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* 死神生活三年目&more *
第245話 世界に一人だけの小花②
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毎年恒例の拷問のような健康診断を終え、ヘロヘロになった死神ちゃんは一刻も早く寮に帰るべく身支度を整えていた。これでようやく解放されると思っていた死神ちゃんは、帰り際にビット所長に呼び止められて思わず苦い顔をした。すると、ビットは目をチカチカと光らせながら小首をかしげて言った。
「小花薫よ、どうして露骨に嫌そうな顔をするのだ。お前にとって、これは吉報であると思うのだが」
「吉報なんですか。だったら、もったいぶらずに早く話してください」
そう言って嫌々ながらも死神ちゃんがビッドに続きを促すと、彼は目を得意げにピンクに光らせて胸を張った。
「お前を元の姿に戻そうプロジェクトにて開発を進めていたものの、試作一号が完成したのだ」
「そういうことは早く言ってくださいよ! 何を作ったんですか!? 早く試しましょうよ!」
死神ちゃんは先ほどとは打って変わって嬉々とした態度でビットを急かしたが、彼はあくまでもマイペースに白衣のポケットをゴソゴソと漁った。そしてそこから何やらを取り出すと、死神ちゃんの左手首をぞんざいに引っ掴んで先ほどポケットから取り出した〈何か〉を親指に取り付けた。それは指輪のようなもので、輪の三分の二は金属質な何かでできていたのだが、残りの三分の一ほどはほんのりと白く光っていた。
「現在のお前がそのような姿であるのは、魔道士様の強力な魔法がお前の〈中〉に楔を打っているような状態だからだ。その楔を、特別な魔電流を流すことによって取り除く。では小花薫よ、その白く光っている部分を押下してみるのだ」
死神ちゃんは言われるがまま、光っている部分をカチリと押し込んだ。特に何も起きたような気はせず、死神ちゃんは顔をしかめた。するとビットが何かを確認するかのようにゆっくりと首を左右に振り、少ししてからポツリとこぼした。
「うむ。さっそく、不具合発生だな」
死神ちゃんは再び左右に首を振り、そして不思議そうに首を傾げたビットの視線を追いかけた。そして互いに顔を合わせると、声の限りに叫んだ。
「何だこりゃああああああ!」
**********
第三死神寮の住人たちは、少々疲れた表情を浮かべて帰ってきたマッコイを見てギョッとした。彼は両手に食材の詰まった買い物袋を下げており、抱っこ紐とおんぶ紐を使用して二人の死神ちゃんを連れ帰ってきたのだ。
「えっ、前にも後ろにも薫ちゃん……? どういうことなの……?」
「さすがに合計三十キロオーバーは重かったわ」
「いやいや、そういうことじゃなくて。まあ、そりゃあそうだろうけども」
戸惑う住人たちを他所にマッコイがマイペースに荷物を一旦床に下ろすと、泥のように眠っていた死神ちゃんが二人同時に目を覚ました。
「あ、何、もう寮に着いたのか? ちょっと待て、浮くから」
死神ちゃんたちが浮遊靴を駆使してほんの少しだけ浮かび上がると、マッコイは抱っこ紐とおんぶ紐を解いた。紐を丁寧にまとめるマッコイの横に降り立ち靴を脱ぐ死神ちゃんたちを見つめると、同居人たちは改めて「どういうことなの」と尋ねた。死神ちゃんは不機嫌に眉根を寄せると、一言「不具合です」とだけ答えた。
件の指輪は、白い光を放っている状態で一度スイッチを入れると、光が白から赤へと変わる。スイッチを入れっぱなしの状態で丸一日は元の状態に戻ることができ、二十四時間が経過するかもしくは途中でスイッチを切ると幼女の姿へと戻るという仕組みになっていた。一度スイッチが切れると光が消えて自動で電力のチャージが始まり、一ヶ月後にはまた白く輝き再使用が可能となるそうだ。
研究を続け、ゆくゆくはチャージ時間を短くしていきたいそうなのだが、改良作業に移る前のテスト使用にて重大な不具合が発生した。――何故か、死神ちゃんが増えてしまったのである。
「何度スイッチを押しても切れないし。二十四時間後にきちんと効果が終わるかも謎だし。唯一の救いは、メシ代がビット所長持ちだってことだけだよ」
「ああ、薫ちゃん、人一倍食うもんな。それが二人に増えたんじゃあ、たしかに懐寒くなりそうだもんな。――ていうか、どっちも薫ちゃんなんだよな?」
「おう、そうだよ。体は二つに増えたが、意識は共有しているし。だから、どっちも俺だよ。――せっかく拷問のような検査が終わって帰れると思ったのに、増えたせいでまた検査のやり直しだったよ。おかげで、いつも以上に疲れて眠たくなったし、腹が減ったし……」
