転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活一年目 *

第105話 アリサのドキドキ★Valentine

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「ごめんね、アリサちゃん。来たばかりで悪いんだけど、もう帰ってもいい?」

「そんなこと言わないでよ! あなたしか頼れる人がいないんだから!」

「でも、そうは言っても、私だって、まだ死にたくないんだもの……!」


 恐怖で顔を歪め目に涙を浮かべるサーシャに、アリサは必死でしがみついた。逃げることを諦めたサーシャが「何でまた、私なの?」と尋ねると、アリサは苦笑いを浮かべた。


「どうしても、秘密裏に事を進めたくて」


 控えめにそう言うと、アリサは「私がいた世界には、バレンタインというイベントがある」と言ってイベントの概要を説明した。サーシャはにこりと微笑むと、アリサの頼みを引き受けると答えた。アリサは満面の笑みでサーシャに抱きつくと、感謝の言葉を述べた。

 アリサはサーシャの背中を押してキッチンへと案内した。既に調理台に準備されていたものを見るなり、サーシャは頬を引きつらせた。サーシャはアリサのほうを振り向くと、目を泳がせつつも調理台に視線を投げた。


「ねえ、道具はアレ・・しか無いの……?」

「ええ、そうだけれど」

「やっぱり、帰ってもいい!? 私、本当にまだ、死にたくないの!」

「ちょっと、何で二言目には〈死にたくない〉って言うのよ!」


 泣きべそをかきながらキッチンから出ていこうとするサーシャを、アリサは必死で食い止めようとした。サーシャは調理台の上に鎮座ましましているハンドブレンダーを指差すと、顔をしかめて叫んだ。


「だって私、アレで死にかけたんだよ!? お手伝いする条件として、アレを使わないということを確約して! じゃなきゃ、帰る~っ!」


 アリサはグッと息を詰まらせると、渋々「調理器具を買いに行きましょうか」と提案したのだった。



   **********



 かくして、アナログな調理器具を揃え終えて、ようやくお菓子作りはスタートした。エプロンの紐を結びながら、サーシャは笑顔でアリサに尋ねた。


「で、何を作るの?」

「これこれ、ガトーショコラ」

「……何でまた、実力に見合わないものをチョイスしたの」


 じっとりと睨んでくるサーシャに、アリサはレシピを顔の横に掲げたままショックで眉根を寄せた。


「何でよ!? ガトーショコラって、初心者にもおすすめのレシピって聞いたんだけど!」

「アリサちゃんは、正直言って〈湯煎でチョコを溶かして再度固める〉だって怪しいよね!?」


 表情もなくジッと見つめてくるアリサを見つめ返すと、サーシャは諦め顔で溜め息をついた。そしてキッと眼力を強めると、鬼のような指導を始めた。――温厚で慎ましやかな彼女が目くじらを立て、声を荒げてしまうほどにアリサはひどかった。


「ちょっと! チョコレートのついた泡立て器で卵白を混ぜようとしないで!」

「だって、どうせ後で合体させるんだからいいでしょう?」

「駄目! 駄目だってば! 一度洗って! ――ちょっと! なんでそんなに卵白飛び散るの!? やだもう、ぬとぬとするーっ!」

「あああ、ごめんなさい! ――それにしても、角が立つくらいって難しいわね。……あああああああ!?」


 そんな絶叫や怒号が、そして時には泡立て器やゴムべらがキッチンの中を飛び交った。試行錯誤と〈一から作り直す〉を繰り返しながら、彼女達は何とかガトーショコラを作り終えた。
 綺麗に焼き上がり、型から取り出されたそれを見つめて、アリサは目に溢れんばかりの涙を浮かべた。


「できた……。初めてまともに料理が完成した……」

「粗熱が取れたら、ラッピングして完成だね。おめでとう……!」

「うわーん! サーシャ、本当にありがとう!」


 やつれ果てて力ない笑みを浮かべるサーシャに、アリサは勢い良く抱きついた。
 二人はメレンゲやチョコレートでそこら中ベトベトに汚れたお互いを眺め合うと、クスクスと肩を揺らした。


