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* 死神生活三年目&more *
第324話 死神ちゃんとライバル農家⑦
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死神ちゃんはダンジョンに降り立つなり、胃袋に訴えかけてくるような極上の香りにうっとりと目を細めた。思わず「美味そうな香りが」とこぼすと、横合いから男の快活な声が聞こえてきた。
「やあ、死神ちゃん! 野菜、食べているかい? まだ完成ではないからな。もう少し待ってくれ」
死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると、一転して苦笑いを浮かべた。
「前回も、同じような遭遇のしかただったな」
「そう言えばそうだなあ。ちなみに、今回作っているのは田舎汁ではないぞ。――とりあえず、出来上がるまで、これを食べて待っていてくれ」
よく知る農家の男はそう言って小皿を差し出し、死神ちゃんがそれを受け取ると、嬉しそうに死神ちゃんの頭を撫でた。――渡されたものは、ほうれん草のおひたしだった。
彼は、はた迷惑なノーム族の農婦にライバル視されている人間の農家だ。彼は農耕神に愛されしノーム族よりも腕のいい生産者で、マンドラゴラ品評会では常に彼女を差し置いて金賞を受賞するほどである。また彼は冒険者としても彼女より優秀で、冒険者デビューから一ヶ月ほどで単独で四階まで降りてくるほどの実力を持っていた。
彼は死神ちゃんと遭遇するたびに極上の青果物をたっぷりと試食させてくれ、お土産としても持ち帰らせてくれる。本日ご相伴にあずかったほうれん草もギュッと味が凝縮されていており、甘みも強くて、死神ちゃんはもくもくと食べながら思わず何度もうなずいた。農家は目を輝かせると、嬉しそうに白い歯をむき出して笑った。
「さすがは死神ちゃんだな。分かってくれるか!」
「おう、すごいな、この味の濃さは。あれか? ちぢみほうれん草か?」
「まさにその通りだ! ――さ、こちらのほうもちょうどいい塩梅に出来上がったぞ。前回お披露目した醤油で煮込んだ、大根だ!」
死神ちゃんはまるで宝石のように透き通る美しい大根に、ホウと息をついた。箸を差し入れるとストレスなくスッと切り分けることができ、口に入れると甘さが鼻孔からすり抜けていった。農家は、至福の笑みを浮かべて虚空を静かに見つめる死神ちゃんを見て、満足気に何度もうなずいた。
「そうだろう、そうだろう! この大根も、冬の寒さで味が凝縮して、ほんのりと優しい甘みが出ているだろう? その鶏肉は、今朝捌いたばかりの新鮮なものだ。卵が産めなくなってご退役なさったチャーリーに、感謝と敬愛の意を込めて頂いて欲しい」
死神ちゃんはふと真顔になると「そいつ、三羽目?」と尋ねた。きょとんとした顔でうなずく農家に、死神ちゃんは思わず苦い顔を浮かべた。
「お前もかよ。あの角もアルファ、ブラーボ、チャーリーと名前をつけていたんだよ」
「なんと、あの銀賞の子もか? 何だかんだ言って、俺たち、気が合うんじゃあないか?」
快活に笑う農家に、死神ちゃんは適当に笑って返した。そしてさっそく、死神ちゃんはチャーリーに感謝を捧げてから、肉をひとつ口に放り込んだ。歴戦の猛者の味は、体にじんわりと染み込んでいくようだった。
死神ちゃんが大根に夢中になり始めると、農家は大根についての豆知識を熱心に語りだした。彼は〈大根は胃腸に良いので、飲み会の多いこの季節にはぴったり〉ということなどを、凄まじい勢いで捲し立てた。死神ちゃんは口の中に残っていた大根をゴクリと飲み下すと、表情も抑揚もなくボソリと言った。