死神ちゃんたちは同居人たちからの質問に交互に答えると、腹の虫を同時に鳴らしておなかを抱え、同時にしょんぼりとうなだれた。同居人たちが驚きで何も言えずにいると、マッコイが「薫ちゃん、ご飯よ」と声をかけてきた。死神ちゃんたちは喜々とした様子でリビングから出ていったが、同居人たちは呆然としたままだった。
案の定、死神ちゃんは〈二人で一人分〉ではなく〈二人それぞれに一人分〉の食事を平らげた。空腹が満たされて幸せそうにふんぞり返っている死神ちゃんに笑いかけると、マッコイは「デザートはどうする? プリンがあるわよ」と言った。死神ちゃんが嬉しそうに笑ってプリンを所望すると、マッコイはうなずいて空いた食器を片付けるべく席を立った。そして、プリンを持って戻ってきたマッコイは呆然とすると、表情もなくポツリと呟いた。
「どうして増えているのよ」
「それは、俺が知りたい」
マッコイの目の前には、ローテーブルを背にして膝を抱えていじける死神ちゃんが三人いたのだった。
**********
夜遅く。第三死神寮の住人たちはぐったりとした様子で帰ってきたマッコイを見てギョッとした。彼は抱っこ紐とおんぶ紐を使用し、さらには二人用のキッズバギーも利用して四人の死神ちゃんを連れて帰ってきたのだ。
「えっ、さらに増えてるって、どういうこと……?」
「さすがに、合計六十キロオーバーはキツかったわ……」
「いやいや、そういうことじゃなくて。まあ、そりゃあそうだろうけども……」
彼らがそんなやり取りをしていると、四人の死神ちゃんは同時に目を覚ました。そしてバギーに乗っている二人はもぞもぞとシートベルトを自分で外し、マッコイに抱えられている二人は前回同様に少しだけ浮遊した。
死神ちゃんが三人に増えたことを報告すると、ビットは「今すぐ連れてこい」と言い出した。そしてまたもや検査を行い、死神ちゃんたちは食事で回復したエネルギーを全て使い果たしたのだった。
「どうやら、食後に水を飲んだのが原因らしくて。いつもは食べる合間にも飲むんだが、今日は腹が減りすぎて食べることに集中していたんだよ。でもって、食べ終わってから一人だけ水を飲んだんだ。もしも同時に飲んでいたら、その時点で四人になっていただろうよ」
「今四人になっているということは、検査の時に何か飲まされたんだ?」
「ああ、確認のためとか言ってな。原因が発覚したことで、水分補給が禁止されたよ。メシも念のために汁物は禁止だし、風呂もやめとけだとさ」
「良かったな。水で増えたヤツラが別の人格を持たなくて。たしか、そういう映画、あったろ?」
「ああ、じゃあ、お夜食も禁止だね。だって、凶暴化しちゃうもんね」
死神ちゃんは同居人たちを睨みつけると「俺をどこぞの不思議生物と一緒にするな」と憤った。すると、マッコイが「薫ちゃん、蒸しタオルできたわよ」と声をかけてきた。死神ちゃんたちは眠たそうに目をこすりながら、フラフラとリビングを後にした。同居人たちはぞろぞろと列を成して去っていく死神ちゃんたちの背中を呆然と見つめると、自分達もそろそろ就寝しようと部屋に帰っていった。
死神ちゃんたちは個々に体を拭ったあとで、互いの背中を拭いた。ご飯から立ち上る湯気では増えなかったため、蒸しタオルなら大丈夫だろうということで、体を拭うくらいはしようということになったのだ。その合間にマッコイがパジャマを用意してくれようとしたのだが、死神ちゃんたちは〈寝ている間に元に戻ったとして、着ているパジャマが三着分消滅してしまうのか、それとも一着の新しいパジャマが誕生するのかが分からない〉という理由でパジャマを辞退した。
体を拭い終えてすっきりとした死神ちゃんたちは、パンツ一丁のまま布団へと潜り込んだ。そしてベッドを横に使って四人並んで寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。
翌日、死神ちゃんたちは〈勤務中に増える事態が起こったら対処に困る〉という理由で休むようにと言い渡された。そのため、死神ちゃんたちは四人揃って共用のリビングで突然訪れた休日を満喫した。一人は春用ニットを編み、一人は読書を楽しんだ。もう一人は同居人たちとボードゲームに興じ、さらにもう一人は部屋の片隅で筋トレを行った。
仕事を終えて帰ってきたマッコイは、リビングに顔を出すと四人の死神ちゃんがそれぞれ楽しそうに過ごしているのを見て困った顔を浮かべた。
「あら、もう二十四時間経っているでしょうに、まだ戻れていないのね」
「そうなんだよ。報告入れたら〈検査に来い〉って言うから、そろそろ出かけようかと思っていたところだよ」
「お夕飯、外で済ませる? もう元に戻れていると思ったから、いつも通りの量しか買い出ししていないのよ」
「……いや、できたら作って欲しい。昼間、メシを食いに出たら、ちょっとした騒ぎになったんだよ」
