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* 死神生活一年目 *
第59話 死神ちゃんと乙女
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〈担当のパーティー〉と思しき女性冒険者がめそめそと泣いているのを見て、死神ちゃんは彼女の肩をポンと叩いた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女は必死に涙を拭い嗚咽を堪えながらポツリと答えた。
「ちょっと、お膝を擦りむいちゃって。しかも、今日は絆創膏と傷薬の入ったポーチをうっかり忘れてきちゃったのよ」
「そうか。傷口を洗い流せる何かがあるなら、綺麗に洗ってハンカチでも押し当てておいたらどうだ?」
「うん、そうするわ……」
スンと鼻を鳴らすと、彼女は目を瞬かせながらコクリと頷いた。死神ちゃんはそれに苦笑いで返した。
彼女が自身の膝を手当している間、死神ちゃんは傍らにちょこんと座り込んでいた。痛みにビクビクしながら膝にハンカチを巻く彼女をじっと見つめて首を傾げると、死神ちゃんは不思議そうに尋ねた。
「お前、その程度で泣いているんじゃあ冒険者なんて向いてないだろ。なのにどうして冒険者になったんだ?」
彼女は恥ずかしそうにはにかむと、心なしか顔を俯かせた。そして、鈴が転がるような、可愛らしい声を弾ませて言った。
「えっとね、私ね、お嫁さんになるのが夢なの」
死神ちゃんは思わずぽかんとした。顔を上げた彼女はニコリと微笑むと、照れくさそうに再び俯いた。
小さな頃から〈将来は素敵なお嫁さんになりたい〉という夢を持っていた彼女は、日々花嫁修業に明け暮れているのだという。料理に裁縫、お茶や楽器など、乙女のマストスキルと思われるものは片っ端から学んでいるそうだ。
そんな毎日を送っていたある日、花嫁修業の一環で通っている料理学校のクラスメイトから〈このダンジョンは、素晴らしい調理器具の数々がアイテムとしてドロップする〉という話を彼女は聞いたそうだ。元々料理が大好きで趣味の一つでもあった彼女は、かなり興味をそそられたらしい。
「いつか出会う王子様のために、少しでも美味しいお料理を作りたいから。だから私、どうしてもその〈素晴らしい調理器具の数々〉が欲しいの。――あなたは、どうしてここにいるの?」
乙女は、ニコリと優しく微笑んだ。〈自分は死神である〉ということを死神ちゃんが告げると、彼女は驚いて目をパチクリとさせた。
「あら、こんな可愛らしい死神もいるものなのね。――でも、死神は死神ですものね。一階に戻って、教会でお祓いしてもらわなくちゃ」
そう言って立ち上がると、乙女は一階目指して歩き出した。途中、彼女は出くわしたゴーレムと手と手を合わせて押し相撲をしたり、ピクシーを捕獲して可愛がったりしていた。
そんな彼女を通りがかりの冒険者が驚きの表情で見つめ、そして何やらヒソヒソと話していた。そのたびに、か弱い乙女の彼女は心なしか傷つき、しょんぼりと肩を落とした。死神ちゃんは彼女の背中に手を添えると、苦笑いを浮かべて言った。
「気にすんなよ。見た目でしか判断できないヤツなんて、所詮は器の小さい残念なヤツなんだから」
「でもやっぱり、ああいうことがあるたびに、私が夢を叶えるのは無理なのかなって思っちゃうのよ。ノームみたいに小柄で、抱きしめたら柔らかそうで、男の子受けする顔だったらよかったのにって、そう思っちゃうの……」
「だから、気にすんなよ。別にいいじゃないか、巨人族だってさ」
乙女は筋肉隆々のゴツくて大きな身体を精一杯小さく丸めて、膝を抱えてめそめそと泣き出した。死神ちゃんは困って頭をガシガシとかくと、溜め息混じりに口を開いた。
「ノームはたしかに可愛いかもしれないが、あいつら、救いようのないドジが多いだろう。それに比べてお前はしっかり者だし、気立てもいいじゃないか。ノームに劣るところなんて、何もないと思うがね」
「でもやっぱり、見た目って大事じゃない」
「そうかな? 俺はお前が楽しそうに夢を語っているのを見て、結構可愛いと思ったぜ。でも、そうやって後ろ向き発言ばかりしていたら、見た目も中身も本当にブスになっちまうかもな」
フンと鼻を鳴らす死神ちゃんを、乙女はまじまじと見つめた。そして二、三度瞬きをすると、ぼんやりとした口調で呟くように言った。
