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後日談
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全てのことに終わりがあるように、僕の旅路も終わりをむかえた。
一言書き綴ったメモにあの子のこれからの全てを祈り込めて、確かに幕は閉じた。
だが人生そう簡単には終わらせてくれないようで、フランスの国境を超えた頃にはお腹がぎゅるると物申してきた。
…腹ごしらえくらいは、していいかな。
お昼も近い時間になっている事に気付き、適当なオープンテラスのある喫茶店へ入ることにした。
ちょうど僕の手前で団体さんが入ったらしく、相席を頼まれた。死んだも同然の僕はそれを愛想なく受けて、オープンテラスの端の席に通された。
席にはコーヒーが2つ。だが座っているのはダンディな初老の男性のみ。第一印象は、ゴッドファーザー。ぺこり、と軽く頭を下げるとゴッドファーザーも軽く手を挙げ、口角を上げて歓迎してくれた。
「ここのバケットサンドは絶品だよ」
見た目通りの渋い声でゴッドファーザーは言った。かすかにコーヒーの湯気が揺れた。
そうなんですか。とロボットのように、オウム返しのように店員へバケットサンドとカフェオレを注文する。
「兄さん、もしや甘党かい?」
未だ絡んでくる相手に、今更注文したものを思い返した。いつもの癖だ。あの子と外食する時、必ず僕はブラックコーヒーで、あの子はカフェオレにたっぷり砂糖を入れて飲んでいた。嫌だな、もう諦めたのに。
注文したものを持ってきた店員と入れ替わるように、すらりと背の高い青年が席へ座った。東洋人だろうか。顔立ちは日本人のような、どこか色気のある端正な顔をしていた。また頭を下げると彼も状況を察知したのか、頭を下げてきたあたり、日本人もしくは日本で生活したことがあるのだろう。
相席の2人が戻ってきた瞬間、一瞬だけ空気がピリリとした気がした。
僕がバケットサンドを食べはじめると、ゴッドファーザーは新聞を取り出し、青年に見せながら何やら話し始めた。小さい声だがフランス語ではない。スペインかイタリアだろうか。青年も合わせて確認するように頷きながら新聞は捲られていく。
カフェオレには勿論砂糖は入っておらず、あの子を失った自分のようでお腹の辺りがずんと重くなった。
どれくらい経っただろう。不意にゴッドファーザーにまた声をかけられた。今度は、先程とは正反対の闇をまとったような低い声で。
「兄さん。死んだような顔だね」
「…まあ、死んだようなものです」
普通だったら何を言ってるんだこのジジイと思うだろうが、腹が満たされた状態でも僕は何も満たされた気分ではなかった。
「そうか、何かワケありということかな。そんな兄さんに聞きたいことがあるんだがね」
「…なんです?」
あからさまにぶっきらぼうな対応にもゴッドファーザーは揺るがない。青年は変わらず我関せずとコーヒーを嗜んでいる。
「とある仕事があるんだ」
ゴッドファーザーは進める。
「今の兄さんにぴったりだと思うんだが、興味無いかね?」
自分でもなんと答えたのか覚えていない。でもかすかに生まれ変わる気配を感じたことは覚えている。席へ戻ってきたとき以来目の合わなかった青年と目が合ったときに感じた、ぞくりとした冷たさ。その冷たさに魅力を感じた。
生まれ変わったって「今まで」は変わらない。それでも、だからこそ、僕はその手を取った。
一言書き綴ったメモにあの子のこれからの全てを祈り込めて、確かに幕は閉じた。
だが人生そう簡単には終わらせてくれないようで、フランスの国境を超えた頃にはお腹がぎゅるると物申してきた。
…腹ごしらえくらいは、していいかな。
お昼も近い時間になっている事に気付き、適当なオープンテラスのある喫茶店へ入ることにした。
ちょうど僕の手前で団体さんが入ったらしく、相席を頼まれた。死んだも同然の僕はそれを愛想なく受けて、オープンテラスの端の席に通された。
席にはコーヒーが2つ。だが座っているのはダンディな初老の男性のみ。第一印象は、ゴッドファーザー。ぺこり、と軽く頭を下げるとゴッドファーザーも軽く手を挙げ、口角を上げて歓迎してくれた。
「ここのバケットサンドは絶品だよ」
見た目通りの渋い声でゴッドファーザーは言った。かすかにコーヒーの湯気が揺れた。
そうなんですか。とロボットのように、オウム返しのように店員へバケットサンドとカフェオレを注文する。
「兄さん、もしや甘党かい?」
未だ絡んでくる相手に、今更注文したものを思い返した。いつもの癖だ。あの子と外食する時、必ず僕はブラックコーヒーで、あの子はカフェオレにたっぷり砂糖を入れて飲んでいた。嫌だな、もう諦めたのに。
注文したものを持ってきた店員と入れ替わるように、すらりと背の高い青年が席へ座った。東洋人だろうか。顔立ちは日本人のような、どこか色気のある端正な顔をしていた。また頭を下げると彼も状況を察知したのか、頭を下げてきたあたり、日本人もしくは日本で生活したことがあるのだろう。
相席の2人が戻ってきた瞬間、一瞬だけ空気がピリリとした気がした。
僕がバケットサンドを食べはじめると、ゴッドファーザーは新聞を取り出し、青年に見せながら何やら話し始めた。小さい声だがフランス語ではない。スペインかイタリアだろうか。青年も合わせて確認するように頷きながら新聞は捲られていく。
カフェオレには勿論砂糖は入っておらず、あの子を失った自分のようでお腹の辺りがずんと重くなった。
どれくらい経っただろう。不意にゴッドファーザーにまた声をかけられた。今度は、先程とは正反対の闇をまとったような低い声で。
「兄さん。死んだような顔だね」
「…まあ、死んだようなものです」
普通だったら何を言ってるんだこのジジイと思うだろうが、腹が満たされた状態でも僕は何も満たされた気分ではなかった。
「そうか、何かワケありということかな。そんな兄さんに聞きたいことがあるんだがね」
「…なんです?」
あからさまにぶっきらぼうな対応にもゴッドファーザーは揺るがない。青年は変わらず我関せずとコーヒーを嗜んでいる。
「とある仕事があるんだ」
ゴッドファーザーは進める。
「今の兄さんにぴったりだと思うんだが、興味無いかね?」
自分でもなんと答えたのか覚えていない。でもかすかに生まれ変わる気配を感じたことは覚えている。席へ戻ってきたとき以来目の合わなかった青年と目が合ったときに感じた、ぞくりとした冷たさ。その冷たさに魅力を感じた。
生まれ変わったって「今まで」は変わらない。それでも、だからこそ、僕はその手を取った。
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