「手早く片付けして、お風呂に入りましょう。――うちのお風呂、天狐の大浴場に比べたらもちろん小さいけれど、二人で入れるくらいには大きいから」


 サーシャは頷くと〈渾身の作ガトーショコラ〉を安全な場所へと避難させた。



   **********



「あら、急にどうしたのかしら?」


 黙々とデスクワークをこなしていたはずのマッコイが、ふと声をあげた。応接ソファーでゴロゴロとしながら本を読んでいた死神ちゃんは顔を上げると、どうしたのかと彼に尋ねた。彼は「ええ、ちょっと」と言葉を濁すと、席を立ってそのまま寮長室から出て行った。

 戻ってきた彼のカーディガンに、小さなコウモリが一匹へばりついていた。可愛らしいリュックサックを背負っているそれを見つめながら、死神ちゃんは「アリサ?」と不思議そうに眉根を寄せた。
 マッコイは窓口を施錠するとカーテンを引き、扉にも鍵をかけた。すると、彼にくっついていたコウモリがもぞもぞと身じろぎ、ポンという音を立てて煙に包まれた。――煙の中から現れたのは、やはりアリサだった。

 急にどうしたのとマッコイに声をかけられたアリサは、照れくさそうにもじもじとしていた。しかし、死神ちゃんがその場に居るということに気がつくと、きょとんとした顔でポツリと言った。


「あら、ジューゾー、いたの」

「おう、いちゃあ悪いか」


 死神ちゃんが顔をしかめると、アリサはすぐさま死神ちゃんから視線を外した。彼女には珍しく、死神ちゃんのことなど眼中にないという感じだった。マッコイもその様子に珍しいと感じたようで、心なしか驚いた表情を浮かべていた。


「珍しいわね。アンタがかおるちゃんに飛びついて行かないだなんて」

「えっ、そう? そうかしら?」


 挙動不審気味にそわそわとするアリサを不思議そうに見つめると、マッコイは再び「どうしたの?」と尋ねた。すると、彼女は手に持っていた手提げから可愛らしくラッピングされた箱を一つ取り出した。


「あ、あのね、バレンタインだから……」


 マッコイは死神ちゃんを見下ろすと「あら、プレゼントですって。良かったわね」と声をかけた。すると、頬を赤らめてもじもじとしていたアリサが眉根を寄せて「違うわよ」と口を尖らせた。


「あら、違うの?」

「違うに決まっているでしょう!? 何でまだ恋人同士にもなっていないのに、私がプレゼントを用意しなくちゃならないのよ。ジューゾーのほうからくれるならまだしも」


 きょとんとした顔で目をしばたかせるマッコイと、何やら複雑そうな表情を浮かべる死神ちゃんをアリサは交互に睨みつけた。死神ちゃんは二、三度瞬きをすると、動揺して言った。


「俺宛てじゃあないのかよ」

「いやだわ、こういうときだけ〈自分は日本人だ〉と主張するの? あなた、たしか、ほとんど日本で生活なんてしていなかったでしょう。たしかに、日本では女性が男性にチョコレートをプレゼントするみたいですけど、生憎、私は日本人ではありませんから」

「いや、まあ、そうだけどさあ……」


 フンと鼻を鳴らしてピシャリとそう言うアリサに、死神ちゃんはぐうの音も出なかった。では一体誰宛てなんだと死神ちゃんが尋ねると、彼女は再びもじもじとしだした。そしてポツリと「マッコイよ」と答えた。
 彼女の生活していた欧米圏でも日本同様に〈友チョコ〉という習慣はあるそうで、彼女は親友であるマッコイに是非とも友チョコを贈りたいと思ったのだそうだ。


