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* 死神生活三年目&more *
第293話 死神ちゃんとお薬屋さん⑤
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死神ちゃんが火炎地区に降り立つと、腰蓑たちが何かのリズムに合わせて腰を振っていた。いつもは思い思いのリズムに乗ってソウルを震えさせている腰蓑たちが全員、同じリズムで腰を振っていることに死神ちゃんは不思議そうに眉根を寄せた。何のリズムだろうと思いながらぼんやりと腰蓑たちを眺めていた死神ちゃんは、遠くから聞き馴染みのあるコマーシャルソングが聞こえてくることに苦笑いを浮かべた。歌声のするほうへと行ってみると、案の定、駅弁売りよろしく首から箱を引っ下げたドワーフと遭遇した。彼はにっこりと笑うと、丁寧な物腰で挨拶をしてきた。
「やあ、お嬢さん。〈お薬屋さん〉にようこそ!」
「やっぱりお前だったか。すごいな、お前のCM力は。ここいら一帯のモンスターが、お前の歌声に合わせて踊っていたぞ」
ドワーフは快活に笑うと、上機嫌に小首を傾げた。
「さて、お嬢さん。本日はどうするかね? お嬢さんのお気に入りのプロテインももちろん準備してあるし、アロマキャンドルも各種取り揃えているよ」
彼は〈お薬屋さん〉を自称する通り、この街で薬屋を経営している。取り扱っている商品は全て彼が丹精込めて調合しているもので、中でも人気なのはアロマを練り込んだキャンドル粉だった。香りがよく、とてもリラックスできるということでご婦人方を中心に人気で、サーシャやマッコイも愛用している品だ。最近では、冒険者たちも気力回復のためにと小休憩中に愛用している者が多いらしい。死神ちゃんも彼と遭遇するたびに、薬屋が繰り出す〈おば様やおっさんが無駄買いに走っていきやすくなる魔法の言葉〉に釣られて彼から買い物をしていた。
死神ちゃんはお財布からスタンプが満タンになったカードを取り出すと、〈本日こそこのカードを商品と交換しよう〉と思い、真剣な眼差しで商品とにらめっこしていた。すると、薬屋は何かを思い出したかのようなきょとんとした顔でポーチを漁りだした。
「そうだそうだ。お嬢さんはプロテインと一緒に、よくキャンドルも購入していってくれるだろう? 今、キャンドルのラインナップで、こういうものを出しているんだよ」
そう言って見せてくれたのは、三種類のキャンドル粉がセットになったものだった。彼はにこにこと笑いながら、お得意の〈魔法の言葉〉を繰り出した。
「ただいま、ご愛顧感謝キャンペーンを実施中なんだよ」
「おお、感謝キャンペするほど人気店になっただなんて、そいつはめでたいな。これはご祝儀の意味も兼ねて、いつもより多めに買いたくなってくるな」
「嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。――ちなみに、このキャンドルセットはだね、季節限定物も含め〈今までで人気のあったフレーバー〉のランキング上位三種をセットにしたものだ。いつもは一袋四百で売っているものを、三種セットで千ポッキリ。しかも、この初秋限定のフレーバーのお試し小袋も二つ付けて、この価格だよ」
「おお、そいつはかなりお得だな! しかも千なら、スタンプカートで交換できるじゃあないか! よし、ひとつはそれにしよう。あとは、うーん、そうだなあ……」
死神ちゃんは笑みを浮かべて楽しそうに商品を選んだ。そして先ほどの宣言通り、いつもよりも多く商品を購入した。もちろんいつも通りの〈もったいない精神を出すことによって、結果的に無駄なものを買う〉ということも行い、死神ちゃんは五つスタンプを押してもらった。お礼の試供品もたんまりと頂いて、死神ちゃんは非常にご満悦だった。
ほくほく顔で購入したものをポーチにしまい込みながら、死神ちゃんは試供品の中に見慣れないものがあることに気がついた。それを手にしたまま目をパチクリと瞬かせていると、薬屋が得意気に胸を張った。
「それは最近開発した自信作でね。夏の日差しで疲れた上に、日々の気温差で一層疲れが増しやすい肌のためにと作った〈お手入れクリーム〉なんだ。塗ればたちまちふっくらもちもち! しかも、多少の擦り傷なら治ってしまうというおまけ付き!」
「まるでワセリンみたいだな」
「なんと、すでに他の誰かが同じような商品を開発しているのかね!?」
