転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第271話 死神ちゃんと弁護士⑤

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 死神ちゃんが〈担当のパーティーターゲット〉を探して彷徨さまよっていると、前方から何やら呪言のようなものが聞こえてきた。それを聞いていたからと言って特に何も効果等はなさそうではあったものの、死神ちゃんは何となく嫌な気分になった。呪言が段々と近づいてきて、死神ちゃんは一層気が滅入った。呪言の主はどうやらターゲットのようで、「これは一体、何の呪文なんだ?」と思いながら死神ちゃんが待ち構えていると、呪言の近づいてくるスピードが突如加速した。前にも同じようなことがあったのを思い出した死神ちゃんは、ぐったりと肩を落として面倒くさそうにため息をついた。
 案の定、カツカツと音を立てながら悩ましげなスーツの女がピンヒールで全力疾走してきた。彼女はお得意の「異議あり!」と叫びながら、分厚い法律書を振りかぶって死神ちゃんに突っ込んできた。
 法律書は死神ちゃんの体をただ透過しただけで、ダメージを与えることは敵わなかった。彼女は着地して乱れた髪を掻き上げると、死神ちゃんを指差して「異議あり!」と再び叫んだ。


「何で攻撃を受けても平気なのよ!?」

「今度は一体、何の呪文を唱えながらだったんだよ」

「あら、これが呪文だと認識したのね!?」

「ああ。とても気分が滅入ったからな。――で、一体何の呪文なんだよ」


 彼女はニヤリと笑うと「〈偉大なる未来の教皇エクレクトスの華麗なる冒険〉を朗読したのよ」と言った。死神ちゃんが頭を抱えると、彼女は得意気に胸を張って言葉を続けた。


「未来の教皇を名乗るくらいですからね、きっとしたためられている文章に神聖な力が篭っているだろうと思ったのよ」

「申し訳ないんだけれどもさ、なのはエクレクトスじゃあなくて、その姪だから。だから、それを読み上げられたところで痛くも痒くもない」

「異議あり! あなた、さっき〈気が滅入る〉って言っていたじゃない! 本当は効果あるんじゃあないの!?」

「そいつのおしゃべりに飽き飽きしているってだけだから。よって、異議は認められません。悪いな」


 死神ちゃんがふてぶてしく鼻を鳴らすと、彼女は「異議あり!」と繰り返しながら地団駄を踏んだ。
 この国きっての弁護士の名門の家の出ながら、暗殺に賄賂にと汚い手で勝利をもぎ取る悪徳弁護士の彼女は、以前二回ほどボディーガード兼汚れ仕事を担ってくれる者を求めてやってきた。冒険者としての職業は召喚士ではないのだが、彼女は金の力でダイヤモンドリングを入手したため、それを利用しての召喚契約をモンスターを相手に何度も試みている。前回などはうっかり死神ちゃんに召喚契約書が飛ばされてきて、死神ちゃんは必死に申請拒否処理を繰り返し行なっていた。どうやら今回も目的は同じようで、彼女は目を輝かせてあざとくポーズを取った。


「もう、どいつもこいつも申請拒否しやがって。恥ずかしがり屋さんなんだからッ」

「可愛い子ぶったわりに口が悪いな。みんな、その素を見抜いて、申請を承認したらマズいと感じてるんじゃあないか?」

「いやだ、そんな訳ないじゃない。もう契約してくれるなら何でもいいと思って、闇落ちしてモンスター化した人だけでなくガチモンスターにも声かけているんですけど。まるで、まだ見ぬ恋人との未知の恋に期待しつつも怯える未成年女子みたいでね。そんなセンチメンタルな彼らの心を得るべく渡り歩く私は、まさに旅人のよう……」

「とってもストレンジな旅人だよな。異議あり異議あり言いながら詰め寄ってきてさ。とりあえず話だけ聞いてみようと思って聞いてみたら、暗殺業に就かないかっていう打診でさ。そりゃあ怯えもするわ」

