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* 死神生活三年目&more *
第284話 死神ちゃんと金の亡者⑤
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死神ちゃんはダンジョンに降り立つと、辺りをキョロキョロと見回した。そして〈担当のパーティー〉と思しき冒険者がたくさんある泉のうちのひとつを必死に覗き込んでいるのを見つけると、彼の尻を思いっきり蹴った。蹴られた勢いで泉に落ちた彼は、溺れそうになって助けを求めながら必死にもがいた。何とか自力で這い上がってきた彼は、荒く呼吸をしながら息も絶え絶えに言った。
「お前……ホント、ダンジョンから出られるようになれよ……! そしたら、敏腕弁護士雇ってたんまり慰謝料請求してやるからさあ……!」
「そもそも、他の冒険者が同じことをしたって訴えることはできないだろうが。ダンジョンの中は何かと免除されている、無法地帯なんだからさ」
「減らず口がひどすぎて、本当に可愛くないよな、お前! 可愛い幼女のクセしてさあ!」
「こう見えて、俺、死神なんで。――で、水底に金は落ちてたか?」
死神ちゃんがふてぶてしく鼻を鳴らすと、彼は「落ちてなかったよ!」と叫んで悔しそうに地団駄を踏んだ。
彼はケチでがめつい〈金の亡者〉で、通称をピカリンという。彼はピカピカと光り輝く金目のものが大好きで、〈如何に労力をかけずに大儲けできるか〉ということばかりを考え、ときには詐欺を働くこともあった。そんな金に汚い彼は、本日も新しいビジネスを思いついてダンジョンにやって来たのだそうだ。
「聞くところによると、水辺地区だか火炎地区だかに、スパリゾートっぽい雰囲気の場所があるらしいんだ。温泉が沸いているそうで、それに浸かると様々な効果が得られるらしい。しかも、その付近に出没するモンスターは踊りを踊ったり歌を歌ったりと楽しげなヤツばかりらしい。――今、巷では夏休みだろう? だから、ちょっとした観光ツアーを組んだら、大儲けできると思ったんだよ」
「お前、馬鹿か? ごく普通の人たちは、観光目的で五階までなんて降りてこられないだろう」
「そんなわけあるか。この前、この街の食堂で昼食をとっていたら、そこの店のおばちゃんが『六階まで観光に行った』とかしゃべってたぞ。巷のおばちゃんが可能なものが、どうして不可能だっていうんだ」
「その人を〈ごく普通の人たち〉にカウントすること自体が間違ってるから!」
死神ちゃんが素っ頓狂な声でそう言うと、ピカリンは〈解せぬ〉という顔で小さく首をひねった。彼は気を取り直すと、スパリゾートらしきものを目指して右往左往し始めた。探し歩きながら、彼は神妙な面持ちで眉根を寄せてポツリと言った。
「ところで、その温泉付近に出没するモンスターなんだがさあ、踊りはとても素晴らしいらしいんだが、見ていると不幸な気持ちになってくるらしいんだ」
「それって、お前の〈観光ツアー計画〉にとって凄まじく不都合なんじゃあないのか?」
「だよなあ。実際に見てみて、不幸な気持ちになったらどうしようか。――あ、いつぞやのときのように怪しい宗教家のおっさんと一緒に壺と香を売ればいいか! 〈この壺に香を振り入れたら、幸せが戻ってきますよ〉とか言ってさ!」
「どこまでも汚いな。ていうか、それ、まるでデート商法みたいだな」
死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、ピカリンは得意気に胸を張って笑った。どうやら彼は、今発言した自分の考えがベストアイデアだと感じたらしい。死神ちゃんがため息をつくと、ちょうど火炎地区に差し掛かった。そこからしばらく歩いて、ピカリンはとうとう温泉を発見した。彼は湯上り後に使用するタオルなどを用意し、そしていそいそと装備と解いて服を脱ぐと、勢い良く温泉に飛び込んだ。
