転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第296話 死神ちゃんと神様

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 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者が一人、何か探しものでもするかのように辺りに視線を彷徨さまよわせながらフラフラと歩いていた。死神ちゃんが近付いていくと、「そこな幼女よ」と言いながら彼のほうから足早に近づいてきた。
 丁寧に撫で付けられた金髪にカイゼル髭、割れた顎先という見目の、いかにも貴族っぽい雰囲気の筋骨隆々の君主のおっさんは死神ちゃんの両肩をがっしりと掴んだ。そして興奮気味に頬を染め上げると、目を爛々らんらんと輝かせながら言った。


「幼女よ。ぬしが小花おはなかおるであるか」


 死神ちゃんは絶句すると、目を見開いたまま硬直した。
 死神はあくまでもダンジョンに設置された罠であり、備品のようなものである。冒険者と会話ができる唯一の死神である死神ちゃんは、顔なじみになってしまうのは仕方ないにしても、ダンジョンの罠として冒険者とは一線を引くようにと言われている。そこには攻略のヒントを授けたり〈裏の世界〉について話したりは絶対にしないというような決まりがあり、もちろん〈名を名乗らない〉という項目もある。裏の世界では〈ひとりの人間〉として生活をしているとはいえ、表の世界では〈罠のひとつ〉にすぎないからだ。
 死神ちゃんは当然、その決まりを遵守していた。それなのに、どうして本名がバレているのだろうか。虫眼鏡型のアイテム鑑定用アイテムを使用すると、その品についての詳細を知ることができる。そして、死神ちゃんの関連グッズはどうやら稀にアイテムとして産出されているようである。もしや、そのグッズを手に入れたものがアイテム鑑定をして、その鑑定結果の中にでも本名が記載されてしまっているのだろうか。――そんなことを考えながら、死神ちゃんは口を真一文字に固く結んでだんまりを決め込んでいた。すると、おっさんが再び口を開いた。


「答えよ、ぬしが小花薫であるか」


 死神ちゃんは答えに窮した。悩みに悩んだすえ、たどたどしい口調で「もしそうだとしたら、何なんだ」と返した。するとおっさんは爽やかな笑みを浮かべて自信のこもった声で言った。


「我はぬしをヘッドハンティングしに来たのだ」

「はい……?」

「小花薫よ。我のもとで、筋肉神として働かぬか?」


 怪訝な表情を浮かべた死神ちゃんに、おっさんはフフンと得意気に笑った。そして胸を張ると「我はこの世界の神である」と言い放った。死神ちゃんは表情を失うと、まるで時が止まったとでもいうかのように瞬きもせず、つかの間静寂を保った。ようやくパチパチと目を瞬かせると、そのままの表情でポツリと言った。


「あんた、頭、大丈夫か?」

「うむ。至って良好である。して、小花薫よ。働くのか? 働かぬのか?」

「人違いじゃあないですかね。とりあえず、死んで灰になるか教会で死神祓いを受けるかして、とっととお帰りください」


 死神ちゃんは丁寧に頭を下げた。そして、お帰り口はこちらという感じで落とし穴を手のひらで指し示した。神を名乗るおっさんは、めげることなくプレゼンをし始めた。しかし、聞いたことのない専門用語を並べ立て早口で捲し立てるため、聞いていてもちっともわけが分からなかった。死神ちゃんは適当に聞き流していたのだが、おっさんは死神ちゃんを隅に押し込めるように詰め寄ってきた。唾をいっぱい浴びせられながら、至近距離でマシンガントークを続けられること三十分。とうとう死神ちゃんは幼女スイッチがオンとなり、火がついたように泣き出してしまった。


「もう、本当に、何なんだよ! とっとと死ぬか帰ってくれよ!」

「おお、これは困った。致し方ない。本日のところは帰るとしよう。とりあえず、教会に向かえば良いのだな?」


 おっさんは額に脂汗を浮かせると、しどろもどろにそう言いながら申し訳なさそうに背中を丸めた。しかし、一階を目指して歩いている最中も、彼は熱心に何やらを死神ちゃんに語って聞かせてきた。


「つまりだな、@@@@@@というのは&&&&&&であるからにして――」


 死神ちゃんの前を行くおっさんは、しゃべりながら落とし穴へと落ちていった。死神ちゃんは思わずガッツポーズをしたが、おっさんは「危ないところだった」と言いながら何事もなかったかのように穴から這い上がってきた。そのようなことが度々あり、死神ちゃんは思わず苛立ちを露わにした。


