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* 死神生活ニ年目 *
第230話 もふ殿争奪★大作戦!③
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空に空砲が上がり、〈本日は晴天なり〉というおみつの声が普段は訓練場となっている階層に響き渡った。クリスは目の前に広がる雪原をぼんやりと眺めると、準備運動を行っている死神ちゃんへと視線を移した。
「ねえ、薫。去年の〈冬のもふ殿争奪〉も、こんな感じだったの?」
「ああ、そうだよ」
「ちなみに、どんな内容だったの?」
死神ちゃんは胸の前で腕を組み、それを伸ばしてストレッチをした。そして頬を引きつらせると〈雪原の中で白い小狐を探すという苦行〉について話して聞かせた。クリスはギョッとして口を半開きにすると、うわあと呻き声を漏らした。
「ねえ、もしかして今回も同じことをするのかな」
死神ちゃんは返答の代わりに乾いた声で笑った。クリスは肩を落とすと、憂鬱そうにポツリとこぼした。
「私、肌が浅黒いから雪原の中では目立ちやすいし、リタイアにならないように頑張らなくちゃ……」
「なんだ、何か〈お願い〉でもあるのか?」
「うん、実は。春のときは特にそういうのなくて、楽しければいいやくらいにしか思ってなかったんだけど――」
「それにしても、春はひどかったよな」
死神ちゃんが苦みばしった顔を浮かべると、クリスは苦笑交じりに頷いた。春は第一回目のとき同様に〈天狐の頭上の風船を割る〉という鬼ごっこをして、第一死神寮に軍配が上がった。MVPをとったのは鉄砲玉で、彼は〈ハーレムが欲しい〉という欲望丸出しのお願いをしたのだ。
ハーレムと言われてピンとこなかった天狐は、おみつから「大奥のようなものです」と説明を受けた。そして、天狐は分不相応な願いだと彼を非難した。リアル幼女に非難されたことが悔しかった彼は、それでも願い事の内容を変更するということはしなかった。そして「一度でいいから、たくさんの女子にもみくちゃにされてみたいんだよ!」と彼は叫んだ。結果、〈たくさんの女子にもみくちゃ〉の部分だけが採用され、彼はとても悲惨な目に遭うこととなった。――鉄砲玉の胸部に何やら器具が取り付けられ、天狐がにこにこと笑みを浮かべて「胸についているアレをゲットした女子の願いを、叶えることにするのじゃ!」と宣言したのだ。
「女性陣がまるでバーゲン会場に群がるおばちゃんたちのようで、傍から見ていて本気で怖かったよ。たしかに〈女子にもみくちゃ〉の状態ではあったが、あれはさすがにないわ……」
「あの人、今回も懲りずに参加しているんでしょう? あの人にだけは絶対に負けたくないな。どうせまた、くだらないお願いをするに決まってるもん。せっかく〈四天王〉に直訴する機会を得られるんだから、自分だけでは到底無理そうなことをお願いするべきだと思うんだよね」
「まあ、あいつの〈ハーレム〉も十分に〈自分では無理なこと〉だがな」
そう言って死神ちゃんが鼻を鳴らすと、開会式を始めるというアナウンスが流れた。
**********
ギルドがイベントを始めたことによって、今月は死神課にとって大忙しの月となった。しかしながら、それはそれとして〈もふ殿争奪〉は予定通りに開催されることとなった。忙しい中でも、みんなが楽しみにしているものなのだから、中止せずに全力投球しようということだそうだ。
おみつはにっこりと微笑むと「今回は前回とは少々ルールが異なります」と言った。参加者が目を瞬かせたり首を傾げさせたりする中、天狐がニヤニヤとした笑みを浮かべて中央へと進み出た。彼女はとても嬉しそうな素振りを見せながら、元気よく「特別ゲストを紹介するのじゃ!」と言った。言われて出てきたのは、なんと天狐の母親だった。
「わらわはまだこの術を習得しておらぬのでの、母上にお願いしてかけてもらうのじゃ!」
死神ちゃんはほっこりとした笑みを浮かべると「お母さんが来ているから嬉しそうだったんだな」と、隣にいたマッコイとこっそり話した。その合間に、天狐は動物モードへと変身した。そして、マッコイが死神ちゃんに「そうね」と返すのと同じタイミングで天狐が増えた。死神ちゃんたち参加者一同はギョッと目を見開いて九匹の白狐を凝視すると、心の中で思いっきり叫んだ。――何故増えた!?
