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* 死神生活三年目&more *
第311話 死神ちゃんとマリアッチ④
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死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、遠くのほうからトランペットの音色が聞こえてきた。音のする方へと移動してみると、馴染みのある男が指鳴らしのために音階を昇り降り吹いていた。死神ちゃんは感心するように明るい表情を浮かべると、男に声をかけた。
「お前、ペットも吹けるんだな」
「おー、お嬢ちゃん、久しぶりだなあ! ペットはマリアッチの基本楽器だからな。だから、そこそこは吹けるぜ。まあ、ギターほどではないけどな」
男はニカッと笑うと、死神ちゃんにトランペットを差し出した。そして空いた手でポーチを弄ると、ミニギターを取り出した。ミニギターとトランペットを交換すると、男は再び笑って「セッションしようぜ!」と言った。死神ちゃんは男との楽しいひとときを思う存分満喫した。
彼は遠い国からやって来た旅芸人だ。綿のマントに麦わらのソンブレロという出で立ちの〈マリアッチ〉という演奏家で、ギターを相棒にこの国までやって来た。ダンジョンのあるこの街に立ち寄った際、本屋を営む彼女と恋に落ちたそうで、以来、彼はこの街に居着いている。
彼は彼女のためにダンジョン産の珍しい本を探しつつ〈暗闇の図書館〉を探しながら、珍しい楽器のコレクションも行っていた。本日も、とある楽器について噂を聞きやって来たのだそうだ。
死神ちゃんに再びトランペットを持ってもらい、ミニギターをポロポロと弾き鳴らしながら、マリアッチは語った。
「召喚魔法ってえのは、召喚士しか使えないらしいじゃあねえか。あとは、すげえ高価な指輪を手に入れるとか。しかも、一階の魔法道具屋だかで分厚い本を見て、召喚したい相手と契約を交わさなきゃなんねえんだろ? でもな、その楽器を演奏すると、無条件で呼べるらしいんだよ」
「へえ。それは、何でも呼び出せるのか?」
「いや、呼び出せるのは何故だか騎士だけらしい。複数人呼び寄せることも可能らしいんだが、それでもやって来るのは騎士だけっていう噂だぜ」
「騎士が集まるって、集合ラッパみたいだな」
死神ちゃんがそう言うと、マリアッチはギターを弾く手を止めて死神ちゃんを指差した。
「そう、まさにそれだよ。だから、手に入れたときのためにちっと練習しとくかなと思って、久々にペットを手にとってみたってわけよ」
死神ちゃんが相槌を打つと、彼は再びセッションを申し出た。死神ちゃんは喜んでギターを受け取ると、再び熱いソウルのぶつかり合いを楽しんだ。
しばらくして、マリアッチは噂のラッパを探すべく探索を再開した。騎士を呼び出すことができる楽器ということなので、彼は楽器を有するモンスターと騎士っぽいモンスターの二種類に絞って狩りをした。攻撃魔法を繰り出すことのできる珍しい弦楽器を弾き鳴らし、ときには奥の手の〈ギターケースバズーカ〉をぶっ放しながら敵と相対した。
彼は幸運にも、それらしい楽器をすぐに手に入れることができた。緊張の面持ちを浮かべると、彼はさっそくそのラッパを吹いてみることにした。すると、ベルと呼ばれる朝顔の花のような形をしている部分から、勇ましい音と一緒にニュルリと何かが飛び出そうとした。
驚いたマリアッチがラッパを吹くのをやめると、出てこようとした者がベルの部分に詰まった。じたばたともがく何者かを呆然と眺めながら、死神ちゃんは思わず素っ頓狂な声を出した。
「何で途中で吹くの止めたんだよ!」
