262 / 362
* 死神生活三年目&more *
第262話 死神ちゃんとたかし③
しおりを挟む
死神ちゃんは、三階の階段を降りてすぐのところでモンスターの影に怯えながらデコイを設置している冒険者を見つけた。新米冒険者かと思い、死神ちゃんは盛大に驚かせてやろうと意地悪く笑った。そしてこっそりと冒険者に近寄っていった死神ちゃんは、思わず声をひっくり返した。
「たかし!? お前、たかしじゃあないか!」
「あ、君は、いつぞやのお嬢ちゃん! お久しぶり!」
たかしは死神ちゃんに近寄ると、まるで高い高いをするかのように死神ちゃんを抱き上げた。死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると、目を瞬かせながら言った。
「お前、とうとう三階に降りられるようになったんだな!」
「うん、つい最近ね。あれから半年ほど、家庭教師をつけて猛勉強したんだ。どんな問題だったかは覚えてないんだけど、でも、勉強しないことにはクリアーできない気がしてさ。おかげで三階には降りてこられるようになったんだけど、そのせいで年末年始は帰省できなくて。ばあちゃんに会いたかったなあ……」
「お前、まだばあちゃんに会えていないのかよ!?」
死神ちゃんが驚嘆して口をあんぐりとさせると、たかしは苦笑いを浮かべながら勉強していたときの様子を語りだした。たかしはたくさんのりんごと家庭教師の心を砕きながら、バイトの合間を縫って勉学に励んだという。夜などは、バイト仲間のケンやケンのガールフレンドたちが夜食の差し入れをしてくれたそうで、その応援の甲斐があって何とか二階のリドルを突破することができたらしい。
また、ケンがいないときでも一人で安全に戦闘が行えるようにと、一旦盗賊に転職して〈姿くらまし〉の術とデコイ設置の技術を覚えてきたらしい。死神ちゃんは相槌を打つと、ばあちゃんのことを話そうとした。しかし、たかしはそれを遮るようにさらに言葉を続けた。
「おかげさまでね、モンスターを倒せる確率も格段に上がったから、冒険者としてのレベルも上がってきたし、装備も充実してきたんだよ。しかも、最近は修練を兼ねていろいろと〈お使い〉をこなしているから、実入りもいいし」
「お使い?」
死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、たかしは何かに気づいてハッと息を呑み、そして死神ちゃんの手を引いて物陰へと隠れた。見て、とたかしが指し示した先にはたかしが先ほど設置したデコイがあり、ちょうど人型のモンスターがフラフラと近寄ってくるところだった。
人型のモンスターは悪態をつきながら、デコイを蹴飛ばした。そのデコイを蹴ることに夢中になっているモンスターの背後に忍び寄ると、たかしは剣を振り上げ、渾身の力で叩き切った。死神ちゃんは一日に最低一回は聞く、馴染みのある断末魔に顔をしかめた。
「うーん、また手に入らなかった。中々厳しいなあ」
そう言ってため息をつくと、僅かな硬貨を拾い上げ、落胆しながらたかしは死神ちゃんのもとに戻ってきた。
「これと〈お使い〉とやらと、どう関係があるんだ?」
「うん。この追い剥ぎ男ね、つい最近になってダンジョン内で見かけるようになったんだけど、こいつがお酒を持っていることがあるらしいんだよ。それで、街の酒屋の亭主さんが『こいつの持ってる酒をいくつか集めてきたら、報酬をくれてやる』って言うから――」
「お前、酒屋に顔出してるのか。じゃあ、まさこともよく会うのか?」
死神ちゃんはたかしの言葉を食うように、慌ててそう言った。しかし、たかしの答えはノーだった。
