転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
303 / 362
* 死神生活三年目&more *

第303話 死神ちゃんとキックボクサー⑥

しおりを挟む
 地図を頼りに〈担当のパーティーターゲット〉のもとに行ってみると、それと思しき冒険者がひとり、通路の行き止まりのところで壁を背もたれにして座り込んでいた。闘士姿の彼は〈燃え尽きたぜ〉感が満載で、色で例えるならば〈カサカサとした白〉という雰囲気を醸していた。もしや今にも死にそうなのかと思い、死神ちゃんは慌てて彼にタッチした。すると、彼はいきなり身じろいで、死神ちゃんを羽交い締めにした。


「また会えたね、ハニィィィィィィィ!」

「ぎゃあああああああッ!」


 熱烈なキスを頬に何度も受けながら、死神ちゃんは絶叫した。すると、正気に戻った男ははたと動きを止め死神ちゃんをつかの間見つめたのち、再び激しく頬ずりしてきた。


「うおおおおおおおおおッ! 筋肉神様ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「やめろッ! 離せッ! 離せっていってるだろう、がッ!」


 死神ちゃんは、男と自分の頬の間に無理やり手のひらをねじ込むと、彼のあごを突き上げるように思い切り掌底を食らわせた。彼は仰け反りながら死神ちゃんを解放すると、代わりに自分のあごを抱え込みながら呻いた。しかしながら、その呻き声は心なしか艶を帯びていた。


「お嬢ちゃんさ、どうして俺には冷たいんだよ……」

「ハムやちてきんは、お前みたいにセクハラまがいなことをしては来ないんですー」


 死神ちゃんがヘッと鼻を鳴らすと、彼は喜びと悲しみの入り混じった表情を浮かべて情けなく笑った。
 彼は恋多きキックボクサーで、ケイティーのレプリカ・女闘士や酒屋の妻・まさこから殴る蹴るの暴行を受けることを最上の喜びとしていた。しかし、彼の強さでは女闘士からの攻撃には耐えられず、〈気持ちよさ〉を感じる前に死んでしまう。そのため、彼は強さを追い求めながら、闘士職モンスターを攻略していくことを目的にダンジョンに来ていた。
 そんな彼がどうしてこのような場所でカサカサになっていたかというと、先日、ダンジョンで修行中に休憩をとっていたら、うっかり寝こけてしまったのだそうだ。そのとき、とあるモンスターが夢の中にまで入り込んできたという。いつもは〈追いかける側〉である彼は、自分のことを夢の中まで追いかけてきてくれる女の子がいるなだなんてと感動したそうだ。そして、今すぐにでも死んでもいいと思えるほどのめくるめく快感に満ちた夢から目覚めた彼は、夢を夢で終わらせたくないと思ったのだという。


「というわけで、その子が実は六階に行けば、敵としてではなく普通に会って、話だってできると噂で聞いだんだ。だからそこを目指して進んでいたんだが、さすがに疲れちまって。で、『もしかしたら、寝たらまた会えるかも』と思って、ちょっと仮眠をとってたんだよ。そしたら、愛しのあの子が来てくれたと思ったら筋肉神様だったというわけだ」

「はあ、そう……。ていうか、女闘士のことはもういいのかよ」

「いや、俺は諦めの悪い男だからな。いつかまた振り向かせてみせるさ。ただ、ダメ人間呼ばわりされちまったからな。いろいろとスキルアップして、備えていきたいなと思って」

「じゃあ、何か。その〈愛しのあの子〉とやらは踏み台なのか。お前、真性のダメ人間なんだな」


 死神ちゃんが氷のような眼差しで彼を見下すと、彼は必死に純愛であることを主張した。彼は気を取り直すと、デレデレとした笑みを浮かべながら見をくねらせた。


「ちなみに、彼女へのプレゼントも用意したんだ。食べれば相思相愛になれるっていう噂の南瓜があるだろう? それのジャック・オ・ランタンの討伐の証の〈ミニ南瓜〉で作ってもらったプリンなんだ」


 死神ちゃんは適当に相槌を返した。そして、ここまで来るのにかなり時間を要したらしいことを考えると、プリンも食べるのには微妙な温度になっていそうな気がして、死神ちゃんは小さくため息をついた。
 キックボクサーは立ち上がると、六階を目指して軽い足取りで進んでいった。恋する乙女も顔負けなほど、彼は浮足立ってルンルンだった。途中、モンスターに出くわしたが、彼はルンルンなままの軽やかなステップで素早く蹴りを叩き込んでいた。恋とやらは何かとパワーを与えてくれるというが、彼にもそのご利益を得ているようだった。

 無事に六階に到達すると、大量の花の蕾をドレッドヘアーのようにまとめた小人が気だるそうに「網タイツ、ぱっつんぱっつん」と呼び込みをしていた。小人――アスフォデルはキックボクサーに気がつくと、せせこましい笑顔を浮かべて店へと案内した。


