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* 死神生活一年目 *
第74話 死神ちゃんと指揮官様②
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「最近、ダンジョン内で変な宗教が流行ってるらしいのよ」
「宗教?」
「宗教かどうかは正確には分からないんだけど、そういう雰囲気のもの?」
マッコイが人差し指を顎に当てて小首を傾げると、死神ちゃんも眉根を寄せて首を傾げさせた。
何でも、怪しげなおっさんが座禅を組み空中浮遊しながら近づいてきて、何やらを切々と説いてくるらしい。そして、感化された冒険者は〈ハーメルンの笛吹き男〉さながら、そのおっさんのうしろに列を成して何処かへと連れて行かれるのだそうだ。
同僚の何人かが運悪くその集団を担当させられたそうで、特に戦闘もせず練り歩くだけのため、中々灰化してくれずに残業を余儀なくされて困ったのだそうだ。
死神ちゃんは苦々しげな顔を浮かべると、じっとりとマッコイを見つめて唸るように言った。
「……何でそういうことを俺に話すんだよ。やめてくれよ。お前が俺に話題振ると、何故か高確率で遭遇するんだよ」
「ビュッフェ、奢るから。……ね?」
死神ちゃんは溜め息混じりに「……ったく」とこぼすと、出動要請に誘われてダンジョンへと降りていった。
**********
死神ちゃんが三階の人気修行スポットにたどり着くと、そこには僧兵の女がいて、とても機械的に突きの練習を行っていた。死神ちゃんは〈信じられない〉と言うかのように目を見開くと、女へと近寄り彼女の頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「お前、この前の〈知的筋肉〉じゃないか! どうしたんだよ、そんな虚ろな目をして!」
彼女は死神ちゃんに視線を合わせることもなく、ぼんやりと前方を見据えながら拳を振り続けた。そしてモンスターが現れると、それにはきちんと反応し、淡々と戦闘を開始した。
知的筋肉がどのモンスターも一発で仕留めるのを、死神ちゃんは呆然と見ていた。その横に、スウと誰かが近寄ってくる気配があった。
「いいですね。すごくいいですよ。相手を苦しめることがないよう、一発で仕留める。それもひとつの〈愛〉です」
聞き覚えのある声に死神ちゃんは顔をしかめさせた。そのまま横を向いてみると、そこにはいつぞやの〈指揮官様〉が座禅で浮遊していた。死神ちゃんは眉間のしわを一層深めて「やっぱりお前かよ」と低く唸った。
「お前、彼女に一体、何をしたんだよ」
「私はただ、〈愛〉を説うただけですよ」
そう言って、指揮官様は笑みを浮かべた。慈愛に満ちたその微笑みに悪寒を感じた死神ちゃんは、彼を訝しげに見つめた。すると、彼は死神ちゃんから知的筋肉へと視線を移し、笑みを湛えたまましみじみと話し始めた。
「私は自分が間違っていると、そう気づいたのです。一番大切な〈愛〉を忘れてしまっていたことを恥じ、私は心を入れ替えました。――おかげさまで、息子も私の元に戻ってきたのですよ。ほら、この通り」
指揮官様が死神ちゃんに再び顔を向けるのと同時に、赤い道着の青年が彼の隣に現れた。しかし、青年の瞳も知的筋肉同様に曇っており、そこに何も映してはいなかった。
死神ちゃんが青年を不審げに眺めていると、知的筋肉が小さく悲鳴を上げた。一発でモンスターを仕留め損い、少しばかり手傷を負ってしまったのだ。指揮官様はそれを見て激怒すると、彼女に向かって杖を投げつけた。そして念力を使い、そのまま二、三度彼女を打った。
指揮官様は手中に戻ってきた杖を空いた片手にポンポンと軽く打ちつけながら、悲しげにふうと息をついた。死神ちゃんは彼を睨みつけて抗議した。
