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* 死神生活ニ年目 *
第141話 死神ちゃんと寝不足さん②
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死神ちゃんは我が目を疑った。〈担当のパーティー〉と思しき冒険者が、植物型モンスターの花(口?)の部分に頭を突っ込んでいたからだ。プラントが花(口?)の部分をもぐもぐと動かして美味しそうに冒険者を堪能しているのをつかの間ぽかんと見つめると、死神ちゃんは慌てて冒険者にとり憑きに行った。
それにしても既視感があるな、と思いながら冒険者の体に死神ちゃんがタッチすると、彼は突然ビクリと身を跳ねさせた。そして何やらぎゃあぎゃあと喚きながら、彼は植物から頭を懸命に引っこ抜いた。
「ふう、危うくお花畑が見えるところでした……」
「やっぱりお前だったか。寝落ちするならダンジョン内じゃあなくて、宿屋のベッドで寝落ちしろよ」
死神ちゃんは片眼鏡に付いた植物のねっとりとした粘液を煩わしそうに拭いている彼――ドM奴隷で貴族の三男坊でもある〈ご主人様〉の家で執事を務める〈寝不足さん〉を呆れ眼で見つめた。彼は綺麗になった片眼鏡を付け直すと、驚きの表情で死神ちゃんを見た。
「おや、お嬢さん。またお会いしましたね」
「のんきだな! ついさっきまで植物に食われてたっていうのに!」
「ああ、もう慣れてしまいました。むしろ、条件反射っていうんですか? プラントにもぐもぐされると安心して眠れるようになってきたと言いますか……」
「何だそりゃ。坊っちゃんだけでなくお前までドMになっちまったってか」
死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、寝不足さんは「三男坊の話はしないで頂きたい」と眉をひそめた。
何でも、女王様役のメイドを堂々とダンジョン内で連れ歩くことが出来るようになった〈ご主人様〉は、好きな時に好きなように鞭で打たれ蝋燭で焼かれヒールで踏まれというダンジョン生活がすっかり染み付いてしまったという。そのせいで、家に帰ってきたときに何にも憚ることもなくプレイなさるようになってしまったそうだ。当然それは、当主である彼の父親の目にも入ってしまった。父親はあまりのショックに寝込んでしまったそうだ。
「旦那様は坊っちゃんの性癖をお知りになって〈どうしてこうなってしまったのか。やはり、自分の育て方が悪かったのではないか〉と病床で自問自答の毎日を送られております。そして旦那様は自分を責め、気づいていながら正しい方向に導けなかった我々使用人を責め、そしてそんなご自分をまたお責めになるのです」
寝不足さんは疲弊しきった表情でぐったりと肩を落とすと、深いため息をついた。もちろん、息子の痴態を知ってしまった父親は悩みや自責の念がのしかかる毎日を送る過程で寝不足となった。そしてやはり、そんな旦那様のお世話をする執事の彼も寝不足が解消されることはなかった。
さらに、彼の寝不足の原因は〈困った三男坊〉以外にももうひとつ追加されたそうだ。――厳密に言えば三男坊絡みらしいのだが。
それは何だと聞きながら死神ちゃんが眉根を寄せると、寝不足さんは「それはですね……」と言いながら船を漕ぎ始めた。そして段々と声がしりすぼみになり途切れ途切れになり、彼は完全に意識を手放そうとした。死神ちゃんは容赦なく彼の頬をペチペチと叩くと、ハッと我に返って頭を振りながら意識を必死で保とうとする彼を面倒臭そうに睨んだ。
「だから、寝るなら宿に帰ってから寝ろよ」
「申し訳ない。――ええと、新たな寝不足の原因なのですが。坊っちゃんに縁談話が持ち上がったのはいいのですけれど、どうやらそのお相手のご息女は坊っちゃんの痴態を実際にご覧になってしまったようでして」
死神ちゃんは表情も抑揚もなく嗚呼と返事した。ちなみに、縁談話の件で寝不足さんが眠れずにいる理由としては、先方は「まともな次男が相手であれば即縁談成立でお願いしたい」と言っているそうなのだが、三男坊がご息女を気に入ってしまっているため、そこの調整に難儀しているのだそうだ。そのせいで、心労がたたって寝不足になってしまっているのだという。