「いやだって、こんなところからニュルンと出て来るの、何だか気持ち悪くないか?」
「途中で止めて詰まってるほうが気持ち悪いよ! しかも、ほら、何か苦しそうじゃあないか! ――あああ、動かなくなってきた!」
「こいつはまずい! 早く吹ききってやらないと!」
パパラッチは慌ててラッパに息を吹き込んだ。すると、詰まっていた者はようやくベルから排出され、苦しそうに息をついた。
「はあ……。よく分からないですけれど、危うく意識を失うところでした……。対局中だったってのに、一体何なんですか……」
「何ていうか、すまないな……。ていうか、あんた、騎士には見えないんだが」
「いえいえ、キシです。キシで合っています」
顔をしかめるマリアッチに、召喚された男は苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは思わず眉根を寄せると、首をひねりながらボソリと言った。
「もしかして、将棋を打つほうの……?」
「あ、はい、そうです。ちなみに九段です」
「何だ、キュウダンって。それは、すごいのか?」
意を介さぬと首を傾げるマリアッチに、死神ちゃんは〈ある世界の中でトップクラスの強さ〉ということを教えてやった。すると、マリアッチは棋士を尊敬の眼差しで見つめて「すげー!」を連呼した。死神ちゃんは心なしか頬を引きつらせながら「キシ違いだけどな……」と呟いた。
せっかくだからもっと呼び出してみようということになり、マリアッチは意気揚々とラッパを吹いた。次に飛び出したのは、リーゼントに短ランという〈いかにも不良〉という出で立ちの若者だった。マリアッチは期待に満ちた目で若者を見つめて尋ねた。
「お前も騎士なのか?」
「何だよ、おっさん。どうして俺の名前を知ってんだ。キモいな」
「こっちは名字がキシかよ」
死神ちゃんが呆れて目を細めると、若者はにやりと笑ってリーゼントを撫で付けた。
「おう。〈バタフライの岸〉とは俺のことだぜ。――こんな見覚えのないところでも、俺の名前は知られてるのかよ。すげえな、俺」
死神ちゃんが乾いた笑いを浮かべていると、マリアッチがさらにラッパを鳴らそうとした。すると、ちょうどそこにモンスターが現れて、驚いた彼は短く「プッ」としか鳴らせなかった。
慌てて戦闘態勢に入ると、最後に出てきた者が颯爽と彼らの前に飛び出してモンスターを一刀両断した。突然の出来事に一同がぽかんとしていると、彼は可愛らしくキャオンと勝鬨の遠吠えをした。死神ちゃんは目を真ん丸に見開くと、彼に駆け寄り抱き上げた。
「お前、マカロンじゃあないか!」
「わわわっ、死神ちゃん! お久しぶりだねえ!」
嬉しそうに尻尾をパタパタと激しく動かすチワワを見つめて顔を青ざめさせると、棋士と岸が「チワワがしゃべった」と声を揃えた。死神ちゃんは呆れて彼らを見つめると、鼻を鳴らして声を落とした。
「モンスターよりもそっちに驚くのかよ。ある意味すごいな、お前ら……」
「おお、すげえな。俺、竜人族以外の獣人なんて初めて見たぜ。このワンちゃんも騎士なのか?」
マリアッチは、ほっこりとした笑みを浮かべてマカロンくんを撫で回した。すると、マカロンくんは潤んだ瞳をパチパチとさせて首を傾げた。
「僕は戦士だよ?」
「ほお。じゃあ、騎士しか呼び出せないっていうのはデマだったのか?」
彼らはこの〈愛されっ子〉に興味を抱いた。代わる代わる抱っこして目で倒しながら、マカロンくんにあれこれと質問した。それにより、マカロンくんが末っ子であるということが分かった。死神ちゃんはヘッと鼻を鳴らすと「なるほどね」と呟いた。
一同は怪訝な表情で死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんはそれに淡々と答えた。
