転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
254 / 362
* 死神生活三年目&more *

第254話 死神ちゃんとハム⑧

しおりを挟む
 死神ちゃんは三階の人気修行スポットに顔を出すなり、眉間にしわを寄せて首を傾げた。ここそこに、宝箱が開けられることなく散乱していたからだ。どうして開けずに放置しているのだろうと疑問に思いつつ、死神ちゃんはその中心にいる人物へと視線を移した。そして、嬉しそうに顔を綻ばせると声を弾ませた。


「ハム!? ハムじゃあないか!」

「お、嬢ちゃん! 久しぶりだなあ!」


 ハムは死神ちゃんに気がつくと、笑顔で駆け寄ってきた。死神ちゃんはにこやかに笑いながら、拳を差し出した。ハムは差し出された拳にコツンと自身の拳を軽く打ち付けた。そして一瞬だけハッと息を飲み込むと、すぐさま笑顔を浮かべて嬉しそうに言った。


「おっと、やっちまった。またうっかり、自分からとり憑かれに行っちまったぜ!」

「もうすっかり、それもお馴染みとなったよなあ。でも、死神を見かけたら、全力で逃げないと駄目だぞ?」

「そうは言っても、嬢ちゃんからは絶対に逃れられないからな。なにせ、筋肉神様の筋肉チェックは、絶対に逃れてはならないものだからな!」


 そう言って、ハムは筋肉神様のジャッジを受けるべく筋肉を見せつけた。鍛え上げた自慢の筋肉を誇示するハムの体を、死神ちゃんはしげしげと眺め、くまなく触りまくった。そして小さく唸ると、死神ちゃんは「今から、試練を課します」と言ってハムにうつ伏せに寝そべるように指示した。


「寝たぜ! 試練って、何をするんだ?」


 死神ちゃんは頷くと、ハムにお手本を見せた。足と腕を肩幅に置き、肘とつま先で身体で支え、全身がまるで板のように平らな状態となるよう体勢をとった。


「これをやってもらいます。――準備はいいですか? 視線はやや前方な。よし、では……始め!」


 ハムは死神ちゃんの合図に合わせてうつ伏せ寝の状態から体を持ち上げ、肘とつま先で体を支え始めた。しかし、すぐさま彼は根を上げ始めた。


「うおおおおおおおお! 何だこれ、すげえつらい!」

「ほら、腰が落ち込んでるぞ。背中も反ってる。しっかり大殿筋を締めて。腹を凹ませるように深く呼吸して」

「くっ……おおおおおお! 俺のケツが! んうぅ……ああああああああ! 腰が! 腰とケツが苦しい!!」

「だから、そういう言いかたは凄まじく誤解を招くから、やめような。さあ、さらにそこから足を片方ずつ上げてみようか」


 ハムは、広間中に怪しげな苦悶の声をこだまさせた。そのせいか、現れたモンスターがそそくさと逃げ、通りがかった冒険者たちも慌ててどこかへと去っていった。しかし、それも長くは続かず、ハムは三十秒たらずで崩れ落ちるようにうつ伏せ寝の状態へと体勢を戻した。死神ちゃんは潰れてゼエゼエと喘いでいるハムを残念そうに見下ろすと、落胆するようにポツリと言った。


「お前、今まで教えた筋トレの数々、きちんとやっていなかったのか?」

「そんなことは……ないは、ず……」

「じゃあ、いつの間にか、見た目のふっくら感だけを追い求めるようになっちまったり、小慣れて無意識に手抜きをするようになったりして、大切なことが疎かになってしまっていたのかな。これ、胴体部のインナーマッスルが全般的に鍛えられるんだよ。足を上げたりすれば、大殿やハムも刺激されるんだ」

