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* 死神生活三年目&more *
第353話 死神ちゃんとブラックナイトメア②
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ダンジョンに降り立った直後死神ちゃんが目撃したのは、何ものかの大きな影だった。そのまま、死神ちゃんは何かの下敷きになった。もふもふとした何かに押しつぶされながら死神ちゃんがもがき苦しんでいると、困惑する女性の声が聞こえてきた。
「駄目よ、ココアちゃん! クッションじゃあないんだから、抱え込まないの!」
死神ちゃんはその一言で〈自分を覆い尽くしているものが一体何なのか〉を把握した。正攻法で脱出することを諦めると、死神ちゃんは物体透過でもふもふから抜け出ることにした。
死神ちゃんは、細かい犬毛にまみれてくしゃみをしながら現れた。そんな哀れな死神ちゃんに、青年が笑顔でちり紙を差し出した。
「死神ちゃんさん、チッス! 大丈夫っスか?」
「おー……、パンク、悪いな。ありがとう」
死神ちゃんは毒々しい装備で身を固めたパンクでロックな青年から鼻紙を受け取ると、勢いよくチンと鼻をかんだ。その合間に、青年は死神ちゃんにびっしりとついた犬毛を払ってやった。すると、巨犬の飼い主である〈天使と人間のハーフ〉の女性も駆けつけてきて、謝罪の言葉を述べながら必死に犬毛を払い始めた。死神ちゃんはくしゃみをし、咳き込みながら「大丈夫」と返してやった。
この二人はロックなものが大好きな凄腕錬金術師の青年〈パンク野郎〉と、いわゆる〈なりきりプレイ〉という冒険の楽しみ方で中二病っぽいダンジョンライフを送っているセレスチャルの〈堕天使〉だ。彼らは〈ブラックナイトメア〉という名の冒険者同盟を結成しており、二人の他にも、熟練ながらイタイ言動のせいで長いことぼっちだった〈中二病〉の忍者などがメンバーにいる。
中二病は彼ら以外の冒険者ともパーティーを組んでいるため、普段は彼らとは探索活動をあまり行ってはいない。この三人が揃って一緒のときは、大抵がパンクの錬金素材収集に付き合ってという感じだった。
死神ちゃんはなおもくしゃみを連発していた。パンクは死神ちゃんの背中を撫でてやりながら、心配そうに肩を落とした。
「死神ちゃんさん、もしかして犬アレルギーっスか?」
「いや、そういうわけじゃあないんだが……」
「あの子、ああ見えてとても毛が細いから。きっと吸ってしまったのね。いつもながら、本当にごめんなさいね」
「そう言えば、今日はお前ら二人だけなのか? 中二病は一緒じゃあないのかよ?」
グジグジと鼻を鳴らしながら、死神ちゃんはちり紙で鼻を拭いつつ首を傾げた。すると、どこからともなく現れた中二病が死神ちゃんの隣で腕を組んだ。
「我を呼び起こしたのは誰だ」
「あ、チュウニンジャさん、お疲れっス」
「闇の炎より生み出されし我の力を得んとする者は――」
「我が昏き世界の民草よ、守備は」
中二病は暗い瞳をギラつかせながら、よく分からない言葉を捲し立てた。堕天使がそれを遮って質問すると、中二病は心なしか寂しそうな雰囲気を醸しながら報告をし始めた。
死神ちゃんは目を瞬かせると、本日もまた錬金素材を探しにでも来たのかと尋ねた。すると、パンクが嬉しそうにニコニコと笑いながら「違うっス」と首を横に振った。そして彼はポーチからあるものを取り出すと、死神ちゃんに見せてくれた。それは、灰色にくすんだ銀貨だった。
「何だこれは。何かのキーアイテムか?」
「その通りっス。これを使わないと入れないところがあるんスけど、そこではロックでパンクでマジパネェ装備を手に入れることができるそうなんスよ」
何でもその銀貨は、五階の砂漠地域にある〈小さなピラミッド〉のような〈ダンジョン内に存在するミニダンジョン〉への入場許可証のようなものらしい。本日、堕天使は禍々しいデザインのアイマスクを身に着けていたのだが、そのマスクも実はそのミニダンジョンから産出されるものだという。