「いくら指導とはいえ、やり過ぎじゃあないか?」
「これも〈愛〉ゆえなのです」
「本当に〈愛〉なのか? じゃあ何で、お前の息子は泣いているんだよ」
息子は傷めつけられた知的筋肉をぼんやりと見つめながら、静かにはらはらと泣いていた。死神ちゃんが指揮官を一層鋭く睨むと、彼は苦々しげな顔で呟いた。
「チッ。まだ洗脳が足りないか」
「やっぱり洗脳してたんじゃないか! 懲りないヤツだな!」
「そうだぞ! 改心したと思っていたのに、お前は何て情けないヤツなんだ!」
死神ちゃんが怒鳴るのと同時に、男の声がその場にこだました。声の主は熱い涙を流しながら、道着姿の若者を従えて指揮官様のほうへと歩いてきた。
「道士か。貴様、また私の邪魔立てをしに来たな?」
「邪魔立てではない! 私は、かつてともに切磋琢磨したお前に対して、少なからず兄弟愛のような〈愛〉を抱いている! だからこそ、お前の過ちを見過ごすわけにはいかぬのだ! 指揮官よ、いい加減に目を覚ませ!」
「ええい、うるさい! ――さあ、知的筋肉よ。そして、息子よ。戦うお前達は美しい。その美しさと、私への〈愛〉を見せておくれ!」
指揮官様が道士を指差すと、息子と知的筋肉が道士達を強襲した。しかし、道士達は手を挙げるということはせず、彼らの攻撃を上手く躱しながら必死に説得を試みた。彼らの〈愛〉が届いたのか、二人は洗脳から目を覚ました。そして彼らは、指揮官様を取り押さえて簀巻にして道士に引き渡した。道士達は彼らに「おかえり」と声をかけると、熱い抱擁を交わしたのだった。
**********
死神ちゃんが〈怪しいおっさんの排除〉という目的を無事に達成し、お祓いされて待機室に戻ってくると、そこにマッコイの姿はなかった。中番のグレゴリーに報告を入れてすぐ、死神ちゃんは再びダンジョンに出動していった。残り少ない勤務時間をこの出動で費やした死神ちゃんは、約束のビュッフェを楽しみにしながら待機室に戻ってきた。しかしやはりマッコイの姿はなく、死神ちゃんは不思議に思ってグレゴリーに尋ねた。すると、彼はとても気まずそうに視線を反らし、後頭部をボリボリと掻きながら口ごもった。
「あー……。あいつ、早退したんだわ。お前が〈怪しいおっさん〉を相手にしてるのをモニターで見てたら、急に胸押さえて倒れてな……」
死神ちゃんは血相を変えて寮に帰った。寮長室の奥にあるマッコイの自室の扉を勢い良く開けると、ベッドの傍らに座り込んでいたケイティーと目が合った。彼女は束の間ぽかんとした表情を浮かべると、一転して苦笑いを浮かべた。そして彼女は、ベッドを覗き込んで小さく笑った。
「小花が来たよ。――グレゴリーってば、黙っていられなかったみたいね」
「もう、言わないでって言ったのに……」
ベッドから聞こえてくるか細い声に、死神ちゃんは心なしかホッとした。
「よかった……。倒れたって聞いたから……」
「少し休めば大丈夫だから。でも、ごめんなさいね。今日はビュッフェに行けそうもなくて――」
「そんなこと、どうだっていいよ! 何があったんだ?」
死神ちゃんが駆け寄ってベッドを覗き込むと、マッコイは言いづらそうに布団の中に潜ってしまった。ケイティーは布団をポンポンと優しく叩きながら、マッコイに声をかけた。
「課長からメールだよ。『明日は大事をとって一日休むように』だってさ。――もし何か食べられそうなら買ってくるけど、何が食べたい?」
「じゃあ、ケイティーの手作りがいい」
もぞりと顔を出したマッコイに目を丸くすると、ケイティーは素っ頓狂な声を上げた。
「私の手作りって、あんた、レーションを温めてちょっとアレンジ加えるくらいしかできないのに?」
「ええ、それがいいの」
「……分かったよ。ちょっと待ってな。作ってきてあげるから。――その間に、嫌じゃなければ、小花に話してやったら? あんたの〈死因〉についてさ」