「末っ子のことを季子って言うんだよ」
「へえ。お嬢ちゃん、すげえ物知りだな」
「ていうか、どいつもこいつもキシ違いかよ。そんなんばかり呼び出されて、果たして戦闘に貢献できるのかよ。そもそも、この中で戦えるのって、マカロンだけだろ」
死神ちゃんがため息をつくと、棋士と岸が〈いやいや、何を仰る〉と言いたげに薄っすらと笑みを浮かべた。
「私が一体どれほどの強者と戦ってきたか、お嬢ちゃんには想像もつかないでしょうね」
「いや、戦うって対局の話じゃあないから」
「そうだぜ。俺だってな、これでも全国レベルなんだぜ」
「はあ、そう……」
面倒くさそうに、死神ちゃんはぐったりと肩を落とした。すると、再び彼らの前にモンスターが現れた。棋士は「見ているといい」と言いながら、モンスターの前に立ちはだかった。そして彼は奇声を発すると、勢い良く敵に向かって手を突き出した。
「キエエエエエッ! 飛車ーッ!」
「何だよ、その掛け声は!」
「知らないんですか!? 棋士の力強い〈指し力〉は、駒をも割るんですよ!」
「飛車が割れやすいのは、小刀で文字を彫るときの問題だから!」
「私が割るのはッ! 駒だけにあらずッ! 私はッ! 盤だって割れるんですッ! そもそもッ! 将棋とは格闘技なのですよッ!」
彼は飛車だの香車だのと叫びながら、目にも止まらぬ速さで手を突き出し続けた。その突きはどれもこれも急所にえぐり込んだ。そして、突如攻撃の手を止めると、彼は決めポーズをキメて唸るように言った。
「お前はもう、死んでいる」
直後、モンスターは弾け飛んだ。マリアッチが賞賛の声を上げる中、死神ちゃんは「世紀末感ハンパないな! 将棋関係ないだろ!」とツッコミを入れた。しかし、それで戦闘終了とはならなかった。さらにモンスターがやって来たのである。
死神ちゃんは棋士やマカロンくんの後ろに隠れて震えている不良を見やると「お前も〈全国レベルの腕〉とやらを見せてみろよ」と野次った。すると、岸は青ざめさせた顔を歪めてポツリと呟いた。
「俺には、できねえ……」
「何でだよ。バタフライの岸なんて名乗るくらいだから、よっぽどナイフの扱いに長けているんだろう?」
「は!? ナイフ!? どうしてナイフなんだよ!」
「その見た目でバタフライだから、てっきりバタフライナイフのことかと思ったんだが」
「違えよ! 俺は水泳の国体選手なんだよ! この見た目は、単なるファッションだよ!」
「そっちのバタフライかよ! まぎらわしいな!」
死神ちゃんと岸が言い合いをしている前を、マカロンくんが颯爽と駆け抜けていった。棋士らしからぬ棋士とマカロンくんの活躍でどうにか事なきを得たものの、岸はある意味で負傷してしまったようだった。
「運動もできなさそうなデブいおっさんと、愛玩動物に負けた……」
「気にするなよ。安心しろ。お前はごく普通の、健全な若者だから。しかたない」
「幼女に慰められた……。なんかもう、立ち直れない……」
しょんぼりと肩を落とす岸を何とか立たせると、一行は一階を目指して歩き出した。マリアッチは「こんな強力な騎士様がたくさんおいでなんだ。怖いものなんかないな」と言い、鼻歌交じりに闊歩した。
強敵クラスのモンスターが現れても、彼は強気で構えていた。得意げに胸を張ると、彼は悠々とギターの調弦をしながら言った。
「さあ、騎士の皆さま。やっちゃってください! 俺、支援演奏しますんで! よろしくお頼み―― あれえ!?」
彼がまだ口上を垂れている合間に、キシの皆さまはポンと音を立てて消えた。どうやら、あのラッパでの呼び出しは時間制限があるらしい。
マリアッチは慌ててギターを背に回し、ギターケースを取り出そうとした。しかし時すでに遅く、彼は渾身の一撃を食らって灰と化したのだった。
