転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
20 / 362
* 死神生活一年目 *

第20話 お買い物小夜曲(セレナーデ)

しおりを挟む


 死神ちゃんがこちらの世界に来て初めての給料日のことである。寮の住人達はウキウキそわそわとしていた。〈ダンジョン〉と〈そこに繋がる別空間〉という非常に狭い世界で生きる彼らであっても〈給料〉というのは嬉しいらしく、彼らは何を買おう、何を食べようと口にしては楽しそうに笑っていた。
 実は、まだ死神ちゃんは実際に目にしてはいないのだが、ダンジョン内には〈冒険者の懐と心をボッキリと折るための、罠として存在する娯楽施設〉がある。それらの店舗はこちら側・・・・にも社員向けに店を構えているため、少ないながらも一通りの娯楽が用意はされている。みな〈再転生しょうらい〉のために貯蓄をしているとはいえ、息抜きは絶対に必要ということで、そういった娯楽に対して結構気前よく金を使っていた。
 しかし、入社のタイミング的にまだお給料の貰えない死神ちゃんには、あまり関係のない話だった。浮足立つ同僚達を、死神ちゃんは他人ひと事のように眺めていた。

 給料日から一週間ほどした、ある日。同僚達が給料日と同じようにそわそわとしていることを疑問に思った死神ちゃんは、同居人の一人に何故かと尋ねてみた。すると、同居人は死神ちゃんを寮内のある場所へと連れて行った。そこは寮長室で、中に入るとマッコイがデスクに向かって雑務をこなしていた。


「あら、どうしたの?」

かおるちゃん、お知らせ掲示板見てなかったみたいだからさ、連れて来ちゃった。――毎月、成績の良かった班は月例賞として金一封が貰えるの。薫ちゃん、初給料まだでしょ? だから、こういうボーナス、嬉しいんじゃない?」


 死神ちゃんは頬をピンク色に染め上げると、輝かんばかりの瞳で同居人を見つめた。同居人がニコリと笑うと、死神ちゃんはマッコイに視線を移した。すると、マッコイは金庫を取り出して、死神ちゃんの分のぽち袋を差し出した。


「薫ちゃんのおかげで、うちの班が月例賞を獲得できたのよ。入りたてで不慣れでしょうに一生懸命頑張ってくれて、上司としてとても誇らしいわ。ありがとうね。一ヶ月、本当にお疲れ様でした」


 死神ちゃんの頬は嬉しさでピンクから真っ赤に変化した。同居人とマッコイはにこやかに微笑むと、そんな死神ちゃんの頭を撫でたり、肩を軽くポンポンと叩いたりした。



   **********



 早速この臨時収入を必要品の購入に当てようと、死神ちゃんは考えた。とりあえず、毎日のようにマッコイを頼るのも申し訳ないし、毎朝必ず彼がいるわけでもないので、目覚まし時計と〈仕事用の新しい服〉は欲しいところだった。――幼児の体のおかげで、早めに床に就いたとしても自力で起きられずに出勤ギリギリとなってしまうし、腕のリーチの問題なのか、洋服の脱ぎ着もいまだに手間取るのだ。

 マッコイに相談すると、彼は「別に気にしなくてもいいのに」と言いつつも、買い物に付き合ってくれた。
 やって来たのは、豊富な品揃えが売りの百貨店だった。死神寮のある広場から見ると一階建ての簡素な雑貨屋という風体なのだが、中は魔法で拡張されており、複数階建ての建物となっていた。ここは他の〈社員居住区〉とも繋がっているようで、様々な部署の社員が買い物を楽しんでいた。