ケイティーはマッコイの頭を優しく撫でると、部屋から出て行った。マッコイは苦笑いを浮かべると、死神ちゃんに手を伸ばした。
「何で泣いているの?」
「えっ、俺、泣いてる?」
戸惑う死神ちゃんに頷きながら、マッコイは死神ちゃんの頬を伝う涙を拭った。そして「心配してくれてありがとう」と述べると、ポツリと言った。
「ねえ、小花薫っていうのは、本当に本名?」
「え? ああ、うん、そうらしいよ。組織にいたころに上官から『両親の唯一の形見だから、忘れるな』と言われたから、多分」
そう答えながら、死神ちゃんは怪訝そうに顔をしかめた。マッコイは相槌するように小さく頷くと、バツが悪そうに微笑んだ。
「アタシにはね、本当は名前がないの。あったのは、Mという管理記号だけ。マッコイというのは万が一にと用意された偽造パスポートに記載されていた名前だし、クレイジーフォックスはクライアントの誰かが勝手につけた呼び名。どれも、本当の名前じゃない。――ねえ、薫ちゃんは◯◯氏って知ってる?」
「俺らの世界じゃあ、暗殺者養成ビジネスでよく耳にする名前だよな。もしかして――」
「ええ、そうよ。――アタシはその氏が唯一売りに出さずに手元に置いていた、氏お気に入りの殺戮人形なの」
ため息をついて口を閉ざすと、マッコイは死神ちゃんから視線を逸らしてぼんやりと天井を見つめた。そして再び口を開くと、訥々と話し出した。
物心つく前から異常かつ劣悪な環境の〈殺戮人形養成場〉にいたマッコイは、ある日、氏に見初められて氏の手元に置かれることになったという。そこで彼はより過酷な訓練を課せられながら、合間に氏の身の回りの世話もさせられ、娘として歪んだ寵愛を受けたそうだ。
以前ゲームセンターで話した通り、氏はマッコイが性別について疑問を持たぬよう最大限の注意を払っていた。だからマッコイは不一致を感じることがないまま成人したのだが、成人して数年後に彼という〈娘〉が全否定されるような出来事が起きたのだとか。
「そのときに性の不一致も知って、それがあまりにも耐え難くて、アタシは氏のもとを去ったの。――氏の寵愛のせいで、アタシは〈人形〉以上の感情を持ってしまっていた。だからか、性別のことを含め、自分が今まで信じてきたものが全て無くなってしまったことが、思っていた以上に負担だったんでしょうね。ある日、胸が苦しくなって意識が薄れたと思ったら、次の瞬間には魔道士様が目の前にいらしたの」
「過剰なストレスが原因の心疾患か。――指揮官様のアレを見て、氏の〈殺戮人形養成場〉がフラッシュバックしちまったんだな。それで、胸をやられたのか」
「アレはまだ生ぬるいほうだけれど、でも、少し似ているなと思ったら、芋づる式に氏のもとを去るきっかけになった出来事まで思い出しちゃって……」
マッコイは死神ちゃんの問いかけに小さく頷きながら、そう返した。死神ちゃんは難しそうな顔を浮かべると、心なしか俯いた。
死神ちゃんもマッコイと似たような環境下にいたせいで、感情や感覚に欠落ができてしまっていた。しかし死神ちゃんは、諜報活動のために他者とコミュニケーションをとる必要があったため〈普通〉を装わねばならなかった。――それが少しずつ、死神ちゃんの心を蝕んだ。
特に苦しさを感じたのが〈標的と性的関係を持たねばならなかったとき〉で、アリサなどの〈真正面から好意をぶつけてくる相手〉に得も言われぬ気持ちの悪さを感じた。そこから、死神ちゃんは「やはり、自分は何かがおかしい」と少なからず思ったのだという。
当時は「何がおかしいのか」が分からずじまいだったのだが、その思考が過度なストレスとなり、死神ちゃんは「殺しのほうが気が楽でいい」と思うようになった。そして諜報部から暗殺部へと転属し、最終的に死神ちゃんは殺し屋として独立した。しかし、そのころにはすでに死神ちゃんは全くもって他者に興味を持てなくなり、男としての欲求も起きなくなっていた。むしろ、嫌悪さえ抱くようになっていた。