「で、結局、何を一番伝えたいわけ」
「つまりだな、その大根を美味しく頂いて欲しいんだ」
「おう、美味いよ。凄まじく」
死神ちゃんはわんこ蕎麦のごとく椀に盛り付けられる大根とチャーリーをしっかりと味わいながら、淡々と答えた。農家は、そんな死神ちゃんを見て一層満足げに頬を緩ませた。
彼は今回も大量のお土産を死神ちゃんのポーチに勝手に詰め込んだ。死神ちゃんは為すが為されるままになりながら、その間も大根を食べ続けていた。
満腹になると、死神ちゃんはようやく〈本日の目的〉について彼に尋ねた。すると彼は鍋を片づけながら、〈伝説の剣を探しに来た〉と真面目くさった表情で返してきた。
「伝説の剣? そんな高尚なもん、このダンジョンにあるわけ無いだろうが」
「すごいな。ダンジョンの罠であるはずの死神ちゃんが真っ向から否定するとか。しゃべる幼女死神がいるくらいなんだから、伝説の剣だってあるさ」
「俺は伝説と同列かよ」
死神ちゃんが心なしか居心地の悪そうな顔で閉口すると、農家は苦笑いを浮かべながら〈伝説の剣〉について語り始めた。
そもそも、その剣は最近になって産出されるようになったらしい。結構な強さを有した希少品だそうで、特に不死系と精霊系のモンスターに多大なるダメージを負わせることができるそうだ。そして何より、その剣で攻撃すると敵に沈黙魔法がかかることがあるという。そのため、魔法攻撃を行ってくるような敵にも有効なのだとか。
「そんなこんなで、本当に万能な剣らしいんだ」
「不死系にダメージってことは、俺にもダメージが入るじゃあないか……」
「いやだなあ、死神ちゃんは今、俺にとり憑いているんだから全ダメージ無効だろう? それに、聖別された武器を手に入れたからって、俺が死神ちゃんに攻撃を加えるわけないだろう」
「まあ、そうなんだけどもさあ……」
死神ちゃんが苦い顔を浮かべるのも気にすることなく、彼は「では早速、探しに行こう」と宣言して立ち上がった。しかし、彼はモンスターと戦闘することはせず、言葉通りに探して歩いた。死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべると、首を傾げた。
「何で戦闘しないんだよ。モンスターと戦わなかったら、アイテムを手に入れることができないだろうが。それともあれか? 設置宝箱の中から出てくる系か?」
「いや、噂によると、〈戦闘で入手〉と〈宝箱から入手〉のどちらでも無いらしいんだ……」
そう言いながら、彼はここそこの草むらを分け入り、隅々まで見て回った。途中、彼は以前自身がうっかりダンジョン内に置き忘れてしまったことで大量に根付かせてしまった〈聖別された、凄いネギ〉を見つけた。死神ちゃんはそのネギを辟易とした表情で眺めながら、死神課待機室内がバイオハザード状態となった苦い過去を思い出した。そしてハッと息を飲むと、死神ちゃんは彼に尋ねた。
「もしかして、お前が探しているのは、今回も野菜なのか?」
「何を言っているんだい、死神ちゃん。剣だと言っただろう?」
まるで〈何をご冗談を〉と言うかのように、彼は笑った。その直後、彼は驚きと感動で目を見開くと、頬を上気させて声を張った。
「おお! これだ、これ! 見つけたぞ、エスカリオン!」
「またご大層な名前だな。本当に伝説の剣っぽいな。――で、どこにあるんだよ?」
死神ちゃんは辺りをキョロキョロと見渡した。しかし、そのようなものは特に見当たらなかった。不思議そうに首をひねった死神ちゃんに、農家はそれを指で差し示した。
「これだよ! これ!」
「いや、ここにはネギしか無いだろうが」
