転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第225話 ケイティーの幸せ★One day③

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 死神ちゃんは掛け布団を持ち上げると、その隙間からもぞもぞとベッドに入り込んだ。すると、部屋の主は掛け布団を跳ね上げて勢い良く起き上がった。


かおるちゃんの破廉恥! 寝込みを襲いに来るだなんて、破廉恥極まりないわ!」

「何だ、起きていたのか。ていうか、そういうのは今はどうだっていいから。寒くて堪らないんだよ」


 死神ちゃんはカチカチと歯を鳴らすと、必死に掛け布団に手を伸ばした。そして死神ちゃんがそのままべしゃりと崩れ落ちたのを見て、マッコイはギョッとした。死神ちゃんはもぞりと背中を丸めると、スンスンと鼻を鳴らしてグズり始めた。


「うう……。寒いぃ……」

「やだ、体、冷え切ってるじゃない! どうしたのよ、一体」

「『どうしたのよ』じゃあないだろう……。原因なんて、分かっているくせに」

「……アタシだって、被害者なのよ」


 マッコイは申し訳なさそうに声を落とすと、死神ちゃんを布団で包んでやった。そして彼は「温かいもの、用意するわね」と言って、キッチンへと向かった。

 今日はケイティーが泊まりに来る日だった。しかし彼女は案の定、早く来すぎた。例の如くマッコイを叩き起こし、いかに楽しみにしていたのかを捲し立て、そして例の如く死神ちゃんのところに押し入って眠りこけ、寝相の悪さを発揮して死神ちゃんの掛け布団を奪い取ってしまったのだ。
 死神は死にもせず病気にもならないのだが、〈生きているという実感を得られるように〉ということで、裏世界の気候の影響をばっちりと受けるように体が創られている。つまるところ、冬の最も寒い季節に掛け布団無しというのは、まるで拷問のような状態なのであった。


「寒さで目が冷めたときには、もう体がカチコチに冷え切ってて。凍死するかと思ったよ」

「今日の夜寝るときは、部屋の暖房は入れっぱなしにしておいたほうがいいわよ。絶対に、今の二の舞いになるから」

「ああ、そうだな。そうするよ……」


 死神ちゃんは布団の中でブルブルと震えながら、ホットミルクとちまちまと飲んだ。マグカップから立ち上る温かい湯気の中に、幸せが見える気がした。

 暖房をガンガンかけてもらい、布団に包まり、ホットミルクを飲んでも死神ちゃんの体はあまり温まらなかった。仕方なく、死神ちゃんはお風呂に入れてもらうことにした。
 深夜零時を過ぎると寮の玄関には鍵がかけられ、廊下の灯りは一部を除いて消灯される。風呂の湯もその際に一旦抜かれ、次に湯が張られるのは朝食後くらいの時間である。夜勤明けで帰ってくる者のために片方の浴場だけ使える状態にし、男女交代で使用してもらい、そして昼ごろにまた湯を抜く。本格的に浴場が稼働するのは夕方以降だ。――つまり、死神ちゃんがホットミルクを飲んでいるころというのは、まだ風呂に入れる状態になかった。そのため、最初はシャワーだけでいいと死神ちゃんは言ったのだが、それでは体が温まりきらないからと言って、マッコイはわざわざ湯の張り直し作業をしてくれた。掃除を始めるところからで大変だろうに申し訳ないなと思いつつ、死神ちゃんは天国のような温かさを心ゆくまで満喫した。

 心身ともにほっこりと温まった死神ちゃんは、マッコイを伴って自分の部屋へと戻った。すると、テディベアを抱えたケイティーがベッドの隅で体育座りをしていた。彼女はいじけ顔で二人を見つめると、不服そうな声でボソボソと言った。


「何で起こしてくれなかったのさ。私も一緒に、朝風呂したかった。ケチ!」

「ケチ? お前、これ、何回目だと思ってるんだ。馬鹿も休み休み言えよ」


 死神ちゃんが鋭く睨みつけると、ケイティーはクシャリと顔を歪めてマッコイに走り寄った。そして彼に抱きつくと、「小花おはながいじめる!」と言って泣き真似をし始めた。


「何だよ、それ! 被害者は俺とマコだろうが。お前、いい加減、自分が加害者だっていう自覚を持てよ!」

「凄く楽しみだったんだから、仕方ないじゃないか! それに、小花が可愛らしいのがいけないんだろ!? 私よりお兄ちゃんのくせに、器ちっちゃい!」

「はあ!? 普段はお姉ちゃんぶったり上司風吹かしてくるくせに、こういうときばかり年下アピールするのかよ!」


 ギャアギャアと言い合いを始めた二人を尻目に、マッコイはため息をつくと「朝食、食べに行ってくるわね」と言って部屋から出ていった。二人は言い合いをやめると、慌ててマッコイのあとを追った。