「だけど、この世界に来てからいろんな感情を少しずつ覚えて。おかげで『人と関わり合いになるのも悪くない』と思えるようになって、大切だと思える仲間もできてさ。――そんな今だから、分かるよ。◯◯氏のも指揮官のも、あんなものは〈愛〉じゃあない。本人からしたらそうなのかもしれないけど、でも、俺は違うと思う。だってそういう感情って、与える側、受ける側の双方のここが、底のほうから温かくなってじんわり満たされるもんだと思うから」
言いながら、死神ちゃんは自分の胸に手を当てた。マッコイが小さな声で同意すると、死神ちゃんは顔を上げた。そして、真剣な表情でマッコイを見据えた。
「すでに本物を知っているお前が、そんな紛い物に苦しめられる必要はないんだ。だから、その、なんだ……早く元気になれよ」
「そうだよー。私の愛する、可愛い可愛い弟妹分の狂狐ちゃん。ケイティー様の愛情たっぷり特製レーションを食べて、早く元気になりなよー」
死神ちゃんは男前にそう言いながら、身を乗り出してマッコイの頭を撫でてやっていた。すると背後からそんな声が聞こえてきたので、ピシッと硬直した。後ろを振り返ってみると、トレーを手にしたケイティーがニヤニヤとした笑みを浮かべて立っており、死神ちゃんはしかめっ面を真っ赤にするとぷるぷると震えだした。
「お前、いつからいたんだよ……」
「結構前からいたよ。小花ってさ、ホント、ナチュラルにクサいセリフを吐くよね。……まあ、お前のそういうところ、私は好きだけどね」
ケイティーはケラケラと笑ってそう言うと、マッコイが起き上がるのを手助けした。マッコイもクスクスと笑っており、死神ちゃんは「穴があったら入りたい」と心の底から思ったのだった。
――――〈本物〉の感情に勝るものなど、何もないのDEATH。
「宗教?」
「宗教かどうかは正確には分からないんだけど、そういう雰囲気のもの?」
マッコイが人差し指を顎に当てて小首を傾げると、死神ちゃんも眉根を寄せて首を傾げさせた。
何でも、怪しげなおっさんが座禅を組み空中浮遊しながら近づいてきて、何やらを切々と説いてくるらしい。そして、感化された冒険者は〈ハーメルンの笛吹き男〉さながら、そのおっさんのうしろに列を成して何処かへと連れて行かれるのだそうだ。
同僚の何人かが運悪くその集団を担当させられたそうで、特に戦闘もせず練り歩くだけのため、中々灰化してくれずに残業を余儀なくされて困ったのだそうだ。
死神ちゃんは苦々しげな顔を浮かべると、じっとりとマッコイを見つめて唸るように言った。
「……何でそういうことを俺に話すんだよ。やめてくれよ。お前が俺に話題振ると、何故か高確率で遭遇するんだよ」
「ビュッフェ、奢るから。……ね?」
死神ちゃんは溜め息混じりに「……ったく」とこぼすと、出動要請に誘われてダンジョンへと降りていった。
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死神ちゃんが三階の人気修行スポットにたどり着くと、そこには僧兵の女がいて、とても機械的に突きの練習を行っていた。死神ちゃんは〈信じられない〉と言うかのように目を見開くと、女へと近寄り彼女の頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「お前、この前の〈知的筋肉〉じゃないか! どうしたんだよ、そんな虚ろな目をして!」
彼女は死神ちゃんに視線を合わせることもなく、ぼんやりと前方を見据えながら拳を振り続けた。そしてモンスターが現れると、それにはきちんと反応し、淡々と戦闘を開始した。