「今回は、最も多くお館様を捕獲なさった寮が勝ちです。そして〈本物のお館様〉を捕獲なさった方をMVPとします。つまり、どちらかの寮が五匹捕獲に成功して勝利を確定させたとしても、それで終了ではございません。〈本物〉が捕獲されるまでゲームは続きます。〈本物〉を捕獲なさった方がMVPですので、たとえば〈第一死神寮に軍配は上がったけれども、MVPは第三の方〉ということもあり得ます。なお、九匹のうち、少し体の大きな個体が〈本物のお館様〉です」
一同がどよめくのもお構いなしに、おみつは淡々と説明をした。そしてゲーム開始の合図が上がると、参加者はハードルがガン上がりしたことに意気消沈して「どうして増えた」と呟きながら、トボトボと自軍の陣地へと移動していった。
誰もが最初のうちは雪合戦によって互いに潰し合うということよりも、九匹に分かれた小さな的を探すことに注力した。そして至るところから多重音声で聞こえてくるコヤアに、参加者たちは大いに振り回された。去年同様におっさん臭いやつもフェイクとして混ざっており、探すだけで疲弊した一同は〈去年同様に、まずは雪合戦で潰しあってからゆっくり探したほうが得策のようだ〉という考えに至った。
去年はどちらの寮も戦闘組と捜索組に別れて行動していたのだが、そのようなこともあって今年は戦闘に全力投球となった。難易度が増したゲームへの不満の八つ当たりをするかのように、一同は力の限り雪玉を投げあった。時おり、放置プレイの憂き目に遭った天狐の数匹が雪投げ戦場にちょろちょろと入り込み、そのたびに戦いは中断され捕獲作戦へと切り替えられた。素早く逃げ惑う天狐を押し合いへし合いしながら追いかけ、気の逸った者が偽物を掴まされた。
チベスナが捕獲されるたびに、一同はチベスナに向かって怒りの雪玉責めを行った。しかし雪玉が舞うのと同時にチベスナも宙を舞い、偽物を掴まされた者が代わりに埋められそのままリタイアしていった。その都度、ほくそ笑むようにコヤアとおっさん臭い声をチベスナが上げ、一同の怒りはさらに増した。
「もう嫌だよ! あちし、こんな苦行、耐えられない! もう、ゴーレム創って一掃していいよね? 一掃していいよね!?」
「それだと、天狐ちゃんまで巻き込むだろうが! もうしばし耐えろ! 統率力は我軍のほうが圧倒的に高い! だから――」
「うえーん、軍曹の鬼モード、怖いったら!」
癇癪を起こしたピエロの本体を、苛立ったケイティーはうっかり投げ飛ばした。雪原の何処かへと消えたぬいぐるみを探すべく一班の一部メンバーが雪投げ合戦から離脱すると、それに乗じて三班は一気に攻め込んだ。
一班のメンバーは悲鳴を上げて次々と消えていった。何が起きているかが分からない、得体の知れない恐怖が一班の中にじわじわと広がっていく中、一人がハッと息を飲んで叫んだ。
「狐だ! 狐がいるんだ! この中に、狐がいる!」
「もふ殿か? それともチベスナか? でも、二人とも攻撃はしてこないことになっているだろう。お前、それこそ狐に化かされでもしたのか?」
「違う、その狐じゃあなくて! クレイジーフォック―― ああああああ!」
悲鳴が上がるのと同時に畳み掛けるような雪玉の嵐を受けて、一人が雪の中へと消えた。紛らわしい言い方をするなだの、暗殺者怖いだのという声が一班陣地内にこだました。
なお、ライブ映像でその阿鼻叫喚の様子を見ていた第二死神寮の面々と天狐の母は、かまくらの中でストーブを焚き、こたつに入ってぬくぬくと暖をとりながらみかんを頬張っていた。
一方、そのころ。クリスはせっせと可愛らしい雪像をこさせていた。動物モードの天狐にそっくりの、小さな白狐の像だった。彼は開始の合図が上がってからずっと、雪原の至るところに雪像を作って回っていた。短時間で仕上げているわりに出来栄えは素晴らしく、結構な数の参加者が本物と見間違えて捕獲しようとしていたほどだった。
誰もが天狐探索に労力を割いていたときには〈フェイクをそのまま残しておいては、探索の枷となる〉ということで、目につくたびに敵陣営に破壊されていた雪像も、戦力の削ぎ合いへと移行してからは見つかっても捨て置かれれるようになった。そのため、雪原のあちこちに天狐像が点在することとなった。
一体の像を作り終えて満足気に汗を拭ったクリスは、ふと横に気配を感じてそっと視線を落とした。するとそこにはキラキラと目を輝かせて雪像に見入っている白い狐がいて、クリスは苦笑いを浮かべながらそれを抱き上げた。