「だから、これだって!」
「は!? またネギなのかよ!」
死神ちゃんは眉根を寄せて目を見開くと、長ネギ状の〈凄いネギ〉の横に生える一風変わったネギを見つめた。白い部分が一部紫色に変色しており、白と緑の境目の部分には緑の葉がまるで刀の鍔のように短く伸びていた。そして、長く伸びている葉がどうやら刃にあたるようだった。
そのネギは見た目だけでなく、香りも独特だった。まるでスパイスのような、青唐辛子を想起させるようなピリッとしたような感じの香りを漂わせており、死神ちゃんは思わず沈黙した。いそいそと鎌をポーチから取り出しながら、農家は押し黙る死神ちゃんを不思議そうに見つめた。
「どうしたんだい、死神ちゃん。急に静かになって」
「……いや、うん。これ、沈黙効果があるとか言ってたがさ、そりゃあ沈黙するだろうよ。こんなにネギ臭半端なかったら」
「いやだなあ、さっきから。これは剣だと言っているだろう?」
「ていうか、お前、すでに持ってるだろ、ネギ剣」
「でも、さすがにこの品種は初めて見るからなあ。やはり、伝説のしろものなんだろう」
「今、品種って言ったよな!? やっぱりネギなんじゃあないか!」
「いやだなあ。だから、剣だって言っているだろう?」
「そういやあ、さっき万能と言っていたが。万能ねぎにしては太いよな」
「そういう品種なんじゃあないか?」
「ほらあ! また品種って言いましたよね!? もうまごうことなくネギですよね!?」
「剣だってば。け・ん!」
そう言いながら、彼はそれの根元あたりで鎌を振ってあからさまに収穫した。かなりの希少品と聞いていたのにもかかわらず、近くに同じネギが植わっていて、彼は喜々としてそちらも手に入れた。――ただし、そちらのほうは周りを掘り起こしていた。根っこごと持ち帰って、増やせるようなら増やそうということらしい。
根元が痛まぬよう丁重に袋に詰めてポーチにしまい込むと、彼は先ほど鎌で収穫した方のネギを手に持ち、鼻歌交じりに振り回しながら帰路についた。途中、ゾンビと遭遇したのだが、ゾンビはたったひと薙で溶けるように消えていった。死神ちゃんは顔を青くすると、その様子に怯えてカタカタと身震いした。ただ倒すどころか溶けるほどなのだ、死神でさえも〈ちょっと痛い〉どころでは済まなそうだった。
「いやあ、それにしても格好いいよな! エスカリオンという名前がさ!」
「……まあ、それは同意するよ」
「だろ、だろう? ――あっ、あそこにもまたエスカリオンが! かなりの希少品をこんなにも見つけるだなんて、俺はどうやら、農耕神に愛されているようだな!」
「今、農耕神と言ったか? やっぱり、これは農産物なんだろう!?」
「いや、また、何をおっしゃる」
心なしか冷やかすような笑いの混じった口調でそう言いながら、彼は鎌を振るって収穫をした。そしてそれを、満面の笑みで死神ちゃんに差し出した。死神ちゃんは心底嫌そうに顔を歪めてあとずさりしたが、彼はにこやかな笑みを崩さなかった。
「大丈夫だよ。聖別された剣というのは、大抵が刃物の部分に祝福がなされているだろう? だから、この白い柄の部分を持てば問題ないよ」
「いや、そういう問題じゃあな――」
「死神ちゃんも格好いいと同意してくれたじゃあないか! 伝説の剣はロマンだろう? せっかくだから、共有しようじゃあないか!」
彼は、逃げ惑う死神ちゃんのポーチに無理やりネギを詰め込んだ。死神ちゃんは、思わずメソメソと泣き言を垂れた。
「無理矢理は、よろしくないと思います」
「駄目だぞ、死神ちゃん。好き嫌いしていたら、大きくなんかなれないぞ!」
「お前、やっぱり食材扱いしてるよな!?」
「はっはっはっ、何のことや――」