「いや、この世界では誰も販売はおろか作ってすらいないと思うが」
死神ちゃんは〈やっちまった〉と言いたげに心なしか苦い顔を浮かべて、片手で口元を押さえ込んだ。薬屋は「この世界では?」と不思議そうに首をひねったが、気を取り直してクリームについて語りだした。それによると、彼の作る練り香水はお手入れクリームとしても人気らしいのだが、もっと効果の高いものを作るべく材料から研究のし直しを行ったのだそうだ。
あらゆる素材を、それこそ薬として使うには適していないのではと思しき素材なども研究対象とした。ただそのまま素材として使用するだけでなく、魔法を用いてアレコレとした結果、石炭からこのクリームを作ることに成功したのだとか。その話を聞いて、死神ちゃんは「やっぱりワセリンじゃあないか」と心の中で呟いた。
「まあ、ラベンダーを使用した現行のクリームでも多少の傷なら癒えるのだがね。あちらのクリームは肌に合わないというご婦人もいらっしゃって。それで研究してみたら、クリーム単体でそのような効果のあるものを作ることができて。しかも、素材は石炭なのだからさらに驚きだ。――本日は、そのクリームをより強化できないかと思い、研究のためにやって来たんだよ。噂によると、浸かるだけで様々な効果があるという不思議な湯が、このダンジョンには湧いているそうじゃあないか」
「ああ、うん。いい線突いているんじゃあないか? ここから遠い国ではそれを〈温泉〉と呼んでいるんだが、その湯を化粧品にしたりもするらしいぜ」
「やはりか! これはますます、湯を持ち帰って研究するのが楽しみになってきたなあ!」
薬屋は喜々としてそう言うと、コマーシャルソングを鼻歌で歌いながら歩き出した。途中、彼は魔法の得意なモンスターに襲われた。お得意の錬金術で対抗しようとしたのだが、彼は魔法攻撃を食らっても傷ひとつ負わなかった。むしろ、受けた攻撃は彼の肌に触れた瞬間につるんと滑って軌道を変え、モンスターへと戻っていった。自分のした攻撃で爆発四散するモンスターを呆然と眺めながら、薬屋はあまりの衝撃に声を震わせた。
「もしやこれは、あの新作クリームの力か……?」
「いやいや、ワセリンが魔法を弾くわけがないだろうよ」
「いやでも、見ただろう? 私の肌を滑るようにして、飛んできた魔法が戻っていったのを! 私は試作品を自身で試してみてから試供品として配り、それで評判がよければ実際に販売しているんだよ。つまるところ、あのクリームを毎日のように全身に塗り込んでいたんだ。だから、ほら――」
「おお、たしかに、玉のような肌だな……」
触ってみろと言わんばかりに顔を近づけてきた薬屋の頬をしぶしぶ指の腹で撫でながら、死神ちゃんは苦い顔を浮かべて呟くように言った。〈手入れの行き届いた、玉のようなドワーフのおっさん〉という、何となくモヤモヤとする存在を目にしながら「ドワーフの職人気質は行くところまで行くと凄いな」と、死神ちゃんは呆れにも似た感心の思いを浮かべた。
薬屋は無事に温泉水のサンプルを入手すると、極寒地区にも行くと言って歩き出した。どうやらそこにも温泉があるらしい。
火炎地区の異様なまでの熱気で汗を大量にかきながら、薬屋は極寒地区を目指した。そして極寒地区に入ってしばらくすると、彼は具合を悪くした。凄まじく暑い場所からあり得ないほどの寒さにいきなり移動したため、体が保たなかったようだ。むしろ、汗も乾かぬまま突入したため、彼の衣服は凄まじいまでの寒さで凍りついてしまった。
「これはまずい。暖をとらねば」
そう言って、彼は吹雪の脅威に晒されない場所へと移動すると、アロマキャンドルを灯した。そして幸せそうに小さく笑うと、カチカチと震えながらポツリと言った。
「ああ。暖炉のある暖かな家で、チキンの丸焼きを食べている風景が浮かんで見える……。どうしよう、眠たくなってきたぞ……」
「マッチ売りの少女かよ! ていうか、どうして防寒対策しないで来たんだよ!」
「いやあ、ドワーフ特有の、筋肉と脂肪の自家暖房で何とかなるかなと……」
「いやいや、ミートテックにも限界はあるから!」
マッチ売りの少女ならぬキャンドル売りのおっさんは薄っすらと笑うと、カサカサと灰となって散っていった。死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせると、短くため息をひとつつき、そして姿を消したのだった。