知的筋肉がどのモンスターも一発で仕留めるのを、死神ちゃんは呆然と見ていた。その横に、スウと誰かが近寄ってくる気配があった。
「いいですね。すごくいいですよ。相手を苦しめることがないよう、一発で仕留める。それもひとつの〈愛〉です」
聞き覚えのある声に死神ちゃんは顔をしかめさせた。そのまま横を向いてみると、そこにはいつぞやの〈指揮官様〉が座禅で浮遊していた。死神ちゃんは眉間のしわを一層深めて「やっぱりお前かよ」と低く唸った。
「お前、彼女に一体、何をしたんだよ」
「私はただ、〈愛〉を説うただけですよ」
そう言って、指揮官様は笑みを浮かべた。慈愛に満ちたその微笑みに悪寒を感じた死神ちゃんは、彼を訝しげに見つめた。すると、彼は死神ちゃんから知的筋肉へと視線を移し、笑みを湛えたまましみじみと話し始めた。
「私は自分が間違っていると、そう気づいたのです。一番大切な〈愛〉を忘れてしまっていたことを恥じ、私は心を入れ替えました。――おかげさまで、息子も私の元に戻ってきたのですよ。ほら、この通り」
指揮官様が死神ちゃんに再び顔を向けるのと同時に、赤い道着の青年が彼の隣に現れた。しかし、青年の瞳も知的筋肉同様に曇っており、そこに何も映してはいなかった。
死神ちゃんが青年を不審げに眺めていると、知的筋肉が小さく悲鳴を上げた。一発でモンスターを仕留め損い、少しばかり手傷を負ってしまったのだ。指揮官様はそれを見て激怒すると、彼女に向かって杖を投げつけた。そして念力を使い、そのまま二、三度彼女を打った。
指揮官様は手中に戻ってきた杖を空いた片手にポンポンと軽く打ちつけながら、悲しげにふうと息をついた。死神ちゃんは彼を睨みつけて抗議した。
「いくら指導とはいえ、やり過ぎじゃあないか?」
「これも〈愛〉ゆえなのです」
「本当に〈愛〉なのか? じゃあ何で、お前の息子は泣いているんだよ」
息子は傷めつけられた知的筋肉をぼんやりと見つめながら、静かにはらはらと泣いていた。死神ちゃんが指揮官を一層鋭く睨むと、彼は苦々しげな顔で呟いた。
「チッ。まだ洗脳が足りないか」
「やっぱり洗脳してたんじゃないか! 懲りないヤツだな!」
「そうだぞ! 改心したと思っていたのに、お前は何て情けないヤツなんだ!」
死神ちゃんが怒鳴るのと同時に、男の声がその場にこだました。声の主は熱い涙を流しながら、道着姿の若者を従えて指揮官様のほうへと歩いてきた。
「道士か。貴様、また私の邪魔立てをしに来たな?」
「邪魔立てではない! 私は、かつてともに切磋琢磨したお前に対して、少なからず兄弟愛のような〈愛〉を抱いている! だからこそ、お前の過ちを見過ごすわけにはいかぬのだ! 指揮官よ、いい加減に目を覚ませ!」
「ええい、うるさい! ――さあ、知的筋肉よ。そして、息子よ。戦うお前達は美しい。その美しさと、私への〈愛〉を見せておくれ!」
指揮官様が道士を指差すと、息子と知的筋肉が道士達を強襲した。しかし、道士達は手を挙げるということはせず、彼らの攻撃を上手く躱しながら必死に説得を試みた。彼らの〈愛〉が届いたのか、二人は洗脳から目を覚ました。そして彼らは、指揮官様を取り押さえて簀巻にして道士に引き渡した。道士達は彼らに「おかえり」と声をかけると、熱い抱擁を交わしたのだった。
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死神ちゃんが〈怪しいおっさんの排除〉という目的を無事に達成し、お祓いされて待機室に戻ってくると、そこにマッコイの姿はなかった。中番のグレゴリーに報告を入れてすぐ、死神ちゃんは再びダンジョンに出動していった。残り少ない勤務時間をこの出動で費やした死神ちゃんは、約束のビュッフェを楽しみにしながら待機室に戻ってきた。しかしやはりマッコイの姿はなく、死神ちゃんは不思議に思ってグレゴリーに尋ねた。すると、彼はとても気まずそうに視線を反らし、後頭部をボリボリと掻きながら口ごもった。