「ああ、うん。何となく知ってはいる内容だったわ。気苦労絶えなくて大変だな。お疲れさん」
「なんと、またもや御当家の秘密にして恥部が外部に漏れているだなんて……!」
寝不足さんはがっくりとうなだれると、無念そうにため息をついた。
「ところで、お前、またバクでも探しに来たのか?」
死神ちゃんが気を取り直してそう声をかけると、寝不足さんは首を横に振った。
これまでにも何度かバク捕獲にやってきて、睡魔と戦いながら一階までバクを連れて行ったことがあるそうだ。しかし、セーフティーゾーンに入るかどうかというところで瞬間移動でも行ったのか、バクは忽然と姿を消してしまうのだそうだ。
もしやダンジョン内に生息するモンスターは連れ帰ることが出来ないのではと思った彼は、別の〈安眠方法〉を探ることにした。そして、ついに情報を手に入れたのだそうだ。
「何でも、ダンジョンのモンスターとは違う不思議な生物が、三階のどこだかに住み着いているそうでして。その生物が作る薬が、素晴らしく安眠出来るそうなのです。しかもその生物、きちんと対価を支払えば、誰とでも取り引きしてくださるそうなんですよ」
思わず、死神ちゃんは無表情のまま目だけを少しだけ見開いた。――まさか、アスフォデル達が本格的にビジネスを始めていただなんて。
死神ちゃんは軽いめまいを覚えて額に手を当てると、小さな声で「ならとっとと三階に行こうぜ」と寝不足さんを促した。
時折寝落ちしそうになる寝不足さんに蹴りを入れながら、死神ちゃんは何とかアスフォデルの住処までやってきた。冒険者を手助けするつもりはサラサラなかったのだが、彼は〈モンスターが出現しなければ、通り道でもない場所〉でばかり寝に入ろうとするのだ。そのまま放置していたところで、何かがやってきて彼を灰化してくれるということが望めない場所で彼を寝かせてしまうのは仕事に支障を来す。だから、死神ちゃんは必死になって彼を起こして回った。そして彼は死神ちゃんのことを今回もまた〈目的を達成出来るように付いてきてくれている心優しい人〉と思っているようで、起こされるたびに感謝の言葉を述べていた。
寝不足さんは情報通りの場所で情報通りに壁を叩いた。すると、何の変哲もない石の壁が地響きを伴って重々しく開いた。しかし、扉が開いたのはほんの少しだけだった。中から顔を覗かせたお嬢アスフォデルは困ったように眉根を寄せた。
「あら、お客様ですの? 申し訳ございませんが、本日の営業時間はもう終了しておりますのよ」
「えええ、そんな! まだ十五時をちょっと過ぎただけでしょう!? ここは何ですか、金貸し業か何かですか!?」
「そうは言っても、もう終了しておりますので……」
ズズズと音を立てて扉が締まっていこうとするのを、寝不足さんは必死になって食い止めようとした。その様子を見ていた死神ちゃんはため息をつくと、横合いからひょっこりと顔を出した。
「悪いんだけどさ、話だけ聞いてやってもらえないかな。――でないと、俺も帰れないもんで」
死神ちゃんが疲れきった顔でお嬢アスフォデルを見上げると、彼女は「お嬢様のお願いでしたら、特別に」と言い、中に引き入れてくれた。
お嬢は寝不足さんの話を聞くと「時間外に二人分の睡眠薬を調合するのだから、料金は倍頂く」とビジネススマイルで言った。それでも構わないと返した寝不足さんは感謝の涙を流しながら、彼女の手を握りウンウンと頷いていた。
お嬢は下っ端を呼びつけると、寝不足さんの寝不足具合を調べさせた。そして彼の頑固な寝付けなさでもイチコロで眠れる薬を調合するようにと指示した。
出来上がった薬を持ってきた下っ端は試用してみて欲しいと寝不足さんに声をかけた。きちんと起こすからと請け負われて、寝不足さんは恐る恐る薬を試用した。そして――
「……ねえ、あなた。これで失敗するのは何度目ですの? たしか先輩のところの三下さんは、あまりにも失敗しすぎて〈修行の旅に出てこい〉と言われて、今、冒険者に混じって活動中だそうですわ。――あなたも、そうなりたいの?」
頬を引きつらせながら、精一杯の笑顔を浮かべてお嬢が下っ端を静かに叱り飛ばした。下っ端は涙を浮かべながら、寝不足さんの灰を革張りのアタッシュケースに詰めていた。どうやら、薬を濃く調合しすぎたようで、寝不足さんは別の眠りに就いてしまったらしい。