死神ちゃんたちは、〈疲れた〉と言わんばかりに頬を引きつらせて嘆息した。前日の騒動で疲れ果てた死神ちゃんたちは、お昼近くまで寝ていた。そのため、お昼が一食目の食事となった。〈せっかくの休日だから、お気に入りのお店でのんびりと食事をしよう〉と思って別の課の居住区まで足を運んだ死神ちゃんたちは、人と行き交うごとに驚かれ、動揺され、質問攻めにあったのだ。
再びため息をついた死神ちゃんたちに苦笑いを浮かべると、マッコイは夕飯を作ることを請け負った。死神ちゃんたちは礼を述べると、とぼとぼと検査に向かっていった。
手早く追加の買い物と夕飯の調理を済ませ、検査に疲れ果てた死神ちゃんたちを迎えに行ったマッコイは、帰り道にケイティーと遭遇した。ケイティーは〈噂の死神ちゃん四人衆〉にうっとりと目を輝かせると、一人連れ帰ってもいいかと尋ねてきた。マッコイが難色を示すと、ケイティーはさらに付け加えた。
「四人も面倒見なくちゃいけないの、大変だろ? 風呂とか、どうするんだよ」
「増えるかもしれないからということで、禁止されているのよ。だから体を拭うにとどめているんだけど、薫ちゃん、自分で済ませてくれるから。だから別に、大変だとか困っているとか、そういうのはないけれど」
「でも実際、あんた今、疲れてるじゃん。――ね、ほら、お姉ちゃんが少し肩代わりしてあげるから」
「そんなことないし。いいわよ、別に」
「まあまあ、ほら、遠慮せずに。ね?」
そう言って、ケイティーは無理やり、バギーに乗る死神ちゃんを一人連れ帰ってしまった。彼女が〈可愛い弟(妹)分の心配をしている〉と見せかけて、本心は〈そんなに可愛いのがいるなら、一人くらい分けて欲しい〉と思っているだろうというのはみえみえだった。
寮に戻ると、三人に減った死神ちゃんを見て同居人たちが一斉に首を傾げさせた。マッコイが事の次第を説明していると、噂を聞きつけてやって来たアリサが目を輝かせ、一人連れ帰ってもいいかと尋ねてきた。拒否するマッコイに、アリサはケイティーと同じようなことを言い、さらには「このプロジェクトの責任者は私だから。責任を取らないと」という理由をつけてバギーごと死神ちゃんを一人連れ去った。やはり彼女も、ケイティー同様の邪な思いが透けて見えていた。
嵐のように、しかも立て続けに死神ちゃんを拉致されたマッコイは呆然と立ちすくんでいた。すると、同居人のひとりがポツリと呟いた。
「すごい勢いでドナドナされていくなあ」
「俺は牛かよ」
「よく食べてよく寝るところがそっくりだろ?」
いつの間にか起きていた死神ちゃんたちがムッとして口を尖らせると、同居人は苦笑交じりに肩をすくめた。すると、今度は天狐がおみつを伴ってやってきた。〈死神ちゃんが増えた〉ということを聞きつけた天狐は、本当なら日中の内にその珍光景を窺いに来たかったそうだ。しかし〈おべんきょう〉の予定が入っていた彼女は、それが叶わなかったという。
「噂によると、四人に増えたと聞いておったのじゃがの。二人に減っておるのじゃ。日中に来ることができておったら、四人のお花と会えたのかのう?」
「ああ、そうだな。ちなみに、寝ている間にケイティーとアリサに拉致されて、それで減ったらしいぜ。全く、困っちゃうよな」
「ぬぬ!? おケイとアリサは、お花を連れ帰ったのかえ!? なら、わらわとも一緒に帰るのじゃ! これから毎日、一緒に〈おべんきょう〉したり遊んだりするのじゃ!」
おみつが「わがままを言ってはいけません」と天狐を窘めたが、大人二人がお持ち帰りを行っているだけに、天狐はとても不服そうだった。死神ちゃんたちは困ったように笑うと、マッコイを見上げた。マッコイが苦笑いを返すと、死神ちゃんたちは「じゃあ、一日だけ」と言って天狐の城でのお泊りを了承した。
死神ちゃんの一人と手を繋ぎながら嬉しそうに帰っていく天狐を見送ると、アリサの騒動の際にエントランスに顔を出していたクリスがポツリと「私も一人欲しいな」とこぼした。すると、やはり同じタイミングでやって来ていたペドがウキウキとした調子で「水を飲んでもらおう。幼女増量計画、発足!」と言い出した。
死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、二人は死神ちゃんに平謝りした。すると、何故か死神ちゃんではなくマッコイが小さな声で「許さない」と言った。同居人たちが驚いて目を丸くすると、彼は眉根を寄せて静かに怒った。
「薫ちゃんは牛ではないし、アタシだって牧場主やブリーダーじゃないのに!」
そのままポロポロと泣き出した彼は、謝罪の言葉を口にして寮長室へと駆け込んだ。
死神ちゃんはマッコイのあとを追ったのだが、彼はすでに寮長室にはいなかった。死神ちゃんはそのさらに奥にある彼の自室のドアをノックすると、返事を待つことなく部屋に入った。すると、彼は暗いままの部屋の中で床に座り込み、クマのゴ◯ゴを抱きかかえて泣いていた。死神ちゃんは部屋の灯りをつけると、マッコイに近寄った。
「一体、どうしたんだよ」