ネギを片手に胸を張っていた彼は、背後から突然炎のブレスを食らった。悲鳴を上げる間もなく、彼はどうと倒れサラサラと崩れていった。いきなりのことに驚いた死神ちゃんが呆然としていると、すぐ近くに火吹き竜がいて、ドレイクはくしゃみをしながらのしのしと去っていった。どうやら、あまりのネギ臭さに耐えられず、焼き払いに来たらしい。死神ちゃんは頬を引きつらせて苦い顔を浮かべると、壁の中へと姿を消した。
**********
待機室に戻った死神ちゃんは、同僚たちから一定距離をおかれた。そして〈その場から動かぬように〉と指示を受けた。ポーチの中から仄かに漂ってくる〈聖別されたネギ臭さ〉に同僚たちは心なしか気分を悪くしているようで、死神ちゃんもまたとり憑き状態が解除されたことにより臭いの影響を受けてぐったりとしていた。
まるで〈パンデミックを引き起こし、隔離された犯人〉というかのような扱いを受けながら、死神ちゃんは助けを待った。すると、生産担当のアディとビット所長が仲良くやって来て「このネギは〈凄いネギ〉の研究成果で、我々の自信作だ」と誇らしそうにマシンガントークをし始めた。
彼らはなおもしゃべり倒しながら、死神ちゃんを袋に詰めた。そして悲鳴を上げる死神ちゃんを肩に担ぐと、トークを続けながら名残惜しそうに去っていった。
勤務が明けて、夕飯どき。死神ちゃんはあれから〈聖別臭〉を消すための洗浄作業を施されたのだが、そのときの扱いの酷さをぐちぐちと漏らしながら鶏肉を口に運んだ。そして、あまりの美味しさに目を真ん丸と見開ききょとんとした。
鶏肉はピリ辛の味つけがなされていたのだが、ただ辛いだけでなかった。スパイシーな香辛料が複数使われており、複雑ながら食欲のそそる風味を出していた。また、そこはかとなく青臭い味もした。その得も言われぬ風味が、パリッと焼かれた鶏肉の皮の脂身とジューシーな肉汁に絡みあい、とても幸せな気持ちにさせてくれた。
ライスも独特で、赤いんげん豆が入った赤飯風だったのだが、多様なスパイスが使われているようだった。また、ほんのりと甘い味がした。
死神ちゃんは首を傾げると、マッコイに尋ねた。
「なあ、このライスの甘みは何だ?」
「ああ、それ? それは野菜とココナッツミルクよ」
「肉も何ていうか独特で……。これ、どこの料理なんだ?」
マッコイはにっこりと笑うと「ジャマイカよ」と答えた。思わず、死神ちゃんは素っ頓狂な声で「お前、本当になんでも作れるな!」と驚いた。何でも、彼を育てた人物が中々のグルメで、自身の身の回りの世話をさせるための一環として、世界中のありとあらゆる料理を彼に教え込んだらしい。
死神ちゃんは心なしか、申し訳無さそうな表情を浮かべた。何故なら、その人物こそが彼のトラウマや死の原因だったからだ。しかしながら、彼は特に気にしていないらしく「何でそんなしょんぼりとしているの」と苦笑するばかりだった。
マッコイは一転して爽やかな笑みを浮かべると、鶏肉を指差してゆっくりとした口調で言った。
「ところでね、その鶏肉料理、エスカリオン入ってるわよ」
「は……?」
死神ちゃんはサアと顔を青ざめさせた。マッコイはそんな死神ちゃんのことなど気にすることなく、楽しそうに続けていった。
「何度もエスカリオンって聞いてたら、食べたくなっちゃったのよね」
「いや、食べたくなっちゃったって、そんな、駄目だろ……」
死神ちゃんは大量に冷や汗を掻き始めた。マッコイは悪戯にニヤリと笑うと「でも、美味しいでしょう?」と肩をすくめた。
なお、もとから存在するエスカリオンと区別するために、例のネギは〈あの伝説のネギ〉という名前で売り出されているという。死神ちゃんはそれを聞いてようやく、食事を再開させた。そして、お代わりするほど、心おきなくお肉を堪能したのだった。