もしもばあちゃんと仲のいいまさこと会えていたら、そこからばあちゃんの情報を得ることができていただろう。そんなに大きな街ではないだろうに、いまだ会うことも叶わず、そして〈ばあちゃんがいる〉と教えてやることもできず、自ら気づく機会もないというのはさすがにおかしいのではないか。どうしてこうも、何かが噛み合わないのか。もしや何かしらの呪いめいたものが、たかしの身にはかけられているのではないか。――そんなことを漠然と思い、死神ちゃんは苦い顔を浮かべて閉口した。
たかしはその後も、デコイを設置しては物陰で待ち伏せし、悪態をつきにやってきたハイウェイマンを退治した。ハイウェイマンはたかしでも簡単に倒せるほど弱いそうなのだが、相手にするのが面倒くさいのだそうだ。というのも、一度ヤツに気づかれると、ヤツはどこまでも追いかけてくるのだという。しかも足がとても早いそうで、振り切ることも敵わない。どこまでもどこまでも、その俊足でしつこく粘着してくるのだそうだ。だから、普段は見つからないように〈姿くらまし〉をしてやりすごし、戦いたいときだけデコイを設置して呼んでやるのが一番良いらしい。
「奥に進むに連れて見たこともないモンスターや、同じようなヤツでもより強いのに出会うっていうけれど。まさかこんな、地図が販売されているような場所で新しい敵に遭遇するとは思わなかったよ。こいつ、いつ見ても悪態ついてるし、もしかして人生何もかも嫌になって闇落ちしちゃったのかな」
「いや、本人はいたって毎日が楽しそうだし、超絶ポジティブだぜ」
「そうなの? じゃあ、単にガラが悪いだけなのかな。それにしても、すごく三下臭するんだよね、あいつ。強さも三下だけど。ていうか、君、あんなヤツと知り合いなの?」
たかしは心配そうに表情を曇らせたが、死神ちゃんはただただ苦笑いを浮かべた。そんな死神ちゃんの様子にたかしは不思議そうに小首をひねったが、直後デコイを蹴飛ばしにハイウェイマンが現れたため、たかしは慌てて剣を手に現場へと出ていった。
「おっ、やった! ようやくお酒が手に入った!」
ハイウェイマンを斬り倒したたかしは、嬉しそうに地面に転がる酒瓶を拾い上げた。そしてそれを眺めながら、思案顔を浮かべて唸った。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は酒瓶を興味深げに見つめながら頬を染めた。
「いやあ、実は僕、お酒を飲んだことがなくて。しかもこれ、珍しいお酒みたいだし。一口試しに飲んだら、駄目かなあ? 依頼の品が開封済みって、やっぱりまずいかなあ?」
「そりゃあまずいに決まってるだろ。お前、仮に、一袋五つ入りのりんごをケンに買ってきてもらったとして、袋開けてみたら四つしか入っていなかったら、どう思う?」
「そんなの、僕の算数ライフが詰んでしまうじゃあないか! めちゃめちゃ困るよ!」
「だろう? それに、許可なく他人の物に手を出すのは立派な犯罪――」
「あ、でも、お駄賃としてひとつお裾分けしてあげたと思えば……。――よし、ひと口貰っちゃお」
たかしは死神ちゃんが止めるのも聞かず、瓶を開けてひと口飲んだ。たかしはじわじわと笑みを浮かべると、小刻みに肩を揺らしながら含み笑いを漏らした。
「んふふ、とうとう、大人の階段を登ってしまった……」
「たったひと口で大袈裟だな。しかも、悪い登りかたしたよな。ばあちゃん、悲しむぜ?」
「ああああああ、やっぱ駄目だったかなあ? 酒屋さんに、すっごく謝っとこう。ああでも、赦してもらえなかったらどうしよう? うわああああああん!」
「泣き上戸の絡み酒かよ! 面倒くさいな! しかも、たった一口で!? たしかに日本酒は酔いやすいが、これは……」
「なになに? これ、日本酒っていうの? ふふふ。フルーティーな味で美味しかったんだよ。――謝ればいいんだし、もうひと口もらっちゃお」
たかしはもうひと口だけ頂くと、ケラケラと楽しそうに笑いだした。そしてそのままのテンションで、ダンジョンの奥へとおもむろに進みだした。途中、ハイウェイマンに絡まれたが、たかしはグーパンひとつでヤツを黙らせた。いつも手こずる強敵も難なく倒し、それがまた楽しいようで、彼はどんどん気を大きくしていった。