「何でかしら。今、死神ちゃんがものすごく〈王子様〉に見えたわ……」
「何だよ、それ」
フッと死神ちゃんが笑うと乙女もクスクスと笑い出した。乙女は涙を拭って立ち上がると、再び一階目指して歩き出した。
**********
教会で祓われた死神ちゃんが戻ってくると、ケイティーがニヤニヤとした笑みを浮かべ、マッコイが心なしか不機嫌そうにしていた。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げさせると、ケイティーが腹を抱えてクックと笑い出した。
「だってさ、小花、お前ってば本当に、天然タラシなんだもの」
「誰にでも優しいのは良いことですけどね、誰でも彼でも口説くのはどうかと思うのよね」
「はあ? タラシても口説いてもいないだろうが。どこをどう見たらそうなるんだよ」
死神ちゃんが顔をしかめると、一層不機嫌そうな顔つきとなったマッコイが目を細めてじっとりと死神ちゃんを見つめた。ケイティーはそれがおかしくて堪らないのか、身を折ってひいひいと笑い転げた。
死神ちゃんは〈意味が分からない〉という雰囲気を醸しながら頭をかくと、部屋の時計をちらりと見た。そして笑顔を浮かべると、お腹を擦りながらあっけらかんと言った。
「お、もう上がりの時間だな。どうりで腹が減るわけだ。――今日はどこか食べに行くんじゃなくて、のんびりと寮で食いたいな」
「別に、好きにすればいいじゃないの」
「えっ、何だよ、その言い方。飯、作ってくれないのかよ」
死神ちゃんは悲しそうにマッコイを見上げた。マッコイはご機嫌斜めなしかめっ面を心なしか赤らめると、一言「ずるい」と呟いた。ケイティーは膝から崩れ落ちると、必死に笑いを堪えて肩をふるふると震わせた。
「ここにも……乙女がっ……乙女がいるよ……! ていうか、小花、ホントもう勘弁して……!」
「アンタ、いい加減笑い止みなさいよ! 薫ちゃんも! 用が無いならさっさと鎌を片付けて退勤の打刻して!」
死神ちゃんは追い立てられて待機室をあとにした。ゲラゲラと笑い出したケイティーの声と、それを叱るマッコイの声を背中で聞きながら、死神ちゃんは〈やっぱり意味が分からない〉という顔で首を傾げさせたのだった。
――――〈乙女〉であるか否かは見た目で決まるものじゃない。一番の決め手となるのは、やっぱり中身だと思うのDEATH。
「ちょっと、お膝を擦りむいちゃって。しかも、今日は絆創膏と傷薬の入ったポーチをうっかり忘れてきちゃったのよ」
「そうか。傷口を洗い流せる何かがあるなら、綺麗に洗ってハンカチでも押し当てておいたらどうだ?」
「うん、そうするわ……」
スンと鼻を鳴らすと、彼女は目を瞬かせながらコクリと頷いた。死神ちゃんはそれに苦笑いで返した。
彼女が自身の膝を手当している間、死神ちゃんは傍らにちょこんと座り込んでいた。痛みにビクビクしながら膝にハンカチを巻く彼女をじっと見つめて首を傾げると、死神ちゃんは不思議そうに尋ねた。
「お前、その程度で泣いているんじゃあ冒険者なんて向いてないだろ。なのにどうして冒険者になったんだ?」
彼女は恥ずかしそうにはにかむと、心なしか顔を俯かせた。そして、鈴が転がるような、可愛らしい声を弾ませて言った。
「えっとね、私ね、お嫁さんになるのが夢なの」
死神ちゃんは思わずぽかんとした。顔を上げた彼女はニコリと微笑むと、照れくさそうに再び俯いた。
小さな頃から〈将来は素敵なお嫁さんになりたい〉という夢を持っていた彼女は、日々花嫁修業に明け暮れているのだという。料理に裁縫、お茶や楽器など、乙女のマストスキルと思われるものは片っ端から学んでいるそうだ。
そんな毎日を送っていたある日、花嫁修業の一環で通っている料理学校のクラスメイトから〈このダンジョンは、素晴らしい調理器具の数々がアイテムとしてドロップする〉という話を彼女は聞いたそうだ。元々料理が大好きで趣味の一つでもあった彼女は、かなり興味をそそられたらしい。
「いつか出会う王子様のために、少しでも美味しいお料理を作りたいから。だから私、どうしてもその〈素晴らしい調理器具の数々〉が欲しいの。――あなたは、どうしてここにいるの?」
乙女は、ニコリと優しく微笑んだ。〈自分は死神である〉ということを死神ちゃんが告げると、彼女は驚いて目をパチクリとさせた。