――――ノームの農婦をけしからんと言っていたはずのビット所長とアディさん。もうすっかりと〈同じ穴の狢〉なのDEATH。
「やあ、死神ちゃん! 野菜、食べているかい? まだ完成ではないからな。もう少し待ってくれ」
死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると、一転して苦笑いを浮かべた。
「前回も、同じような遭遇のしかただったな」
「そう言えばそうだなあ。ちなみに、今回作っているのは田舎汁ではないぞ。――とりあえず、出来上がるまで、これを食べて待っていてくれ」
よく知る農家の男はそう言って小皿を差し出し、死神ちゃんがそれを受け取ると、嬉しそうに死神ちゃんの頭を撫でた。――渡されたものは、ほうれん草のおひたしだった。
彼は、はた迷惑なノーム族の農婦にライバル視されている人間の農家だ。彼は農耕神に愛されしノーム族よりも腕のいい生産者で、マンドラゴラ品評会では常に彼女を差し置いて金賞を受賞するほどである。また彼は冒険者としても彼女より優秀で、冒険者デビューから一ヶ月ほどで単独で四階まで降りてくるほどの実力を持っていた。
彼は死神ちゃんと遭遇するたびに極上の青果物をたっぷりと試食させてくれ、お土産としても持ち帰らせてくれる。本日ご相伴にあずかったほうれん草もギュッと味が凝縮されていており、甘みも強くて、死神ちゃんはもくもくと食べながら思わず何度もうなずいた。農家は目を輝かせると、嬉しそうに白い歯をむき出して笑った。
「さすがは死神ちゃんだな。分かってくれるか!」
「おう、すごいな、この味の濃さは。あれか? ちぢみほうれん草か?」
「まさにその通りだ! ――さ、こちらのほうもちょうどいい塩梅に出来上がったぞ。前回お披露目した醤油で煮込んだ、大根だ!」
死神ちゃんはまるで宝石のように透き通る美しい大根に、ホウと息をついた。箸を差し入れるとストレスなくスッと切り分けることができ、口に入れると甘さが鼻孔からすり抜けていった。農家は、至福の笑みを浮かべて虚空を静かに見つめる死神ちゃんを見て、満足気に何度もうなずいた。
「そうだろう、そうだろう! この大根も、冬の寒さで味が凝縮して、ほんのりと優しい甘みが出ているだろう? その鶏肉は、今朝捌いたばかりの新鮮なものだ。卵が産めなくなってご退役なさったチャーリーに、感謝と敬愛の意を込めて頂いて欲しい」
死神ちゃんはふと真顔になると「そいつ、三羽目?」と尋ねた。きょとんとした顔でうなずく農家に、死神ちゃんは思わず苦い顔を浮かべた。
「お前もかよ。あの角もアルファ、ブラーボ、チャーリーと名前をつけていたんだよ」
「なんと、あの銀賞の子もか? 何だかんだ言って、俺たち、気が合うんじゃあないか?」
快活に笑う農家に、死神ちゃんは適当に笑って返した。そしてさっそく、死神ちゃんはチャーリーに感謝を捧げてから、肉をひとつ口に放り込んだ。歴戦の猛者の味は、体にじんわりと染み込んでいくようだった。
死神ちゃんが大根に夢中になり始めると、農家は大根についての豆知識を熱心に語りだした。彼は〈大根は胃腸に良いので、飲み会の多いこの季節にはぴったり〉ということなどを、凄まじい勢いで捲し立てた。死神ちゃんは口の中に残っていた大根をゴクリと飲み下すと、表情も抑揚もなくボソリと言った。
「で、結局、何を一番伝えたいわけ」
「つまりだな、その大根を美味しく頂いて欲しいんだ」
「おう、美味いよ。凄まじく」
死神ちゃんはわんこ蕎麦のごとく椀に盛り付けられる大根とチャーリーをしっかりと味わいながら、淡々と答えた。農家は、そんな死神ちゃんを見て一層満足げに頬を緩ませた。