**********
待機室に戻ってみると、土佐犬の権左衛門が目頭を押さえて俯いていた。彼は生前、マカロンくんの隣の家に住んでおり、トラックに跳ねられそうになった子供を助けて亡くなった。そして、マカロンくんは勇敢な戦士だった権左衛門に憧れて戦士になったのだ。権左衛門は以前もモニターを通してマカロンくんの成長した姿を見て、嬉しそうにおいおいと泣いていた。その時よりもより逞しくなった彼の姿に、権左衛門はまた嬉しく感じたようだった。
死神ちゃんが「よかったな」と声をかけて背中を擦ってやると、権左衛門は静かに何度もうなずいた。死神ちゃんはにこやかな笑みを浮かべると、権左衛門を抱きしめてやった。
まるで大きな犬に埋もれている幼女のようにしか見えない死神ちゃんを見下ろすと、一班クリスは興味深げに目を瞬かせた。
「それにしても、薫はギターが弾けるんだな」
「おう。ギターの他に、サックスも吹けるぜ」
「でも、その体じゃあ無理だろう? 今度また元の姿に戻ることがあったら、そのときは僕ともセッションしてよ」
死神ちゃんが楽しそうに一班クリスと会話していると、三班クリスが今にも泣きそうな表情でポツリと言った。
「クリスドゥラ、どうして薫と楽しそうにできるの?」
「何で?」
「だって、薫ったら……うぅっ……」
みるみる目を潤ませる三班クリスに唖然とすると、一班クリスは一転してニヤリと笑った。
「何があったかは知らないけどさ。僕たちの友情はちょっとやそっとじゃあ壊れないし。それに、もし仮に薫が誰かと一緒になるっていうなら、僕は側室にでも入れてもらうから」
「はい……?」
「今だってハーレム築いてるんだ。そのくらい、ワケ無いだろ?」
「別にそんなもん築いてなんかないし、〈ワケ無い〉わけないだろう」
「だったら私も諦めないんだからーッ!」
「いい加減諦めろよ、お前はさあ!」
まるで敵陣に足を踏み入れた歩兵のようにクルリと身を翻した三班クリスを睨みつけると、死神ちゃんは追い掛けてくるクリスたちから飛ぶ車のように逃げたのだった。
――――なお、棋士はマカロンくんが呼び出された際、猫じゃないのかとがっかりしていたそうDEATH。
「お前、ペットも吹けるんだな」
「おー、お嬢ちゃん、久しぶりだなあ! ペットはマリアッチの基本楽器だからな。だから、そこそこは吹けるぜ。まあ、ギターほどではないけどな」
男はニカッと笑うと、死神ちゃんにトランペットを差し出した。そして空いた手でポーチを弄ると、ミニギターを取り出した。ミニギターとトランペットを交換すると、男は再び笑って「セッションしようぜ!」と言った。死神ちゃんは男との楽しいひとときを思う存分満喫した。
彼は遠い国からやって来た旅芸人だ。綿のマントに麦わらのソンブレロという出で立ちの〈マリアッチ〉という演奏家で、ギターを相棒にこの国までやって来た。ダンジョンのあるこの街に立ち寄った際、本屋を営む彼女と恋に落ちたそうで、以来、彼はこの街に居着いている。
彼は彼女のためにダンジョン産の珍しい本を探しつつ〈暗闇の図書館〉を探しながら、珍しい楽器のコレクションも行っていた。本日も、とある楽器について噂を聞きやって来たのだそうだ。
死神ちゃんに再びトランペットを持ってもらい、ミニギターをポロポロと弾き鳴らしながら、マリアッチは語った。
「召喚魔法ってえのは、召喚士しか使えないらしいじゃあねえか。あとは、すげえ高価な指輪を手に入れるとか。しかも、一階の魔法道具屋だかで分厚い本を見て、召喚したい相手と契約を交わさなきゃなんねえんだろ? でもな、その楽器を演奏すると、無条件で呼べるらしいんだよ」
「へえ。それは、何でも呼び出せるのか?」
