ある町娘と、勇者の父(⁠仮)の事情。〜かくして勇者は産まれなかった〜

織り子

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第参話ーかくして勇者は

アルゼは家族で夕食を取り、早めに自室に戻った。泣いてしまうかなと思ったが、涙は出て来なかった。

バルコニーに出て風に当たる。寝間着のままなので、少し寒い。

(もう少ししたら、キースと聖女が出会って恋に落ちるのね。もう立派な小公爵になっているだろうから、かっこいいんだろうな)
最後の日に正装したキースを思い出した。
(でも、普段のキースの方がカッコよかったわね。きっと、聖女の知らないキース。ふふ。聖女が知らなくて私が知ってるなんて)
知らず知らず優越感に浸る。浸ってみて更に落ち込んだ。
(このままでは駄目かもしれないわ)
「私も良い人を見つけないと」


「――良い人って?」

少しだけ怒気を孕んだ聞き慣れない声がした。

バルコニーの階下から、人影が飛んだ。ヒラリと柵を飛び越え、アルゼの前に降り立った。

アルゼの記憶より背が高く、声も低くなっている。だが間違える訳はなかった。

「·······キース?」
「うん。久しぶり、アルゼ」

スタスタと近付いて来て、キースはアルゼをすっぽりと腕の中に包み込んだ。アルゼを包み込めるほど背が伸びている。アルゼは慌ててキースの胸を押し返そうとした。
しかしそうすればするほど、キースの腕の力が強くなる。
「くるしい、キース?」
「ごめん、もう少し」
小さく、震える声で言うキースに、アルゼは離れることを諦めた。

「久しぶり。キース」


しばらく抱き合ったものの、さすがにアルゼももう一度抵抗を始めた。キースが顔を首元に埋めてくるので、くすぐったいからだ。
「キース、いい加減に離してちょうだい」
手で押し返そうとするものの、びくともしない。アルゼは目の前にあるキースの胸筋に驚いた。
(な、何これ。すごい)
弾力のある胸筋が目の前にあるものだから、アルゼは好奇心に負けて触った。

「アルゼ」
キースが手を掴んだ。顔が力んでいる。
「あ、ごめん痛かった?」
「そうじゃない。でも今はよせ」

(今は?)

ため息をつきながらキースはアルゼを腕から解放した。

「キース、どうしてここに?」
「戻ってきた」
「ええ?」

キースは出て行った時の貴族令息の姿ではなく、無造作な髪にシャツと羽織りだけ。とても小公爵の姿ではなかった。

「どういうこと?おしのびとか?」
「そうじゃない。ここに戻ってきたんだ。もう王都に用はない」

アルゼは理解が追いつかない。
「用がない訳ないじゃない。聖女さまだって降臨したのに·····キースは、聖女に出会って、聖女を好きに····」
最後までは言いたくなかった。

キースの瞳はいつものように動じていない。冷めたままだ。
「ああ、聖女か。この間紹介されたよ。確かに婚姻を提案されたけど、断ってきた」
「え?」
(断った?)

「断っちゃ駄目じゃない!」
さすがに叫んでしまった。何故こんなことに?

「なんでだよ。さすがの俺も傷付くぞ。俺が誰を好きか知ってるだろ」
「だって、じゃないと勇者が、魔王が」

「ああ、それも大丈夫だ。魔王はもう倒してきたから」
「は?」
さっきから何を言っているのか。倒せるの?魔王が?勇者意外に?

「ああ。魔王がまだ子供だったらどうしようかと思ってたけど、しっかり魔王だった。性格が既に終わってたから、倒す時も躊躇せずに済んだよ」
(しっかり魔王って何なの)

キースの言動に、アルゼは逆に冷静になった。そういえば、ここ1ヶ月魔獣の出没報告を受けていない。

「いつ、倒したの?」
「1ヶ月前に」

「どうやって?」
「剣で刺して」

アルゼは頭を抱えた。文字通り抱えた。
アルゼがプレイした限り、勇者と、聖女と、魔法使いと、更に剣士の4人でやっと倒した敵だったはずだ。――それを勇者でもない、勇者の父(仮)が1人で?

「信じられないか?でも事実だ」
キースはニヤリと微笑った。蒼色に輝く瞳はギラリと光り、危うい輝きを放っている。

「しばらくすれば王宮から触れが出るだろう――さて、これで俺と結婚しない選択肢はなくなったな?」

アルゼは身構えた。後ろにはバルコニーの柵があり、逃げ場はない。キースはアルゼを挟み込むように手を柵にかけた。
「アルゼ。俺と結婚してくれ」

アルゼは思わず頷いてしまいそうになったが耐えた。
「ま、待って!貴方は次期公爵でしょう?平民の私では釣り合わないわ」

キースはきょとんとして言った。
「それも大丈夫。公爵家から籍を抜いて来たから。公爵家は兄が継ぐよ」

「お兄様の病気は?」
「俺が治した。そのおかげで聖属性が上がって聖騎士になっちゃったよ。他に質問は?」

すでにキースの顔がアルゼの目の前に来ている。息を感じるほど近付いているキースの顔に、アルゼは観念して自分からキスをした。
唇と唇が一瞬触れ合う。アルゼが放すと、キースは素早くアルゼの頬を手で包み込み、深くキスをした。離れたら、もう一度。ちらりとキースを見ると、蒼い瞳に熱が籠り、扇情的に輝いている。キースの欲望が自分に向いている。

もう息が続かないアルゼは必死で訴えた。
「キース、もうくるしい」
「これで最後」
そう言うと、キースは首に、口の横に、耳にもキスをした。

「ーはぁ。もうやめておかないと。とまらなくなる」 

キースは下を向いて息を吐き、アルゼに向き直った。何かに耐えているキースは艶っぽく麗しい。

「駄目だ。やっぱり止まらない。アルゼ、愛してる」

またキスをされると思い、アルゼは思わず目を瞑った。しかしキスはされなかった。キースは耐えている。アルゼの答えを待っているのだ。

(規格外の勇者の父親は、規格外だった。それだけのことなのかも。もう父ではないけれど。物語は相応にして変化するものよね。私にとって、いえ私たちに取っては、物語ではなく現実なのだから)

「私もキースを愛してるわ」

2人は目を閉じて唇を重ねた。




―――かくして、勇者はうまれなかった。







         ――完――
感想 2

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みんなの感想(2件)

りんりん
2026.02.09 りんりん
ネタバレ含む
解除
A・l・m
2026.02.07 A・l・m

良かったけど、まるで子供が生まれないみたいだから、勇者の子とか英雄の子は生まれて欲しい所

一人っきりで秘密裏に倒したなら英雄ですらないのかも知れんけど……

解除

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