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* 死神生活三年目&more *
第254話 死神ちゃんとハム⑧
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死神ちゃんは三階の人気修行スポットに顔を出すなり、眉間にしわを寄せて首を傾げた。ここそこに、宝箱が開けられることなく散乱していたからだ。どうして開けずに放置しているのだろうと疑問に思いつつ、死神ちゃんはその中心にいる人物へと視線を移した。そして、嬉しそうに顔を綻ばせると声を弾ませた。
「ハム!? ハムじゃあないか!」
「お、嬢ちゃん! 久しぶりだなあ!」
ハムは死神ちゃんに気がつくと、笑顔で駆け寄ってきた。死神ちゃんはにこやかに笑いながら、拳を差し出した。ハムは差し出された拳にコツンと自身の拳を軽く打ち付けた。そして一瞬だけハッと息を飲み込むと、すぐさま笑顔を浮かべて嬉しそうに言った。
「おっと、やっちまった。またうっかり、自分からとり憑かれに行っちまったぜ!」
「もうすっかり、それもお馴染みとなったよなあ。でも、死神を見かけたら、全力で逃げないと駄目だぞ?」
「そうは言っても、嬢ちゃんからは絶対に逃れられないからな。なにせ、筋肉神様の筋肉チェックは、絶対に逃れてはならないものだからな!」
そう言って、ハムは筋肉神様のジャッジを受けるべく筋肉を見せつけた。鍛え上げた自慢の筋肉を誇示するハムの体を、死神ちゃんはしげしげと眺め、くまなく触りまくった。そして小さく唸ると、死神ちゃんは「今から、試練を課します」と言ってハムにうつ伏せに寝そべるように指示した。
「寝たぜ! 試練って、何をするんだ?」
死神ちゃんは頷くと、ハムにお手本を見せた。足と腕を肩幅に置き、肘とつま先で身体で支え、全身がまるで板のように平らな状態となるよう体勢をとった。
「これをやってもらいます。――準備はいいですか? 視線はやや前方な。よし、では……始め!」
ハムは死神ちゃんの合図に合わせてうつ伏せ寝の状態から体を持ち上げ、肘とつま先で体を支え始めた。しかし、すぐさま彼は根を上げ始めた。
「うおおおおおおおお! 何だこれ、すげえつらい!」
「ほら、腰が落ち込んでるぞ。背中も反ってる。しっかり大殿筋を締めて。腹を凹ませるように深く呼吸して」
「くっ……おおおおおお! 俺のケツが! んうぅ……ああああああああ! 腰が! 腰とケツが苦しい!!」
「だから、そういう言いかたは凄まじく誤解を招くから、やめような。さあ、さらにそこから足を片方ずつ上げてみようか」
ハムは、広間中に怪しげな苦悶の声をこだまさせた。そのせいか、現れたモンスターがそそくさと逃げ、通りがかった冒険者たちも慌ててどこかへと去っていった。しかし、それも長くは続かず、ハムは三十秒たらずで崩れ落ちるようにうつ伏せ寝の状態へと体勢を戻した。死神ちゃんは潰れてゼエゼエと喘いでいるハムを残念そうに見下ろすと、落胆するようにポツリと言った。
「お前、今まで教えた筋トレの数々、きちんとやっていなかったのか?」
「そんなことは……ないは、ず……」
「じゃあ、いつの間にか、見た目のふっくら感だけを追い求めるようになっちまったり、小慣れて無意識に手抜きをするようになったりして、大切なことが疎かになってしまっていたのかな。これ、胴体部のインナーマッスルが全般的に鍛えられるんだよ。足を上げたりすれば、大殿やハムも刺激されるんだ」
「それをやってつらいということは、俺は、まだまだだったってことか……。くっ、筋肉を極めし者への道は、まだまだ遠いと言うわけか……!」
悔しそうに目尻に涙をひっそりと光らせるハムに、死神ちゃんは〈毎日少しずつ秒数を伸ばしてやるように。もちろん、休筋日はきちんと設けること〉という旨を伝えながら、彼の肩をポンと叩いた。彼はしょんぼりと頷きながら、ちてきんと情報共有して、二人で仲良く筋育すると答えた。
ハムは這うようにして壁際へと移動すると、もたれかかるように座ってポーチから水筒を取り出した。そしてその中の水を煽るように飲み、むせ返りながら「そう言えば」と言った。
「逃げる逃げないの話に戻って恐縮なんだが。この春に新しくスクールに入ってきた盗賊の子から、相談を受けたんだ。〈少しでも早く走れるようになりたい〉って」