「本当はずっと、それこそ出会ったときからプレゼントしたいなって思っていたのよ。でも、仲の良い私達を見て〈付き合っているんじゃないか〉って勘ぐる人が多くてね」


 そう言って、アリサは切なげに微笑んだ。

 今でこそ周りを気にすることなく〈女の親友同士のスキンシップ〉をする二人ではあるが、昔はそうもいかなかったそうだ。
 意気投合した直後は今のようにキャアキャア言い合いながらじゃれ合っていたのだそうだが、それを見た一部の者が二人の仲を邪推したらしい。そしてその矛先はマッコイに向けられ、「統括部長候補に取り入るために、セクシャルマイノリティーのフリをして近づいているのでは」などと陰口を叩かれたのだとか。こちらの世界に来てマイノリティーであることに悩みを覚えるようになっていたマッコイはこれに対して大いに傷つき、彼は一時期、親友のアリサですら遠ざけていたという。


「そういう時期を全て乗り越えたなら、きっと受け取ってもらえると思ったの。――きちんと、安心して食べてもらえるように、サーシャに見てもらいながら作ったのよ。だから安心して、〈私の気持ち〉、受け取って欲しいわ」


 苦笑いを浮かべながら箱を差し出すアリサと、その差し出された箱を交互に見つめながら、マッコイはひどく戸惑っていた。そして目にいっぱいの涙を溜めると、口元を片手で抑え、か細い声を彼は震わせた。


「でもアタシ、貰う資格、ない……」

「何を言ってるの。その話・・・はもう済んだでしょう? どんなことがあろうと、この先もずっと、あなたは私の一番大切な親友。――これに変わりはないんだから」


 優しく微笑むアリサに、マッコイは何度も頷きながらニコリと笑顔を返した。死神ちゃんは不思議そうに顔をしかめると「その話・・・って何だ」と彼らに尋ねた。するとアリサがすまし顔をツンとさせて「女にはいろいろとあるんです」と受け流した。
 涙を拭ったマッコイはアリサから箱を受け取ると、早速中身を確認した。美味しそうなガトーショコラを目にした彼は、思わず「あら」と嬉しそうな声を漏らした。〈早く一口食べてみて〉とでもいうかのような期待に満ちた目で見つめてくるアリサに苦笑いを浮かべると、彼はフォークを手に取り、ひとくちパクリと食べてみた。

 そのまま沈黙し、再びじわりと涙を浮かべて眉根を寄せたマッコイに、アリサは不安げに表情を暗くさせた。


「やだ、美味しくなかった?」

「ううん、違うの。すごく美味しい……」


 言いながら、マッコイはボロボロと泣き出した。ケーキを一旦机に置くと、彼はアリサを抱きしめて感謝の言葉を述べた。アリサは嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべると、マッコイを抱きしめ返した。
 死神ちゃんはほっこりとした気分でそれを眺めつつ、机の上のケーキにも視線を投げた。そして〈奇跡の一品〉を興味深げに見つめると、ケーキから視線を逸らすことなく言った。


「おお、たしかに良い出来だな。お前、よく頑張ったなあ。――なあ、俺もひとくち味見してみてもいいかな?」


 死神ちゃんがマッコイとアリサを見上げると、マッコイはケーキの入った箱を死神ちゃんの目の前から撤去した。目をパチクリとさせる死神ちゃんに、マッコイは申し訳無さそうに笑って言った。


「ごめんなさいね。これはアタシが貰った大切な〈気持ち〉だから、一人で全部食べたいの」

「ジューゾーが愛の篭ったプレゼントをくれるなら、作ってあげてもいいわよ!」


 追い打ちをかけてくるアリサに苦々しげに顔を歪めた死神ちゃんだったが、一転して笑顔を浮かべた。――幸せそうな二人を見て、死神ちゃんも幸せな気持ちになったのだった。




 ――――後日、サーシャも友チョコを用意したそうで、彼女は死神ちゃん達を含めた親しい友人達に手作りチョコを配り歩いたという。それをきっかけに社内ではバレンタインが流行し、毎年のちょっとした行事となったそうDEATH。
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