「いや、呼び出せるのは何故だか騎士だけらしい。複数人呼び寄せることも可能らしいんだが、それでもやって来るのは騎士だけっていう噂だぜ」
「騎士が集まるって、集合ラッパみたいだな」
死神ちゃんがそう言うと、マリアッチはギターを弾く手を止めて死神ちゃんを指差した。
「そう、まさにそれだよ。だから、手に入れたときのためにちっと練習しとくかなと思って、久々にペットを手にとってみたってわけよ」
死神ちゃんが相槌を打つと、彼は再びセッションを申し出た。死神ちゃんは喜んでギターを受け取ると、再び熱いソウルのぶつかり合いを楽しんだ。
しばらくして、マリアッチは噂のラッパを探すべく探索を再開した。騎士を呼び出すことができる楽器ということなので、彼は楽器を有するモンスターと騎士っぽいモンスターの二種類に絞って狩りをした。攻撃魔法を繰り出すことのできる珍しい弦楽器を弾き鳴らし、ときには奥の手の〈ギターケースバズーカ〉をぶっ放しながら敵と相対した。
彼は幸運にも、それらしい楽器をすぐに手に入れることができた。緊張の面持ちを浮かべると、彼はさっそくそのラッパを吹いてみることにした。すると、ベルと呼ばれる朝顔の花のような形をしている部分から、勇ましい音と一緒にニュルリと何かが飛び出そうとした。
驚いたマリアッチがラッパを吹くのをやめると、出てこようとした者がベルの部分に詰まった。じたばたともがく何者かを呆然と眺めながら、死神ちゃんは思わず素っ頓狂な声を出した。
「何で途中で吹くの止めたんだよ!」
「いやだって、こんなところからニュルンと出て来るの、何だか気持ち悪くないか?」
「途中で止めて詰まってるほうが気持ち悪いよ! しかも、ほら、何か苦しそうじゃあないか! ――あああ、動かなくなってきた!」
「こいつはまずい! 早く吹ききってやらないと!」
パパラッチは慌ててラッパに息を吹き込んだ。すると、詰まっていた者はようやくベルから排出され、苦しそうに息をついた。
「はあ……。よく分からないですけれど、危うく意識を失うところでした……。対局中だったってのに、一体何なんですか……」
「何ていうか、すまないな……。ていうか、あんた、騎士には見えないんだが」
「いえいえ、キシです。キシで合っています」
顔をしかめるマリアッチに、召喚された男は苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは思わず眉根を寄せると、首をひねりながらボソリと言った。
「もしかして、将棋を打つほうの……?」
「あ、はい、そうです。ちなみに九段です」
「何だ、キュウダンって。それは、すごいのか?」
意を介さぬと首を傾げるマリアッチに、死神ちゃんは〈ある世界の中でトップクラスの強さ〉ということを教えてやった。すると、マリアッチは棋士を尊敬の眼差しで見つめて「すげー!」を連呼した。死神ちゃんは心なしか頬を引きつらせながら「キシ違いだけどな……」と呟いた。
せっかくだからもっと呼び出してみようということになり、マリアッチは意気揚々とラッパを吹いた。次に飛び出したのは、リーゼントに短ランという〈いかにも不良〉という出で立ちの若者だった。マリアッチは期待に満ちた目で若者を見つめて尋ねた。
「お前も騎士なのか?」
「何だよ、おっさん。どうして俺の名前を知ってんだ。キモいな」
「こっちは名字がキシかよ」
死神ちゃんが呆れて目を細めると、若者はにやりと笑ってリーゼントを撫で付けた。
「おう。〈バタフライの岸〉とは俺のことだぜ。――こんな見覚えのないところでも、俺の名前は知られてるのかよ。すげえな、俺」
死神ちゃんが乾いた笑いを浮かべていると、マリアッチがさらにラッパを鳴らそうとした。すると、ちょうどそこにモンスターが現れて、驚いた彼は短く「プッ」としか鳴らせなかった。
