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記録1 俺の家の中で幼女が行き倒れていたんだが
しおりを挟む俺はクタクタの状態でワンルームアパートに帰ってきた。部屋のドアを開けて、玄関の明かりを点ける。すると、薄暗い居室部分に何やら人がうつ伏せで倒れている感じの影があるのが見え、俺はそっと部屋のドアを閉じた。
俺が借りているこの部屋は、いわゆる〈いわく付き〉の物件だった。いわく付きと言っても、殺人事件が起こったとか自殺者が出たとか、そういう物騒なものではない。何でも、居住者が失踪して帰ってこなかったとか、帰ってきたとしても「俺は世界を救ってきたんだ」と妄言を言い出すようになったとか。そういう〈いわく〉があるのだそうだ。
それを聞いて、俺は別に「いくら家賃がべらぼうに安いからって、借りるのはやめておこう」とは思わなかった。何故なら〈この部屋に住んで失踪したという者は、間違いなく異世界転移したのだろう〉と俺は考えたからだ。――最近流行りの異世界転移、いいじゃない。スキルを盛々に盛ってもらって俺TUEEEEして、おっぱいもちっぱいも選び放題のハーレム三昧。料理が出来ることだけが取り柄の寂しい三十代独身サラリーマンには、とても羨ましい〈第二の人生〉である。
俺は意を決すると、再び部屋のドアをそっと開けた。泥棒だったらどうしようとか、見間違いだったらいいなとか、そんな気持ちを抱きながら中を覗き込んだ。――倒れていたのは、なんと、小さな子供だった。そして俺は、もう一度部屋のドアを閉じた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう! 物取りのほうがまだ良かった! 縁側の窓、うっかり開けてて、そこから入り込んだのか!? それで俺んちで遊んで、そのまま疲れて寝ちまったのか!? 何にしても、大家にヘルプ出したとしても警察に相談したとしても、誘拐犯に仕立て上げられるフラグじゃないか、これは! どうしよう、どうしたらいい? どうしたら……
ドアの前でしゃがみ込み、そんな感じで悩みながら頭を抱えていると、偶然にも大家さんが俺の後ろを通った。
「吉澤さん、あんた、何してるの? 部屋の前で単語蹲って。お腹痛いの? それとも、彼女が浮気現場にあんたの部屋を使ってでもいたわけ」
「いえ、大したことじゃあないです……」
彼女なんかいるわけないだろ、畜生ッ! 分かってて言ってるな、このおばはん! ――そんな怒りと哀しみを心にしまい込みながら、俺は大家さんを悲哀の篭った目で見つめた。すると大家さんは、ニヤニヤとした笑みを浮かべると「派手な喧嘩するなら、他所でお願いね」と言いながら去っていった。
ワイドショー好きなおばはんの姿が完全に見えなくなると、俺は深いため息をついて立ち上がった。そして腹を括ると、俺はようやく帰宅した。
俺は倒れている子供に、恐る恐る近付いた。どうやら、この子は女の子らしい。歳は、人間で言ったら三歳くらいだろうか。そして更に、この幼女が普通でないことに俺は気がついた。――耳が、尖っているのだ。そう、まるで漫画やアニメに出てくるようなエルフのように。ピーンと尖っているのだ。俺はこの尖り耳に、内心興奮した。やはりこの部屋は、異世界に通じているのだ!
興味や期待で逸る気持ちを抑えながら、とりあえず俺は幼女に声をかけた。幼女はピクリと身じろぐと、ゆっくりと身体を起こして俺を見上げた。
幼女はぼんやりとした表情で、俺に対して喋りだした。しかし、俺はその言葉を理解することが出来なかった。きっと、単語異世界そして彼女の近くにしゃがみ込んでいた俺の顔をがっしりと掴むと、いきなり唇を奪ってきたのだった。――エルフの幼女が! 俺に! ディープキスだと!?