彼は今回も大量のお土産を死神ちゃんのポーチに勝手に詰め込んだ。死神ちゃんは為すが為されるままになりながら、その間も大根を食べ続けていた。
満腹になると、死神ちゃんはようやく〈本日の目的〉について彼に尋ねた。すると彼は鍋を片づけながら、〈伝説の剣を探しに来た〉と真面目くさった表情で返してきた。
「伝説の剣? そんな高尚なもん、このダンジョンにあるわけ無いだろうが」
「すごいな。ダンジョンの罠であるはずの死神ちゃんが真っ向から否定するとか。しゃべる幼女死神がいるくらいなんだから、伝説の剣だってあるさ」
「俺は伝説と同列かよ」
死神ちゃんが心なしか居心地の悪そうな顔で閉口すると、農家は苦笑いを浮かべながら〈伝説の剣〉について語り始めた。
そもそも、その剣は最近になって産出されるようになったらしい。結構な強さを有した希少品だそうで、特に不死系と精霊系のモンスターに多大なるダメージを負わせることができるそうだ。そして何より、その剣で攻撃すると敵に沈黙魔法がかかることがあるという。そのため、魔法攻撃を行ってくるような敵にも有効なのだとか。
「そんなこんなで、本当に万能な剣らしいんだ」
「不死系にダメージってことは、俺にもダメージが入るじゃあないか……」
「いやだなあ、死神ちゃんは今、俺にとり憑いているんだから全ダメージ無効だろう? それに、聖別された武器を手に入れたからって、俺が死神ちゃんに攻撃を加えるわけないだろう」
「まあ、そうなんだけどもさあ……」
死神ちゃんが苦い顔を浮かべるのも気にすることなく、彼は「では早速、探しに行こう」と宣言して立ち上がった。しかし、彼はモンスターと戦闘することはせず、言葉通りに探して歩いた。死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべると、首を傾げた。
「何で戦闘しないんだよ。モンスターと戦わなかったら、アイテムを手に入れることができないだろうが。それともあれか? 設置宝箱の中から出てくる系か?」
「いや、噂によると、〈戦闘で入手〉と〈宝箱から入手〉のどちらでも無いらしいんだ……」
そう言いながら、彼はここそこの草むらを分け入り、隅々まで見て回った。途中、彼は以前自身がうっかりダンジョン内に置き忘れてしまったことで大量に根付かせてしまった〈聖別された、凄いネギ〉を見つけた。死神ちゃんはそのネギを辟易とした表情で眺めながら、死神課待機室内がバイオハザード状態となった苦い過去を思い出した。そしてハッと息を飲むと、死神ちゃんは彼に尋ねた。
「もしかして、お前が探しているのは、今回も野菜なのか?」
「何を言っているんだい、死神ちゃん。剣だと言っただろう?」
まるで〈何をご冗談を〉と言うかのように、彼は笑った。その直後、彼は驚きと感動で目を見開くと、頬を上気させて声を張った。
「おお! これだ、これ! 見つけたぞ、エスカリオン!」
「またご大層な名前だな。本当に伝説の剣っぽいな。――で、どこにあるんだよ?」
死神ちゃんは辺りをキョロキョロと見渡した。しかし、そのようなものは特に見当たらなかった。不思議そうに首をひねった死神ちゃんに、農家はそれを指で差し示した。
「これだよ! これ!」
「いや、ここにはネギしか無いだろうが」
「だから、これだって!」
「は!? またネギなのかよ!」
死神ちゃんは眉根を寄せて目を見開くと、長ネギ状の〈凄いネギ〉の横に生える一風変わったネギを見つめた。白い部分が一部紫色に変色しており、白と緑の境目の部分には緑の葉がまるで刀の鍔のように短く伸びていた。そして、長く伸びている葉がどうやら刃にあたるようだった。
