女の首を所望いたす

陸 理明

文字の大きさ
7 / 9

しおりを挟む

 この時、池田恒興は姉川の戦いにおいて酒井忠次の槍に誤って怪我を負わされ、歩くことができなくなっていたため、小荷駄用の鞍にまたがっていておかげか、この弓矢での攻撃を受けずに済んだ。
 だが、彼自身が落馬して恥をかいたために岩崎城を攻めることを決意したといわれているように、すぐ間近に被害が出たために、即座に反撃を決意した。
 これについて、「長久手始末記」等の文献によると、もともと岩崎城を攻め滅ぼすことによっていくさの手始めに敵を殺して軍の神に供え物をしてやろうと計画があったという説もある。
 いわゆる血祭りにあげる、という発想だ。
 当初は素通りして見逃す予定であった小城から想定していない攻撃を受けたために、激情してやり返したというのは情けないものがあるためか、池田家の編纂した「池田家履歴略記」でもこの説を採用している。
 もっとも、恒興陣営においては、短時間であったが反撃をするかどうかの議論が起きており、当初からの予定であるとはいいがたい。
 実際、三百程度の手勢しかいない小城を攻め落としても戦略的な意味はない。
 しかし、あえて中入り部隊が岩崎城を攻めたのは、森長可と池田之助の強硬的な姿勢があったからである。
 之助の理由は父親の傍を狙われ、運が悪ければ死んでいたという事実を捉えての報復であったのだろう。
 血祭りは八幡太郎、摩利支天といった軍神に血を捧げ、戦いの血を湧き立たせるのは勝利を呼び込む作法の一つである。
 それに岩崎城は小城であり、少し叩けば怯んで落ちるだろうという楽観もあった。
 他と違ったのは森長可である。

「あの城の連中は、目の前をのうのうと敵が過ぎていくのが我慢ならなかったんだろうさ。そりゃあ、当たり前だよな。あいつらも武士なのだから。挑発されて、泣き寝入りするのは恥だ。恥はすすぐものだが、そもそも受けちゃあならねえ。武士だったら、まずは斬りつけろ。後先のことを考えるのは思い上がりさ」

 長可の思考からすれば、岩崎城の兵たちの行動こそが武士のそれであり、無視してじっと息をひそめて待つなどというのはあってはならない惰弱である。
 ゆえに時間を稼がれ、無駄な出血を強いられるという小賢しい理屈は吹き飛ぶこととなる。
 長可の第二隊よりも先に攻城を開始したのは池田隊だった。城の大手口には家老の伊木清兵衛、搦手口には片桐半右衛門が向かっていく。
 岩崎城の一帯は広い沼地で、百々柴と呼ばれており、丈の高い草に覆われていたという。
 足がとられてなかなか思うように動けない池田隊は、当初から徹底した総攻撃を行った。
「ひとしく取巻、平攻めにせめて」と「甫庵本太閤記」にあるように、平攻め即ち総勢でひたひたと押し寄せて一気に城を攻略しようとしたのである。
 総数はおよそ一万。
 まさに怒涛の攻めであったろう。
 岩崎城の兵たちは死を覚悟した。
 城代の氏重さえ「始メ自リ死ヲ以テ之ニ当ル。毫モ屈スル所無シ」と伝えられている。

 再び櫓に昇った氏重は、まず弓と鉄砲での射撃を命じた。
 この時の弓の戦果は芳しいもので、須賀四郎は敵十一人を射殺し、六蔵も数十人を始末したといわれ、他の弓組たちも同様の結果を出したことは想像ができる。
 池田隊と少し遅れて参戦した森隊は数が多く、まさしく撃てばあたる状態であった。
 この氏重の射撃指示を援護として、実質的な指揮を執っていたのは加藤景常である。
 白色の鎧に鍬形の兜をかぶった景常の的確で頑固な指示は最初の津波を完全にしのぎ切った。

「必ず救援の兵が来る! 氏次どのが戻ってこられるぞ! 皆の者、ここが踏ん張り時だぞ!」

 雄たけびを上げて、兵たちを鼓舞する。
 それに乗って、元武田の家臣今井七右衛門が首に巻いていた百足の旗指物を高らかにひるがえして城内に入り込もうとする池田兵を突き殺す。
 老いたる猛者の働きに戦闘経験のないものたちも奮い立つ。
 城内の三百人は死兵となった。
 決して戻っては来られないだろう氏次を待ちながら、最後まで生き抜こうと覚悟したのだ。
 景常はその様子を見て、一度城に張り付いてる兵を剥がすいい機会だと考え、葦毛の馬に飛び乗ると大身の槍を振るいながら城門の外に打って出た。
 池田の兵たちが空堀にゴミのように落ちていく。
 これは大きな効果があり、城門に殺到していた敵兵を大きく後退させることに成功する。

「わしが加藤景常だ! 見事、討ち取って手柄にして見せるがよい!」

 ちょうど目の前にいたのは、池田之助であった。
 凄まじい勢いで突進してくる景常とその取り巻きをなかなか止められなかったが、それでも多勢に無勢、限界があった。
 すでに数か所の傷を負っていた景常は池田隊の太陽寺左平太との一騎打ちに持ち込まれてしまう。

「大将首をいただいた!」
「まだくれてやらんわ!」

 大柄な武将同士の一騎打ちはすぐに決着がつかなかったが、池田方の兵の矢が右わきに刺さり、怯んでしまう。
 その瞬間を見逃さず、左平太が景常に飛びつき、地面にたたきつけたと同時に首に短刀を突きつけ押し込んだ。

「氏重どの……」

 城代の若者に届かぬ声をかけ、景常は絶命した。
 その様子を見て、岩崎城側はいったん城門を閉じる。
 実質的な指揮役の景常が戦死したことで立て直さなくてはならないと判断したのである。
 これを行ったのは、やはり歴戦の勇士であるうえ、よそ者であり冷静な判断の可能であった今井七右衛門である。
 彼でなければすでに開け放たれた門から敵兵に侵入されて、浮足立った城兵たちは蹂躙されていたであろう。
 少し遅れて、北側の竹ノ山からの威嚇射撃を警戒して櫓から降りていた氏重がやってくる。

「若、景常さまが……!」
「わかっている。叔父上のご立派な最後は氏重もみていた。七右衛門も大儀であった」

 景常の戦死を受けて、これからすぐにでも新しく方針を定めなければならない、と眉をしかめた氏重の耳に悲鳴とともにドスンと鈍い音が聞こえた。
 須賀六蔵が狙撃され、体勢を崩して落下し転落死したのだ。
 敵は櫓や城門の矢狭間に向けて夥しい数の矢を射始めていた。
 援護射撃もままならなくなっている状況だ。
 敵は強く、数も多い。
 そのとき、城門の外から大音声でがなるものがいた。

「……でてこい、丹羽勘助!」

 勘助というのは氏次の幼名だ。
 その名で彼を呼ぶのはかなり古い付き合いのものに限られる。
 例えば、織田方でいくさに轡を並べて参加していたような。

「こんなちゃちな城で籠城しても勝ち目はないだろう。だったら、おれと一騎打ちと洒落こもうや」

 誰かが挑発してきている。
 氏次を名指しにしているが、これは間違いなく挑戦だ。

「誰ですか……?」

 それに答えたのも今井七右衛門であった。

「あいつぁ、鬼武蔵ですぞ。氏重さま! わしゃあ高遠城でやつを見ております!」

 氏重は雷でも落ちたかのように興奮した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...