   **********



 昼過ぎ。おみつを伴って天狐がやって来た。実は以前、天狐はケイティーから〈死神ちゃんが一日ケイティーをお姉ちゃんと呼ぶ〉という話を聞き、面白そうだから自分も参加したいと言いだした。死神ちゃんとお揃いの服を着て一日中双子のように過ごすということを、とても魅力的に感じたらしい。そのため、天狐が〈第三〉にお泊まりに来る日に、お姉ちゃんデーを決行することとなっていた。
 天狐は挨拶もそこそこに、死神ちゃんの手を掴み取った。


「おケイは立入禁止じゃからな! そこで待っておるのじゃぞ!」


 そう言って、天狐はそわそわとしながら寮長室へと消えていき、続いてマッコイとおみつが部屋へと入っていった。しばらくして、満足げな笑みを浮かべる天狐と、不服げに顔をしかめた死神ちゃんが寮長室から出てきた。二人はフリルがいっぱいついた、色違いのお揃い甘ロリ系ワンピースを着ていた。
 天狐は死神ちゃんをちょいちょいと突きながら「せーのと言ったらじゃぞ!」と小さな声で言い、死神ちゃんは面倒くさそうに頷いた。そして二人は愕然とした表情でぷるぷると震えるケイティーを見上げると、天狐の「せーの」に合わせて声を揃えた。


「ケイティーお姉ちゃん、大好き!」


 ケイティーはフッと幸せそうに微笑むと、そのまま膝から崩れ落ちてマッコイに抱きとめられた。



   **********



 何やら用事があるらしいおみつを見送ると、ケイティーたちもさっそく出かけることにした。夕飯の買い出しがてら、お茶をしようということになったのだ。死神ちゃんと天狐に挟まれ、二人と手を繋いで歩くケイティーはとても幸せそうな笑みを浮かべていた。その後ろを、苦笑いを浮かべたマッコイがついていった。
 ウインドウショッピングを楽しんだあと、四人はカフェに入った。死神ちゃんと天狐を隣同士で座らせると、ケイティーはその正面に陣取った。四人は好みの味のパフェをそれぞれに注文すると、先に運ばれてきたお茶を頂きながら「夕飯は何にしようか」と楽しく話し合った。
 パフェがやって来ると、ケイティーは自分のパフェを死神ちゃんと天狐に〈あーん〉した。天狐はためらいもなくスプーンに食いつき、嬉しそうにニコニコと笑っていた。死神ちゃんは最初は渋々という感じだったのだが、パフェが好みの味だったのか、スプーンを差し出されるたびに即座に食らいついていた。

 マッコイは、まるで餌付けのように二人にパフェを与え続けるケイティーを呆然と見つめていた。そして彼女に声をかけると、彼女はにこやかな笑みを浮かべてマッコイにもスプーンを差し出してきた。


「やだなあ、構ってもらえなくて寂しかった? ほら、狂狐きょうこちゃんも、あーん」

「そうじゃなくてね、ケイティー」

「お姉ちゃん、だろ? ――ほら、あーんして」


 本日は、マッコイもケイティーを〈姉さん〉と呼ぶことを強いられていた。彼は仕方なく「姉さん」と言い直して話を続けようとしたのだが、スプーンを差し出され続けていることに小さくため息をつくと、渋々〈あーん〉の洗礼を受けた。そして、口の中のものを飲み下してから呆れ顔で言った。