「あら、こんな可愛らしい死神もいるものなのね。――でも、死神は死神ですものね。一階に戻って、教会でお祓いしてもらわなくちゃ」
そう言って立ち上がると、乙女は一階目指して歩き出した。途中、彼女は出くわしたゴーレムと手と手を合わせて押し相撲をしたり、ピクシーを捕獲して可愛がったりしていた。
そんな彼女を通りがかりの冒険者が驚きの表情で見つめ、そして何やらヒソヒソと話していた。そのたびに、か弱い乙女の彼女は心なしか傷つき、しょんぼりと肩を落とした。死神ちゃんは彼女の背中に手を添えると、苦笑いを浮かべて言った。
「気にすんなよ。見た目でしか判断できないヤツなんて、所詮は器の小さい残念なヤツなんだから」
「でもやっぱり、ああいうことがあるたびに、私が夢を叶えるのは無理なのかなって思っちゃうのよ。ノームみたいに小柄で、抱きしめたら柔らかそうで、男の子受けする顔だったらよかったのにって、そう思っちゃうの……」
「だから、気にすんなよ。別にいいじゃないか、巨人族だってさ」
乙女は筋肉隆々のゴツくて大きな身体を精一杯小さく丸めて、膝を抱えてめそめそと泣き出した。死神ちゃんは困って頭をガシガシとかくと、溜め息混じりに口を開いた。
「ノームはたしかに可愛いかもしれないが、あいつら、救いようのないドジが多いだろう。それに比べてお前はしっかり者だし、気立てもいいじゃないか。ノームに劣るところなんて、何もないと思うがね」
「でもやっぱり、見た目って大事じゃない」
「そうかな? 俺はお前が楽しそうに夢を語っているのを見て、結構可愛いと思ったぜ。でも、そうやって後ろ向き発言ばかりしていたら、見た目も中身も本当にブスになっちまうかもな」
フンと鼻を鳴らす死神ちゃんを、乙女はまじまじと見つめた。そして二、三度瞬きをすると、ぼんやりとした口調で呟くように言った。
「何でかしら。今、死神ちゃんがものすごく〈王子様〉に見えたわ……」
「何だよ、それ」
フッと死神ちゃんが笑うと乙女もクスクスと笑い出した。乙女は涙を拭って立ち上がると、再び一階目指して歩き出した。
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教会で祓われた死神ちゃんが戻ってくると、ケイティーがニヤニヤとした笑みを浮かべ、マッコイが心なしか不機嫌そうにしていた。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げさせると、ケイティーが腹を抱えてクックと笑い出した。
「だってさ、小花、お前ってば本当に、天然タラシなんだもの」
「誰にでも優しいのは良いことですけどね、誰でも彼でも口説くのはどうかと思うのよね」
「はあ? タラシても口説いてもいないだろうが。どこをどう見たらそうなるんだよ」
死神ちゃんが顔をしかめると、一層不機嫌そうな顔つきとなったマッコイが目を細めてじっとりと死神ちゃんを見つめた。ケイティーはそれがおかしくて堪らないのか、身を折ってひいひいと笑い転げた。
死神ちゃんは〈意味が分からない〉という雰囲気を醸しながら頭をかくと、部屋の時計をちらりと見た。そして笑顔を浮かべると、お腹を擦りながらあっけらかんと言った。
「お、もう上がりの時間だな。どうりで腹が減るわけだ。――今日はどこか食べに行くんじゃなくて、のんびりと寮で食いたいな」
「別に、好きにすればいいじゃないの」
「えっ、何だよ、その言い方。飯、作ってくれないのかよ」
死神ちゃんは悲しそうにマッコイを見上げた。マッコイはご機嫌斜めなしかめっ面を心なしか赤らめると、一言「ずるい」と呟いた。ケイティーは膝から崩れ落ちると、必死に笑いを堪えて肩をふるふると震わせた。
「ここにも……乙女がっ……乙女がいるよ……! ていうか、小花、ホントもう勘弁して……!」
「アンタ、いい加減笑い止みなさいよ! 薫ちゃんも! 用が無いならさっさと鎌を片付けて退勤の打刻して!」
死神ちゃんは追い立てられて待機室をあとにした。ゲラゲラと笑い出したケイティーの声と、それを叱るマッコイの声を背中で聞きながら、死神ちゃんは〈やっぱり意味が分からない〉という顔で首を傾げさせたのだった。
――――〈乙女〉であるか否かは見た目で決まるものじゃない。一番の決め手となるのは、やっぱり中身だと思うのDEATH。
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