「なんであんた、毎度毎度、落ちきらずに這い上がってくるんだよ! いっそ落ちてくれよ! どんだけ幸運値高いんだよ!」

「まあ、神であるからな」

「聞き飽きたよ、それは! 本当に、一体何だっていうんだ!」

「だから、神であると言っているであろう」


 死神ちゃんが地団駄を踏むと、彼は快活に笑いながら言った。


「しかしながら、灰色ちゃんのダンジョンはえげつないな。ハッハッハッハッ」

「灰色ちゃん……?」

「灰色ちゃんというのは、このダンジョンを創設した女神の愛称である。ぬしらや我が民たちが〈灰色の魔道士〉と呼んでいる、あの彼女のことであるぞ。ぬしは灰色ちゃんの眷属なのだから、知らないとは言うまいな?」

「いや、はい、知っていますけれども……」


 死神ちゃんは苦い顔で口ごもった。死神ちゃんが問題としているのはそこではなく、女神をちゃん付けで気安く呼んでいることだった。しかしおっさんは微塵も気にすることなく、得意気に話を続けた。


「ぬしと二人きりで会話のできる時間を確保すべく、我はわざわざ肉体を伴って冒険者として顕在したのだ。中々に良いアイデアであろう?」


 死神ちゃんは押し黙ると、再び「早くお帰りください」と言って丁寧に頭を下げた。どうしたら信じてくれるのかと訴えてくるおっさんを無視しながら、死神ちゃんは前だけを見据えて飛行し続けた。
 その後も何度か、死神ちゃんはおっさんが九死に一生を得るさまにやきもきとさせられた。そしてようやく、教会へと辿り着いた。教会に足を踏み入れてもなお、おっさんは理解の及ばない言葉を並べまくっていた。死神ちゃんは遠くのほうに視線を投げて、無表情でそれを受け流し続けていた。すると、死神ちゃんたちの存在に気がついたソフィアが慌てて走り寄ってきた。


「おじ様!? どうしておは―― 死神さんと一緒にいるの!?」

「うむ。ヘッドハンティングしに来たのだ」

「駄目よ、おじ様! 死神さん、とても困っているじゃない! 困らせたら駄目よ!」


 ソフィアは頬を可愛らしく膨らませて怒りながら、死神ちゃんとおっさんとを繋ぐ〈呪いの黒い糸〉を引きちぎった。おっさんは面目なさげにしょんぼりとうなだれると、ゆっくりと死神ちゃんのほうを向いた。


「だが、我は決して諦めはせぬぞ。では、また会おう」


 そう言って、おっさんは浮き上がりながらスウと消えていった。愕然とした表情を浮かべて硬直している死神ちゃんに、ソフィアが近付いてきて小声で話しかけてきた。


小花おはなさん、本当にごめんなさいね」

「なあ、あのおっさん、一体何者なんだよ」

「おじ様は、この世界の神様よ。ソフィアが小花さんと同じ世界に住めるように口添えしてくれたのも、おじ様なの」


 ソフィアが裏の世界に住むことになった要因のひとつは〈からのお達し〉だったのだが、まさか上というのが神様直々であるとは、死神ちゃんは思いもよらなかった。しかも、まさか自分にコンタクトをとってくるとは露にも思わなかった。死神ちゃんは呆然としたまま「本物だったのかよ」と呟きながら、スウと姿を消した。



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、マッコイに近付いていった。不機嫌に眉根を寄せて口を尖らせている死神ちゃんに、彼は苦笑いを浮かべて言った。


「まさか、本当に神様がやって来るだなんて」

「なにが〈まさか〉だよ! お前が俺に噂や仮定の話をすると、十中八九が本当になるだろうが!」

「いやだ、まさかアタシが仕込んだとでも言いたいの!? そんなこと、あるわけないでしょう!? それに、そういうことが起きるのって、いつだって話をした直後だったでしょう!? あれだって、もちろん偶然に起こっていることよ! アタシ、関係ないわよ!」


 マッコイは八つ当たりをされたことに反発し、あんまりだと言いたげに顔をしかめた。すると、横から手が伸びてきて、彼は腹筋と大殿筋から大殿二頭筋にかけてを丁寧に撫で回された。突然の出来事に固まっていると、隣からあっけらかんとしたおっさんの声が聞こえてきた。


「ふむ。これが筋肉神お墨付きの筋肉・その一か。……そして、こちらがその二であるな。ふむふむ」


 おっさんはそう言いながら待機室の出入り口に移動すると、タイミングよく入ってきたケイティーを引き寄せて腹筋を撫で回した。その様子を、死神ちゃんとマッコイはもちろんのこと、その場にいた全員が呆然と見つめていた。ケイティーは顔を歪めて、不機嫌を露わにした。


「このケツ顎のおっさん、何?」

「眷属として、この二大筋肉も召し立てたら働くか?」


 死神ちゃんは盛大にため息をついた。そして「仕事中なんで、帰ってください。お願いですから」と返すと、今までで一番深く頭を下げたのだった。




 ――――とてつもなく面倒くさい相手に目をつけられたようDEATH。
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