「あー……。あいつ、早退したんだわ。お前が〈怪しいおっさん〉を相手にしてるのをモニターで見てたら、急に胸押さえて倒れてな……」
死神ちゃんは血相を変えて寮に帰った。寮長室の奥にあるマッコイの自室の扉を勢い良く開けると、ベッドの傍らに座り込んでいたケイティーと目が合った。彼女は束の間ぽかんとした表情を浮かべると、一転して苦笑いを浮かべた。そして彼女は、ベッドを覗き込んで小さく笑った。
「小花が来たよ。――グレゴリーってば、黙っていられなかったみたいね」
「もう、言わないでって言ったのに……」
ベッドから聞こえてくるか細い声に、死神ちゃんは心なしかホッとした。
「よかった……。倒れたって聞いたから……」
「少し休めば大丈夫だから。でも、ごめんなさいね。今日はビュッフェに行けそうもなくて――」
「そんなこと、どうだっていいよ! 何があったんだ?」
死神ちゃんが駆け寄ってベッドを覗き込むと、マッコイは言いづらそうに布団の中に潜ってしまった。ケイティーは布団をポンポンと優しく叩きながら、マッコイに声をかけた。
「課長からメールだよ。『明日は大事をとって一日休むように』だってさ。――もし何か食べられそうなら買ってくるけど、何が食べたい?」
「じゃあ、ケイティーの手作りがいい」
もぞりと顔を出したマッコイに目を丸くすると、ケイティーは素っ頓狂な声を上げた。
「私の手作りって、あんた、レーションを温めてちょっとアレンジ加えるくらいしかできないのに?」
「ええ、それがいいの」
「……分かったよ。ちょっと待ってな。作ってきてあげるから。――その間に、嫌じゃなければ、小花に話してやったら? あんたの〈死因〉についてさ」
ケイティーはマッコイの頭を優しく撫でると、部屋から出て行った。マッコイは苦笑いを浮かべると、死神ちゃんに手を伸ばした。
「何で泣いているの?」
「えっ、俺、泣いてる?」
戸惑う死神ちゃんに頷きながら、マッコイは死神ちゃんの頬を伝う涙を拭った。そして「心配してくれてありがとう」と述べると、ポツリと言った。
「ねえ、小花薫っていうのは、本当に本名?」
「え? ああ、うん、そうらしいよ。組織にいたころに上官から『両親の唯一の形見だから、忘れるな』と言われたから、多分」
そう答えながら、死神ちゃんは怪訝そうに顔をしかめた。マッコイは相槌するように小さく頷くと、バツが悪そうに微笑んだ。
「アタシにはね、本当は名前がないの。あったのは、Mという管理記号だけ。マッコイというのは万が一にと用意された偽造パスポートに記載されていた名前だし、クレイジーフォックスはクライアントの誰かが勝手につけた呼び名。どれも、本当の名前じゃない。――ねえ、薫ちゃんは◯◯氏って知ってる?」
「俺らの世界じゃあ、暗殺者養成ビジネスでよく耳にする名前だよな。もしかして――」
「ええ、そうよ。――アタシはその氏が唯一売りに出さずに手元に置いていた、氏お気に入りの殺戮人形なの」
ため息をついて口を閉ざすと、マッコイは死神ちゃんから視線を逸らしてぼんやりと天井を見つめた。そして再び口を開くと、訥々と話し出した。
物心つく前から異常かつ劣悪な環境の〈殺戮人形養成場〉にいたマッコイは、ある日、氏に見初められて氏の手元に置かれることになったという。そこで彼はより過酷な訓練を課せられながら、合間に氏の身の回りの世話もさせられ、娘として歪んだ寵愛を受けたそうだ。
以前ゲームセンターで話した通り、氏はマッコイが性別について疑問を持たぬよう最大限の注意を払っていた。だからマッコイは不一致を感じることがないまま成人したのだが、成人して数年後に彼という〈娘〉が全否定されるような出来事が起きたのだとか。