「それをやってつらいということは、俺は、まだまだだったってことか……。くっ、筋肉を極めし者への道は、まだまだ遠いと言うわけか……!」


 悔しそうに目尻に涙をひっそりと光らせるハムに、死神ちゃんは〈毎日少しずつ秒数を伸ばしてやるように。もちろん、休筋日はきちんと設けること〉という旨を伝えながら、彼の肩をポンと叩いた。彼はしょんぼりと頷きながら、ちてきんと情報共有して、二人で仲良く筋育すると答えた。
 ハムは這うようにして壁際へと移動すると、もたれかかるように座ってポーチから水筒を取り出した。そしてその中の水を煽るように飲み、むせ返りながら「そう言えば」と言った。


「逃げる逃げないの話に戻って恐縮なんだが。この春に新しくスクールに入ってきた盗賊の子から、相談を受けたんだ。〈少しでも早く走れるようになりたい〉って」

「それのどこが〈逃げる逃げない〉の話なんだよ」

「いやそれが、何でも、宝箱が逃げるそうなんだよ」

「は?」

「だから、宝箱が逃げるそうなんだよ。それも、全力疾走で」

「はい……?」


 死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、ハムも困惑の表情を浮かべて頭を掻いた。

 宝箱に仕掛けられている罠には、いろいろな種類がある。定番はやはり、爆発したり針が飛び出したり、石つぶてが飛んできたり毒ガスが噴出したりであろう。しかし稀に、高圧電流が流れて死体が一気に灰へと変化したり、年齢が若返るというものもあるらしい。そんな稀な罠のひとつに、どうやら〈宝箱が逃げる〉というものがあるそうだ。死神ちゃんは残念ながら、今までそれに遭遇したことはなかった。


「その子な、運がいいんだか悪いんだか、そういう希少な罠ばかり引き当てるらしくて。〈宝箱が逃げる〉という罠は、解除作業に取り掛かる前に勝手に発動して、勝手に逃げていくから大変らしいんだ。宝箱が開けられるのを嫌がって逃げていくくらいだから、きっと良いものが入っているに違いないから、どうしても開けたいらしいんだが。どんなに頑張って走っても、追いつけないんだそうだ」

「ああ、だから自分でも試しに捕まえてみようと思って辺りを宝箱だらけにしていたのか」

「おう。その子には一応、ハムを鍛えるための筋トレと全身を柔軟に保つためのストレッチを教えたんだが。そんな奇っ怪なもんがあるというなら、俺の筋肉でも通用するか、試してみたくてな」

「せっかくだから、出てきた宝箱は開けたらいいのに」

「いや、俺は鍵開けの技を持ち合わせてはいないからな。開けてドカンとやっちまっても、あとが大変だしな。――はあ。ちてきんの都合がつく時に一緒に来ればよかったなあ。あいつ、鍵開け魔法が使えるし、何より嬢ちゃんに会いたがっていたから」


 本日、ちてきんは僧兵の道場で稽古の日だそうだ。俺も会いたかったと死神ちゃんが残念がると、ハムは苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは二人が仲良くやっていることに喜びつつも、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。すると、ハムはきょとんとした顔をして不思議そうに首を傾げた。


「何言っているんだよ、嬢ちゃん。あいつはダンスのパートナーにして、良き筋友なんだから。仲がいいのは当然じゃねえか」


 死神ちゃんは心なしかがっくりと肩を落とすと、頭を抱えながら「そろそろ、宝箱探しを再開したら?」とハムを促した。ハムはなおも首を傾げながら、促されるまま宝箱を求めてのモンスター狩りを再開させた。
 しばらく、ハムは宝箱が出現したら蓋をノックしてみるということを繰り返した。狩りを再開させてから何個か目のとき、ハムは宝箱をノックしてみる前に奇妙な声を上げた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は死神ちゃんのほうを振り向いて頬を引きつらせた。