「異・議・あ・りーッ!!」


 死神ちゃんは再びふてぶてしく鼻を鳴らした。彼女は不機嫌に顔を真っ赤にすると、いまだに手に抱え持っていた〈偉大なる未来の教皇エクレクトスの華麗なる冒険〉を死神ちゃんに向かって力の限り投げつけた。

 弁護士は気を取り直すと、さっそくスカウト活動を始めた。しかし、やはりどのモンスターも素気無く申請を拒否した。彼女は小さく舌打ちをすると、鬼のような形相で吐き捨てるように言った。


「どいつもこいつも、分かってないわね。〈この素晴らしい私と契約ができる〉という付加価値が。それとも、分かってはいるものの『なんか、相性合わなそうなんだよね』とか思っているのかしら。分かっているなら、少しくらい我慢しなさいよ」

「お前、離婚問題をかなり担当しているんだろ? だったら、我慢しろとか言うなよ。〈性格の不一致〉は離婚理由のランキング上位じゃないか」

「うるさいわね、分かっているわよ! ていうか、あなた、何を呑気にお菓子なんて食べてるのよ! 私にも寄越しなさいよ!」


 彼女の地道なスカウト活動に付き合う義理もない死神ちゃんは、勝手気ままにおやつを食べていた。弁護士は癇癪を起こすと、死神ちゃんからお菓子を奪い取ろうとした。死神ちゃんは身を捩り、宙に浮かび上がるとベエと舌を出した。


「正当な対価もないのに、分けてなんかやれませんねえ」

「だったら、私の肖像画を上げるわ。さ、ちょうだい」

「全然正当じゃあないな。それじゃあ等価になり得ないだろうが」

「異議あり! 異議あり! そんなにも美味しそうな香り漂うマドレーヌ、滅多にお目になんかかかれないんだから! どうしたら分けてくれるのよ!」

「渡る世間はギブアンドテイクなんだろう?」

「くっ……。いいわ、お金でリカバーしてやろうじゃあないの。でも、お金なんかよりも絶対に私の肖像画のほうが価値があると思うんだけ――」

「だから、それは要らないから」


 死神ちゃんは呆れ眼を細めると、手にしていたマドレーヌを平らげた。弁護士は愕然とした表情を浮かべると、必死に「まだあるわよね!? いくら!?」と悲鳴のような声を上げた。


「はあ……。おいひい……。こんなにも美味しいマドレーヌ、生まれて初めてだわ……。王都にだって、こんなに美味しいものは売っていないわよ……」

「そんなに食べたかったのかよ……」


 死神ちゃんは若干引き気味に頬を引きつらせて唖然としながら、たんまりと頂いたをポーチにしまい込んだ。弁護士はマドレーヌを嬉しそうに頬張りながら、じんわりと目尻に涙を浮かべていた。彼女は極上のマドレーヌで英気を養うと、再びスカウト活動に熱を入れた。すると、彼女の話を聞こうと足を止めたモンスターがいた。彼女は嬉しそうに頬を上気させると、モンスターと交渉すべく世間話を開始した。そしてとうとう、交渉まで漕ぎ着けた。


「タダで仲間になる無理なこと、ただし。対価それなりに。いかほど?」

「ちょっと話し方がおかしいわね、こいつ……。まあ、いいわ。対価ね、何をあげたらいいわけ?」

「では、もらう。お金、お金」

「お金? ――このくらいでいいかしら」

「ありがとう。足りない、でもまだ。欲しい、もっと何か」

「じゃあ、またお金を……。――えっ、今度は物の方がいい? じゃあ、私の肖像画―― 何よ、もっと実用的なものを寄越せですって? 仕方ないわね。じゃあ、傷薬をあげるわ」

「ありがとう。でも、もう少し。法律書、法律書」


 モンスターが手のひらを上に向けて〈ほら、寄越せよ〉というジェスチャーをとると、弁護士は「それはさすがに無理だ」と言って眉根を寄せた。モンスターは快活に笑うと、「冗談」と繰り返した。その後も、彼女はあれこれと金銭やお金をモンスターに貢いだ。これで交渉成立かと思いきや、モンスターは肩をすくめて首を横に振った。