「そのときに性の不一致も知って、それがあまりにも耐え難くて、アタシは氏のもとを去ったの。――氏の寵愛のせいで、アタシは〈人形〉以上の感情を持ってしまっていた。だからか、性別のことを含め、自分が今まで信じてきたものが全て無くなってしまったことが、思っていた以上に負担だったんでしょうね。ある日、胸が苦しくなって意識が薄れたと思ったら、次の瞬間には魔道士様が目の前にいらしたの」
「過剰なストレスが原因の心疾患か。――指揮官様のアレを見て、氏の〈殺戮人形養成場〉がフラッシュバックしちまったんだな。それで、胸をやられたのか」
「アレはまだ生ぬるいほうだけれど、でも、少し似ているなと思ったら、芋づる式に氏のもとを去るきっかけになった出来事まで思い出しちゃって……」
マッコイは死神ちゃんの問いかけに小さく頷きながら、そう返した。死神ちゃんは難しそうな顔を浮かべると、心なしか俯いた。
死神ちゃんもマッコイと似たような環境下にいたせいで、感情や感覚に欠落ができてしまっていた。しかし死神ちゃんは、諜報活動のために他者とコミュニケーションをとる必要があったため〈普通〉を装わねばならなかった。――それが少しずつ、死神ちゃんの心を蝕んだ。
特に苦しさを感じたのが〈標的と性的関係を持たねばならなかったとき〉で、アリサなどの〈真正面から好意をぶつけてくる相手〉に得も言われぬ気持ちの悪さを感じた。そこから、死神ちゃんは「やはり、自分は何かがおかしい」と少なからず思ったのだという。
当時は「何がおかしいのか」が分からずじまいだったのだが、その思考が過度なストレスとなり、死神ちゃんは「殺しのほうが気が楽でいい」と思うようになった。そして諜報部から暗殺部へと転属し、最終的に死神ちゃんは殺し屋として独立した。しかし、そのころにはすでに死神ちゃんは全くもって他者に興味を持てなくなり、男としての欲求も起きなくなっていた。むしろ、嫌悪さえ抱くようになっていた。
「だけど、この世界に来てからいろんな感情を少しずつ覚えて。おかげで『人と関わり合いになるのも悪くない』と思えるようになって、大切だと思える仲間もできてさ。――そんな今だから、分かるよ。◯◯氏のも指揮官のも、あんなものは〈愛〉じゃあない。本人からしたらそうなのかもしれないけど、でも、俺は違うと思う。だってそういう感情って、与える側、受ける側の双方のここが、底のほうから温かくなってじんわり満たされるもんだと思うから」
言いながら、死神ちゃんは自分の胸に手を当てた。マッコイが小さな声で同意すると、死神ちゃんは顔を上げた。そして、真剣な表情でマッコイを見据えた。
「すでに本物を知っているお前が、そんな紛い物に苦しめられる必要はないんだ。だから、その、なんだ……早く元気になれよ」
「そうだよー。私の愛する、可愛い可愛い弟妹分の狂狐ちゃん。ケイティー様の愛情たっぷり特製レーションを食べて、早く元気になりなよー」
死神ちゃんは男前にそう言いながら、身を乗り出してマッコイの頭を撫でてやっていた。すると背後からそんな声が聞こえてきたので、ピシッと硬直した。後ろを振り返ってみると、トレーを手にしたケイティーがニヤニヤとした笑みを浮かべて立っており、死神ちゃんはしかめっ面を真っ赤にするとぷるぷると震えだした。
「お前、いつからいたんだよ……」
「結構前からいたよ。小花ってさ、ホント、ナチュラルにクサいセリフを吐くよね。……まあ、お前のそういうところ、私は好きだけどね」
ケイティーはケラケラと笑ってそう言うと、マッコイが起き上がるのを手助けした。マッコイもクスクスと笑っており、死神ちゃんは「穴があったら入りたい」と心の底から思ったのだった。
――――〈本物〉の感情に勝るものなど、何もないのDEATH。
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