「今、宝箱がビクッと跳ねたんだ!」

「跳ねたぁ? 宝箱がか?」

「お、おう……。――うおっ、今度は凄まじくガタガタ揺れてる! 何だこりゃあ!?」


 死神ちゃんは眉根を寄せて首を捻ると、ハムに近づいていった。しかし、宝箱は一寸たりとも動いてはいなかった。


「動いてなんかいないじゃあないか」

「いや、嬢ちゃんが近づいてきたら動くのを止めたんだ」

「何だよ、俺のせいとでも言いたいのかよ。――うおお! キモッ! 何だこりゃあ!」


 死神ちゃんはギョッと目を剥くと、思わず後ずさりした。目の前の宝箱が突如立ち上がり、こちらを見つめるかのように静止したからだ。
 死神ちゃんとハムは互いの肩を抱き合いながら、宝箱から生えた〈中途半端に毛むくじゃらな、おっさんくさい脚〉にドン引いた。すると、宝箱は残像が見えそうなほどガタガタと揺れ動き、そして脱兎のごとくどこかへと駆けていった。

 ハムは血相を変えると、転げるように走り出した。態勢を立て直し、しっかりと箱を見据えると、綺麗なフォームで速度を上げていった。まるで障害物競走のように罠を飛び越え、くぐり抜け、ハムは宝箱を追ってひたすらに走った。死神ちゃんも必死になって、ハムのあとを追って飛行した。


「うおおおおおお! これで! どうだーッ!!」


 ハムは大きくジャンプすると、宝箱めがけて突っ込んだ。すると、筋肉ダルマにタックルをかまされた宝箱は、動揺して一瞬動きを止めた。その隙に、ハムは宝箱の宝箱の脚の毛を掴んだ。そして脚をしっかりと掴むと、ハムは這い登るようにして宝箱に伸し掛かろうとした。それでも宝箱が暴れるため、宝箱の毛むくじゃらの脚とハムの艶やかな筋肉美脚が組んず解れつした。
 しばらくして、宝箱が無念そうにスウと脚を消し、ハムがガッツポーズとともに勝鬨を上げた。


「うおおおおおお! ようやく捕まえたぞ! 俺の筋肉の、大勝利だーッ!」

「やったな、ハム! こいつ、こんなにも必死に逃げるくらいなんだから、よっぽどいいものが入っているんじゃあないか!?」

「そうだよな!? さすがに、これは開けるか!」


 ハムは意気揚々と、おとこ解錠に挑んだ。力技で蓋をこじ開けて、そして彼は大爆発に見舞われた。〈逃げる〉自体が罠のため、まさか他にも罠がかかっているとは、ハムも死神ちゃんも露ほども思わなかった。


「試合に勝って勝負に負けたとは、こういうことを言うのか……」

「ハムぅぅぅぅぅッ!!」

「また、会おう、な……。嬢ちゃ……ん……」


 悔しそうに下唇を噛んだハムは、サラサラと散っていった。



   **********



 待機室に戻ってきた死神ちゃんは、眉間にしわを寄せて腕を組むと首を傾げた。どうしたのかと同僚に尋ねられた死神ちゃんは、ボソボソと答えた。


「いや、箱の中身、ちらっと見えた気がするんだが。なんか、金色に光る玉が見えたような……」

かおるちゃん、破廉恥だな」

「何でだよ!?」


 死神ちゃんは顔を真っ赤にすると、同僚に対して怒りを爆発させた。なお、金色の玉は〈何かと運気が上がる〉というご利益のあるマジックアイテムだそうで、純金製のため売ってもオイシイご褒美品なのだという。


「毛を掴んでヤツの怒り爆発させなければな、幸運の金玉を掴めたのにな」

「あの爆発は怒りかよ。ていうか、わざと破廉恥な言いかたするの、やめろよ!」


 死神ちゃんは辟易とした表情を浮かべると、ドスドスと足を踏み鳴らしながら退勤すべく待機室から出ていったのだった。




 ――――そして本日も調に行ったため、夕飯は牛三昧でした。メインメニューは唐揚げでした。こちらのは、ビタミン・ミネラルが豊富でとても美味しかったDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...