「無理、やはり。気が合わない、あなたとは」

「はあ!? 散々っぱら人様から金品巻き上げといて、それはないでしょう! 立派な犯罪よ! 異議ありだわ!」

「無理、無理。さようなら」


 去っていくモンスターの背を睨みつけながら、彼女は腹の底から「異議あり」と叫んだ。奪われたものは戦ってでも奪い返せばいいと一瞬は思ったらしいが、戦闘になったら負けると判断したのか、彼女は結局泣き寝入りすることに決めたようだった。


「まったく、えらい目に遭ったわ。あんなに強大なモンスターと契約できるならと思ってホイホイと貢いだおかげで、手持ちのお金がピンチだわ」

「ねえ、お姉さん。大変だったね。実は私もとても大変な悩みを抱えていて――」


 苦い顔でため息をついた彼女は、出し抜けに話しかけられてギョッとした。振り返ってみると、すぐ背後にまた別のモンスターがいた。彼女が警戒してファイティングポーズをとると、モンスターはしょんぼりとうなだれながら「仲間にして欲しいんだけど」と言った。彼女は嬉しそうにうなずくと、いそいそとダイヤモンドリングを差し出した。直後、彼女の指からリングが消失し、彼女は愕然とした表情を浮かべて絶叫した。


「うっかり騙されて、馬鹿な人間! 仲間になんか、なるわけがないだろう!」

「騙したわね! しかも、指輪まで奪ったわね! 詐欺罪に窃盗罪で有罪判決だわ!」


 モンスターはニヤリと笑うと、凄まじい勢いでその場から逃走した。弁護士は怒り狂って、髪を振り乱しながら全力で追いかけた。しかし、石畳の間にピンヒールがはまり込んで派手に転び、その勢いで彼女の体は落とし穴へと投げ出されたのだった。



   **********



 待機室に戻ってきた死神ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。すると、マッコイがきょとんとした顔で目をしばたかせながら声をかけてきた。


「薫ちゃん、どうしたのよ。首なんか傾げちゃって」

「いや、ダンジョン内のモンスターに召喚契約を申し出ても無効化されるようにしてくれって〈あろけーしょんせんたー〉に意見投げたはずだろう? なのに、乗り気で話を聞いたり、向こうから打診してきたりしたから。何でかなって」

「ああ、せっかくだから〈搾り取るだけ搾り取ってから拒否する〉っていう仕様にしたらしいわよ」

「さすが、えげつないな」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、ポーチの中に手を突っ込んだ。そして金貨のたんまりと詰まった小袋を取り出すと、それをマッコイに手渡した。


「ほい、マドレーヌのお代」

「あら、材料費にしてももらいすぎよ、これは」


 マッコイが困ったというかのように表情を少しばかり暗くすると、死神ちゃんは笑って言った。


「それだけの価値があると思って支払ってくれたんだから、ありがたくもらっておけばいいんじゃあないか?」


 なおもマッコイが戸惑っていると、隣にいたグレゴリーが口を開いた。


「ていうか、拒否せずに与えてやったんだから、優しいほうだろう。搾り取ったことには変わりないがな。――お前、ダンジョン内でお菓子屋さんでも始めるか? アルデンタスのサロンといい勝負の〈いい罠〉になるんじゃあねえか?」


 ゲラゲラ笑うグレゴリーを、マッコイと死神ちゃんは〈信じられない〉という顔で見つめた。しかしながらグレゴリーの案は採用されて、後日、ダンジョン内に〈ケーキのワゴン販売〉が不定期に出没するようになった。冒険者達は腹を満たす代わりに、喜んで財布の中を擦り減らすようになったのだった。




 ――――でも、その頬が落ちそうなほど美味しいお菓子の味は、プライスレスなのDEATH。
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