「それのどこが〈逃げる逃げない〉の話なんだよ」
「いやそれが、何でも、宝箱が逃げるそうなんだよ」
「は?」
「だから、宝箱が逃げるそうなんだよ。それも、全力疾走で」
「はい……?」
死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、ハムも困惑の表情を浮かべて頭を掻いた。
宝箱に仕掛けられている罠には、いろいろな種類がある。定番はやはり、爆発したり針が飛び出したり、石つぶてが飛んできたり毒ガスが噴出したりであろう。しかし稀に、高圧電流が流れて死体が一気に灰へと変化したり、年齢が若返るというものもあるらしい。そんな稀な罠のひとつに、どうやら〈宝箱が逃げる〉というものがあるそうだ。死神ちゃんは残念ながら、今までそれに遭遇したことはなかった。
「その子な、運がいいんだか悪いんだか、そういう希少な罠ばかり引き当てるらしくて。〈宝箱が逃げる〉という罠は、解除作業に取り掛かる前に勝手に発動して、勝手に逃げていくから大変らしいんだ。宝箱が開けられるのを嫌がって逃げていくくらいだから、きっと良いものが入っているに違いないから、どうしても開けたいらしいんだが。どんなに頑張って走っても、追いつけないんだそうだ」
「ああ、だから自分でも試しに捕まえてみようと思って辺りを宝箱だらけにしていたのか」
「おう。その子には一応、ハムを鍛えるための筋トレと全身を柔軟に保つためのストレッチを教えたんだが。そんな奇っ怪なもんがあるというなら、俺の筋肉でも通用するか、試してみたくてな」
「せっかくだから、出てきた宝箱は開けたらいいのに」
「いや、俺は鍵開けの技を持ち合わせてはいないからな。開けてドカンとやっちまっても、あとが大変だしな。――はあ。ちてきんの都合がつく時に一緒に来ればよかったなあ。あいつ、鍵開け魔法が使えるし、何より嬢ちゃんに会いたがっていたから」
本日、ちてきんは僧兵の道場で稽古の日だそうだ。俺も会いたかったと死神ちゃんが残念がると、ハムは苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは二人が仲良くやっていることに喜びつつも、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。すると、ハムはきょとんとした顔をして不思議そうに首を傾げた。
「何言っているんだよ、嬢ちゃん。あいつはダンスのパートナーにして、良き筋友なんだから。仲がいいのは当然じゃねえか」
死神ちゃんは心なしかがっくりと肩を落とすと、頭を抱えながら「そろそろ、宝箱探しを再開したら?」とハムを促した。ハムはなおも首を傾げながら、促されるまま宝箱を求めてのモンスター狩りを再開させた。
しばらく、ハムは宝箱が出現したら蓋をノックしてみるということを繰り返した。狩りを再開させてから何個か目のとき、ハムは宝箱をノックしてみる前に奇妙な声を上げた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は死神ちゃんのほうを振り向いて頬を引きつらせた。
「今、宝箱がビクッと跳ねたんだ!」
「跳ねたぁ? 宝箱がか?」
「お、おう……。――うおっ、今度は凄まじくガタガタ揺れてる! 何だこりゃあ!?」
死神ちゃんは眉根を寄せて首を捻ると、ハムに近づいていった。しかし、宝箱は一寸たりとも動いてはいなかった。
「動いてなんかいないじゃあないか」
「いや、嬢ちゃんが近づいてきたら動くのを止めたんだ」
「何だよ、俺のせいとでも言いたいのかよ。――うおお! キモッ! 何だこりゃあ!」
死神ちゃんはギョッと目を剥くと、思わず後ずさりした。目の前の宝箱が突如立ち上がり、こちらを見つめるかのように静止したからだ。
死神ちゃんとハムは互いの肩を抱き合いながら、宝箱から生えた〈中途半端に毛むくじゃらな、おっさんくさい脚〉にドン引いた。すると、宝箱は残像が見えそうなほどガタガタと揺れ動き、そして脱兎のごとくどこかへと駆けていった。
ハムは血相を変えると、転げるように走り出した。態勢を立て直し、しっかりと箱を見据えると、綺麗なフォームで速度を上げていった。まるで障害物競走のように罠を飛び越え、くぐり抜け、ハムは宝箱を追ってひたすらに走った。死神ちゃんも必死になって、ハムのあとを追って飛行した。