死神ちゃんは聞き捨てならないことをお嬢が言ったような気がしたものの、何も聞かなかったフリをした。そして小さく「お疲れ」と声をかけると、疲れ果てた背中を丸めて壁に溶けたのだった。
――――用法用量は正しくなくては駄目なのDEATH。
それにしても既視感があるな、と思いながら冒険者の体に死神ちゃんがタッチすると、彼は突然ビクリと身を跳ねさせた。そして何やらぎゃあぎゃあと喚きながら、彼は植物から頭を懸命に引っこ抜いた。
「ふう、危うくお花畑が見えるところでした……」
「やっぱりお前だったか。寝落ちするならダンジョン内じゃあなくて、宿屋のベッドで寝落ちしろよ」
死神ちゃんは片眼鏡に付いた植物のねっとりとした粘液を煩わしそうに拭いている彼――ドM奴隷で貴族の三男坊でもある〈ご主人様〉の家で執事を務める〈寝不足さん〉を呆れ眼で見つめた。彼は綺麗になった片眼鏡を付け直すと、驚きの表情で死神ちゃんを見た。
「おや、お嬢さん。またお会いしましたね」
「のんきだな! ついさっきまで植物に食われてたっていうのに!」
「ああ、もう慣れてしまいました。むしろ、条件反射っていうんですか? プラントにもぐもぐされると安心して眠れるようになってきたと言いますか……」
「何だそりゃ。坊っちゃんだけでなくお前までドMになっちまったってか」
死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、寝不足さんは「三男坊の話はしないで頂きたい」と眉をひそめた。
何でも、女王様役のメイドを堂々とダンジョン内で連れ歩くことが出来るようになった〈ご主人様〉は、好きな時に好きなように鞭で打たれ蝋燭で焼かれヒールで踏まれというダンジョン生活がすっかり染み付いてしまったという。そのせいで、家に帰ってきたときに何にも憚ることもなくプレイなさるようになってしまったそうだ。当然それは、当主である彼の父親の目にも入ってしまった。父親はあまりのショックに寝込んでしまったそうだ。
「旦那様は坊っちゃんの性癖をお知りになって〈どうしてこうなってしまったのか。やはり、自分の育て方が悪かったのではないか〉と病床で自問自答の毎日を送られております。そして旦那様は自分を責め、気づいていながら正しい方向に導けなかった我々使用人を責め、そしてそんなご自分をまたお責めになるのです」
寝不足さんは疲弊しきった表情でぐったりと肩を落とすと、深いため息をついた。もちろん、息子の痴態を知ってしまった父親は悩みや自責の念がのしかかる毎日を送る過程で寝不足となった。そしてやはり、そんな旦那様のお世話をする執事の彼も寝不足が解消されることはなかった。
さらに、彼の寝不足の原因は〈困った三男坊〉以外にももうひとつ追加されたそうだ。――厳密に言えば三男坊絡みらしいのだが。
それは何だと聞きながら死神ちゃんが眉根を寄せると、寝不足さんは「それはですね……」と言いながら船を漕ぎ始めた。そして段々と声がしりすぼみになり途切れ途切れになり、彼は完全に意識を手放そうとした。死神ちゃんは容赦なく彼の頬をペチペチと叩くと、ハッと我に返って頭を振りながら意識を必死で保とうとする彼を面倒臭そうに睨んだ。
「だから、寝るなら宿に帰ってから寝ろよ」
「申し訳ない。――ええと、新たな寝不足の原因なのですが。坊っちゃんに縁談話が持ち上がったのはいいのですけれど、どうやらそのお相手のご息女は坊っちゃんの痴態を実際にご覧になってしまったようでして」
死神ちゃんは表情も抑揚もなく嗚呼と返事した。ちなみに、縁談話の件で寝不足さんが眠れずにいる理由としては、先方は「まともな次男が相手であれば即縁談成立でお願いしたい」と言っているそうなのだが、三男坊がご息女を気に入ってしまっているため、そこの調整に難儀しているのだそうだ。そのせいで、心労がたたって寝不足になってしまっているのだという。
「ああ、うん。何となく知ってはいる内容だったわ。気苦労絶えなくて大変だな。お疲れさん」
「なんと、またもや御当家の秘密にして恥部が外部に漏れているだなんて……!」
寝不足さんはがっくりとうなだれると、無念そうにため息をついた。
「ところで、お前、またバクでも探しに来たのか?」