**********
その日の夜、死神ちゃんはお風呂上がりにマッコイから、シアバターたっぷりのアロマクリームを全身に塗りたくられていた。実はこの〈お手入れ〉は初めてのお風呂辺りから続く習慣なのだが、死神ちゃんはいまだに〈面倒くさい〉としか思えないのだ。そのため、心なしか面倒くさそうな顔で仁王立ちになり、なすがままにされていた。すると、ターンと大きな音を立てて風呂場の入り口が開いた。
「お前、急に入ってくるなよ。ていうか、そんな乱暴に扉を開けなくたっていいだろうが」
「だって! 小花が絶賛入浴中だと聞いたから!」
死神ちゃんが顔をしかめると、ケイティーは不服そうに口を尖らせた。どうやら、用事ついでに夜勤前の癒やしを求めて彼女はやって来たようだ。しかし、すでに入浴後であるのを見て、彼女は愕然として膝から崩れ落ちた。しょんぼりとうなだれながら、ケイティーはクリームを塗りたくられ続けている死神ちゃんを眺めてボソボソと言った。
「ところで、お前、いつもお手入れされるの嫌そうだよね。なんで?」
「いやだって、お子様の瑞々しい体に手入れって要らなくないか?」
最初、死神ちゃんはこのお手入れを「マッコイの変な趣味の一環なのでは」と思い、快く思っていなかったそうだ。しかしそれを彼にそれとなく伝えると「健康管理に関する、大切な作業である」と言い切られたため、今日までなすがままにされてきた。それでもやはり、納得がいかなかったのだろう、死神ちゃんは一層苦々しげな顔を浮かべた。すると、マッコイが苦笑いを浮かべた。
「前にも伝えたと思うんだけど、覚えていないかしら? お子様の体こそ、こういうお手入れが必要なのよ。肌が薄くて柔らかいから、実は意外と乾燥しやすくてね。クリームで保護してあげないとすぐにカサカサになっちゃうのよ。――冬になって頬が霜焼けになったり、元の姿に戻ったときに残念なお肌のせいでダンディーさが失われてもいいのなら、お手入れやめてもいいけれど」
死神ちゃんは愕然とした表情で小刻みに首を横に振った。ケイティーは死神ちゃんを抱き寄せると、ぷにほっぺに頬ずりしながら懇願した。
「このぷに感が失われるのは絶対に駄目だから! お願いだから、面倒でもお手入れしてもらってよ!」
「分かったから、離れろよ! せっかく塗ってもらったクリームがお前に吸われてるから! な!? カピカピになっちまうだろうが!」
死神ちゃんは素っ頓狂な声でそう叫びながら、〈デキる男こそ、肌ケア必須〉という文言を心のメモ帳に書きなぐったのだった。
――――なお、薬屋の作ったワセリンは〈魔法反射クリーム〉として冒険者の間で人気沸騰したそうDEATH。
「やあ、お嬢さん。〈お薬屋さん〉にようこそ!」
「やっぱりお前だったか。すごいな、お前のCM力は。ここいら一帯のモンスターが、お前の歌声に合わせて踊っていたぞ」
ドワーフは快活に笑うと、上機嫌に小首を傾げた。
「さて、お嬢さん。本日はどうするかね? お嬢さんのお気に入りのプロテインももちろん準備してあるし、アロマキャンドルも各種取り揃えているよ」
彼は〈お薬屋さん〉を自称する通り、この街で薬屋を経営している。取り扱っている商品は全て彼が丹精込めて調合しているもので、中でも人気なのはアロマを練り込んだキャンドル粉だった。香りがよく、とてもリラックスできるということでご婦人方を中心に人気で、サーシャやマッコイも愛用している品だ。最近では、冒険者たちも気力回復のためにと小休憩中に愛用している者が多いらしい。死神ちゃんも彼と遭遇するたびに、薬屋が繰り出す〈おば様やおっさんが無駄買いに走っていきやすくなる魔法の言葉〉に釣られて彼から買い物をしていた。
死神ちゃんはお財布からスタンプが満タンになったカードを取り出すと、〈本日こそこのカードを商品と交換しよう〉と思い、真剣な眼差しで商品とにらめっこしていた。すると、薬屋は何かを思い出したかのようなきょとんとした顔でポーチを漁りだした。
「そうだそうだ。お嬢さんはプロテインと一緒に、よくキャンドルも購入していってくれるだろう? 今、キャンドルのラインナップで、こういうものを出しているんだよ」
そう言って見せてくれたのは、三種類のキャンドル粉がセットになったものだった。彼はにこにこと笑いながら、お得意の〈魔法の言葉〉を繰り出した。
「ただいま、ご愛顧感謝キャンペーンを実施中なんだよ」