「うおおおおおお! これで! どうだーッ!!」
ハムは大きくジャンプすると、宝箱めがけて突っ込んだ。すると、筋肉ダルマにタックルをかまされた宝箱は、動揺して一瞬動きを止めた。その隙に、ハムは宝箱の宝箱の脚の毛を掴んだ。そして脚をしっかりと掴むと、ハムは這い登るようにして宝箱に伸し掛かろうとした。それでも宝箱が暴れるため、宝箱の毛むくじゃらの脚とハムの艶やかな筋肉美脚が組んず解れつした。
しばらくして、宝箱が無念そうにスウと脚を消し、ハムがガッツポーズとともに勝鬨を上げた。
「うおおおおおお! ようやく捕まえたぞ! 俺の筋肉の、大勝利だーッ!」
「やったな、ハム! こいつ、こんなにも必死に逃げるくらいなんだから、よっぽどいいものが入っているんじゃあないか!?」
「そうだよな!? さすがに、これは開けるか!」
ハムは意気揚々と、漢解錠に挑んだ。力技で蓋をこじ開けて、そして彼は大爆発に見舞われた。〈逃げる〉自体が罠のため、まさか他にも罠がかかっているとは、ハムも死神ちゃんも露ほども思わなかった。
「試合に勝って勝負に負けたとは、こういうことを言うのか……」
「ハムぅぅぅぅぅッ!!」
「また、会おう、な……。嬢ちゃ……ん……」
悔しそうに下唇を噛んだハムは、サラサラと散っていった。
**********
待機室に戻ってきた死神ちゃんは、眉間にしわを寄せて腕を組むと首を傾げた。どうしたのかと同僚に尋ねられた死神ちゃんは、ボソボソと答えた。
「いや、箱の中身、ちらっと見えた気がするんだが。なんか、金色に光る玉が見えたような……」
「薫ちゃん、破廉恥だな」
「何でだよ!?」
死神ちゃんは顔を真っ赤にすると、同僚に対して怒りを爆発させた。なお、金色の玉は〈何かと運気が上がる〉というご利益のあるマジックアイテムだそうで、純金製のため売ってもオイシイご褒美品なのだという。
「毛を掴んでヤツの怒り爆発させなければな、幸運の金玉を掴めたのにな」
「あの爆発は怒りかよ。ていうか、わざと破廉恥な言いかたするの、やめろよ!」
死神ちゃんは辟易とした表情を浮かべると、ドスドスと足を踏み鳴らしながら退勤すべく待機室から出ていったのだった。
――――そして本日もお肉の調達に行ったため、夕飯は牛三昧でした。メインメニューは唐揚げでした。こちらのタマは、ビタミン・ミネラルが豊富でとても美味しかったDEATH。
「ハム!? ハムじゃあないか!」
「お、嬢ちゃん! 久しぶりだなあ!」
ハムは死神ちゃんに気がつくと、笑顔で駆け寄ってきた。死神ちゃんはにこやかに笑いながら、拳を差し出した。ハムは差し出された拳にコツンと自身の拳を軽く打ち付けた。そして一瞬だけハッと息を飲み込むと、すぐさま笑顔を浮かべて嬉しそうに言った。
「おっと、やっちまった。またうっかり、自分からとり憑かれに行っちまったぜ!」
「もうすっかり、それもお馴染みとなったよなあ。でも、死神を見かけたら、全力で逃げないと駄目だぞ?」
「そうは言っても、嬢ちゃんからは絶対に逃れられないからな。なにせ、筋肉神様の筋肉チェックは、絶対に逃れてはならないものだからな!」
そう言って、ハムは筋肉神様のジャッジを受けるべく筋肉を見せつけた。鍛え上げた自慢の筋肉を誇示するハムの体を、死神ちゃんはしげしげと眺め、くまなく触りまくった。そして小さく唸ると、死神ちゃんは「今から、試練を課します」と言ってハムにうつ伏せに寝そべるように指示した。
「寝たぜ! 試練って、何をするんだ?」
死神ちゃんは頷くと、ハムにお手本を見せた。足と腕を肩幅に置き、肘とつま先で身体で支え、全身がまるで板のように平らな状態となるよう体勢をとった。
「これをやってもらいます。――準備はいいですか? 視線はやや前方な。よし、では……始め!」
ハムは死神ちゃんの合図に合わせてうつ伏せ寝の状態から体を持ち上げ、肘とつま先で体を支え始めた。しかし、すぐさま彼は根を上げ始めた。
「うおおおおおおおお! 何だこれ、すげえつらい!」
「ほら、腰が落ち込んでるぞ。背中も反ってる。しっかり大殿筋を締めて。腹を凹ませるように深く呼吸して」
「くっ……おおおおおお! 俺のケツが! んうぅ……ああああああああ! 腰が! 腰とケツが苦しい!!」
「だから、そういう言いかたは凄まじく誤解を招くから、やめような。さあ、さらにそこから足を片方ずつ上げてみようか」