「公衆浴場とかでは飛び込みなんてできないからな、すごく得した気分だ!」
「意外とお子様だな。そんなに嬉しいものかよ」
「何言ってるんだよ。想像してみろよ。プライベートビーチに自分一人だけ。視界に映る全ての場所が、自分だけのもの! 自分だけの空間なんだから、何をしたって怒られない! もちろん、開放感たっぷりに真ッパでいたって怒られない! 対して、公衆浴場は周りに気を遣いまくりだからな。――な、絶対に気持ちが良いだろう!?」
「まあ、たしかに」
「いいな、これ! 難攻不落のダンジョンを、あなただけのリゾート地に! 周りはモンスターくらいしかいないから、人目を気にせず好き放題出来ます!」
「人目があっても、真ッ裸で彷徨いている冒険者はたまにいるけどな」
「うるさいな、せっかく良いキャッチコピーが浮かんだと思ったのに! ――まあ、いいや。お前も、入れば? 本当に気持ちがいいから」
死神ちゃんは心底嫌そうな顔を浮かべたが、彼にしつこくせがまれて渋々服を脱いだ。そして彼から離れて湯に浸かった死神ちゃんは、ホウと幸せそうに目尻を下げた。
「あ、本当だ。すごく気持ちがいい」
「だろう? ――あっ、なんか気力と体力が沸いてきた! すごく、気分がいい!」
そう言いながら、ピカリンは緑と黄色の光に一瞬包まれた。どうやら、体力が回復して気力が満ち溢れる魔法効果がかかったらしい。彼が上機嫌に鼻歌を歌いだすと、モンスターがやって来た。モンスターは温泉に入ってこようとはせず、何やらパフォーマンスをし始めた。
腰簑を付けたモンスターは、両手にボンボンを持ってフラダンスを踊り始めた。それはさながら南国スパリゾートのようだった。やんやと拍手をしながら、ピカリンは持参していた水筒を煽った。そして楽しそうに声を弾ませて笑いながら、不思議そうに首を傾げた。
「これのどこが、不幸な気持ちになるっていうんだ? もう、僕にはビジネスが成功するビジョンが見えてきて、金の臭いしか感じないんだが! 幸せなこと、このうえないじゃあないか!」
彼は指笛を鳴らしてモンスターを囃し立てた。気を良くしたモンスターはお辞儀をすると、再び踊り始めた。その様子に、ピカリンの表情は段々と固くなっていき、死神ちゃんも表情を失った。
「なあ、あの腰蓑、微妙に藁が少なくはないか? 何ていうか、その、そのせいで中のモノがちらっちら見えるっていうか――」
「女の子が、そんな破廉恥なことを言うんじゃあありません!」
ピカリンは悲壮感たっぷりに声をひっくり返した。そして、ちらちらと見えるモノを気にすることなくダンスを堪能しようと努めたのだが、モンスターがそれを強調するように踊るためにどうしても無視し続けるということが出来なかった。おかげさまで、そこはかとなく不幸な時間がしばらく続くこととなった。
次第に、ピカリンの周りに黒い靄が集まってきた。そしてそれは、モンスターが一層激しく踊りだし、リンボーダンスなども披露し始めたころには雲のようにまとまった。モンスターが華麗に踊り終えると、黒い雲から雷のようなものがピカリンめがけて落ちてきた。
それを受けても特に何も起こらず、ピカリンは訝しげに目を瞬かせた。直後、温泉から出ようとした彼に不幸な出来事が起きた。彼は足を滑らせて、深みに嵌ってしまったのだ。そしてそのまま、彼が浮いてくることはなかった。死神ちゃんはため息をつくと、ピカリンが用意していたタオルを勝手に借りて体を拭いた。そして身支度を整えると、背中を丸めてすごすごと姿を消したのだった。