**********
「――さて、クリストス様。MVPに輝いた方には〈実現可能な範囲内で、願望をひとつだけ叶える〉というご褒美をお約束しておりました。クリストス様は、何を望まれますか?」
閉会式にて、おみつの穏やかな声が響き渡った。表彰台の上では、クリスが照れくさそうにもじもじとしていた。――クリスの作った雪像を嬉しそうに眺めていた狐が、実は本物だったのだ。
結局、制限時間内に全ての天狐が捕獲されたわけではなかった。しかも両軍とも捕獲数は同じでイーブンだったため、〈寮全体に贈られるご褒美〉はキャリーオーバーされることとなった。天狐は〈次回勝利した方の寮のお願いは、ふたつ叶える〉ということを伝えながら、いきなりハードルを上げすぎたことをしょんぼりと謝罪したのだった。
おみつにマイクを向けられたクリスは恥ずかしそうに顔を俯かせると、小さな声で「個展を開きたいんだよね」と言った。秋に天狐の街の写生大会に参加し、その際に〈転生前とは違った気持ちと態度で芸術に臨めた〉というのが彼にとってはとても良いことだったらしく、それ以降彼はスケッチブックを携帯し、暇さえあれば何かを描くということをしていた。どうやら完成した作品が溜まっていくうちに〈いつか個展を開いて、みんなに作品を見てもらいたい〉と思うようになったらしい。
天狐が主催者となることを請け負うと、横にいた母上がにこやかな笑みを浮かべて言った。
「あの雪像はほんまに素晴らしい出来どした。持ち帰って床の間に飾りたいくらい。――天狐ちゃん、あんたの街では素晴らしい技を持つ者を育て、贔屓にしとるのでしょう? だったら、この子のことも、末永く面倒を見ておやりよし」
「うむ! わらわはクリスの〈ぱとろん〉になるのじゃ!」
後日さっそく、第一回目の個展が開かれた。個展のために新規で描くということはせず、すでに完成しているものの中から厳選した作品を展示したのだが、そこには楽しそうな笑みを浮かべる第三死神寮の面々がたくさん描かれていた。もちろん、死神ちゃんをモデルにした絵が一番多く、それを見た死神ちゃんはとても照れくさかったという。
――――物販コーナーも設けられ、一番売れたのはやっぱり〈死神ちゃんをモデルにしたポストカード〉だった。あまりの素晴らしい出来栄えに、死神ちゃん自身もこっそり購入したそうDEATH。
「ねえ、薫。去年の〈冬のもふ殿争奪〉も、こんな感じだったの?」
「ああ、そうだよ」
「ちなみに、どんな内容だったの?」
死神ちゃんは胸の前で腕を組み、それを伸ばしてストレッチをした。そして頬を引きつらせると〈雪原の中で白い小狐を探すという苦行〉について話して聞かせた。クリスはギョッとして口を半開きにすると、うわあと呻き声を漏らした。
「ねえ、もしかして今回も同じことをするのかな」
死神ちゃんは返答の代わりに乾いた声で笑った。クリスは肩を落とすと、憂鬱そうにポツリとこぼした。
「私、肌が浅黒いから雪原の中では目立ちやすいし、リタイアにならないように頑張らなくちゃ……」
「なんだ、何か〈お願い〉でもあるのか?」
「うん、実は。春のときは特にそういうのなくて、楽しければいいやくらいにしか思ってなかったんだけど――」
「それにしても、春はひどかったよな」
死神ちゃんが苦みばしった顔を浮かべると、クリスは苦笑交じりに頷いた。春は第一回目のとき同様に〈天狐の頭上の風船を割る〉という鬼ごっこをして、第一死神寮に軍配が上がった。MVPをとったのは鉄砲玉で、彼は〈ハーレムが欲しい〉という欲望丸出しのお願いをしたのだ。
ハーレムと言われてピンとこなかった天狐は、おみつから「大奥のようなものです」と説明を受けた。そして、天狐は分不相応な願いだと彼を非難した。リアル幼女に非難されたことが悔しかった彼は、それでも願い事の内容を変更するということはしなかった。そして「一度でいいから、たくさんの女子にもみくちゃにされてみたいんだよ!」と彼は叫んだ。結果、〈たくさんの女子にもみくちゃ〉の部分だけが採用され、彼はとても悲惨な目に遭うこととなった。――鉄砲玉の胸部に何やら器具が取り付けられ、天狐がにこにこと笑みを浮かべて「胸についているアレをゲットした女子の願いを、叶えることにするのじゃ!」と宣言したのだ。
「女性陣がまるでバーゲン会場に群がるおばちゃんたちのようで、傍から見ていて本気で怖かったよ。たしかに〈女子にもみくちゃ〉の状態ではあったが、あれはさすがにないわ……」