 目覚まし時計を見繕い、服売り場にやってくると、受付のケバいゴブリンが真剣な顔で洋服選びをしていた。ブリッブリなロリータ服に身を包んだ彼女は死神ちゃんに気がつくと、ニタリと笑い、凄まじくゆっくりと手を振ってきた。死神ちゃんは苦笑いで手を振り返すと、自分も洋服選びをすることにした。
 死神ローブが何故か頭巾の形をしているため、どうしても衣服が露わとなる。〈死神感〉を失わないためにも、色はやはり黒で――ということで、黒の半袖ブラウスに黒の短パンを購入することにした。前ボタンにズボンだから、これなら一人でも着替えがし易いと思ってのチョイスだ。

 とりあえずの必要な物を購入できてほくほくの死神ちゃんは、ふとあることを思い出して目をしばたかせた。死神ちゃんの部屋を初めて見た時に可愛いだ何だと言って羨ましそうにしていたにもかかわらず、マッコイの部屋には必要最低限のものしかなかった。衣服だって、ファッションを楽しむ同僚達がたくさんいる中で、彼はいつもの〈村人A〉スタイルと先日の訓練時の服しか持っていないようだった。
 死神ちゃんはマッコイを見上げると、不思議そうに首を傾げさせた。


「お前って、少しでも早く〈再転生〉できるように極力金を使わないでおいてるのか?」

「あら、何で?」

「いや、だって、ひとの部屋見て羨ましがるくらいなら、いろいろ揃えればいいだろうに、何もないに等しい部屋だったから」


 マッコイはバツが悪そうに笑うと、それは〈転生前むかし〉から染み付いた習性だと教えてくれた。仕事柄、居所が特定されないよう点々としていたそうで、いつでもどこにでも行けるようにと、極力ものは持たない生活をしていたのだという。


「それに、アタシ・・・みたいなの・・・・・が可愛いぬいぐるみとかを抱えてても、気持ちが悪いだけでしょう?」


 遠慮がちに笑うマッコイに、死神ちゃんは「何で?」と即答した。驚いて目をパチクリとさせる彼に、死神ちゃんは顔色ひとつ変えることなく続けた。


「お前の人生なんだから、お前の好きなようにすればいいじゃないか。この一ヶ月思っていたんだが、お前さ、何ていうか、〈世の人が思うオカマさん〉らしくあろうと無理していないか?」

「なんで、そんな……」

「俺を誰だと思っているんだ。元諜報員の観察眼、舐めんなよ。――そんな、男だとか女だとかオカマだとかさ、体の性別とかも気にせずに〈自分らしくいられるもの〉を好きに着て、好きに持てばいいだろう。むしろ〈世の人が思うオカマさん〉なら、周りなんて気にせず『かーわーいーいー!』とか言いながらぬいぐるみ抱えるだろううに」

「でも……」

「そうやって気にしちまうのは〈オカマさん〉らしく振る舞わなきゃと思いつつ〈ごく普通の女性〉でありたいとも思っていて、でも結局〈ちゃんとオカマでいなくちゃ〉と気負っちまうからなんだろう?」


 死神ちゃんが何かを言うたびに口を挟もうとしていたマッコイが、とうとう押し黙った。口をつぐんで、しかしながら何か言いたげにじっと見つめてくる彼を、死神ちゃんもそのままの表情で見つめ返した。


「なんでそんなよく分からんもん気負ってるのかは知らないが、別に、女性でありたいなら堂々と〈女子〉でいればいいじゃないか。お前の人生は誰のものでもない、お前だけのものなんだし。お前らしくいられるものを常に選択していこうぜ、せっかくの〈二度目の人生チャンス〉なんだし。――そもそも、そこいらの女子よりも、お前のほうがよっぽど女子だよ。まあだからって、さすがに、そのガタイでああいう・・・・格好・・は似合わないとは思うが。……いや、意外と似合うか?」


 言いながら、死神ちゃんはゴブリンを見やった。すると、彼女はニヤリとした笑みをこちらに向けながら試着室へと入っていった。
 マッコイははにかむと、ゆっくりと口を開いた。