泥ゴーレムが現れても、たかしは怯まなかった。しかし、さすがにゴーレムを一撃で倒すことはできず、たかしはもろに反撃を受けた。ゴーレムが拳を振り下ろし、たかしの姿が見えくなった。しかし、死神ちゃんの腕輪には、灰化達成の知らせが上がってこなかった。
不具合でも起きたのかと、死神ちゃんは腕輪を弄りだした。しかしすぐに、その手を止めた。目の前では拳を振り下ろしたままの姿勢で固まっていたゴーレムが、少しずつ後方へと押し戻されていた。死神ちゃんは呆然と、その光景を眺めていた。
とうとう、ゴーレムは完全に押しやられた。どうやらたかしはゴーレムの一撃を耐えていたようで、彼はゴーレムがふらつくのを見て、おかしそうにケラケラと笑い声を上げた。そして鋭い刃物のような目をゴーレムに向けると、ゴキゴキと指を鳴らしながらニヤリと笑って言った。
「次は貴様の番だ」
たかしは渾身の一撃をゴーレムに叩きつけた。ゴーレムはその重い衝撃に耐えきれず、ボロボロと崩れていった。そしてたかしはというと、強敵を打ち倒して高笑いしながら、その強敵の成れの果てに飲みこまれた。泥の雪崩がアイテムへと姿を変えると、その中から灰の塊も一緒に現れた。思わず、死神ちゃんは叫んだ。
「快進撃見せ続けておいて、そこで死ぬか!? そこまで来たなら、生きろよたかしいいいいいい!」
**********
死神ちゃんは第一死神寮のお魚パーティーにお呼ばれしていた。副長の魚屋の腕が光る素晴らしい舟盛りや、頬が落ちそうなほど美味しい煮付けを頂いていると、鉄砲玉がつっかかってきた。
「おい、てめえ。なんで軍曹のお膝にちょこんと座ってやがるんだよ。幼女かよ」
「場所がないんだから、仕方がないだろうが。文句言うならそこをどいて、俺に居場所を譲ってくれよ」
「それで俺が代わりに軍曹のお膝に……? 駄目だって、そんな。そういうことは、二人っきりのときでないと……」
照れくさそうにもじもじと身を捩る鉄砲玉に、死神ちゃんは呆れ返って目を細めると「アホか」と言って鼻を鳴らした。お茶を飲み干して気を取り直すと、死神ちゃんは鉄砲玉にハイウェイマンとたくさん遭遇したことを話した。すると、彼は得意気に胸を張った。
「ふふふん、満を持しての実装よぉ。さすがは俺様、死神課きってのエース! 第一班の要! お前は滅多に出没しねえ役立たずだが、俺様は常に冒険者を脅かしているんだぜ! どうだ、すげえだろ!」
「ああ、うん。すごいすごい」
死神ちゃんが投げやりな相槌を打つと、鉄砲玉は歯を剥き出して怒りを露わにした。すると、彼の周りから「おっと、酒が切れた」という声が次々に上がった。
「おい、マサ、ちっと買ってきてくれよ」
「マサちゃん、ウチらの分もついでにお願い」
「チョッパヤで頼むよ、チョッパヤで」
「ったく、お前ら、俺様が頼りになるからって、仕方ねえなあ。俺様の俊足、見せつけてやるぜ!」
鉄砲玉は自信たっぷりに鼻を鳴らすと、リビングから騒がしく出ていった。ケイティーはビール缶をひと煽りすると、ポツリと呟くように言った。
「浅い階層に新しく〈冒険者への嫌がらせ〉を追加しようってことで、浅い階層限定の一般モンスターとして実装されたんだよね」
つまり、三下の彼はその三下魂が認められ、三下として実装されたということらしい。しかも、彼は戦闘力も元々低いため、バランス調整テストをせずにそのまま投入されたという。どこまでも三下な彼に心なしか同情しつつも、まるで〈遠くに投げたボールを拾って戻ってきた犬〉のごとく嬉々とした表情で買い物から帰ってきた彼の姿に「まあ、そうだろうな。仕方ない」と死神ちゃんは納得したのだった。