「あの人、今回も懲りずに参加しているんでしょう? あの人にだけは絶対に負けたくないな。どうせまた、くだらないお願いをするに決まってるもん。せっかく〈四天王〉に直訴する機会を得られるんだから、自分だけでは到底無理そうなことをお願いするべきだと思うんだよね」
「まあ、あいつの〈ハーレム〉も十分に〈自分では無理なこと〉だがな」
そう言って死神ちゃんが鼻を鳴らすと、開会式を始めるというアナウンスが流れた。
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ギルドがイベントを始めたことによって、今月は死神課にとって大忙しの月となった。しかしながら、それはそれとして〈もふ殿争奪〉は予定通りに開催されることとなった。忙しい中でも、みんなが楽しみにしているものなのだから、中止せずに全力投球しようということだそうだ。
おみつはにっこりと微笑むと「今回は前回とは少々ルールが異なります」と言った。参加者が目を瞬かせたり首を傾げさせたりする中、天狐がニヤニヤとした笑みを浮かべて中央へと進み出た。彼女はとても嬉しそうな素振りを見せながら、元気よく「特別ゲストを紹介するのじゃ!」と言った。言われて出てきたのは、なんと天狐の母親だった。
「わらわはまだこの術を習得しておらぬのでの、母上にお願いしてかけてもらうのじゃ!」
死神ちゃんはほっこりとした笑みを浮かべると「お母さんが来ているから嬉しそうだったんだな」と、隣にいたマッコイとこっそり話した。その合間に、天狐は動物モードへと変身した。そして、マッコイが死神ちゃんに「そうね」と返すのと同じタイミングで天狐が増えた。死神ちゃんたち参加者一同はギョッと目を見開いて九匹の白狐を凝視すると、心の中で思いっきり叫んだ。――何故増えた!?
「今回は、最も多くお館様を捕獲なさった寮が勝ちです。そして〈本物のお館様〉を捕獲なさった方をMVPとします。つまり、どちらかの寮が五匹捕獲に成功して勝利を確定させたとしても、それで終了ではございません。〈本物〉が捕獲されるまでゲームは続きます。〈本物〉を捕獲なさった方がMVPですので、たとえば〈第一死神寮に軍配は上がったけれども、MVPは第三の方〉ということもあり得ます。なお、九匹のうち、少し体の大きな個体が〈本物のお館様〉です」
一同がどよめくのもお構いなしに、おみつは淡々と説明をした。そしてゲーム開始の合図が上がると、参加者はハードルがガン上がりしたことに意気消沈して「どうして増えた」と呟きながら、トボトボと自軍の陣地へと移動していった。
誰もが最初のうちは雪合戦によって互いに潰し合うということよりも、九匹に分かれた小さな的を探すことに注力した。そして至るところから多重音声で聞こえてくるコヤアに、参加者たちは大いに振り回された。去年同様におっさん臭いやつもフェイクとして混ざっており、探すだけで疲弊した一同は〈去年同様に、まずは雪合戦で潰しあってからゆっくり探したほうが得策のようだ〉という考えに至った。
去年はどちらの寮も戦闘組と捜索組に別れて行動していたのだが、そのようなこともあって今年は戦闘に全力投球となった。難易度が増したゲームへの不満の八つ当たりをするかのように、一同は力の限り雪玉を投げあった。時おり、放置プレイの憂き目に遭った天狐の数匹が雪投げ戦場にちょろちょろと入り込み、そのたびに戦いは中断され捕獲作戦へと切り替えられた。素早く逃げ惑う天狐を押し合いへし合いしながら追いかけ、気の逸った者が偽物を掴まされた。
チベスナが捕獲されるたびに、一同はチベスナに向かって怒りの雪玉責めを行った。しかし雪玉が舞うのと同時にチベスナも宙を舞い、偽物を掴まされた者が代わりに埋められそのままリタイアしていった。その都度、ほくそ笑むようにコヤアとおっさん臭い声をチベスナが上げ、一同の怒りはさらに増した。
「もう嫌だよ! あちし、こんな苦行、耐えられない! もう、ゴーレム創って一掃していいよね? 一掃していいよね!?」
「それだと、天狐ちゃんまで巻き込むだろうが! もうしばし耐えろ! 統率力は我軍のほうが圧倒的に高い! だから――」
「うえーん、軍曹の鬼モード、怖いったら!」
癇癪を起こしたピエロの本体を、苛立ったケイティーはうっかり投げ飛ばした。雪原の何処かへと消えたぬいぐるみを探すべく一班の一部メンバーが雪投げ合戦から離脱すると、それに乗じて三班は一気に攻め込んだ。