「おお、感謝キャンペするほど人気店になっただなんて、そいつはめでたいな。これはご祝儀の意味も兼ねて、いつもより多めに買いたくなってくるな」
「嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。――ちなみに、このキャンドルセットはだね、季節限定物も含め〈今までで人気のあったフレーバー〉のランキング上位三種をセットにしたものだ。いつもは一袋四百で売っているものを、三種セットで千ポッキリ。しかも、この初秋限定のフレーバーのお試し小袋も二つ付けて、この価格だよ」
「おお、そいつはかなりお得だな! しかも千なら、スタンプカートで交換できるじゃあないか! よし、ひとつはそれにしよう。あとは、うーん、そうだなあ……」
死神ちゃんは笑みを浮かべて楽しそうに商品を選んだ。そして先ほどの宣言通り、いつもよりも多く商品を購入した。もちろんいつも通りの〈もったいない精神を出すことによって、結果的に無駄なものを買う〉ということも行い、死神ちゃんは五つスタンプを押してもらった。お礼の試供品もたんまりと頂いて、死神ちゃんは非常にご満悦だった。
ほくほく顔で購入したものをポーチにしまい込みながら、死神ちゃんは試供品の中に見慣れないものがあることに気がついた。それを手にしたまま目をパチクリと瞬かせていると、薬屋が得意気に胸を張った。
「それは最近開発した自信作でね。夏の日差しで疲れた上に、日々の気温差で一層疲れが増しやすい肌のためにと作った〈お手入れクリーム〉なんだ。塗ればたちまちふっくらもちもち! しかも、多少の擦り傷なら治ってしまうというおまけ付き!」
「まるでワセリンみたいだな」
「なんと、すでに他の誰かが同じような商品を開発しているのかね!?」
「いや、この世界では誰も販売はおろか作ってすらいないと思うが」
死神ちゃんは〈やっちまった〉と言いたげに心なしか苦い顔を浮かべて、片手で口元を押さえ込んだ。薬屋は「この世界では?」と不思議そうに首をひねったが、気を取り直してクリームについて語りだした。それによると、彼の作る練り香水はお手入れクリームとしても人気らしいのだが、もっと効果の高いものを作るべく材料から研究のし直しを行ったのだそうだ。
あらゆる素材を、それこそ薬として使うには適していないのではと思しき素材なども研究対象とした。ただそのまま素材として使用するだけでなく、魔法を用いてアレコレとした結果、石炭からこのクリームを作ることに成功したのだとか。その話を聞いて、死神ちゃんは「やっぱりワセリンじゃあないか」と心の中で呟いた。
「まあ、ラベンダーを使用した現行のクリームでも多少の傷なら癒えるのだがね。あちらのクリームは肌に合わないというご婦人もいらっしゃって。それで研究してみたら、クリーム単体でそのような効果のあるものを作ることができて。しかも、素材は石炭なのだからさらに驚きだ。――本日は、そのクリームをより強化できないかと思い、研究のためにやって来たんだよ。噂によると、浸かるだけで様々な効果があるという不思議な湯が、このダンジョンには湧いているそうじゃあないか」
「ああ、うん。いい線突いているんじゃあないか? ここから遠い国ではそれを〈温泉〉と呼んでいるんだが、その湯を化粧品にしたりもするらしいぜ」
「やはりか! これはますます、湯を持ち帰って研究するのが楽しみになってきたなあ!」
薬屋は喜々としてそう言うと、コマーシャルソングを鼻歌で歌いながら歩き出した。途中、彼は魔法の得意なモンスターに襲われた。お得意の錬金術で対抗しようとしたのだが、彼は魔法攻撃を食らっても傷ひとつ負わなかった。むしろ、受けた攻撃は彼の肌に触れた瞬間につるんと滑って軌道を変え、モンスターへと戻っていった。自分のした攻撃で爆発四散するモンスターを呆然と眺めながら、薬屋はあまりの衝撃に声を震わせた。
「もしやこれは、あの新作クリームの力か……?」
「いやいや、ワセリンが魔法を弾くわけがないだろうよ」
「いやでも、見ただろう? 私の肌を滑るようにして、飛んできた魔法が戻っていったのを! 私は試作品を自身で試してみてから試供品として配り、それで評判がよければ実際に販売しているんだよ。つまるところ、あのクリームを毎日のように全身に塗り込んでいたんだ。だから、ほら――」
「おお、たしかに、玉のような肌だな……」