そのネギは見た目だけでなく、香りも独特だった。まるでスパイスのような、青唐辛子を想起させるようなピリッとしたような感じの香りを漂わせており、死神ちゃんは思わず沈黙した。いそいそと鎌をポーチから取り出しながら、農家は押し黙る死神ちゃんを不思議そうに見つめた。
「どうしたんだい、死神ちゃん。急に静かになって」
「……いや、うん。これ、沈黙効果があるとか言ってたがさ、そりゃあ沈黙するだろうよ。こんなにネギ臭半端なかったら」
「いやだなあ、さっきから。これは剣だと言っているだろう?」
「ていうか、お前、すでに持ってるだろ、ネギ剣」
「でも、さすがにこの品種は初めて見るからなあ。やはり、伝説のしろものなんだろう」
「今、品種って言ったよな!? やっぱりネギなんじゃあないか!」
「いやだなあ。だから、剣だって言っているだろう?」
「そういやあ、さっき万能と言っていたが。万能ねぎにしては太いよな」
「そういう品種なんじゃあないか?」
「ほらあ! また品種って言いましたよね!? もうまごうことなくネギですよね!?」
「剣だってば。け・ん!」
そう言いながら、彼はそれの根元あたりで鎌を振ってあからさまに収穫した。かなりの希少品と聞いていたのにもかかわらず、近くに同じネギが植わっていて、彼は喜々としてそちらも手に入れた。――ただし、そちらのほうは周りを掘り起こしていた。根っこごと持ち帰って、増やせるようなら増やそうということらしい。
根元が痛まぬよう丁重に袋に詰めてポーチにしまい込むと、彼は先ほど鎌で収穫した方のネギを手に持ち、鼻歌交じりに振り回しながら帰路についた。途中、ゾンビと遭遇したのだが、ゾンビはたったひと薙で溶けるように消えていった。死神ちゃんは顔を青くすると、その様子に怯えてカタカタと身震いした。ただ倒すどころか溶けるほどなのだ、死神でさえも〈ちょっと痛い〉どころでは済まなそうだった。
「いやあ、それにしても格好いいよな! エスカリオンという名前がさ!」
「……まあ、それは同意するよ」
「だろ、だろう? ――あっ、あそこにもまたエスカリオンが! かなりの希少品をこんなにも見つけるだなんて、俺はどうやら、農耕神に愛されているようだな!」
「今、農耕神と言ったか? やっぱり、これは農産物なんだろう!?」
「いや、また、何をおっしゃる」
心なしか冷やかすような笑いの混じった口調でそう言いながら、彼は鎌を振るって収穫をした。そしてそれを、満面の笑みで死神ちゃんに差し出した。死神ちゃんは心底嫌そうに顔を歪めてあとずさりしたが、彼はにこやかな笑みを崩さなかった。
「大丈夫だよ。聖別された剣というのは、大抵が刃物の部分に祝福がなされているだろう? だから、この白い柄の部分を持てば問題ないよ」
「いや、そういう問題じゃあな――」
「死神ちゃんも格好いいと同意してくれたじゃあないか! 伝説の剣はロマンだろう? せっかくだから、共有しようじゃあないか!」
彼は、逃げ惑う死神ちゃんのポーチに無理やりネギを詰め込んだ。死神ちゃんは、思わずメソメソと泣き言を垂れた。
「無理矢理は、よろしくないと思います」
「駄目だぞ、死神ちゃん。好き嫌いしていたら、大きくなんかなれないぞ!」
「お前、やっぱり食材扱いしてるよな!?」
「はっはっはっ、何のことや――」
ネギを片手に胸を張っていた彼は、背後から突然炎のブレスを食らった。悲鳴を上げる間もなく、彼はどうと倒れサラサラと崩れていった。いきなりのことに驚いた死神ちゃんが呆然としていると、すぐ近くに火吹き竜がいて、ドレイクはくしゃみをしながらのしのしと去っていった。どうやら、あまりのネギ臭さに耐えられず、焼き払いに来たらしい。死神ちゃんは頬を引きつらせて苦い顔を浮かべると、壁の中へと姿を消した。