一班のメンバーは悲鳴を上げて次々と消えていった。何が起きているかが分からない、得体の知れない恐怖が一班の中にじわじわと広がっていく中、一人がハッと息を飲んで叫んだ。
「狐だ! 狐がいるんだ! この中に、狐がいる!」
「もふ殿か? それともチベスナか? でも、二人とも攻撃はしてこないことになっているだろう。お前、それこそ狐に化かされでもしたのか?」
「違う、その狐じゃあなくて! クレイジーフォック―― ああああああ!」
悲鳴が上がるのと同時に畳み掛けるような雪玉の嵐を受けて、一人が雪の中へと消えた。紛らわしい言い方をするなだの、暗殺者怖いだのという声が一班陣地内にこだました。
なお、ライブ映像でその阿鼻叫喚の様子を見ていた第二死神寮の面々と天狐の母は、かまくらの中でストーブを焚き、こたつに入ってぬくぬくと暖をとりながらみかんを頬張っていた。
一方、そのころ。クリスはせっせと可愛らしい雪像をこさせていた。動物モードの天狐にそっくりの、小さな白狐の像だった。彼は開始の合図が上がってからずっと、雪原の至るところに雪像を作って回っていた。短時間で仕上げているわりに出来栄えは素晴らしく、結構な数の参加者が本物と見間違えて捕獲しようとしていたほどだった。
誰もが天狐探索に労力を割いていたときには〈フェイクをそのまま残しておいては、探索の枷となる〉ということで、目につくたびに敵陣営に破壊されていた雪像も、戦力の削ぎ合いへと移行してからは見つかっても捨て置かれれるようになった。そのため、雪原のあちこちに天狐像が点在することとなった。
一体の像を作り終えて満足気に汗を拭ったクリスは、ふと横に気配を感じてそっと視線を落とした。するとそこにはキラキラと目を輝かせて雪像に見入っている白い狐がいて、クリスは苦笑いを浮かべながらそれを抱き上げた。
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「――さて、クリストス様。MVPに輝いた方には〈実現可能な範囲内で、願望をひとつだけ叶える〉というご褒美をお約束しておりました。クリストス様は、何を望まれますか?」
閉会式にて、おみつの穏やかな声が響き渡った。表彰台の上では、クリスが照れくさそうにもじもじとしていた。――クリスの作った雪像を嬉しそうに眺めていた狐が、実は本物だったのだ。
結局、制限時間内に全ての天狐が捕獲されたわけではなかった。しかも両軍とも捕獲数は同じでイーブンだったため、〈寮全体に贈られるご褒美〉はキャリーオーバーされることとなった。天狐は〈次回勝利した方の寮のお願いは、ふたつ叶える〉ということを伝えながら、いきなりハードルを上げすぎたことをしょんぼりと謝罪したのだった。
おみつにマイクを向けられたクリスは恥ずかしそうに顔を俯かせると、小さな声で「個展を開きたいんだよね」と言った。秋に天狐の街の写生大会に参加し、その際に〈転生前とは違った気持ちと態度で芸術に臨めた〉というのが彼にとってはとても良いことだったらしく、それ以降彼はスケッチブックを携帯し、暇さえあれば何かを描くということをしていた。どうやら完成した作品が溜まっていくうちに〈いつか個展を開いて、みんなに作品を見てもらいたい〉と思うようになったらしい。
天狐が主催者となることを請け負うと、横にいた母上がにこやかな笑みを浮かべて言った。
「あの雪像はほんまに素晴らしい出来どした。持ち帰って床の間に飾りたいくらい。――天狐ちゃん、あんたの街では素晴らしい技を持つ者を育て、贔屓にしとるのでしょう? だったら、この子のことも、末永く面倒を見ておやりよし」
「うむ! わらわはクリスの〈ぱとろん〉になるのじゃ!」
後日さっそく、第一回目の個展が開かれた。個展のために新規で描くということはせず、すでに完成しているものの中から厳選した作品を展示したのだが、そこには楽しそうな笑みを浮かべる第三死神寮の面々がたくさん描かれていた。もちろん、死神ちゃんをモデルにした絵が一番多く、それを見た死神ちゃんはとても照れくさかったという。
――――物販コーナーも設けられ、一番売れたのはやっぱり〈死神ちゃんをモデルにしたポストカード〉だった。あまりの素晴らしい出来栄えに、死神ちゃん自身もこっそり購入したそうDEATH。
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