死神ちゃんが気を取り直してそう声をかけると、寝不足さんは首を横に振った。
これまでにも何度かバク捕獲にやってきて、睡魔と戦いながら一階までバクを連れて行ったことがあるそうだ。しかし、セーフティーゾーンに入るかどうかというところで瞬間移動でも行ったのか、バクは忽然と姿を消してしまうのだそうだ。
もしやダンジョン内に生息するモンスターは連れ帰ることが出来ないのではと思った彼は、別の〈安眠方法〉を探ることにした。そして、ついに情報を手に入れたのだそうだ。
「何でも、ダンジョンのモンスターとは違う不思議な生物が、三階のどこだかに住み着いているそうでして。その生物が作る薬が、素晴らしく安眠出来るそうなのです。しかもその生物、きちんと対価を支払えば、誰とでも取り引きしてくださるそうなんですよ」
思わず、死神ちゃんは無表情のまま目だけを少しだけ見開いた。――まさか、アスフォデル達が本格的にビジネスを始めていただなんて。
死神ちゃんは軽いめまいを覚えて額に手を当てると、小さな声で「ならとっとと三階に行こうぜ」と寝不足さんを促した。
時折寝落ちしそうになる寝不足さんに蹴りを入れながら、死神ちゃんは何とかアスフォデルの住処までやってきた。冒険者を手助けするつもりはサラサラなかったのだが、彼は〈モンスターが出現しなければ、通り道でもない場所〉でばかり寝に入ろうとするのだ。そのまま放置していたところで、何かがやってきて彼を灰化してくれるということが望めない場所で彼を寝かせてしまうのは仕事に支障を来す。だから、死神ちゃんは必死になって彼を起こして回った。そして彼は死神ちゃんのことを今回もまた〈目的を達成出来るように付いてきてくれている心優しい人〉と思っているようで、起こされるたびに感謝の言葉を述べていた。
寝不足さんは情報通りの場所で情報通りに壁を叩いた。すると、何の変哲もない石の壁が地響きを伴って重々しく開いた。しかし、扉が開いたのはほんの少しだけだった。中から顔を覗かせたお嬢アスフォデルは困ったように眉根を寄せた。
「あら、お客様ですの? 申し訳ございませんが、本日の営業時間はもう終了しておりますのよ」
「えええ、そんな! まだ十五時をちょっと過ぎただけでしょう!? ここは何ですか、金貸し業か何かですか!?」
「そうは言っても、もう終了しておりますので……」
ズズズと音を立てて扉が締まっていこうとするのを、寝不足さんは必死になって食い止めようとした。その様子を見ていた死神ちゃんはため息をつくと、横合いからひょっこりと顔を出した。
「悪いんだけどさ、話だけ聞いてやってもらえないかな。――でないと、俺も帰れないもんで」
死神ちゃんが疲れきった顔でお嬢アスフォデルを見上げると、彼女は「お嬢様のお願いでしたら、特別に」と言い、中に引き入れてくれた。
お嬢は寝不足さんの話を聞くと「時間外に二人分の睡眠薬を調合するのだから、料金は倍頂く」とビジネススマイルで言った。それでも構わないと返した寝不足さんは感謝の涙を流しながら、彼女の手を握りウンウンと頷いていた。
お嬢は下っ端を呼びつけると、寝不足さんの寝不足具合を調べさせた。そして彼の頑固な寝付けなさでもイチコロで眠れる薬を調合するようにと指示した。
出来上がった薬を持ってきた下っ端は試用してみて欲しいと寝不足さんに声をかけた。きちんと起こすからと請け負われて、寝不足さんは恐る恐る薬を試用した。そして――
「……ねえ、あなた。これで失敗するのは何度目ですの? たしか先輩のところの三下さんは、あまりにも失敗しすぎて〈修行の旅に出てこい〉と言われて、今、冒険者に混じって活動中だそうですわ。――あなたも、そうなりたいの?」
頬を引きつらせながら、精一杯の笑顔を浮かべてお嬢が下っ端を静かに叱り飛ばした。下っ端は涙を浮かべながら、寝不足さんの灰を革張りのアタッシュケースに詰めていた。どうやら、薬を濃く調合しすぎたようで、寝不足さんは別の眠りに就いてしまったらしい。
死神ちゃんは聞き捨てならないことをお嬢が言ったような気がしたものの、何も聞かなかったフリをした。そして小さく「お疲れ」と声をかけると、疲れ果てた背中を丸めて壁に溶けたのだった。
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