「だって、天狐ちゃんは別としても、みんな、ひどいわよ。薫ちゃんのこと、まるで家畜みたいな扱いして。アタシのことも、まるで牧場主扱いだし」
「みんな、別にそういう風には思っていないだろうし、悪気はないはずだぜ」
「だから余計に質が悪いんじゃない。だから簡単に、〈私も欲しい〉とか〈じゃあ増やそう〉とか言うんでしょう? 突然複数に増えたからって、〈薫ちゃん〉という個人をまるで種族のように捉えるようになって。それで『一人くらい、連れて帰ってもいいでしょう?』とか『一人でも減ったほうが、世話するあなたは楽になるでしょう?』とか。そういう順応、アタシはいらないし、したくないわ」
マッコイはグズッと鼻を鳴らすと、ゴ◯ゴを抱え直した。そしてポツポツと話を続けた。
「薫ちゃんが薫ちゃんである《・》かぎりは、姿が変わろうとも、人数が増えようとも、薫ちゃんは薫ちゃんなのよ。〈小花薫という、一人の男性〉なのよ。だから、幼女の姿をしていて、それが物理的に大勢いて、実際に複数人を相手にしていたとしても、アタシは〈一人の殿方と接している〉としか思っていないの。だって、薫ちゃんという存在は唯一無二、世界に一人だけ、オンリーワンでしょう? なのに、みんなは薫ちゃんが物理的に増えたからって、勝手に薫ちゃんの存在を増やして、勝手に間引いていく。薫ちゃんは、一人なのに。――ごめんなさい。何を言ってるのか、さっぱり分からないわよね」
死神ちゃんは優しげに目尻を下げると、涙で濡れたままの頬を拭ってやりながら「言わんとしていることは、分かるよ」と言った。そして死神ちゃんはベッドによじ登って腰を下ろすと、マッコイに向かって腕を広げた。彼はスンと鼻を鳴らすと、お言葉に甘えて、死神ちゃんの小さな胸に頭を預けた。
「たしかに、四人同時に出先で寝られたら大変だけれど、それ以外は全然何とも思っていないのに。本当に大丈夫なのに、連れて帰りたいからって勝手に〈大変でしょ〉って決めつけて。しかも、アタシのことを無視するだけならまだしも、薫ちゃん本人に了承をとらないで連れていくし。薫ちゃんのこと、一体何だと思っているのよ。失礼しちゃうわ」
「お前は本当に優しいな。自分を蔑ろにされたことよりも、俺が受けたことに対して怒って泣くんだから」
言いながら、死神ちゃんは彼を落ち着かせるようにポンポンと肩を叩いた。だって、と言ってマッコイが顔をあげると、それと同時に部屋のドアが開いた。驚いたマッコイは死神ちゃんから慌てて離れると、丸くした目を瞬かせた。部屋に入ってきたのは、三人の死神ちゃんだったからだ。マッコイが「何で?」と呟くと、死神ちゃん達は肩をすくめて声を揃えた。
「夢の国のキャラクターってさ、同時間帯に複数の場所にいても〈複数はいません。一人です〉と言い張るだろう?」
「そうね。それが何か?」
「あれには〈あなたは一人しか見ていないんだから、あなたの目の前にいる一人しか、そのキャラはいないんですよ〉という理屈があるだろう? それの逆だよ。だって、一人しかいないはずの俺が、複数の場所に同時にいたらおかしいだろう? だから、帰ってきた」
マッコイはきょとんとした顔で二、三度目を瞬かせると、一転してクスクスと笑いだした。
「でも、いいの? 天狐ちゃん、がっかりしたんじゃない?」
「あいつ、帰り道ではしゃぎすぎて、城に着く前に寝ちまったんだよ。だから、俺が帰ったことも知らない……おっと、元に戻った」
話している途中で、死神ちゃんはポンと音を立てて一人に戻った。ひと心地ついたという体で肩をストンと落としながら、死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「一人では大変な身支度も、手分けしてやるとできるからさ。複数人いるのも悪くはないかもとか思ったんだが。やっぱり、俺という存在は俺一人で十分だし、一人のほうがしっくりくるな」
「当たり前でしょう。薫ちゃんは、世界で一人だけ。オンリーワンなんだから」
死神ちゃんは嬉しそうな笑みをマッコイに見せた。しかし、耳につけていた洗濯ばさみ型の測定器から送られてきたデータによって〈死神ちゃんが一人に戻った〉ということを知ったビットが、無情にも出頭要請の無線を入れてきた。何だかんだあっていまだにご飯が食べられず空腹だった死神ちゃんは「今からですか!?」と声をひっくり返すと、がっくりと背中を丸め、とぼとぼと検査に向かった。
後日、〈勝手に帰ってしまったことのお詫び〉を持参して、死神ちゃんは天狐のもとに遊びに行った。すると、天狐は残念がるよりも〈元に戻ってよかった〉と喜んでくれた。しかし、死神ちゃんが「四人いると身支度が楽だった」という話をすると、彼女は「やっぱり、一緒に〈おべんきょう〉するのじゃ!」と言って目を輝かせた。どうやら、一緒に妖術を学んで分身の術を使えるようになろうということらしい。死神ちゃんはにっこりと笑うと、丁重にお断りしたのだった。