なお、後日聞いたところによると、極寒地区にも温泉があるそうだ。そちらはさながら雪国の秘境旅館という雰囲気が楽しめるそうで、しかも幸福に包まれることが出来るという。その噂を聞きつけて、どこぞの残念さんが旅行を計画中だというのは、また別のお話。
――――なお、ダンジョン内の温泉は、天狐の城にてビット所長が自ら入って研究に研究を重ねて作られた人工温泉だという。死神ちゃんは「ロボットが入浴して、錆びたりしないのか?」と疑問に思ったそうDEATH。
「お前……ホント、ダンジョンから出られるようになれよ……! そしたら、敏腕弁護士雇ってたんまり慰謝料請求してやるからさあ……!」
「そもそも、他の冒険者が同じことをしたって訴えることはできないだろうが。ダンジョンの中は何かと免除されている、無法地帯なんだからさ」
「減らず口がひどすぎて、本当に可愛くないよな、お前! 可愛い幼女のクセしてさあ!」
「こう見えて、俺、死神なんで。――で、水底に金は落ちてたか?」
死神ちゃんがふてぶてしく鼻を鳴らすと、彼は「落ちてなかったよ!」と叫んで悔しそうに地団駄を踏んだ。
彼はケチでがめつい〈金の亡者〉で、通称をピカリンという。彼はピカピカと光り輝く金目のものが大好きで、〈如何に労力をかけずに大儲けできるか〉ということばかりを考え、ときには詐欺を働くこともあった。そんな金に汚い彼は、本日も新しいビジネスを思いついてダンジョンにやって来たのだそうだ。
「聞くところによると、水辺地区だか火炎地区だかに、スパリゾートっぽい雰囲気の場所があるらしいんだ。温泉が沸いているそうで、それに浸かると様々な効果が得られるらしい。しかも、その付近に出没するモンスターは踊りを踊ったり歌を歌ったりと楽しげなヤツばかりらしい。――今、巷では夏休みだろう? だから、ちょっとした観光ツアーを組んだら、大儲けできると思ったんだよ」
「お前、馬鹿か? ごく普通の人たちは、観光目的で五階までなんて降りてこられないだろう」
「そんなわけあるか。この前、この街の食堂で昼食をとっていたら、そこの店のおばちゃんが『六階まで観光に行った』とかしゃべってたぞ。巷のおばちゃんが可能なものが、どうして不可能だっていうんだ」
「その人を〈ごく普通の人たち〉にカウントすること自体が間違ってるから!」
死神ちゃんが素っ頓狂な声でそう言うと、ピカリンは〈解せぬ〉という顔で小さく首をひねった。彼は気を取り直すと、スパリゾートらしきものを目指して右往左往し始めた。探し歩きながら、彼は神妙な面持ちで眉根を寄せてポツリと言った。
「ところで、その温泉付近に出没するモンスターなんだがさあ、踊りはとても素晴らしいらしいんだが、見ていると不幸な気持ちになってくるらしいんだ」
「それって、お前の〈観光ツアー計画〉にとって凄まじく不都合なんじゃあないのか?」
「だよなあ。実際に見てみて、不幸な気持ちになったらどうしようか。――あ、いつぞやのときのように怪しい宗教家のおっさんと一緒に壺と香を売ればいいか! 〈この壺に香を振り入れたら、幸せが戻ってきますよ〉とか言ってさ!」
「どこまでも汚いな。ていうか、それ、まるでデート商法みたいだな」
死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、ピカリンは得意気に胸を張って笑った。どうやら彼は、今発言した自分の考えがベストアイデアだと感じたらしい。死神ちゃんがため息をつくと、ちょうど火炎地区に差し掛かった。そこからしばらく歩いて、ピカリンはとうとう温泉を発見した。彼は湯上り後に使用するタオルなどを用意し、そしていそいそと装備と解いて服を脱ぐと、勢い良く温泉に飛び込んだ。
「公衆浴場とかでは飛び込みなんてできないからな、すごく得した気分だ!」
「意外とお子様だな。そんなに嬉しいものかよ」