「ようこそ、いらっしゃいませ~❤」

「うおおおおおおおッ! 夢の中で出会ったあの子がッ! 今まさに、目の前にッ!」

「いやだ、お兄さん。私のこと、夢にまで見てくれたんですか~?」


 キックボクサーを出迎えたのはサキュバスさんだった。彼女は鼻にかかるような〈可愛い女子声〉を作り、キックボクサーの胸板をつんつんと指で突きながら嬉しそうな素振りを見せた。彼は小刻みに何度もうなずくと、さっそく酒とつまみをオーダーしてサキュバスさんを横に侍らせた。
 死神ちゃんはバーカウンターのほうに避難すると、ケーキセットを注文した。あっさりとしたチーズケーキをつつき苦めのコーヒーを煽りながら、死神ちゃんは胸焼けがするほどの甘さを撒き散らす赤いソファーを眺めた。
 ソファーでは、キックボクサーがだらしなく笑いながら、サキュバスさんにプリンを差し出していた。案の定、プリンは食べごろな冷たさではなくなっていたようで、サキュバスさんは「あとで食べますねー」と言いながらプリンを脇に避けていた。
 死神ちゃんを挟み込むように座っていたマンドラゴラのドラ五郎とアスフォデルは、この光景に苦い顔を浮かべるとボソリと呟いた。


「あれ、何の茶番なんですかね……」


 しばらくして、サキュバスさんがバーテンのちょび髭にちらりと視線を送った。ちょび髭はしなを作って「あらいやだ」と言いながら、いそいそとVIPルームへと向かっていった。どうやら、キックボクサーはサキュバスさんの最大級の・・・・ご奉仕・・・を受けることにしたようだ。
 部屋の準備はできていると言いながら、ちょび髭はキックボクサーとサキュバスさんを部屋に案内した。しかし、十分も経たないうちにサキュバスさんだけがげっそりとした表情で部屋から出てきた。お早いですねと声をかけると、彼女は頬を引きつらせながら目を逸した。


「いや……、あの人、弱すぎる・・・・みたいで。あまりの弱さに、うっかり精気吸い尽くしそうになったのよ」

「あいつ、そこそこ強いはずなんだがな……」

「煩悩だらけで、鍛錬を疎かにしているんじゃあないの? 灰になられても片付けが面倒だし、慌てて吸った精気を少し返したわよ。――しかもね、とてもぱっつん・・・・ぱっつん・・・・になってたからちょっと期待してたのに、凄まじく期待はずれだったし。それを補えるほどの〈雰囲気作り〉とかテクとかもなく、いきなりガッツいてきたし。だから、手早く終わらせたんだけど。あれじゃあ、女を満足なんてさせらんないわね。愛のプリンも生ぬるい、あちらのほうも何かと生ぬるいんじゃあ、オシゴトだからといっても萎えるわ」


 サキュバスさんの凄まじいまでに辛辣で手厳しいコメントに、死神ちゃんも草たちも苦笑いすら浮かばなかった。彼女がどっかとソファーに腰を下ろしてハンと鼻を鳴らすと、後方から悲しげな声が響いた。


「それはアレか? アレなのか? 俺が物足りない男だっていうのか?」


 一同が声のする方に視線を向けると、キックボクサーがVIPルームの扉を開けて愕然とした表情で立ち尽くしていた。死神ちゃんは心なしか同情の眼差しを浮かべて頬を引きつらせると、遠慮がちにポツリと言った。


「とりあえず、その小汚いものをしまってくれませんかね」

「誰が豆鉄砲だって!? どうせ俺は大砲級じゃあねえよ!!」

「誰もそんなこと言っていないだろうが!」

「うおおおおおおッ! 幼女にまで馬鹿にされたああああああッ!」

「だから、誰も馬鹿になんかしていないだろうが! とにかくパンツ履けよ!」


 死神ちゃんが面倒くさそうに声を荒らげると、キックボクサーは獲物をぶるんと言わせながら膝をついた。そして、悔しそうに床を叩きながら声を震わせた。


「たしかに、俺はここ最近、鍛錬が足りてないのかもしれねえ。だから、よくミスファイアをやらかすんだ。狙いを定めているはずだってのに、空振り、空振り、空振りさ。そしてまさか、おたのしみ・・・・・の時でさえもミスファイヤするだなんて!」

「いや、そもそも、そんな破廉恥なこと、してはいないんですけれども」


 サキュバスさんが真顔で素っ気なく返すと、キックボクサーは声を上げて泣きながら床を激しく叩いた。
 たしかに、大人の社交場のメニューにはにゃんにゃんが載っている。しかし、実際には〈魅了魔法をしっかりかけたあと、体魔吸引ドレインという技で精気を吸い取る〉という対処で手早く終わらせているそうだ。もちろん、〈本当に、食べちゃってもいいかも♪〉と思った相手の場合は、ちゃっかりそういうこと・・・・・・を致して吸っているらしいが。

 キックボクサーは勢い良く立ち上がると「いつか大砲打ち鳴らしてやる」と捨て台詞を吐きながら、全裸のまま店を飛び出した。黒い糸で彼と繋がれている死神ちゃんは、引きずられるようにして店をあとにした。しかし、死神ちゃんはすぐさま店に戻ってきた。いろいろな意味で丸腰だというのに、五階の強敵に叶うはずがなかったのだ。
 死神ちゃんは小さくため息をつくと、先ほどまで座っていた席に座り直した。そして、食べかけのチーズケーキをもさもさと食べ始めたのだった。




 ――――戦闘も、食べ物も。恋愛も、あっちのほうも。生ぬるいのは駄目。適切な温度でおたのしみ頂きたいのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...