――――しかし、鉄砲玉は死神ちゃんにプリンを買ってきてくれておりました。死神ちゃんは目を輝かせながら「ごめんな、マサちゃん。大好きだぜ」と言い、鉄砲玉は「キモッ」と返しました。意外と優しいマサちゃんも、たかしも、大器晩成なのだと信じたいのDEATH。
「たかし!? お前、たかしじゃあないか!」
「あ、君は、いつぞやのお嬢ちゃん! お久しぶり!」
たかしは死神ちゃんに近寄ると、まるで高い高いをするかのように死神ちゃんを抱き上げた。死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると、目を瞬かせながら言った。
「お前、とうとう三階に降りられるようになったんだな!」
「うん、つい最近ね。あれから半年ほど、家庭教師をつけて猛勉強したんだ。どんな問題だったかは覚えてないんだけど、でも、勉強しないことにはクリアーできない気がしてさ。おかげで三階には降りてこられるようになったんだけど、そのせいで年末年始は帰省できなくて。ばあちゃんに会いたかったなあ……」
「お前、まだばあちゃんに会えていないのかよ!?」
死神ちゃんが驚嘆して口をあんぐりとさせると、たかしは苦笑いを浮かべながら勉強していたときの様子を語りだした。たかしはたくさんのりんごと家庭教師の心を砕きながら、バイトの合間を縫って勉学に励んだという。夜などは、バイト仲間のケンやケンのガールフレンドたちが夜食の差し入れをしてくれたそうで、その応援の甲斐があって何とか二階のリドルを突破することができたらしい。
また、ケンがいないときでも一人で安全に戦闘が行えるようにと、一旦盗賊に転職して〈姿くらまし〉の術とデコイ設置の技術を覚えてきたらしい。死神ちゃんは相槌を打つと、ばあちゃんのことを話そうとした。しかし、たかしはそれを遮るようにさらに言葉を続けた。
「おかげさまでね、モンスターを倒せる確率も格段に上がったから、冒険者としてのレベルも上がってきたし、装備も充実してきたんだよ。しかも、最近は修練を兼ねていろいろと〈お使い〉をこなしているから、実入りもいいし」
「お使い?」
死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、たかしは何かに気づいてハッと息を呑み、そして死神ちゃんの手を引いて物陰へと隠れた。見て、とたかしが指し示した先にはたかしが先ほど設置したデコイがあり、ちょうど人型のモンスターがフラフラと近寄ってくるところだった。
人型のモンスターは悪態をつきながら、デコイを蹴飛ばした。そのデコイを蹴ることに夢中になっているモンスターの背後に忍び寄ると、たかしは剣を振り上げ、渾身の力で叩き切った。死神ちゃんは一日に最低一回は聞く、馴染みのある断末魔に顔をしかめた。
「うーん、また手に入らなかった。中々厳しいなあ」
そう言ってため息をつくと、僅かな硬貨を拾い上げ、落胆しながらたかしは死神ちゃんのもとに戻ってきた。
「これと〈お使い〉とやらと、どう関係があるんだ?」
「うん。この追い剥ぎ男ね、つい最近になってダンジョン内で見かけるようになったんだけど、こいつがお酒を持っていることがあるらしいんだよ。それで、街の酒屋の亭主さんが『こいつの持ってる酒をいくつか集めてきたら、報酬をくれてやる』って言うから――」
「お前、酒屋に顔出してるのか。じゃあ、まさこともよく会うのか?」
死神ちゃんはたかしの言葉を食うように、慌ててそう言った。しかし、たかしの答えはノーだった。
もしもばあちゃんと仲のいいまさこと会えていたら、そこからばあちゃんの情報を得ることができていただろう。そんなに大きな街ではないだろうに、いまだ会うことも叶わず、そして〈ばあちゃんがいる〉と教えてやることもできず、自ら気づく機会もないというのはさすがにおかしいのではないか。どうしてこうも、何かが噛み合わないのか。もしや何かしらの呪いめいたものが、たかしの身にはかけられているのではないか。――そんなことを漠然と思い、死神ちゃんは苦い顔を浮かべて閉口した。