「……ねえ、お茶でもしましょうか。アタシがおごるから。ここのカフェのプリン・ア・ラ・モード、とっても美味しいのよ」


 マッコイは死神ちゃんの手を取ると、カフェのあるフロアに向かって歩き出した。彼は心なしか嬉しそうにしていて、死神ちゃんは「急にどうしたんだ?」と不思議に思いながら首を捻った。



   **********



 初任給を貰ってすぐの休日、死神ちゃんは一人で百貨店から出てきた。長ズボンなど、必要だと思うものをさらに買い込んだり、天狐への〈ネグリジェのお礼〉を見繕ったりしたのだ。自分の身長の半分ほどの大きさのものを抱えてよたよたと歩いていると、勤務を終えて帰って来たマッコイと遭遇した。
 彼は〈荷物を持とうか〉と申し出てくれたのだが、死神ちゃんはやんわりと断った。しかし、あまりにもよたよたと危なっかしかったため、結局彼が死神ちゃんの荷物を部屋まで運んでくれた。

 死神ちゃんの部屋の前に着き、ふとマッコイが死神ちゃんを見下ろすと、死神ちゃんは何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。どうしたのかと尋ねても、死神ちゃんは微妙な表情のままもじもじとしてしゃべらない。マッコイが心配そうに顔を曇らせると、死神ちゃんはようやくボソボソと話し出した。


「プレゼントを、あげる予定の本人に運ばせるとか、すごくかっこ悪いなと思って……」

「え、これ、アタシに?」

「この体のせいで、他のヤツらならかけないような迷惑を、いっぱいかけてるだろ。しかも、お前、上司だからとかではなくて、お前個人の好意で対応してくれてるだろう。だから、その、初めて給料も出たことだし、お礼したいと思って」


 マッコイは死神ちゃんに許可を取ると、包み紙を開けてみた。中から出てきたのは、触り心地のいい素材で作られた、可愛らしいテディベアだった。しかも、彼の体格でも十分な抱き心地が感じられるくらいの大きめサイズだ。
 マッコイが驚いた表情のまま静かにはらはらと泣き始めると、死神ちゃんはしどろもどろに捲し立てた。


「諜報員時代にスタッフが用意したものを標的にプレゼントすることはあっても、自分で選んだものを誰かに贈るってことはしたことがなかったから。だから、その、もしかしたら的はずれなものを選んだかもしれないけど。――あれから、お前、〈村人A〉はやめたみたいだが、部屋もミニ冷蔵庫が増えたくらいでまだまだ殺風景だし、だったらぬいぐるみをプレゼントしても重複しないかなと思って。……あの、やっぱり、迷惑だったかな」

 マッコイはテディベアを抱きしめて顔を埋めると、か細い声を震わせた。


「ごめんなさい、違うの。誰かからプレゼントを貰うのって初めてだったから、つい驚いちゃって。凄く、嬉しい……。――ありがとう、薫ちゃん。大切にするわね」





 彼は顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。思わず、死神ちゃんも顔が真っ赤になった。


「やばい、どうしよう。凄まじく恥ずかしい。でも、人に喜んでもらうのって、こんなにも嬉しいことなんだな。――ああ、でも、どうしよう。天狐にもこの前のお礼にって、モノを用意したんだけどさ。こんな調子で、俺、ちゃんと渡せるのかな」

「大丈夫よ。だって、薫ちゃんは、どんな任務も軽やかにこなす〈名うてのプロ〉でしょ? もふ殿も、きっと喜ぶと思うわ。――そうだ、折角だから、この子に名前を付けたいわね。薫ちゃんから貰ったから、それにちなんでゴ◯ゴとか?」

「おい、それだけはやめろ!」

「何でよ、いいじゃない。ねえ、ゴ◯ゴ~!」


 マッコイが嬉しそうにテディベアを抱き上げるのを見て、死神ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。そして二人は自室に物を置くと、仲良く夕飯を食べに行ったのだった。




 ――――みんなが嬉しいと自分も嬉しいから、これからも感謝の気持ちは素直に伝えていこうと思ったのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...