転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
259 / 362
* 死神生活三年目&more *

第259話 死神ちゃんと生物学者

しおりを挟む
 学者風の格好をした男が、まるで迷子とでもいうかのように、地図に目を落としては首を傾げながら歩いていた。死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉と思しき、この彼の背後からこっそりと近づくと、幼女を装ってだしぬけに声をかけた。


「ねえ、おじさん。迷子なの?」

「おや、これはこれは可愛らしいお嬢ちゃん。僕は迷子ではないよ。お仕事でやってきたんだよ。君のほうが迷子なんじゃあないかい? それから、僕はまだおじさんっていう年齢じゃあないよ」


 男は、苦笑いを浮かべると死神ちゃんの頭を撫でた。死神ちゃんは目をパチクリとしばたかせると、首を傾げて「何のお仕事?」と尋ねた。すると、彼は笑顔を浮かべて答えた。


「僕はね、生物学者なんだ。いわゆる〈人〉とか〈亜人〉とか、家畜とされるような〈魔力を持たない動物〉とか以外の、精霊や魔法生物なんかが専門なんだ。――お嬢ちゃんには、まだ難しいかな? えっとね、身近なやつで言うと、〈蠢くヘドロクレイウーズ〉とかスライムとか。ああいう、魔力をほんの少しでも持っているやつだよ。分かるかな?」

「その例えだと、おじさんは生物学者よりも害獣駆除業者っていう感じがするね。せめて、ピクシーとか〈木の精霊ドリアード〉とかを例に出しなよ」

「そうだね、そういうのを例として提示すればよかったね。ごめんね、お兄さん、君のことを侮っていたよ」


 死神ちゃんはニコリと可愛らしく微笑んだ。辛辣な精神攻撃を食らった生物学者は、やけに〈お兄さん〉を強調してそのように返答すると、しょんぼりとうなだれた。
 死神ちゃんは彼が落ち込んでいることなどは構わずに、調査内容について尋ねた。すると、彼は生き生きと目を輝かせて「すごい噂を聞いたんだ!」と言った。


「すごい噂?」

「そうなんだ! ゴーレムは知っているかい? アレの、泥や土でできたやつにね、なんと〈しゃべる野菜〉が植わっていたそうなんだよ! しかもどうやら、そいつがゴーレムを操っているらしいんだ。だからね、〈新たな精霊や魔法動物が誕生した姿なのか、それとも〈植物と土〉という共生関係にあるのか〉を調べに来たんだよ!」


 死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、頭を抱えてうなだれた。頬を上気させて捲し立てた彼は、死神ちゃんの様子に首を傾げた。


「何? どうかしたかい?」

「お前は何も、噂などは耳にしなかった。いいな?」

「えっ、何?」

「いいな? お前は何も、噂などは耳にしなかった。しなかったんだ」

「いや、でも――」

「いいから。三度は言わないからな。いいな? そういうことだから、他に用事がないなら、教会に寄って、とっとと帰れ」


 死神ちゃんが斜に構えて〈帰れ〉のジェスチャーをとると、彼は困惑して顔をしかめた。死神ちゃんが〈自分は死神である〉ということを伝えると、彼は驚いたり恐怖したりするどころか大いに喜んだ。


「うわあ、凄い! 死神って、もしかして、魂を冥府にいざなう神使の!? どうしよう、僕、神族やその眷属はお初にお目にかかるよ! あ、でも、それだと僕の管轄というよりは哲学者や神学者、宗教学者の管轄になるのかな!?」

「いや、あの、このダンジョンの死神は〈罠〉なんだが。ダンジョン探索前に受ける、ギルドの講習で習っただろう?」

「あっ、それなら先日、四階まで探索した際にとり憑かれたよ! でも、アレは骸骨姿だったのに! どうして、君は幼女なの!? どうしてしゃべることができるの!? もしかして、死神罠って魔法生物とか何かなの!? それでもって、君は特殊個体なの!? だったら、僕の管轄だよね!? ていうか、さっきまでの可愛さはどこに!? すごくおっさんくさい! どうして!? なんで!?」


 死神ちゃんは、目を爛々らんらんと輝かせる生物学者に両手を取られ、そして詰め寄られた。死神ちゃんは鬱陶しげに顔を歪めると、幼女のふりを続けてとっととお帰り頂いたほうがよかったと後悔した。
 死神ちゃんは彼の猛攻を適当にあしらっていたのだが、すると彼は居ても立ってもいられないと言わんばかりに手をニギニギと動かしてニヤリと笑った。背筋が寒くなるのを死神ちゃんが感じていると、彼は「さっそく、調査しよう!」と言いだした。辺りには死神ちゃんのギャアという悲鳴がこだまし、その直後、生物学者も悲鳴を上げた。生物学者は目の周りに青タンを作り頬を腫らして、去っていく冒険者に必死に頭を下げて見送った。


「まさか、幼女を襲っていると勘違いされるとは思わなかった」

「いや、どう見てもそのようにしか見えなかったから! これに懲りたら、とっとと帰れよ!」

「いやだよ、きちんと君を調べたい。――いや、待って待って。そんなゴミを見るような目で見ないで。もう服を脱がそうとはしないから。その服が表皮の一部ではなくて、本当に服だと分かったから。でも、より正確に君という生物を知るために確認はさせて欲しかっ……待って、だから、そのゴミを見るような目、本当にやめて」


 死神ちゃんがじっとりと彼を睨み続けていると、彼はようやく謝罪の言葉を述べた。そのあとで、彼は手帳を取り出すと何やらブツブツと言いながらメモをしたためた。よくよく聞いてみると、メモを走り書きながら「死神幼女はおっさんくさい」だの「まるで人をゴミのようだと言いたげな態度をとる」だのと呟いていた。死神ちゃんは怒りを露わにすると、彼の頭を思いっきり引っ叩いた。
 彼は気を取り直すと、一階へと戻るのではなく更に奥へと進みだした。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げさせると、彼は「先日調査しようと思っていた場所に、これから向かう」と説明した。