たかしはその後も、デコイを設置しては物陰で待ち伏せし、悪態をつきにやってきたハイウェイマンを退治した。ハイウェイマンはたかしでも簡単に倒せるほど弱いそうなのだが、相手にするのが面倒くさいのだそうだ。というのも、一度ヤツに気づかれると、ヤツはどこまでも追いかけてくるのだという。しかも足がとても早いそうで、振り切ることも敵わない。どこまでもどこまでも、その俊足でしつこく粘着してくるのだそうだ。だから、普段は見つからないように〈姿くらまし〉をしてやりすごし、戦いたいときだけデコイを設置して呼んでやるのが一番良いらしい。
「奥に進むに連れて見たこともないモンスターや、同じようなヤツでもより強いのに出会うっていうけれど。まさかこんな、地図が販売されているような場所で新しい敵に遭遇するとは思わなかったよ。こいつ、いつ見ても悪態ついてるし、もしかして人生何もかも嫌になって闇落ちしちゃったのかな」
「いや、本人はいたって毎日が楽しそうだし、超絶ポジティブだぜ」
「そうなの? じゃあ、単にガラが悪いだけなのかな。それにしても、すごく三下臭するんだよね、あいつ。強さも三下だけど。ていうか、君、あんなヤツと知り合いなの?」
たかしは心配そうに表情を曇らせたが、死神ちゃんはただただ苦笑いを浮かべた。そんな死神ちゃんの様子にたかしは不思議そうに小首をひねったが、直後デコイを蹴飛ばしにハイウェイマンが現れたため、たかしは慌てて剣を手に現場へと出ていった。
「おっ、やった! ようやくお酒が手に入った!」
ハイウェイマンを斬り倒したたかしは、嬉しそうに地面に転がる酒瓶を拾い上げた。そしてそれを眺めながら、思案顔を浮かべて唸った。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は酒瓶を興味深げに見つめながら頬を染めた。
「いやあ、実は僕、お酒を飲んだことがなくて。しかもこれ、珍しいお酒みたいだし。一口試しに飲んだら、駄目かなあ? 依頼の品が開封済みって、やっぱりまずいかなあ?」
「そりゃあまずいに決まってるだろ。お前、仮に、一袋五つ入りのりんごをケンに買ってきてもらったとして、袋開けてみたら四つしか入っていなかったら、どう思う?」
「そんなの、僕の算数ライフが詰んでしまうじゃあないか! めちゃめちゃ困るよ!」
「だろう? それに、許可なく他人の物に手を出すのは立派な犯罪――」
「あ、でも、お駄賃としてひとつお裾分けしてあげたと思えば……。――よし、ひと口貰っちゃお」
たかしは死神ちゃんが止めるのも聞かず、瓶を開けてひと口飲んだ。たかしはじわじわと笑みを浮かべると、小刻みに肩を揺らしながら含み笑いを漏らした。
「んふふ、とうとう、大人の階段を登ってしまった……」
「たったひと口で大袈裟だな。しかも、悪い登りかたしたよな。ばあちゃん、悲しむぜ?」
「ああああああ、やっぱ駄目だったかなあ? 酒屋さんに、すっごく謝っとこう。ああでも、赦してもらえなかったらどうしよう? うわああああああん!」
「泣き上戸の絡み酒かよ! 面倒くさいな! しかも、たった一口で!? たしかに日本酒は酔いやすいが、これは……」
「なになに? これ、日本酒っていうの? ふふふ。フルーティーな味で美味しかったんだよ。――謝ればいいんだし、もうひと口もらっちゃお」
たかしはもうひと口だけ頂くと、ケラケラと楽しそうに笑いだした。そしてそのままのテンションで、ダンジョンの奥へとおもむろに進みだした。途中、ハイウェイマンに絡まれたが、たかしはグーパンひとつでヤツを黙らせた。いつも手こずる強敵も難なく倒し、それがまた楽しいようで、彼はどんどん気を大きくしていった。
泥ゴーレムが現れても、たかしは怯まなかった。しかし、さすがにゴーレムを一撃で倒すことはできず、たかしはもろに反撃を受けた。ゴーレムが拳を振り下ろし、たかしの姿が見えくなった。しかし、死神ちゃんの腕輪には、灰化達成の知らせが上がってこなかった。