触ってみろと言わんばかりに顔を近づけてきた薬屋の頬をしぶしぶ指の腹で撫でながら、死神ちゃんは苦い顔を浮かべて呟くように言った。〈手入れの行き届いた、玉のようなドワーフのおっさん〉という、何となくモヤモヤとする存在を目にしながら「ドワーフの職人気質は行くところまで行くと凄いな」と、死神ちゃんは呆れにも似た感心の思いを浮かべた。
薬屋は無事に温泉水のサンプルを入手すると、極寒地区にも行くと言って歩き出した。どうやらそこにも温泉があるらしい。
火炎地区の異様なまでの熱気で汗を大量にかきながら、薬屋は極寒地区を目指した。そして極寒地区に入ってしばらくすると、彼は具合を悪くした。凄まじく暑い場所からあり得ないほどの寒さにいきなり移動したため、体が保たなかったようだ。むしろ、汗も乾かぬまま突入したため、彼の衣服は凄まじいまでの寒さで凍りついてしまった。
「これはまずい。暖をとらねば」
そう言って、彼は吹雪の脅威に晒されない場所へと移動すると、アロマキャンドルを灯した。そして幸せそうに小さく笑うと、カチカチと震えながらポツリと言った。
「ああ。暖炉のある暖かな家で、チキンの丸焼きを食べている風景が浮かんで見える……。どうしよう、眠たくなってきたぞ……」
「マッチ売りの少女かよ! ていうか、どうして防寒対策しないで来たんだよ!」
「いやあ、ドワーフ特有の、筋肉と脂肪の自家暖房で何とかなるかなと……」
「いやいや、ミートテックにも限界はあるから!」
マッチ売りの少女ならぬキャンドル売りのおっさんは薄っすらと笑うと、カサカサと灰となって散っていった。死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせると、短くため息をひとつつき、そして姿を消したのだった。
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その日の夜、死神ちゃんはお風呂上がりにマッコイから、シアバターたっぷりのアロマクリームを全身に塗りたくられていた。実はこの〈お手入れ〉は初めてのお風呂辺りから続く習慣なのだが、死神ちゃんはいまだに〈面倒くさい〉としか思えないのだ。そのため、心なしか面倒くさそうな顔で仁王立ちになり、なすがままにされていた。すると、ターンと大きな音を立てて風呂場の入り口が開いた。
「お前、急に入ってくるなよ。ていうか、そんな乱暴に扉を開けなくたっていいだろうが」
「だって! 小花が絶賛入浴中だと聞いたから!」
死神ちゃんが顔をしかめると、ケイティーは不服そうに口を尖らせた。どうやら、用事ついでに夜勤前の癒やしを求めて彼女はやって来たようだ。しかし、すでに入浴後であるのを見て、彼女は愕然として膝から崩れ落ちた。しょんぼりとうなだれながら、ケイティーはクリームを塗りたくられ続けている死神ちゃんを眺めてボソボソと言った。
「ところで、お前、いつもお手入れされるの嫌そうだよね。なんで?」
「いやだって、お子様の瑞々しい体に手入れって要らなくないか?」
最初、死神ちゃんはこのお手入れを「マッコイの変な趣味の一環なのでは」と思い、快く思っていなかったそうだ。しかしそれを彼にそれとなく伝えると「健康管理に関する、大切な作業である」と言い切られたため、今日までなすがままにされてきた。それでもやはり、納得がいかなかったのだろう、死神ちゃんは一層苦々しげな顔を浮かべた。すると、マッコイが苦笑いを浮かべた。
「前にも伝えたと思うんだけど、覚えていないかしら? お子様の体こそ、こういうお手入れが必要なのよ。肌が薄くて柔らかいから、実は意外と乾燥しやすくてね。クリームで保護してあげないとすぐにカサカサになっちゃうのよ。――冬になって頬が霜焼けになったり、元の姿に戻ったときに残念なお肌のせいでダンディーさが失われてもいいのなら、お手入れやめてもいいけれど」
死神ちゃんは愕然とした表情で小刻みに首を横に振った。ケイティーは死神ちゃんを抱き寄せると、ぷにほっぺに頬ずりしながら懇願した。
「このぷに感が失われるのは絶対に駄目だから! お願いだから、面倒でもお手入れしてもらってよ!」
「分かったから、離れろよ! せっかく塗ってもらったクリームがお前に吸われてるから! な!? カピカピになっちまうだろうが!」
死神ちゃんは素っ頓狂な声でそう叫びながら、〈デキる男こそ、肌ケア必須〉という文言を心のメモ帳に書きなぐったのだった。
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