 このダンジョンのモンスターはこことは別の世界からしてきた人々や、こことは別の世界に存在する動物等のデータをもとに作られたレプリカである。そのため、この〈ダンジョンの外に広がる世界〉に存在しないモノももちろん多数いる。
 今も昔も、ダンジョンを訪れる者のほとんどが〈王家にかけられた呪いを解いて、名声を得たい〉という者や、一攫千金を狙う者、〈一攫千金とまではいかなくても、小銭稼ぎをしたり不思議なアイテムを手に入れたりしたい〉といった者ばかりだ。そのため、そういった不思議生物に興味を示して噂したり、ましてや調査してみようという者などはいなかった。


「しかしね。この前、とある農家さんから〈うちで働いている毛玉は、一体何ていう生き物なんだ〉と調査依頼を受けてね。これがまた、謎だらけで全然分からなくて。僕の手持ちの資料にも王都の図書館にも、それらしい記述の出てくる本はなくて。そしたら、そこの司書のエルフさんから、ダンジョンに〈何でも分かる図書館〉があるらしいと教えてもらって。別の日にそれとは別件で農家さんのところにお邪魔したら、そこに別の農家さんがやって来てマンドラゴラ品評会の話になったんだけど。その際に『マンドラっちを連れてくることができたら、私が一位間違いなしなのに』と耳にして」

「原因はあいつらかよ!」

「おや、君は彼らと知り合いなのかい? ――で、まあ、話を聞いてたら〈ダンジョンの環境と、そこに住まう固有種〉について、とても興味を持ったんだ。だから、その調査をしつつ〈図書館〉を探しているんだけど」


 そう言って彼がやって来たのは、四階にある〈小さな森〉だった。彼は森の奥へと分け入っていくと、木々の間を入念に見て回った。死神ちゃんは退屈そうにあくびをしながら、切り株お化けに乗ってついていった。すると、彼は驚愕の表情で死神ちゃんを見つめ、そして熱心にメモを取り始めた。


「死神幼女は自分で飛べるくせに切り株に乗る。死神幼女は巨大カブトムシが好き。死神幼女は、えっと――」

「そういうのは、いいから。とっとと死ぬか、用事を済ませてくれ。そろそろ飽きてきたから」

「死神幼女はふ・て・ぶ・て・し・い……っと」

「いいから! さっさとしろよ!」


 死神ちゃんが声を荒らげると、彼は筆記用具を渋々ポケットにしまった。そして再び木々を見て回りモンスターの痕跡を見つけると、ニヤリと笑って死神ちゃんを振り返った。


「ここにいる魔物が、その固有種のひとつなんだよ。今から、おびき寄せるよ」


 そう言って、彼は奇声を発しながら何かのポーズをキメた。彼が何度かそれを繰り返していると、木の間から黒豹のような見た目の魔物がスウと顔を出して引っ込んだ。どうやら、空間に棲まうこの黒豹は、生物学者の奇っ怪な行動に怯えているらしい。


「おかしいな……。これをやれば、どんな生物も一発ノックアウトで、僕に懐くんだけどな……」


 不思議そうに首を捻った彼は、再び不可思議な踊りを踊り、ポーズをキメながら奇声を発した。死神ちゃんはそれをぼんやりと眺めながら、トンチ坊主と屏風の虎の絵の話を思い出していた。
 どこまでも真剣な様子で、はたから見たらこっ恥ずかしい儀式を彼は続けた。死神ちゃんが〈付き合いきれない〉と言いたげに眉根を寄せて鼻を鳴らすと、黒豹も同じように感じたのか、ちらりと姿を現した。
 生物学者は手放しで喜び、死神ちゃんのほうを振り返って「見た!? 成功だ!」とはしゃいだ。しかしその直後、彼の腕輪から小鳥が飛び出してピヨピヨと舞った。


「あああ、なんて素敵なんだ! ファンタスティックなんだ! お土産用死神とか、そんなの頂いちゃってもいいんですか!?」

「おう、何ですかい。旦那、あたしを連れて帰る気ですかい? そいつぁいけねえ。いけねえよ」

「――おい、なんていう幻覚を見せてるんだよ。そして、どうしてお前がここにいるんだよ」


 死神ちゃんは思わず顔をしかめると、生物学者と、そして彼に抱きしめられている三下根菜を見つめてぐったりと肩を落とした。三下は先日のシノギの際にここに忘れ物をしたそうで、それを取りに来たところ偶然この現場に遭遇したそうだ。
 根菜は、なおも生物学者に頬ずりをされて照れくさそうにしていた。黒豹の幻覚のせいで根菜を死神ちゃんだと思いこんでいる生物学者は、根菜のヒゲ根に手をかけると「先ほどできなかった〈詳細な調査〉を、さっそくしよう」と言った。ヒゲ根を掴まれた根菜はビクリと身構えたあと、それを思いっきり引っこ抜かれて阿鼻叫喚した。ガクガクと震えながら「そいつぁいけねえ!」と繰り返す根菜と降り積もる灰を一瞥すると、死神ちゃんは投げやりに「じゃあ、お疲れ」と言って姿を消したのだった。




 ――――学者さんの〈常人には理解できないような、そして常人は恥ずかしがってできないようなことを、さも当然のように行うさま〉をどこかで見た気がした死神ちゃんは、それを思い出そうとして、黄色いボディーがちらっと脳内をかすめた辺りで、自分の精神衛生的に考えるのをやめたそうDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました

ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公 某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生 さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明 これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語 (基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

処理中です...