「何言ってるんだよ。想像してみろよ。プライベートビーチに自分一人だけ。視界に映る全ての場所が、自分だけのもの! 自分だけの空間なんだから、何をしたって怒られない! もちろん、開放感たっぷりに真ッパでいたって怒られない! 対して、公衆浴場は周りに気を遣いまくりだからな。――な、絶対に気持ちが良いだろう!?」
「まあ、たしかに」
「いいな、これ! 難攻不落のダンジョンを、あなただけのリゾート地に! 周りはモンスターくらいしかいないから、人目を気にせず好き放題出来ます!」
「人目があっても、真ッ裸で彷徨いている冒険者はたまにいるけどな」
「うるさいな、せっかく良いキャッチコピーが浮かんだと思ったのに! ――まあ、いいや。お前も、入れば? 本当に気持ちがいいから」
死神ちゃんは心底嫌そうな顔を浮かべたが、彼にしつこくせがまれて渋々服を脱いだ。そして彼から離れて湯に浸かった死神ちゃんは、ホウと幸せそうに目尻を下げた。
「あ、本当だ。すごく気持ちがいい」
「だろう? ――あっ、なんか気力と体力が沸いてきた! すごく、気分がいい!」
そう言いながら、ピカリンは緑と黄色の光に一瞬包まれた。どうやら、体力が回復して気力が満ち溢れる魔法効果がかかったらしい。彼が上機嫌に鼻歌を歌いだすと、モンスターがやって来た。モンスターは温泉に入ってこようとはせず、何やらパフォーマンスをし始めた。
腰簑を付けたモンスターは、両手にボンボンを持ってフラダンスを踊り始めた。それはさながら南国スパリゾートのようだった。やんやと拍手をしながら、ピカリンは持参していた水筒を煽った。そして楽しそうに声を弾ませて笑いながら、不思議そうに首を傾げた。
「これのどこが、不幸な気持ちになるっていうんだ? もう、僕にはビジネスが成功するビジョンが見えてきて、金の臭いしか感じないんだが! 幸せなこと、このうえないじゃあないか!」
彼は指笛を鳴らしてモンスターを囃し立てた。気を良くしたモンスターはお辞儀をすると、再び踊り始めた。その様子に、ピカリンの表情は段々と固くなっていき、死神ちゃんも表情を失った。
「なあ、あの腰蓑、微妙に藁が少なくはないか? 何ていうか、その、そのせいで中のモノがちらっちら見えるっていうか――」
「女の子が、そんな破廉恥なことを言うんじゃあありません!」
ピカリンは悲壮感たっぷりに声をひっくり返した。そして、ちらちらと見えるモノを気にすることなくダンスを堪能しようと努めたのだが、モンスターがそれを強調するように踊るためにどうしても無視し続けるということが出来なかった。おかげさまで、そこはかとなく不幸な時間がしばらく続くこととなった。
次第に、ピカリンの周りに黒い靄が集まってきた。そしてそれは、モンスターが一層激しく踊りだし、リンボーダンスなども披露し始めたころには雲のようにまとまった。モンスターが華麗に踊り終えると、黒い雲から雷のようなものがピカリンめがけて落ちてきた。
それを受けても特に何も起こらず、ピカリンは訝しげに目を瞬かせた。直後、温泉から出ようとした彼に不幸な出来事が起きた。彼は足を滑らせて、深みに嵌ってしまったのだ。そしてそのまま、彼が浮いてくることはなかった。死神ちゃんはため息をつくと、ピカリンが用意していたタオルを勝手に借りて体を拭いた。そして身支度を整えると、背中を丸めてすごすごと姿を消したのだった。
なお、後日聞いたところによると、極寒地区にも温泉があるそうだ。そちらはさながら雪国の秘境旅館という雰囲気が楽しめるそうで、しかも幸福に包まれることが出来るという。その噂を聞きつけて、どこぞの残念さんが旅行を計画中だというのは、また別のお話。
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