――――死神は魔法生物だから魔法だったら覚えられそうだけど、さすがに妖術はちょっと系統が違って無理なんじゃないかと死神ちゃんは思ったそうDEATH。
「小花薫よ、どうして露骨に嫌そうな顔をするのだ。お前にとって、これは吉報であると思うのだが」
「吉報なんですか。だったら、もったいぶらずに早く話してください」
そう言って嫌々ながらも死神ちゃんがビッドに続きを促すと、彼は目を得意げにピンクに光らせて胸を張った。
「お前を元の姿に戻そうプロジェクトにて開発を進めていたものの、試作一号が完成したのだ」
「そういうことは早く言ってくださいよ! 何を作ったんですか!? 早く試しましょうよ!」
死神ちゃんは先ほどとは打って変わって嬉々とした態度でビットを急かしたが、彼はあくまでもマイペースに白衣のポケットをゴソゴソと漁った。そしてそこから何やらを取り出すと、死神ちゃんの左手首をぞんざいに引っ掴んで先ほどポケットから取り出した〈何か〉を親指に取り付けた。それは指輪のようなもので、輪の三分の二は金属質な何かでできていたのだが、残りの三分の一ほどはほんのりと白く光っていた。
「現在のお前がそのような姿であるのは、魔道士様の強力な魔法がお前の〈中〉に楔を打っているような状態だからだ。その楔を、特別な魔電流を流すことによって取り除く。では小花薫よ、その白く光っている部分を押下してみるのだ」
死神ちゃんは言われるがまま、光っている部分をカチリと押し込んだ。特に何も起きたような気はせず、死神ちゃんは顔をしかめた。するとビットが何かを確認するかのようにゆっくりと首を左右に振り、少ししてからポツリとこぼした。
「うむ。さっそく、不具合発生だな」
死神ちゃんは再び左右に首を振り、そして不思議そうに首を傾げたビットの視線を追いかけた。そして互いに顔を合わせると、声の限りに叫んだ。
「何だこりゃああああああ!」
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第三死神寮の住人たちは、少々疲れた表情を浮かべて帰ってきたマッコイを見てギョッとした。彼は両手に食材の詰まった買い物袋を下げており、抱っこ紐とおんぶ紐を使用して二人の死神ちゃんを連れ帰ってきたのだ。
「えっ、前にも後ろにも薫ちゃん……? どういうことなの……?」
「さすがに合計三十キロオーバーは重かったわ」
「いやいや、そういうことじゃなくて。まあ、そりゃあそうだろうけども」
戸惑う住人たちを他所にマッコイがマイペースに荷物を一旦床に下ろすと、泥のように眠っていた死神ちゃんが二人同時に目を覚ました。
「あ、何、もう寮に着いたのか? ちょっと待て、浮くから」
死神ちゃんたちが浮遊靴を駆使してほんの少しだけ浮かび上がると、マッコイは抱っこ紐とおんぶ紐を解いた。紐を丁寧にまとめるマッコイの横に降り立ち靴を脱ぐ死神ちゃんたちを見つめると、同居人たちは改めて「どういうことなの」と尋ねた。死神ちゃんは不機嫌に眉根を寄せると、一言「不具合です」とだけ答えた。
件の指輪は、白い光を放っている状態で一度スイッチを入れると、光が白から赤へと変わる。スイッチを入れっぱなしの状態で丸一日は元の状態に戻ることができ、二十四時間が経過するかもしくは途中でスイッチを切ると幼女の姿へと戻るという仕組みになっていた。一度スイッチが切れると光が消えて自動で電力のチャージが始まり、一ヶ月後にはまた白く輝き再使用が可能となるそうだ。
研究を続け、ゆくゆくはチャージ時間を短くしていきたいそうなのだが、改良作業に移る前のテスト使用にて重大な不具合が発生した。――何故か、死神ちゃんが増えてしまったのである。
「何度スイッチを押しても切れないし。二十四時間後にきちんと効果が終わるかも謎だし。唯一の救いは、メシ代がビット所長持ちだってことだけだよ」
「ああ、薫ちゃん、人一倍食うもんな。それが二人に増えたんじゃあ、たしかに懐寒くなりそうだもんな。――ていうか、どっちも薫ちゃんなんだよな?」
「おう、そうだよ。体は二つに増えたが、意識は共有しているし。だから、どっちも俺だよ。――せっかく拷問のような検査が終わって帰れると思ったのに、増えたせいでまた検査のやり直しだったよ。おかげで、いつも以上に疲れて眠たくなったし、腹が減ったし……」
死神ちゃんたちは同居人たちからの質問に交互に答えると、腹の虫を同時に鳴らしておなかを抱え、同時にしょんぼりとうなだれた。同居人たちが驚きで何も言えずにいると、マッコイが「薫ちゃん、ご飯よ」と声をかけてきた。死神ちゃんたちは喜々とした様子でリビングから出ていったが、同居人たちは呆然としたままだった。
