わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子

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後編

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剣を下げろとは言いたくないのか、エドワード殿下は果敢にもお父様に言いました。

「大公、私は今しがたルクレツィアとの婚約を破棄した」
「は···?」
お父様の鋭い視線が更に鋭利になりました。エドワード殿下は恐怖のためかもはやお父様の目を見ておらず、視線が泳いでいます。

「待て、最後まで聞いてくれ。ルクレツィアとの婚約は破棄したが、アーヴェント家との繋がりは続けたい。そこでだ。このラビリア嬢を····」
「何故ですか?」
エドワード殿下の言葉を遮り、お父様の冷たい声が会場に響きました。

「な、何がだ?」
エドワード殿下は言葉を遮られた事には怒りを全く感じていないようです。わたくしが同じ事をした時には、烈火の如く怒り狂っておいでだったのに。今はただ動揺していました。

「何故ルクレツィアとの婚約を破棄したのでしょうか?――貴方ごときが?」

空気が揺れました。お父様が物凄い剣幕でエドワード殿下に詰め寄ります。一歩進むごとに床にヒビが。剣気が溢れ出ています。わたくしは少し焦りました。

(ここまでお怒りになるなんて)
わたくしは慌ててお父様の元へ行こうとしましたが、騎士たちが阻みます。更にエドワード殿下が要らぬ一言を投じたのです。

「ど、どうした大公?何に怒っているんだ。大公も疎ましく思っているルクレツィアを家門から追い出せば清々するだろう?」

(相変わらず空気の読めない方だわ。お父様のこの様子を見て、まだ気付かないなんて)

とりあえず、これ以上お父様がお怒りになれば会場が崩れてしまうかもしれません。

「お父様」

わたくしが呼ぶと、怒りに満ちていたブルーグレーの瞳が柔らかくなりました。

「ルル」

お父様は、愛称でわたくしを呼ぶと、視線だけで騎士を威圧し、下がらせました。

(お父様がわたくしを疎んでいるですって?少し調べれば分かることです)

騎士が下がると、わたくしはお父様の近くまで歩きました。そして残念な殿下を残念な目で見つめます。

「殿下、噂は事実確認をしなければなりませんよ」

お父様はわたくしを目に入れても痛くない程、溺愛しているのですから。

お父様が心配そうにわたくしに声をかけてくれました。先ほどの冷たい声とは打って変わって、やさしい声です。

「噂?私の命より大事なルルを疎むなどあり得ない。そうだろう?」
そう言ってふわりと頭を撫でてくれます。
お父様に会うのは本当に久しぶりなので、つい気が緩んでしまいます。

「お父様、大丈夫ですよ。信じておりませんから」
(噂を流したのはわたくしですし)

「な、なに?大公はルクレツィアを恨んでいるのでは?」
エドワード殿下の顔色が青ざめていきます。
「愛する妻の忘れ形見を恨むはずがありません」
「で、では娘も愛していると?」
「ええ。誰よりも」

そう言うと、お父様はわたくしを抱き上げました。もう16歳になるので気恥ずかしいですが、久しぶりの大きな手にどうしても安心してしまいます。自分で始めた事とはいえ、この2年間はやはり辛いものでしたから。

「この国に留まるならば、お前に女の中で一番の地位と権力を与えたかったのだが、選択を間違えたようだ。すまなかったな」
「いいえ」

お父様がその想いでこの婚約をしたことは分かっていました。ですがやはり許せなかったのです。

前線に十分な配給や人も送らず、お父様に無理難題を強いて搾取ばかりするこの国が。

お父様がアタラ王国に留まる理由はただ一つ。お母様が愛した故郷であるから。ただそれだけ。ですからこの国を見限ってほしかったのです。


「――して、殿下。ルクレツィアとの婚約を破棄し、その娼婦のような女を王太子妃とすると?」
お父様はエドワード殿下を見もせずに言いました。視界に入れると怒りが湧くからでしょうか?そのお気持ちは分かります。

「あ、いや、その」
歯切れの悪い殿下の返事も聞かず、お父様は殿下に背を向けました。

「そこまでの侮辱を受けるとなると、もうこの国にはいられません」 

「ま、待て大公···!おい!大公を止めろ!」 
青ざめた殿下が騎士達に命じます。わたくしを抱き上げたままのお父様は瞬時に剣気を練り上げましたが、わたくし達と騎士の間に割って入ったアルヴィスを見て、剣気を収めました。

「殿下、おやめください。多数の死者が出るでしょう。大公閣下を止めることは出来ません」
そう言うアルヴィスも、瞬時に騎士を3人戦闘不能にさせています。
剣聖のお父様と、アルヴィスの立ち回りを見ては、騎士たちも戦意を失うしかありませんでした。

「た、大公っ」
縋り付くような声を出す殿下に、お父様は冷たく言い放ちました。

「面倒ですが、独立するかリンドロムに亡命するか検討致します。陛下にもそのようにお伝えください」


そしてお父様は振り返ることなく、わたくしを抱き上げたまま会場から出ました。


「ルル、大丈夫か?」
アルヴィスが心配そうに声をかけてくれます。わたくしはお父様の肩に預けていた顔を上げて、返事をしようとしたのですが、お父様がぴしゃりと言いました。

「アルヴィス。その呼び方は許していない」

「はは····」
乾いた声で笑い、アルヴィスは半歩下がってわたくしに聞きます。

「閣下がルクレツィアを疎んでいるなど、殿下はなぜ信じたんだろう?俺にすら愛称呼びを許さない程、溺愛しているのに」


わたくしはにっこり微笑ってアルヴィスに言いました。
「それはやっぱり、わたくしが殿下より上手だからでしょう」




そして半年後、リンドロム帝国とアタラ王国の間にアーヴェント公国が誕生しました。
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