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待機室に戻った死神ちゃんは、同僚たちから一定距離をおかれた。そして〈その場から動かぬように〉と指示を受けた。ポーチの中から仄かに漂ってくる〈聖別されたネギ臭さ〉に同僚たちは心なしか気分を悪くしているようで、死神ちゃんもまたとり憑き状態が解除されたことにより臭いの影響を受けてぐったりとしていた。
まるで〈パンデミックを引き起こし、隔離された犯人〉というかのような扱いを受けながら、死神ちゃんは助けを待った。すると、生産担当のアディとビット所長が仲良くやって来て「このネギは〈凄いネギ〉の研究成果で、我々の自信作だ」と誇らしそうにマシンガントークをし始めた。
彼らはなおもしゃべり倒しながら、死神ちゃんを袋に詰めた。そして悲鳴を上げる死神ちゃんを肩に担ぐと、トークを続けながら名残惜しそうに去っていった。
勤務が明けて、夕飯どき。死神ちゃんはあれから〈聖別臭〉を消すための洗浄作業を施されたのだが、そのときの扱いの酷さをぐちぐちと漏らしながら鶏肉を口に運んだ。そして、あまりの美味しさに目を真ん丸と見開ききょとんとした。
鶏肉はピリ辛の味つけがなされていたのだが、ただ辛いだけでなかった。スパイシーな香辛料が複数使われており、複雑ながら食欲のそそる風味を出していた。また、そこはかとなく青臭い味もした。その得も言われぬ風味が、パリッと焼かれた鶏肉の皮の脂身とジューシーな肉汁に絡みあい、とても幸せな気持ちにさせてくれた。
ライスも独特で、赤いんげん豆が入った赤飯風だったのだが、多様なスパイスが使われているようだった。また、ほんのりと甘い味がした。
死神ちゃんは首を傾げると、マッコイに尋ねた。
「なあ、このライスの甘みは何だ?」
「ああ、それ? それは野菜とココナッツミルクよ」
「肉も何ていうか独特で……。これ、どこの料理なんだ?」
マッコイはにっこりと笑うと「ジャマイカよ」と答えた。思わず、死神ちゃんは素っ頓狂な声で「お前、本当になんでも作れるな!」と驚いた。何でも、彼を育てた人物が中々のグルメで、自身の身の回りの世話をさせるための一環として、世界中のありとあらゆる料理を彼に教え込んだらしい。
死神ちゃんは心なしか、申し訳無さそうな表情を浮かべた。何故なら、その人物こそが彼のトラウマや死の原因だったからだ。しかしながら、彼は特に気にしていないらしく「何でそんなしょんぼりとしているの」と苦笑するばかりだった。
マッコイは一転して爽やかな笑みを浮かべると、鶏肉を指差してゆっくりとした口調で言った。
「ところでね、その鶏肉料理、エスカリオン入ってるわよ」
「は……?」
死神ちゃんはサアと顔を青ざめさせた。マッコイはそんな死神ちゃんのことなど気にすることなく、楽しそうに続けていった。
「何度もエスカリオンって聞いてたら、食べたくなっちゃったのよね」
「いや、食べたくなっちゃったって、そんな、駄目だろ……」
死神ちゃんは大量に冷や汗を掻き始めた。マッコイは悪戯にニヤリと笑うと「でも、美味しいでしょう?」と肩をすくめた。
なお、もとから存在するエスカリオンと区別するために、例のネギは〈あの伝説のネギ〉という名前で売り出されているという。死神ちゃんはそれを聞いてようやく、食事を再開させた。そして、お代わりするほど、心おきなくお肉を堪能したのだった。
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