案の定、死神ちゃんは〈二人で一人分〉ではなく〈二人それぞれに一人分〉の食事を平らげた。空腹が満たされて幸せそうにふんぞり返っている死神ちゃんに笑いかけると、マッコイは「デザートはどうする? プリンがあるわよ」と言った。死神ちゃんが嬉しそうに笑ってプリンを所望すると、マッコイはうなずいて空いた食器を片付けるべく席を立った。そして、プリンを持って戻ってきたマッコイは呆然とすると、表情もなくポツリと呟いた。
「どうして増えているのよ」
「それは、俺が知りたい」
マッコイの目の前には、ローテーブルを背にして膝を抱えていじける死神ちゃんが三人いたのだった。
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夜遅く。第三死神寮の住人たちはぐったりとした様子で帰ってきたマッコイを見てギョッとした。彼は抱っこ紐とおんぶ紐を使用し、さらには二人用のキッズバギーも利用して四人の死神ちゃんを連れて帰ってきたのだ。
「えっ、さらに増えてるって、どういうこと……?」
「さすがに、合計六十キロオーバーはキツかったわ……」
「いやいや、そういうことじゃなくて。まあ、そりゃあそうだろうけども……」
彼らがそんなやり取りをしていると、四人の死神ちゃんは同時に目を覚ました。そしてバギーに乗っている二人はもぞもぞとシートベルトを自分で外し、マッコイに抱えられている二人は前回同様に少しだけ浮遊した。
死神ちゃんが三人に増えたことを報告すると、ビットは「今すぐ連れてこい」と言い出した。そしてまたもや検査を行い、死神ちゃんたちは食事で回復したエネルギーを全て使い果たしたのだった。
「どうやら、食後に水を飲んだのが原因らしくて。いつもは食べる合間にも飲むんだが、今日は腹が減りすぎて食べることに集中していたんだよ。でもって、食べ終わってから一人だけ水を飲んだんだ。もしも同時に飲んでいたら、その時点で四人になっていただろうよ」
「今四人になっているということは、検査の時に何か飲まされたんだ?」
「ああ、確認のためとか言ってな。原因が発覚したことで、水分補給が禁止されたよ。メシも念のために汁物は禁止だし、風呂もやめとけだとさ」
「良かったな。水で増えたヤツラが別の人格を持たなくて。たしか、そういう映画、あったろ?」
「ああ、じゃあ、お夜食も禁止だね。だって、凶暴化しちゃうもんね」
死神ちゃんは同居人たちを睨みつけると「俺をどこぞの不思議生物と一緒にするな」と憤った。すると、マッコイが「薫ちゃん、蒸しタオルできたわよ」と声をかけてきた。死神ちゃんたちは眠たそうに目をこすりながら、フラフラとリビングを後にした。同居人たちはぞろぞろと列を成して去っていく死神ちゃんたちの背中を呆然と見つめると、自分達もそろそろ就寝しようと部屋に帰っていった。
死神ちゃんたちは個々に体を拭ったあとで、互いの背中を拭いた。ご飯から立ち上る湯気では増えなかったため、蒸しタオルなら大丈夫だろうということで、体を拭うくらいはしようということになったのだ。その合間にマッコイがパジャマを用意してくれようとしたのだが、死神ちゃんたちは〈寝ている間に元に戻ったとして、着ているパジャマが三着分消滅してしまうのか、それとも一着の新しいパジャマが誕生するのかが分からない〉という理由でパジャマを辞退した。
体を拭い終えてすっきりとした死神ちゃんたちは、パンツ一丁のまま布団へと潜り込んだ。そしてベッドを横に使って四人並んで寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。
翌日、死神ちゃんたちは〈勤務中に増える事態が起こったら対処に困る〉という理由で休むようにと言い渡された。そのため、死神ちゃんたちは四人揃って共用のリビングで突然訪れた休日を満喫した。一人は春用ニットを編み、一人は読書を楽しんだ。もう一人は同居人たちとボードゲームに興じ、さらにもう一人は部屋の片隅で筋トレを行った。
仕事を終えて帰ってきたマッコイは、リビングに顔を出すと四人の死神ちゃんがそれぞれ楽しそうに過ごしているのを見て困った顔を浮かべた。
「あら、もう二十四時間経っているでしょうに、まだ戻れていないのね」
「そうなんだよ。報告入れたら〈検査に来い〉って言うから、そろそろ出かけようかと思っていたところだよ」
「お夕飯、外で済ませる? もう元に戻れていると思ったから、いつも通りの量しか買い出ししていないのよ」
「……いや、できたら作って欲しい。昼間、メシを食いに出たら、ちょっとした騒ぎになったんだよ」
死神ちゃんたちは、〈疲れた〉と言わんばかりに頬を引きつらせて嘆息した。前日の騒動で疲れ果てた死神ちゃんたちは、お昼近くまで寝ていた。そのため、お昼が一食目の食事となった。〈せっかくの休日だから、お気に入りのお店でのんびりと食事をしよう〉と思って別の課の居住区まで足を運んだ死神ちゃんたちは、人と行き交うごとに驚かれ、動揺され、質問攻めにあったのだ。