ハムは、広間中に怪しげな苦悶の声をこだまさせた。そのせいか、現れたモンスターがそそくさと逃げ、通りがかった冒険者たちも慌ててどこかへと去っていった。しかし、それも長くは続かず、ハムは三十秒たらずで崩れ落ちるようにうつ伏せ寝の状態へと体勢を戻した。死神ちゃんは潰れてゼエゼエと喘いでいるハムを残念そうに見下ろすと、落胆するようにポツリと言った。
「お前、今まで教えた筋トレの数々、きちんとやっていなかったのか?」
「そんなことは……ないは、ず……」
「じゃあ、いつの間にか、見た目のふっくら感だけを追い求めるようになっちまったり、小慣れて無意識に手抜きをするようになったりして、大切なことが疎かになってしまっていたのかな。これ、胴体部のインナーマッスルが全般的に鍛えられるんだよ。足を上げたりすれば、大殿やハムも刺激されるんだ」
「それをやってつらいということは、俺は、まだまだだったってことか……。くっ、筋肉を極めし者への道は、まだまだ遠いと言うわけか……!」
悔しそうに目尻に涙をひっそりと光らせるハムに、死神ちゃんは〈毎日少しずつ秒数を伸ばしてやるように。もちろん、休筋日はきちんと設けること〉という旨を伝えながら、彼の肩をポンと叩いた。彼はしょんぼりと頷きながら、ちてきんと情報共有して、二人で仲良く筋育すると答えた。
ハムは這うようにして壁際へと移動すると、もたれかかるように座ってポーチから水筒を取り出した。そしてその中の水を煽るように飲み、むせ返りながら「そう言えば」と言った。
「逃げる逃げないの話に戻って恐縮なんだが。この春に新しくスクールに入ってきた盗賊の子から、相談を受けたんだ。〈少しでも早く走れるようになりたい〉って」
「それのどこが〈逃げる逃げない〉の話なんだよ」
「いやそれが、何でも、宝箱が逃げるそうなんだよ」
「は?」
「だから、宝箱が逃げるそうなんだよ。それも、全力疾走で」
「はい……?」
死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、ハムも困惑の表情を浮かべて頭を掻いた。
宝箱に仕掛けられている罠には、いろいろな種類がある。定番はやはり、爆発したり針が飛び出したり、石つぶてが飛んできたり毒ガスが噴出したりであろう。しかし稀に、高圧電流が流れて死体が一気に灰へと変化したり、年齢が若返るというものもあるらしい。そんな稀な罠のひとつに、どうやら〈宝箱が逃げる〉というものがあるそうだ。死神ちゃんは残念ながら、今までそれに遭遇したことはなかった。
「その子な、運がいいんだか悪いんだか、そういう希少な罠ばかり引き当てるらしくて。〈宝箱が逃げる〉という罠は、解除作業に取り掛かる前に勝手に発動して、勝手に逃げていくから大変らしいんだ。宝箱が開けられるのを嫌がって逃げていくくらいだから、きっと良いものが入っているに違いないから、どうしても開けたいらしいんだが。どんなに頑張って走っても、追いつけないんだそうだ」
「ああ、だから自分でも試しに捕まえてみようと思って辺りを宝箱だらけにしていたのか」
「おう。その子には一応、ハムを鍛えるための筋トレと全身を柔軟に保つためのストレッチを教えたんだが。そんな奇っ怪なもんがあるというなら、俺の筋肉でも通用するか、試してみたくてな」
「せっかくだから、出てきた宝箱は開けたらいいのに」
「いや、俺は鍵開けの技を持ち合わせてはいないからな。開けてドカンとやっちまっても、あとが大変だしな。――はあ。ちてきんの都合がつく時に一緒に来ればよかったなあ。あいつ、鍵開け魔法が使えるし、何より嬢ちゃんに会いたがっていたから」
本日、ちてきんは僧兵の道場で稽古の日だそうだ。俺も会いたかったと死神ちゃんが残念がると、ハムは苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは二人が仲良くやっていることに喜びつつも、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。すると、ハムはきょとんとした顔をして不思議そうに首を傾げた。
「何言っているんだよ、嬢ちゃん。あいつはダンスのパートナーにして、良き筋友なんだから。仲がいいのは当然じゃねえか」
