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第二話 京の五虎
親兵衛、軟禁される
しおりを挟む京都所司代の武術指南役へと名乗りを上げた多くの武芸者の中で、特に五虎と呼ばれることになった五人はもともと京では有名な男たちであった。
中でも特に評判となっていたのは奈良興福寺の塔中四十余坊の一つ、宝蔵院の院主である胤栄であった。
京の都から目と鼻の先にある奈良で京四条の吉岡道場に匹敵するとまでいわれた槍の大道場を開き、大和信貴山の松永弾正に招かれて十二人の槍術家を打ち破り、興福寺南大門の前で弓の名人・菊岡宗政との試合ではあまりの迫力に一矢も打たせず敗北を認めさせたという伝説をもっていた。
吉岡道場の吉岡拳法が武術指南役に名乗りを上げない以上、おそらくはもっとも京一帯では高い武名を誇る人物といっていいだろう。
吉岡流の開祖拳法は、室町将軍から「兵法所」の称を得ていた手前、成り上がりに等しい豊臣の下についた前田玄以とその郎党の指南役に立候補できなかったのである。
それに胤栄は剣聖上泉伊勢守の第四の高弟でもある。
剣も教えることができた。
京都所司代の指南役としては相応しい人物であったかもしれない。
槍の穂に三日月がついたような宝蔵院の片鎌槍の評判もあり、おそらく五虎の中でも最も強いと噂されていた。
精強無比の大豪傑、それが宝蔵院胤栄であった。
「―――親父様も柳生の庄を出ていさえすれば、確実に五虎の一人となっていただろうに。いや、親父様と胤栄どのだけで足りたはずだ」
柳生宗厳―――上泉伊勢守によって石舟斎と名付けられた―――の実力は胤栄を上回るものと息子ながらに睨んでいた。
あえて二人を並べたのは、幼少のみぎりに稽古をつけてもらった恩があるからである。
ゆえに父親が故郷をでて、立身出世の道を歩めばきっと高く評価されただろうにと宗矩は歯がゆく思うのであった。
父親とは意見が合わずに故郷を飛び出したが、やはり最も尊敬する相手であることは疑いようがない。
宗矩にとっても今度の親兵衛の腕試しの試合というのはなかなかに好機といえる。
友とはいえうまく親兵衛を利用すれば、宗矩も大身の大名のもとに仕官できる道筋ができるかもしれない。
そこで、宗矩は餡餅屋の売り子に化けた喝食を利用して、せっせと所司代内部の情報を集めさせて、かつ、親兵衛のもとに京の噂を送り続けた。
親兵衛が外に出てくることはなかったが、おかげで宗矩はいっぱしの情報通となったのである。
「―――餅の中に手紙を入れるなんてよく又右衛門は考えつくね」
「女郎のくせに武士のことを諱で呼ぶな」
「ふん、あたしがいなければ犬和郎とつなぎの一つもつけられないくせに」
「そのときはおれ自ら中に入る」
「どうだかね。犬和郎だって、外に出てこられないほど厳しく見張られているのに又右衛門が忍び込むことなんてできるはずがないさ」
「……やつは面倒くさがっているだけだ。その気になれば、ほいほい塀を越えて出てくるぞ」
このあたりの読みは宗矩が正しい。
親兵衛は出てこないのではなくて、出る気がなかっただけなのだ。
下手に見つかってまた騒ぎになるのは面倒なので黙って餡餅をむしゃむしゃと頬張りながら四六時中寝ているだけにしていた。
喝食からすればそれは強すぎる実力を秘めた少年の自信の表れ以外のもののなにものでもなかったのだが。
「屋敷の中には、おそらく所司代のものではない連中もかり出されているのだろう。いかにあいつでも無音のまま外にでることはできん。それが面倒だからずっと寝てばかりいるだけだ」
「そういえば、いつも火縄の匂いがして臭すぎるってぼやいていたなあ」
「鉄砲といえば、確か雑賀党の生き残りが雇われていたはずだ。五虎に鈴木忠太孫一という鉄砲使いがいるが、おそらくはそいつだ」
「え、犬和郎が危ない」
「心配するな。あいつを犬みたいに撃ち殺すのはかなり難儀なことだ」
柳の馬場での狙撃から生き残った親兵衛の運の良さを思い出す。
「そいつについてはおれが調べておく。おまえはまた明後日にでも餡餅を届けてやれ。ただ、正体が色町の禿だということはせいぜい気取られるなよ」
「口うるさいなあ、又右衛門は」
「武士になめた口をきくな」
それでも柳の馬場まで送った別れ際に、喝食がぽつりとつぶやいた。
屋敷内で見聞きした様々な話のうち、一つなぜか気になるものがあったのだ。
「―――そういえば前田の殿さまって、もともとお坊様なんでしょ」
「ああ。若いころには終わりにある小松原寺という寺の住職だったときいている。信長公に招聘されて、嫡男信忠どのの配下となったはずだ。面白い経歴の持ち主だな。それがどうかしたのか」
「うんとさ、昨日だか一昨日だか、前田の殿さまが坊様の恰好をして奥にわたっていくのを見たのさ。それを中間のおっちゃんに聞いたら、なんだか京の商人に頼まれてチョーフクのズホーを頼まれているんだってさ。武家屋敷というよりも辛気臭いお寺にいるみたいだったよ」
「チョーフクのズホー? 調伏の修法のことか」
「さあ、あたしにはわかんない」
「わからんのは仕方ない。おれとて、柳生が春日神社の神官の末裔でなければ、そんな呪いのことなど、知りもしなかった。……しかし、坊主だった前田玄以が調伏の修法とは……まことにけったいなことだな」
と、宗矩は喝食からの話に首をひねる。
五虎の情報とは違うが、なんとはなしに気になったのだ。
もう一度丸太町通りを引き返して千本屋敷へと向かう。
親兵衛に会うことはできなくとも聞き込みぐらいはできるだろうと考えたからだ。
その途中だった。
宗矩の歩く路地の影から一人の男が飛び出してくる。
手には光が反射しないように黒く塗られた刃を持つ短刀が握られていた。
刺客。
そう気付く前に男は完全に宗矩の間合いに飛び込んできた。
いかに新陰流の使い手と言ってもそこまで間合いに入り込まれては反撃することも叶わぬという踏み込み方は、生半可な使い手の呼吸ではない。
刺客は剣の術理を身に着けている。
このままでは確実に腹を抉られて死ぬ。
宗矩がなんとか刀を引き抜くに至ったとき―――
男の上半身がくるりと回転した。
全身を異様に捻じ曲げた挙句に倒れたのだ。
血飛沫ともに。
倒れた男の横っ腹は完全に抉り取られて喪われていた。
こんな大穴が開いてしまっては即死以外には道はないだろう。
「―――油断したのう、石舟斎のせがれ」
宗矩の間合いに飛び込んだ刺客をさらに調速の電光石火の突きで仕留めた槍術の持ち主―――宝蔵院胤栄は僧侶らしからぬ血なまぐさい笑みを口元に湛えていた……
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