再びため息をついた死神ちゃんたちに苦笑いを浮かべると、マッコイは夕飯を作ることを請け負った。死神ちゃんたちは礼を述べると、とぼとぼと検査に向かっていった。
手早く追加の買い物と夕飯の調理を済ませ、検査に疲れ果てた死神ちゃんたちを迎えに行ったマッコイは、帰り道にケイティーと遭遇した。ケイティーは〈噂の死神ちゃん四人衆〉にうっとりと目を輝かせると、一人連れ帰ってもいいかと尋ねてきた。マッコイが難色を示すと、ケイティーはさらに付け加えた。
「四人も面倒見なくちゃいけないの、大変だろ? 風呂とか、どうするんだよ」
「増えるかもしれないからということで、禁止されているのよ。だから体を拭うにとどめているんだけど、薫ちゃん、自分で済ませてくれるから。だから別に、大変だとか困っているとか、そういうのはないけれど」
「でも実際、あんた今、疲れてるじゃん。――ね、ほら、お姉ちゃんが少し肩代わりしてあげるから」
「そんなことないし。いいわよ、別に」
「まあまあ、ほら、遠慮せずに。ね?」
そう言って、ケイティーは無理やり、バギーに乗る死神ちゃんを一人連れ帰ってしまった。彼女が〈可愛い弟(妹)分の心配をしている〉と見せかけて、本心は〈そんなに可愛いのがいるなら、一人くらい分けて欲しい〉と思っているだろうというのはみえみえだった。
寮に戻ると、三人に減った死神ちゃんを見て同居人たちが一斉に首を傾げさせた。マッコイが事の次第を説明していると、噂を聞きつけてやって来たアリサが目を輝かせ、一人連れ帰ってもいいかと尋ねてきた。拒否するマッコイに、アリサはケイティーと同じようなことを言い、さらには「このプロジェクトの責任者は私だから。責任を取らないと」という理由をつけてバギーごと死神ちゃんを一人連れ去った。やはり彼女も、ケイティー同様の邪な思いが透けて見えていた。
嵐のように、しかも立て続けに死神ちゃんを拉致されたマッコイは呆然と立ちすくんでいた。すると、同居人のひとりがポツリと呟いた。
「すごい勢いでドナドナされていくなあ」
「俺は牛かよ」
「よく食べてよく寝るところがそっくりだろ?」
いつの間にか起きていた死神ちゃんたちがムッとして口を尖らせると、同居人は苦笑交じりに肩をすくめた。すると、今度は天狐がおみつを伴ってやってきた。〈死神ちゃんが増えた〉ということを聞きつけた天狐は、本当なら日中の内にその珍光景を窺いに来たかったそうだ。しかし〈おべんきょう〉の予定が入っていた彼女は、それが叶わなかったという。
「噂によると、四人に増えたと聞いておったのじゃがの。二人に減っておるのじゃ。日中に来ることができておったら、四人のお花と会えたのかのう?」
「ああ、そうだな。ちなみに、寝ている間にケイティーとアリサに拉致されて、それで減ったらしいぜ。全く、困っちゃうよな」
「ぬぬ!? おケイとアリサは、お花を連れ帰ったのかえ!? なら、わらわとも一緒に帰るのじゃ! これから毎日、一緒に〈おべんきょう〉したり遊んだりするのじゃ!」
おみつが「わがままを言ってはいけません」と天狐を窘めたが、大人二人がお持ち帰りを行っているだけに、天狐はとても不服そうだった。死神ちゃんたちは困ったように笑うと、マッコイを見上げた。マッコイが苦笑いを返すと、死神ちゃんたちは「じゃあ、一日だけ」と言って天狐の城でのお泊りを了承した。
死神ちゃんの一人と手を繋ぎながら嬉しそうに帰っていく天狐を見送ると、アリサの騒動の際にエントランスに顔を出していたクリスがポツリと「私も一人欲しいな」とこぼした。すると、やはり同じタイミングでやって来ていたペドがウキウキとした調子で「水を飲んでもらおう。幼女増量計画、発足!」と言い出した。
死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、二人は死神ちゃんに平謝りした。すると、何故か死神ちゃんではなくマッコイが小さな声で「許さない」と言った。同居人たちが驚いて目を丸くすると、彼は眉根を寄せて静かに怒った。
「薫ちゃんは牛ではないし、アタシだって牧場主やブリーダーじゃないのに!」
そのままポロポロと泣き出した彼は、謝罪の言葉を口にして寮長室へと駆け込んだ。
死神ちゃんはマッコイのあとを追ったのだが、彼はすでに寮長室にはいなかった。死神ちゃんはそのさらに奥にある彼の自室のドアをノックすると、返事を待つことなく部屋に入った。すると、彼は暗いままの部屋の中で床に座り込み、クマのゴ◯ゴを抱きかかえて泣いていた。死神ちゃんは部屋の灯りをつけると、マッコイに近寄った。
「一体、どうしたんだよ」
「だって、天狐ちゃんは別としても、みんな、ひどいわよ。薫ちゃんのこと、まるで家畜みたいな扱いして。アタシのことも、まるで牧場主扱いだし」
「みんな、別にそういう風には思っていないだろうし、悪気はないはずだぜ」