俺は突然の出来事に、思わず身を硬直させた。さすがに、女日照りだからって幼女が相手ってのは……。いくら相手がエルフだからって、幼女ってのは……。やめさせようにも、小さな子供を突き飛ばすのもどうかと思うし。それにしても、何故突然、こんなにもねっとりとしたチューを……。
冷や汗を額に浮かべながら、俺は相も変わらず硬直していた。すると、幼女がようやく俺から離れたのだが、その際に少しばかり単語何かがズルリと抜けていくような感覚に陥った。
そこはかとなく疲れを感じながら呆然と幼女を見つめていると、彼女はもちもちと顎を動かして単語何かを咀嚼していた。そしてそれをゴクリと飲み下すと、ゆっくりと、しかしながら滑らかな口調で話し始めた。
「タクロー、私の空腹を満たしなさい」
「はい……?」
思わず、俺は幼女を睨みつけた。何て上から目線なんだ、この幼女は……。すると、幼女はじわりと瞳を潤ませた。
「私の! 空腹を! 満たしなさい!」
「いや、あの、そう言われましてもね」
「満たしなさいってばああああああああああ!」
幼女はいわゆるギャン泣きとやらをし始めた。大家に聞かれたら事である。俺は慌てて幼女の口を塞いで宥めすかした。そして彼女が泣き止むと、俺は早速料理を始めることにした。今日は外食をしてきた上に、冷蔵庫の中もほぼ空っぽ。すぐに作れるものといったら、アレしか無かった。
俺はボウルに強力粉と塩を量って入れ、お湯を適量注いで捏ね始めた。幼女はそんな俺の様子を、絶望の眼差しで見つめた。
「今からパスタかパンを捏ねるの!?」
「いや、それはさすがに時間かかるし。今から十五分ほど、お待ちくださいよ」
そう答えて、俺はちゃっちゃと強力粉を捏ね、玉の状態にして寝かせに入り、その間に鍋二つを使って湯を沸かした。片方は麺を茹でる用、もう片方はスープ用である。小麦玉を伸ばし棒で適当に伸ばし、俺のご自慢の調理アイテム〈洗える製麺機〉で更に薄く引き伸ばし、そして麺にすべくカットする。茹でる用のお湯が沸いたら、一旦鍋をどける。うちのキッチンは狭いから、そうしないとフライパンが使えないのだ。
豚肉をさっと炒めたら、再び鍋とチェンジ。少し湯の温度が下がっているので沸かし直し、そこに麺を投入して二分半。湯切りして、器に先に注いでおいていたスープの中にドボン。その上に豚肉をオン。――あっという間に、手作り肉うどんが完成した。
幼女は目を輝かせて、湯気の上がる器に見入っていた。きっと箸は使えないだろうからと、俺はフォークを用意してやった。幼女は勢い良くフォークを鷲掴むと、勇猛果敢に出来たて熱々のうどんに挑んでいった。
「熱ッ! あっつ!!」
「おうどん様は逃げないから、ゆっくり食べな」
「おうどん様!? これはおうどん様と言うのね!? 卵も入っていない、ただの小麦粉の塊だというのに、何て美味しいの! お肉もイイ! とてもイイわ!」
頬を上気させ、幼女は嬉しそうにうどんをすすった。そして彼女はフウフウと息を吹きかけて冷ましながら、うどんスープにも着手した。
殆ど食べ終わりという頃、幼女はフウと甘ったるい満足げなため息をついた。
「はう~……、満たされる~……」
そう言って幸せそうに目を細めた彼女は、ポウと光に包まれた。そしてカッと強く光り、俺は咄嗟に眩しさで目を瞑った。
光が落ち着いて目を開けると、彼女が柔和に微笑んだ。
「ありがとう、タクロー。助かりました」
俺の目の前には、確かに態度のデカい幼女がいたはずだった。しかし、今目の前にいるのは、とても美しいエルフだ。俺は驚きのあまり、言葉を失ったのだった。
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