慌てて戦闘態勢に入ると、最後に出てきた者が颯爽と彼らの前に飛び出してモンスターを一刀両断した。突然の出来事に一同がぽかんとしていると、彼は可愛らしくキャオンと勝鬨の遠吠えをした。死神ちゃんは目を真ん丸に見開くと、彼に駆け寄り抱き上げた。
「お前、マカロンじゃあないか!」
「わわわっ、死神ちゃん! お久しぶりだねえ!」
嬉しそうに尻尾をパタパタと激しく動かすチワワを見つめて顔を青ざめさせると、棋士と岸が「チワワがしゃべった」と声を揃えた。死神ちゃんは呆れて彼らを見つめると、鼻を鳴らして声を落とした。
「モンスターよりもそっちに驚くのかよ。ある意味すごいな、お前ら……」
「おお、すげえな。俺、竜人族以外の獣人なんて初めて見たぜ。このワンちゃんも騎士なのか?」
マリアッチは、ほっこりとした笑みを浮かべてマカロンくんを撫で回した。すると、マカロンくんは潤んだ瞳をパチパチとさせて首を傾げた。
「僕は戦士だよ?」
「ほお。じゃあ、騎士しか呼び出せないっていうのはデマだったのか?」
彼らはこの〈愛されっ子〉に興味を抱いた。代わる代わる抱っこして目で倒しながら、マカロンくんにあれこれと質問した。それにより、マカロンくんが末っ子であるということが分かった。死神ちゃんはヘッと鼻を鳴らすと「なるほどね」と呟いた。
一同は怪訝な表情で死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんはそれに淡々と答えた。
「末っ子のことを季子って言うんだよ」
「へえ。お嬢ちゃん、すげえ物知りだな」
「ていうか、どいつもこいつもキシ違いかよ。そんなんばかり呼び出されて、果たして戦闘に貢献できるのかよ。そもそも、この中で戦えるのって、マカロンだけだろ」
死神ちゃんがため息をつくと、棋士と岸が〈いやいや、何を仰る〉と言いたげに薄っすらと笑みを浮かべた。
「私が一体どれほどの強者と戦ってきたか、お嬢ちゃんには想像もつかないでしょうね」
「いや、戦うって対局の話じゃあないから」
「そうだぜ。俺だってな、これでも全国レベルなんだぜ」
「はあ、そう……」
面倒くさそうに、死神ちゃんはぐったりと肩を落とした。すると、再び彼らの前にモンスターが現れた。棋士は「見ているといい」と言いながら、モンスターの前に立ちはだかった。そして彼は奇声を発すると、勢い良く敵に向かって手を突き出した。
「キエエエエエッ! 飛車ーッ!」
「何だよ、その掛け声は!」
「知らないんですか!? 棋士の力強い〈指し力〉は、駒をも割るんですよ!」
「飛車が割れやすいのは、小刀で文字を彫るときの問題だから!」
「私が割るのはッ! 駒だけにあらずッ! 私はッ! 盤だって割れるんですッ! そもそもッ! 将棋とは格闘技なのですよッ!」
彼は飛車だの香車だのと叫びながら、目にも止まらぬ速さで手を突き出し続けた。その突きはどれもこれも急所にえぐり込んだ。そして、突如攻撃の手を止めると、彼は決めポーズをキメて唸るように言った。
「お前はもう、死んでいる」
直後、モンスターは弾け飛んだ。マリアッチが賞賛の声を上げる中、死神ちゃんは「世紀末感ハンパないな! 将棋関係ないだろ!」とツッコミを入れた。しかし、それで戦闘終了とはならなかった。さらにモンスターがやって来たのである。
死神ちゃんは棋士やマカロンくんの後ろに隠れて震えている不良を見やると「お前も〈全国レベルの腕〉とやらを見せてみろよ」と野次った。すると、岸は青ざめさせた顔を歪めてポツリと呟いた。
「俺には、できねえ……」
「何でだよ。バタフライの岸なんて名乗るくらいだから、よっぽどナイフの扱いに長けているんだろう?」
「は!? ナイフ!? どうしてナイフなんだよ!」
