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* 死神生活一年目 *
第23話 死神ちゃんとおしゃべりさん
しおりを挟む〈三階へ〉という指示の下、死神ちゃんは〈担当のパーティー〉を探して彷徨っていた。すると、前方にそれらしき人影を見つけたのだが、何やら様子がおかしかった。――たった一人のソロパーティーだというにもかかわらず、話し声がずっと聞こえてくるのである。
こいつはまた、変なヤツの担当にさせられた気がするなと死神ちゃんはげっそりした。とりあえず、どういう風にとり憑いてやろうかと死神ちゃんが考えていると、完全に気配を消していたにもかかわらず、冒険者がこちらを振り返ってきた。
どうやら相手は司教のようで、死神の持つ負の気配をそれとなく感じたようだった。
司教はこちらのほうへと近付いて来る際も、何やらぶつぶつと言っていた。何を言っているのだろうと思い、死神ちゃんは耳を澄ましてみた。すると――
「そのとき、私は邪悪な気配を感じて固唾を飲んだ。そして、周囲に目を向け、何もいないことを確認したものの、私は自らの勘を信じて辺りを調べることにしたのである。ランタンの灯りを頼りに、もと来た道を戻る。すると、曲がり角を曲がった先で、私は桃色の髪が愛らしい、赤い瞳の少女と遭遇したのだった。しかし、ここは魔の犇く危険なダンジョン。そんなところに少女が一人でいるというのはおかしいではないか。つまるところ、この少女は魔に属する何かなのではないだろうか。いや、もしかしたら小人族の冒険者なだけかもしれない。私の胸中ではそのような考えが交錯していたが、思い切って眼前の少女に話かてみることにした。『やあ、可愛らしいお嬢さん。あなたのような可愛らしいお人が、どんな用があってこのようなところまでいらしたんですか?』」
目の前で立ち止まった司教を、死神ちゃんは呆然と見上げた。死神ちゃんが何も答えないでいると、彼は困ったとでも言いたげに眉根を寄せて口を開いた。
「話しかけても、少女からの返答はなかった。私を見つめる少女の瞳は不安で揺れ、恐怖でも感じているのか、身体も心なしか震えていた。もしや、ここに来るまでに何か精神的にショックなことでもあって、声が出なくなってしまったのだろうか。私は修行の一環でこのダンジョンへとやって来た。しかし、神は私に更なる試練を与え給うたようだ。そう、それは〈この少女の心を救う〉ということである。もちろん、彼女が魔性のものである可能性はまだ残っている。それならそれで、魔を払い、彼女を苦しみから解放してやればいいだけのこと。つまるところ、そういうことだ。私はこの少女をどんな形であれ〈救わなければならない〉のだ。私はそう決心すると、改めて少女に話しかけた。『お嬢さん、そう怖がらなくても大丈夫ですよ。私は神聖なる神の僕。あなたに悪さなどは致しませんから』すると、少女はようやく口を開いた」
司教は左手に本を持っていた。しかし、それは他の司教が所持しているような呪文書ではなく、日記帳か何かのようだった。そして、よくよく見てみると、開かれた本の上で羽ペンがひっきりなしに動き回っていた。どうやら、このペンには魔法がかかっているようで、司教が口にしたことを一言一句漏らさず書き留めているらしかった。
その羽ペンを司教はむんずと掴むと、少しばかり苛ついた表情で口を開いた。
「すると、少女はようやく口を開いた。……ようやく! 口を開いた!!」
顎をしゃくりあげ、何でもいいから何か話せという素振りを司教は見せた。死神ちゃんは仕方なさげに、それに応じた。
「えっと、あの、こんにちは」
「『えっと、あの、こんにちは』そう言って彼女は笑ったのだが、その笑顔は強張っていた。それを見て、私は思わず屈み込み、そして彼女の肩を抱いたのだった。嗚呼、何と痛々しいことだろう。我が愛しの姪っ子ソフィアと同い年くらいであろうこの少女は――」
「姪っ子のソフィアだあ!?」
死神ちゃんは思わず叫んだ。すると、本を閉じることなく空いた片手だけで死神ちゃんの肩を抱いていた司教は、慌ててペンを引っ掴んで立ち上がった。
「その様子だと、我が家のアイドル天使ソフィアたんのことを知っているんだな?」
「あんた、もしかして、あの踊り子の家族かよ! どうりで面倒臭いわけだよ!」
「む? 貴様、我が不肖の妹と知り合いなのか。だからソフィアたんのことを知っていたんだな」
死神ちゃんは顔をしかめると、司教の質問に答えることなく言った。
「ていうか、あんた、何でずっと一人でしゃべりながら歩いてたんだよ。しかも、そのしゃべってる内容をわざわざ魔法の道具を使ってまで書き留めて」
「私はこの修業の過程でいくつかの功績を収め、その成果が讃えられて大司教に任命され、そしてゆくゆくは枢機卿となり、教皇にまで昇りつめる。王宮内から下々の庶民まで、全ての人々は私を愛してやまなく、その人気は目に見張るものがあり、多くの声にお応えして満を持しての〈武勇伝目白押しで読み応えのある、とてもすばらしい自伝〉を出版し、それは全世界的なヒット作となり、私はまだ生きている間に〈伝説の偉人〉の一人に名を連ね、後世にまで語り継がれるのだ。――そのように、私は夢日記に書いた。だから、これは、そのための準備だ」
「未定の予定かよ! ますます面倒臭えな!」
「しかし、ソフィアたんは喜んで読んでくれているぞ?」
「読ませてるのかよ! しかも、ソフィア、マジで心が広いな!」
当然であるとでも言うかのように、司教は大きく頷いた。そして小さくひとつ息をつくと、握っていたペンを解放して再び話し始めた。
「少女は、死神だったのである。神の僕たる私には分かった。彼女の肩を抱いた瞬間、微かにだが負の魔力が私の中を駆け巡ったからだ。私は――」
「へえ、とり憑かれた自覚はあるのか」
死神ちゃんが感心の声を上げると、司教はさっと羽ペンを掴んだ。そして、勝手にしゃべられては困ると死神ちゃんに注意をすると、本の上でペンを再び踊らせ始めた。
「私は、困惑した。先ほど決意したことが、私の手では達成出来ないからである。修行中の身である私にはまだ、死神を祓う術はない。つまり、私は彼女を救えないどころか、自らを救う手立てすらないのだ。モンスターに出会わぬよう慎重に探索を続けるべきか、それとも一旦引き返して一階の教――」
死神ちゃんの目の前で、突然司教が姿を消した。下を見てみると、そこにはぽっかりと穴が開いており、おしゃべりに夢中だった司教はあっさり罠に嵌ったようだった。奈落の底からドサリという音が聞こえてきて、死神ちゃんの腕輪が〈灰化達成〉を告げた。
死神ちゃんは首を傾げると、ぼんやりと考え事をした。この光景、どこかで見たことがあるような――。
(あ、あれだ。披露した芸がつまらなかった時に、披露中でも問答無用で落とし穴に落として、芸人を退場させるヤツ!)
死神ちゃんはスッキリとした表情を浮かべると、壁の中へと消えていったのだった。
――――絵に描いた餅に夢中になって、現実を直視しないからこういう結果になるんDEATH。
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