不具合でも起きたのかと、死神ちゃんは腕輪を弄りだした。しかしすぐに、その手を止めた。目の前では拳を振り下ろしたままの姿勢で固まっていたゴーレムが、少しずつ後方へと押し戻されていた。死神ちゃんは呆然と、その光景を眺めていた。
とうとう、ゴーレムは完全に押しやられた。どうやらたかしはゴーレムの一撃を耐えていたようで、彼はゴーレムがふらつくのを見て、おかしそうにケラケラと笑い声を上げた。そして鋭い刃物のような目をゴーレムに向けると、ゴキゴキと指を鳴らしながらニヤリと笑って言った。
「次は貴様の番だ」
たかしは渾身の一撃をゴーレムに叩きつけた。ゴーレムはその重い衝撃に耐えきれず、ボロボロと崩れていった。そしてたかしはというと、強敵を打ち倒して高笑いしながら、その強敵の成れの果てに飲みこまれた。泥の雪崩がアイテムへと姿を変えると、その中から灰の塊も一緒に現れた。思わず、死神ちゃんは叫んだ。
「快進撃見せ続けておいて、そこで死ぬか!? そこまで来たなら、生きろよたかしいいいいいい!」
**********
死神ちゃんは第一死神寮のお魚パーティーにお呼ばれしていた。副長の魚屋の腕が光る素晴らしい舟盛りや、頬が落ちそうなほど美味しい煮付けを頂いていると、鉄砲玉がつっかかってきた。
「おい、てめえ。なんで軍曹のお膝にちょこんと座ってやがるんだよ。幼女かよ」
「場所がないんだから、仕方がないだろうが。文句言うならそこをどいて、俺に居場所を譲ってくれよ」
「それで俺が代わりに軍曹のお膝に……? 駄目だって、そんな。そういうことは、二人っきりのときでないと……」
照れくさそうにもじもじと身を捩る鉄砲玉に、死神ちゃんは呆れ返って目を細めると「アホか」と言って鼻を鳴らした。お茶を飲み干して気を取り直すと、死神ちゃんは鉄砲玉にハイウェイマンとたくさん遭遇したことを話した。すると、彼は得意気に胸を張った。
「ふふふん、満を持しての実装よぉ。さすがは俺様、死神課きってのエース! 第一班の要! お前は滅多に出没しねえ役立たずだが、俺様は常に冒険者を脅かしているんだぜ! どうだ、すげえだろ!」
「ああ、うん。すごいすごい」
死神ちゃんが投げやりな相槌を打つと、鉄砲玉は歯を剥き出して怒りを露わにした。すると、彼の周りから「おっと、酒が切れた」という声が次々に上がった。
「おい、マサ、ちっと買ってきてくれよ」
「マサちゃん、ウチらの分もついでにお願い」
「チョッパヤで頼むよ、チョッパヤで」
「ったく、お前ら、俺様が頼りになるからって、仕方ねえなあ。俺様の俊足、見せつけてやるぜ!」
鉄砲玉は自信たっぷりに鼻を鳴らすと、リビングから騒がしく出ていった。ケイティーはビール缶をひと煽りすると、ポツリと呟くように言った。
「浅い階層に新しく〈冒険者への嫌がらせ〉を追加しようってことで、浅い階層限定の一般モンスターとして実装されたんだよね」
つまり、三下の彼はその三下魂が認められ、三下として実装されたということらしい。しかも、彼は戦闘力も元々低いため、バランス調整テストをせずにそのまま投入されたという。どこまでも三下な彼に心なしか同情しつつも、まるで〈遠くに投げたボールを拾って戻ってきた犬〉のごとく嬉々とした表情で買い物から帰ってきた彼の姿に「まあ、そうだろうな。仕方ない」と死神ちゃんは納得したのだった。
――――しかし、鉄砲玉は死神ちゃんにプリンを買ってきてくれておりました。死神ちゃんは目を輝かせながら「ごめんな、マサちゃん。大好きだぜ」と言い、鉄砲玉は「キモッ」と返しました。意外と優しいマサちゃんも、たかしも、大器晩成なのだと信じたいのDEATH。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる