転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第209話 死神ちゃんとライバル農家⑤

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 死神ちゃんが〈担当のパーティーターゲット〉を求めて彷徨さまよっていると、前方から見知った顔が困り顔で近づいてきた。思わずその場で静止して顔をしかめた死神ちゃんに、冒険者は元気なく「やあ、死神ちゃん」と挨拶してきた。


「何だよ、珍しいな。いつもなら『野菜、食べているかい?』って詰め寄ってくるのに」

「いや、実は、探しものをしていてね。先日ダンジョンを訪れた際に、とても大切にしている杖をうっかり忘れてきてしまったんだよ」

「大切なものを忘れるかな、普通……」


 死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、冒険者――ノームの農婦のライバルである農家の彼は、気を取り直すかのように「野菜、食べているかい?」と仕切り直した。言いながら、彼はポーチからみかんを取り出した。死神ちゃんは喜々としてそれを受け取ると、両手のひらで包み込むように持って皮をもにもにと揉んだ。


「おお、すごく香りが良いな! 甘みも強そうだ」

「食べずして分かってくれるとは! さすがだな、死神ちゃん! うちの持ち山のひとつで栽培しているみかんだ、遠慮なく食ってくれ!」


 死神ちゃんは皮を剥くと、早速一房口に放り投げた。死神ちゃんが至福の笑みを漏らすと、ライバル農家は満足げに大きく頷いて「たくさんあるから、どんどんいってくれ」と言って死神ちゃんの頭を撫でた。そして彼は、お決まりの〈青果講座〉を始めた。毎日食べると風邪を引かなくなるとか、その効果は体内に蓄積されるため食べてから二、三ヶ月後も風邪知らずでいられるとか、そういうことを彼は捲し立てた。


「肌にもいいから女性にもオススメだし、血をサラサラにしてくれるから、こってりとした食事の多いご貴族からご老人まで、幅広い層に嬉しいものなんだ!」

「で、結局、何を一番伝えたいわけ」

「つまりだな、そのみかんを美味しく頂いて欲しいんだ」

「おう、美味いよ。凄まじく」


 死神ちゃんはわんこ蕎麦の如く手渡されるみかんを剥いては口に放り込み、もぎゅもぎゅと顎を動かしながら淡々と答えた。ライバル農家は、そんな死神ちゃんを見て一層満足げに頬を緩ませた。
 死神ちゃんはほっこりとした笑みを浮かべながら「それにしても」と口を開いた。


「こんなにたくさんの量を毎日食べていたら、手先や足の裏が黄色くなりそうだな」

「俺は免疫がついてしまったのか、もういくら食べても黄色くならないんだ。ちなみに、規格外で出荷のできないものをあの毛玉に分けてやったら、あいつ、みかんの食べ過ぎで全身が黄色く染まったんだ。一体、何者なんだろうな、本当に」


 快活に笑いながら、ライバル農家は「不思議だよなあ」と首をひねった。死神ちゃんは思わず口をあんぐりとさせた。
 ライバル農家は、食べ終わって残った皮を死神ちゃんから回収した。どうやら、それらは持ち帰ったのちに乾かして調味料や薬に加工するらしい。死神ちゃんは皮と引き換えに、今回も大量の野菜や果物を頂いた。


「そら、持ち帰り用のみかんも用意してあるからな。たんと持って帰るといい。それから、りんごもあるぞ。――この前、銀賞の子のりんごを食べて『お前のライバルの、あの農家の作ったりんごのほうが美味い』と答えたんだって? あの子、すごく悔しがっていたぞ。まあ、俺は死神ちゃんのお墨付きを頂けて嬉しかったがな! というわけで、お礼にこれと、これと、これも……」

「ちょっと待て。くれるのは嬉しいんだが、抱えきれないよ。今もらったもの、先にしまうから待ってくれ」


 腕いっぱいに抱えた野菜や果物に埋もれて、死神ちゃんの顔は見えなくなっていた。ライバル農家はきょとんとした顔を浮かべると、弾けるように豪快に笑った。
 ポーチがパツパツになるほどお土産を詰め込むという作業を終えると、彼は「ところで、死神ちゃん」と言って出会い頭の意気消沈状態に戻った。


「杖、どこかで見なかったかな? こう、白と緑の細長いやつなんだが」

「さあ、知らないな。――ていうか、それ、本当に杖か? 白と緑の細長いやつって、まるでネギだな」


 死神ちゃんが怪訝な表情でそう言うと、ライバル農家はがっくりと肩を落とした。そして「もう少し、探してみることにしよう」と言ってダンジョン内を彷徨い始めた。
 前回ダンジョンにやって来た際に訪れた場所に行ってみたらどうかという死神ちゃんの提案に乗って、ライバル農家は〈小さな森〉へとやって来た。彼は毒沼のほとりにやって来ると、おもむろに装備の着替えを始めた。つなぎと長靴が一体になったようなものに着替え終え手袋を装着すると、彼はざぶざぶと沼に入っていった。首をひねりながら平然とした顔つきで沼をさらう彼の姿を目にして、死神ちゃんは思わずどよめいた。


「えっ、お前、毒、平気なのかよ……」

「何を言っているんだ、死神ちゃん。平気なわけが無いじゃあないか」

「だったら何で毒沼に入って平然としていられるんだよ」

「これは、農家の戦闘服みたいなものさ。農家はみんなこれを着て、用水路に湧いた〈蠢くヘドロクレイウーズ〉と戦うんだよ」

「いや、それ、答えになってないから」


 死神ちゃんが顔をしかめてピシャリとそう言うと、彼は朗らかな笑い声を響かせてドブ浚いを再開させた。しばらくして、ここに落としたわけではなさそうだと分かると、彼は落ち込んだ様子で沼から上がってきた。彼は綺麗な泉へと移動して毒を洗い流しながら、もう少し奥を見てみようと言って表情を暗くした。
 支度が整うと、彼は森のさらに奥へと向かって歩き出した。切り株お化けたちの群れを通り過ぎ、もう少し奥に進んだところで立ち止まると、ライバル農家は素っ頓狂な声を上げた。


「おおう、何ていうことだ! 俺の大切な杖が、増えているだと!? 一体どれが、俺の杖なんだ!」


 死神ちゃんは彼の背後からひょいと一帯を覗き込むと、苦い顔を浮かべて「やっぱりネギじゃあないか」と呟いた。そこには、キラキラとした輝きを放つネギが大量に自生していた。死神ちゃんはライバル農家の顔を覗き込むと、疑わしげな視線を彼に送った。


「お前、落としてきたとか言いながら、本当はここに植えたんじゃあないのか?」

「それは断じて無いぞ! 俺はアスフォデルの一件以降、きちんと〈ダンジョンで栽培するべからず〉を守っているからな!」

「じゃあ、何でここにネギ畑ができているんだよ」

「だから、これは杖であってネギではないんだ! 〈ウェリッシュの杖〉という大変ありがたい代物で――」

「やっぱり、ネギじゃねえかよ!」


 死神ちゃんはライバル農家の言葉を遮って、口早にツッコんだ。彼は不服そうに再度「ネギではない」と言って〈ウェリッシュ〉を丁寧に発音しようとしたが、死神ちゃんは「発音の問題じゃないから」と言って彼を黙らせた。
 死神ちゃんは顔をしかめると、呻くように「青臭いな」と呟いた。するとライバル農家は嬉しそうに捲し立てた。


「それは新鮮な証拠だ。とてもみずみずしくてな、裁断すると粘り気があるほどなんだ。辛味が強いから、生で食すのは少しからいかもしれんが――」

「ネギ以外の何物でもないだろ、それは」

「アレかな、休憩の際に地面に突き立てたんだ。そのまま忘れて、帰ってしまったんだな、きっと」

「ああうん、ネギは挿し木的なことができるからな。――もう、紛うこと無くネギだよな」


 ライバル農家は一瞬〈だから、違うのに〉とでも言いたげな非難がましい顔を浮かべたが、「まあ、いい」と言ってネギを数本収穫した。そのうちの二本ほどを「まだポーチに空きはあるだろう?」と言って死神ちゃんのポーチに押し込んだ。そして彼は残りを自分のポーチにしまい込み、しまわずに置いておいた一本を大切そうに握りしめると「帰ろう」と言って歩き出した。
 ふんふんと楽しげに鼻歌を歌いつつ、ネギを振り回しながら彼は歩を進めた。途中、物理攻撃の効かない幽霊ゴーストと遭遇したのだが、彼はネギを振りかざした。そしてに襲いかかり、あっけなくそれを倒してしまった。


「な、すごい杖だろう?」


 そう言って笑いかけてくる彼に、死神ちゃんは愕然としたまま何も返すことができなかった。レッサーとも遭遇したのだが、それも一撃瞬殺だった。悪魔系のモンスターの中でも上位の存在である赤いアイツが、細っちい杖一振りで倒されたという事実に死神ちゃんは絶句した。
 しかし、杖がそんなすごい威力を発揮できるのも相手によりけりだったようで、ライバル農家は火吹き竜ファイヤードレイクとの戦闘であっけなく散った。酒を煽りたくなるようないい香りに後ろ髪を引かれながら、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくると、マッコイにお土産を一種類ずつポーチから取り出して見せた。彼は嬉しそうにそれらを眺めて「腕が鳴るわね」と笑った。死神ちゃんは「えっと、次は」と言いながら、ポーチに手を突っ込んだ。しかし苦悶の表情を浮かべると、大きな声で「痛って!」と叫んだ。
 死神ちゃんがポーチから慌てて手を引っこ抜いたのと同時に、ネギが床に転がった。マッコイは死神ちゃんに「大丈夫?」と声をかけながら、ネギを拾おうとした。そして彼は顔を歪めると、ネギに触れていた手を引っ込めた。


「どうしたんだよ、かおるちゃんも班長もさ」

「触っちゃ駄目!」

「え? 何でだよ、たかがネギだ――ゴフッ」


 マッコイの制止に従って、同僚はネギに触ることはしなかった。しかし、ネギを観察しようとして顔を近づけた際に、その香りを吸った。その途端、彼は盛大に血反吐を吐いた。その場にいた一同はネギを見下ろして頬を引きつらせると、呻くようにどよめいた。


「これ、聖別されてるのかよ……」

「薫ちゃんがダンジョンで何とも無かったのは、とり憑き状態で〈全ての攻撃が無効〉だったからなんだな……」

「ていうか、野菜が聖別されてて、何の意味あるの……?」


 一同は〈これ、どう処理したらいいんだろう〉という目でネギを見下ろし、取り囲んだ。するとそこにアディとビットが嬉々とした表情で乗り込んできた。


「いやあ、まさか伝説の杖が手に入るとは思いもしませんでした! ずっと探していたんですよね! ありがとうございます!」

「これは素晴らしいサンプルだ! やはり、小花おはな薫はおもしろいものを引き当てる才能があるな。――アディよ、あとで我が調査隊と手分けして〈小さな森〉に生えているものも持ち帰ろうではないか」


 ビットは死神ちゃんのポーチに勝手に手を突っ込むと、残りのネギをむんずと取り出した。床に落ちたネギを拾い上げたアディは、恍惚の表情でビットに頷いた。そして二人は現れたときと同じく、嵐のように去っていった。

 後日、〈すごいネギ〉という商品名で裏の世界でも販売がなされ、一部を除いたほとんどの社員のご家庭がその美味しさに舌鼓したという。また、天狐が「調理器具だけではなく、野菜も武器だったのじゃな!」と言いながら、城下町の子供たちとネギを振り回してチャンバラをしていたら、おみつに「食べ物で遊んではいけない」と叱られたそうだ。死神ちゃんは天狐がしょんぼりと話すのを聞きながら「おみつさんの言っていることは正しいけれど、でもなあ」とモヤモヤしたのだった。




 ――――これ、結局、食べ物と武器のどちらが正しいんDEATH?
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