵も思ってい無さそうだ。

僕は返事に迷った。

“矢野先輩に知れたら佐々木先輩に知れる可能性ある?
矢野先輩には正直に話していた方がいい?”

咄嗟に答えを決めるのは難しかった。

“ここはごまかして、後でゆっくり
どういう風に話すか考えた後で、真実を話した方が良い?”

「あの……」

と僕が言い淀んでいると、咄嗟に何を思ったのか、

「矢野先輩、違うよ。
かなちゃんは僕のお兄ちゃんじゃないよ」

と、陽一が言い出した。

「陽ちゃん!」

僕は言っちゃだめって言うような態度で、
陽一の名を呼んだ。

先輩には恐らく陽一に対する
僕のそんな邪が分かったのだろう。

先輩は僕の邪な思いを余所に、
質問を辞めずに陽一に尋ね続けた。

「えっ? 違うの?
じゃあ、陽一君は、
かなちゃんが前に話していた従弟かな?」

僕は黙っていられなかった。

「先輩! それ以上は……」

先輩の質問を妨げようとしたけど、
僕の努力は虚しく、陽一は、

「かなちゃんはね、僕お兄ちゃんでも、
従弟でもなくて、僕のママだよ」

と遂に言ってしまった。

僕は先輩の顔を見ることが怖かったけど、
先輩はびっくりした様にして僕を見ているのがわかった。

でも先輩は僕が思っても居なかったような反応をした。

「要君、君、裕也以外の人とフランスで結婚したの?」

僕はその問いに凄く驚いた。

“どうやったらそこにたどり着けるのだろう。
佐々木先輩が父親だとは思わなかったのかな?”

でも、その問いにもどう答えていいか分からなかった。
迷いに迷って、

「あ…… 違うんです先輩」

と言いかけた時、先輩はまた
目線を陽一に合わせて、

「陽一君はすごいお利口なんだね。
だから、僕に教えてくれる?
陽一君のパパもフランスからやって来たの?」

の問いに、僕は声を荒げてしまった。

「先輩!」

陽一は暫くびっくりした様にして僕を見ていたけど、
矢野先輩が陽一に、

「かなちゃんはちょっと僕の質問にびっくりしただけだよ、
陽一君に怒ったんじゃないからね、大丈夫だよ」

と伝えると、とたんに陽一は悲しそうな顔をして、

「僕ね、パパいないの……
パパには会えないの……
かなちゃん、パパの事、教えてくれないの!」

と言ったので、僕は二人から顔を背けた。
僕は、先輩が次に何を言うのか怖かった。

「ねえ、陽一君のお年はいくつ?」

そう先輩が尋ねたので、

「僕、5歳です!」

と陽一は元気に答えた。

先輩は少し逆算した様に年を数えると、
困惑したような顔をした。

先輩の態度に僕は目を閉じ上を向き、

“あ~”

と思った。

矢野先輩は僕の肩に手をポンと乗せると、

「僕の目を見て」

と言った後、僕の目をしっかりと見据えて、

「要君、僕達、少し話し合う必要がある様だね」

と高校生だった時の様に先輩は僕に詰め寄った。

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