「だから余計に質が悪いんじゃない。だから簡単に、〈私も欲しい〉とか〈じゃあ増やそう〉とか言うんでしょう? 突然複数に増えたからって、〈薫ちゃん〉という個人をまるで種族のように捉えるようになって。それで『一人くらい、連れて帰ってもいいでしょう?』とか『一人でも減ったほうが、世話するあなたは楽になるでしょう?』とか。そういう順応、アタシはいらないし、したくないわ」
マッコイはグズッと鼻を鳴らすと、ゴ◯ゴを抱え直した。そしてポツポツと話を続けた。
「薫ちゃんが薫ちゃんである《・》かぎりは、姿が変わろうとも、人数が増えようとも、薫ちゃんは薫ちゃんなのよ。〈小花薫という、一人の男性〉なのよ。だから、幼女の姿をしていて、それが物理的に大勢いて、実際に複数人を相手にしていたとしても、アタシは〈一人の殿方と接している〉としか思っていないの。だって、薫ちゃんという存在は唯一無二、世界に一人だけ、オンリーワンでしょう? なのに、みんなは薫ちゃんが物理的に増えたからって、勝手に薫ちゃんの存在を増やして、勝手に間引いていく。薫ちゃんは、一人なのに。――ごめんなさい。何を言ってるのか、さっぱり分からないわよね」
死神ちゃんは優しげに目尻を下げると、涙で濡れたままの頬を拭ってやりながら「言わんとしていることは、分かるよ」と言った。そして死神ちゃんはベッドによじ登って腰を下ろすと、マッコイに向かって腕を広げた。彼はスンと鼻を鳴らすと、お言葉に甘えて、死神ちゃんの小さな胸に頭を預けた。
「たしかに、四人同時に出先で寝られたら大変だけれど、それ以外は全然何とも思っていないのに。本当に大丈夫なのに、連れて帰りたいからって勝手に〈大変でしょ〉って決めつけて。しかも、アタシのことを無視するだけならまだしも、薫ちゃん本人に了承をとらないで連れていくし。薫ちゃんのこと、一体何だと思っているのよ。失礼しちゃうわ」
「お前は本当に優しいな。自分を蔑ろにされたことよりも、俺が受けたことに対して怒って泣くんだから」
言いながら、死神ちゃんは彼を落ち着かせるようにポンポンと肩を叩いた。だって、と言ってマッコイが顔をあげると、それと同時に部屋のドアが開いた。驚いたマッコイは死神ちゃんから慌てて離れると、丸くした目を瞬かせた。部屋に入ってきたのは、三人の死神ちゃんだったからだ。マッコイが「何で?」と呟くと、死神ちゃん達は肩をすくめて声を揃えた。
「夢の国のキャラクターってさ、同時間帯に複数の場所にいても〈複数はいません。一人です〉と言い張るだろう?」
「そうね。それが何か?」
「あれには〈あなたは一人しか見ていないんだから、あなたの目の前にいる一人しか、そのキャラはいないんですよ〉という理屈があるだろう? それの逆だよ。だって、一人しかいないはずの俺が、複数の場所に同時にいたらおかしいだろう? だから、帰ってきた」
マッコイはきょとんとした顔で二、三度目を瞬かせると、一転してクスクスと笑いだした。
「でも、いいの? 天狐ちゃん、がっかりしたんじゃない?」
「あいつ、帰り道ではしゃぎすぎて、城に着く前に寝ちまったんだよ。だから、俺が帰ったことも知らない……おっと、元に戻った」
話している途中で、死神ちゃんはポンと音を立てて一人に戻った。ひと心地ついたという体で肩をストンと落としながら、死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「一人では大変な身支度も、手分けしてやるとできるからさ。複数人いるのも悪くはないかもとか思ったんだが。やっぱり、俺という存在は俺一人で十分だし、一人のほうがしっくりくるな」
「当たり前でしょう。薫ちゃんは、世界で一人だけ。オンリーワンなんだから」
死神ちゃんは嬉しそうな笑みをマッコイに見せた。しかし、耳につけていた洗濯ばさみ型の測定器から送られてきたデータによって〈死神ちゃんが一人に戻った〉ということを知ったビットが、無情にも出頭要請の無線を入れてきた。何だかんだあっていまだにご飯が食べられず空腹だった死神ちゃんは「今からですか!?」と声をひっくり返すと、がっくりと背中を丸め、とぼとぼと検査に向かった。
後日、〈勝手に帰ってしまったことのお詫び〉を持参して、死神ちゃんは天狐のもとに遊びに行った。すると、天狐は残念がるよりも〈元に戻ってよかった〉と喜んでくれた。しかし、死神ちゃんが「四人いると身支度が楽だった」という話をすると、彼女は「やっぱり、一緒に〈おべんきょう〉するのじゃ!」と言って目を輝かせた。どうやら、一緒に妖術を学んで分身の術を使えるようになろうということらしい。死神ちゃんはにっこりと笑うと、丁重にお断りしたのだった。
――――死神は魔法生物だから魔法だったら覚えられそうだけど、さすがに妖術はちょっと系統が違って無理なんじゃないかと死神ちゃんは思ったそうDEATH。
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