「その見た目でバタフライだから、てっきりバタフライナイフのことかと思ったんだが」
「違えよ! 俺は水泳の国体選手なんだよ! この見た目は、単なるファッションだよ!」
「そっちのバタフライかよ! まぎらわしいな!」
死神ちゃんと岸が言い合いをしている前を、マカロンくんが颯爽と駆け抜けていった。棋士らしからぬ棋士とマカロンくんの活躍でどうにか事なきを得たものの、岸はある意味で負傷してしまったようだった。
「運動もできなさそうなデブいおっさんと、愛玩動物に負けた……」
「気にするなよ。安心しろ。お前はごく普通の、健全な若者だから。しかたない」
「幼女に慰められた……。なんかもう、立ち直れない……」
しょんぼりと肩を落とす岸を何とか立たせると、一行は一階を目指して歩き出した。マリアッチは「こんな強力な騎士様がたくさんおいでなんだ。怖いものなんかないな」と言い、鼻歌交じりに闊歩した。
強敵クラスのモンスターが現れても、彼は強気で構えていた。得意げに胸を張ると、彼は悠々とギターの調弦をしながら言った。
「さあ、騎士の皆さま。やっちゃってください! 俺、支援演奏しますんで! よろしくお頼み―― あれえ!?」
彼がまだ口上を垂れている合間に、キシの皆さまはポンと音を立てて消えた。どうやら、あのラッパでの呼び出しは時間制限があるらしい。
マリアッチは慌ててギターを背に回し、ギターケースを取り出そうとした。しかし時すでに遅く、彼は渾身の一撃を食らって灰と化したのだった。
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待機室に戻ってみると、土佐犬の権左衛門が目頭を押さえて俯いていた。彼は生前、マカロンくんの隣の家に住んでおり、トラックに跳ねられそうになった子供を助けて亡くなった。そして、マカロンくんは勇敢な戦士だった権左衛門に憧れて戦士になったのだ。権左衛門は以前もモニターを通してマカロンくんの成長した姿を見て、嬉しそうにおいおいと泣いていた。その時よりもより逞しくなった彼の姿に、権左衛門はまた嬉しく感じたようだった。
死神ちゃんが「よかったな」と声をかけて背中を擦ってやると、権左衛門は静かに何度もうなずいた。死神ちゃんはにこやかな笑みを浮かべると、権左衛門を抱きしめてやった。
まるで大きな犬に埋もれている幼女のようにしか見えない死神ちゃんを見下ろすと、一班クリスは興味深げに目を瞬かせた。
「それにしても、薫はギターが弾けるんだな」
「おう。ギターの他に、サックスも吹けるぜ」
「でも、その体じゃあ無理だろう? 今度また元の姿に戻ることがあったら、そのときは僕ともセッションしてよ」
死神ちゃんが楽しそうに一班クリスと会話していると、三班クリスが今にも泣きそうな表情でポツリと言った。
「クリスドゥラ、どうして薫と楽しそうにできるの?」
「何で?」
「だって、薫ったら……うぅっ……」
みるみる目を潤ませる三班クリスに唖然とすると、一班クリスは一転してニヤリと笑った。
「何があったかは知らないけどさ。僕たちの友情はちょっとやそっとじゃあ壊れないし。それに、もし仮に薫が誰かと一緒になるっていうなら、僕は側室にでも入れてもらうから」
「はい……?」
「今だってハーレム築いてるんだ。そのくらい、ワケ無いだろ?」
「別にそんなもん築いてなんかないし、〈ワケ無い〉わけないだろう」
「だったら私も諦めないんだからーッ!」
「いい加減諦めろよ、お前はさあ!」
まるで敵陣に足を踏み入れた歩兵のようにクルリと身を翻した三班クリスを睨みつけると、死神ちゃんは追い掛けてくるクリスたちから飛ぶ車のように逃げたのだった。
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