「あのね、姉さん。そろそろ、かおるちゃんと天狐ちゃんにパフェをあげるのは、やめにして欲しいんだけれど」

「えー、いいじゃんか、ケチ」

「駄目よ。お夕飯が入らなくなっちゃうでしょう? それにね、二人のパフェ、かなり溶けてきているのよ」


 マッコイとケイティーのやり取りを微笑ましげに眺めていた死神ちゃんと天狐は、彼の〈パフェが溶けてきている〉という言葉によって〈自分のパフェ〉の存在をようやく思い出した。容器からあふれ出しそうなほどデロデロになりかけているそれに慌てふためくと、二人は一生懸命スプーンを口に運んだ。そして、ソフトクリームの冷たさに、時おり顔をギュッとクシャクシャにしていた。
 ケイティーは〈やっちまった〉と言いたげな申し訳なさそうな顔で、溶けかけのパフェと必死に戦っている二人を見つめて硬直した。しかしすぐさま「可愛い」と呟いて、うっとりとした表情を浮かべたのだった。

 夕飯は、和気あいあいと四人で調理を行った。普段はレーションのアレンジくらいしか行わないケイティーも、マッコイや死神ちゃんに教わりながら料理にチャレンジした。天狐は自慢げに包丁捌きを披露し、かなり上達していることを死神ちゃんとマッコイから褒められて嬉しそうにしていた。ケイティーも褒められて喜ぶ天狐を見て、自分のことのように喜んだ。
 夕飯を食べたあと、死神ちゃんと天狐は綺麗にラッピングされた箱をケイティーに手渡した。それは先日みんなで作ったチョコレートで、そのお料理会にはケイティーも参加していた。だから箱の中に何が入っているのかなどはすでに知っているわけなのだが、彼女はとてつもなく喜んだ。――お姉ちゃんデーのときに、お姉ちゃんと呼びながら渡して欲しいとおねだりしたことを、二人が覚えていてくれたからだ。ケイティーはマッコイにお茶を入れてもらうと、さっそくチョコレートを堪能した。

 四人で仲良く風呂に入っている最中、天狐がふと首を傾げた。


「そういえば、おみつは一体どこにおるのじゃ? 用があるのでと言って出かけていってから、帰ってくる気配がないのう」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、少々言いづらそうに答えた。


「あー……。おみつさんな、今日はバレンタインデートをするんだとさ」

「なんじゃとっ!? 何故なにゆえに今日なのじゃ! まさか、わらわが毎回尾行しているのがバレておるのかのう?」

「お前、毎回尾行してるのかよ。最初の尾行だって完全にバレバレだったのに、まだ諦めていなかったのかよ」

「お相手は誰なのじゃ!? わらわのおみつに手を出すとは、いい度胸なのじゃ!」


 むむむと唸りながら嫉妬心を丸出しにする天狐を、三人は苦笑いで見つめた。そして心の中で「これはまだ、しばらくは〈住職が彼氏だよ〉とは言えないだろうなあ」と呟いた。

 風呂から上がったあと、ケイティーは天狐の尻尾をブラッシングさせてもらった。天狐はすっかり気分が元通りとなったようで、おみつのことを忘れて幸せそうにくったりとしていた。
 そのまま二人は、早々に眠ってしまった。一緒に寝ようという〈姉さんのご命令〉のために自分の部屋から布団を運んできたマッコイは、幸せそうに寝息を立てる二人をきょとんとした顔で見下ろした。


「あら、もう寝ちゃったの? 早いわね」

「二人とも、一日中はしゃぎまわっていたからな。意外と疲れたんだろ」


 クスクスと笑いながら布団を広げるマッコイに、死神ちゃんはニヤリと笑った。


「こんなに喜んでくれるんだから、たまには〈姉さん〉って呼んでやったらどうだ?」

「そうねえ。たまにだったら、考えても良いかもしれないわね。――なら、薫ちゃんもたまには天狐ちゃんとお揃いの格好をしてあげたら? こんなにも、喜んでくれるんだから」


 そう言ってニヤリと笑い返すマッコイに、死神ちゃんは一瞬ギョッとした顔を浮かべた。しかし、天狐を優しい眼差しで見つめると、死神ちゃんは「たまにだったら、考えても良いかもな」と呟いたのだった。




 ――――なお、翌日。帰ってきた住職がデレデレと相好を崩していたので、同居人たちは「ようやく、脱恋愛童貞したか」と思ったという。しかし彼らの予想を裏切り、住職は「昨日はようやく、頬や額ではなく唇にキスできた」と言ったそうだ。同居人たちは頭を抱えながらも、良かったねと返したそうDEATH。
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