死神ちゃんは心なしかがっくりと肩を落とすと、頭を抱えながら「そろそろ、宝箱探しを再開したら?」とハムを促した。ハムはなおも首を傾げながら、促されるまま宝箱を求めてのモンスター狩りを再開させた。
しばらく、ハムは宝箱が出現したら蓋をノックしてみるということを繰り返した。狩りを再開させてから何個か目のとき、ハムは宝箱をノックしてみる前に奇妙な声を上げた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は死神ちゃんのほうを振り向いて頬を引きつらせた。
「今、宝箱がビクッと跳ねたんだ!」
「跳ねたぁ? 宝箱がか?」
「お、おう……。――うおっ、今度は凄まじくガタガタ揺れてる! 何だこりゃあ!?」
死神ちゃんは眉根を寄せて首を捻ると、ハムに近づいていった。しかし、宝箱は一寸たりとも動いてはいなかった。
「動いてなんかいないじゃあないか」
「いや、嬢ちゃんが近づいてきたら動くのを止めたんだ」
「何だよ、俺のせいとでも言いたいのかよ。――うおお! キモッ! 何だこりゃあ!」
死神ちゃんはギョッと目を剥くと、思わず後ずさりした。目の前の宝箱が突如立ち上がり、こちらを見つめるかのように静止したからだ。
死神ちゃんとハムは互いの肩を抱き合いながら、宝箱から生えた〈中途半端に毛むくじゃらな、おっさんくさい脚〉にドン引いた。すると、宝箱は残像が見えそうなほどガタガタと揺れ動き、そして脱兎のごとくどこかへと駆けていった。
ハムは血相を変えると、転げるように走り出した。態勢を立て直し、しっかりと箱を見据えると、綺麗なフォームで速度を上げていった。まるで障害物競走のように罠を飛び越え、くぐり抜け、ハムは宝箱を追ってひたすらに走った。死神ちゃんも必死になって、ハムのあとを追って飛行した。
「うおおおおおお! これで! どうだーッ!!」
ハムは大きくジャンプすると、宝箱めがけて突っ込んだ。すると、筋肉ダルマにタックルをかまされた宝箱は、動揺して一瞬動きを止めた。その隙に、ハムは宝箱の宝箱の脚の毛を掴んだ。そして脚をしっかりと掴むと、ハムは這い登るようにして宝箱に伸し掛かろうとした。それでも宝箱が暴れるため、宝箱の毛むくじゃらの脚とハムの艶やかな筋肉美脚が組んず解れつした。
しばらくして、宝箱が無念そうにスウと脚を消し、ハムがガッツポーズとともに勝鬨を上げた。
「うおおおおおお! ようやく捕まえたぞ! 俺の筋肉の、大勝利だーッ!」
「やったな、ハム! こいつ、こんなにも必死に逃げるくらいなんだから、よっぽどいいものが入っているんじゃあないか!?」
「そうだよな!? さすがに、これは開けるか!」
ハムは意気揚々と、漢解錠に挑んだ。力技で蓋をこじ開けて、そして彼は大爆発に見舞われた。〈逃げる〉自体が罠のため、まさか他にも罠がかかっているとは、ハムも死神ちゃんも露ほども思わなかった。
「試合に勝って勝負に負けたとは、こういうことを言うのか……」
「ハムぅぅぅぅぅッ!!」
「また、会おう、な……。嬢ちゃ……ん……」
悔しそうに下唇を噛んだハムは、サラサラと散っていった。
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待機室に戻ってきた死神ちゃんは、眉間にしわを寄せて腕を組むと首を傾げた。どうしたのかと同僚に尋ねられた死神ちゃんは、ボソボソと答えた。
「いや、箱の中身、ちらっと見えた気がするんだが。なんか、金色に光る玉が見えたような……」
「薫ちゃん、破廉恥だな」
「何でだよ!?」
死神ちゃんは顔を真っ赤にすると、同僚に対して怒りを爆発させた。なお、金色の玉は〈何かと運気が上がる〉というご利益のあるマジックアイテムだそうで、純金製のため売ってもオイシイご褒美品なのだという。
「毛を掴んでヤツの怒り爆発させなければな、幸運の金玉を掴めたのにな」
「あの爆発は怒りかよ。ていうか、わざと破廉恥な言いかたするの、やめろよ!」
死神ちゃんは辟易とした表情を浮かべると、ドスドスと足を踏み鳴らしながら退勤すべく待機室から出ていったのだった。
――――そして本日もお肉の調達に行ったため、夕飯は牛三昧でした。メインメニューは唐揚げでした。こちらのタマは、ビタミン・ミネラルが豊富でとても美味しかったDEATH。
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