このマスクは見た目こそ呪わしげではあるが、特に呪われているということもなく安全に装備が可能なのだそうだ。堕天使はオークションに出品されていたこのマスクをひと目見て気に入り、何とか手に入れることに成功した。それからずっと、他にもこのような素敵なヴィジュアル系装備があるのならば手に入れたいと思い、産出場所について調べたそうだ。
「堕天使からその話を聞いたとき、我らの血肉は歓喜に満たされ踊り狂った。そして先ほど報告した通り、それらしい入り口を発見した。入り口というよりも、人だ。アレは我らと同じ、闇の眷属に違いない。しかしながら、かの同胞は我に言ったのだ。『灰色の銀貨を持ちて、五人の仲間とともに来られたし』と」
「五人!? じゃあ、あと二人足りないじゃあないっスか。どうしましょう、出直しましょうかね」
パンクは驚嘆して声をひっくり返すと、困り果てたと言いたげに顔をしかめた。すると、堕天使がニヤリと笑って「大丈夫」と言った。一同が不思議そうに首を傾げると、彼女は一人一人を指差しながら数を数え始めた。彼女はあろうことか、四と五にケルベロスのココアちゃんと死神ちゃんを指し示した。思わず、死神ちゃんは苦い顔を浮かべた。
「ちょっと待て。ココアちゃんはともかく、俺を頭数に入れるなよ」
「しかしながら、我が番犬も死神であるあなたも、闇からの使者であることには変わりないわ」
「なんだか、イケる気がしてきたっス!」
パンクが目を輝かせて堕天使に同調すると、中二病が「では参ろうか」とうなずいた。死神ちゃんは嫌そうに顔を歪めたが、親猫が子猫の首根っこを咥えて運ぶのよろしく、ココアちゃんにワンピースの襟元を咥えられた。抵抗することもできず、死神ちゃんはそのままココアちゃんに運ばれていった。
中二病の案内で、一行は怪しい男の前へとやって来た。ローブ姿の男はフードを目深に被り、青白い顔をちらりと覗かせていた。彼はパンクから銀貨を受け取ると、重々しい口調で彼らに告げた。
「人の痛みを知れ。自然の痛みを知れ。そのために、まずは生まれたままの姿となるが良い」
中二病は大きくうなずくと、頭巾以外の全てを脱いだ。ローブの男は頬を引きつらせると、遠慮がちにポソリと言った。
「いや、下着は着てて良いんだが。そして、頭巾はとって欲しいのだが」
仲間たちのほうを向いて「早く脱げ」と急かしていてた中二病は、その言葉を聞いて勢いよく男のほうを振り返った。股間のものをビタンと言わせながら、彼は何故か誇らしげに胸を張った。
「何か問題でも?」
ローブの男はこれ以上彼と関わり合いになりたくないとでも思ったのだろう、必死に首を横に振った。その間に、パンクと堕天使は渋々ながら装備を解いた。こう見えて純情派な堕天使は、小さな声で「下着姿なんて水着姿と変わらないし」と自分に言い聞かせるように繰り返していた。
堕天使は自身の支度が整うと、今度はココアちゃんの首元に手をかけた。ココアちゃんはお気に入りの首輪を取られるのを嫌がり、大きくなったり小さくなったりして抵抗していた。堕天使は「あとでちゃんと返すから」と必死にココアちゃんを宥めすかした。その様子をぼんやりと死神ちゃんが眺めていると、パンクと中二病に「どうして脱がないのか」と尋ねられた。死神ちゃんは顔をしかめると、彼らに向かって言った。
「いやだって、俺、このダンジョンの罠だぜ? だから、俺にはその試練の制限は関係ないだろう」
「何を言う。お前も我らとともに痛みを知るのだ」
「嫌だよ。必要ないだろ」
「いいから、脱ぐのだ!」
死神ちゃんは眼前に小汚いものを寄せられてギャアと叫んだ。慌てて後ろに飛び退いて逃げたが、小汚いものは追いかけてきた。結局、死神ちゃんは無理やりパンツ一丁にさせられた。スンスンと泣く死神ちゃんを小脇に抱えながら、中二病は「さあ、支度が整ったな」と得意気に胸を張った。
ローブ姿の男はうなずくと、銀貨をピンと指で弾き飛ばした。
「沈黙の中で痛みを知れ」
ローブの男の声は、まるで頭の中に直接語りかけてくるかのように、ブラックナイトメアたちの脳内に響いた。脳みそを揺さぶられるような感覚にグラグラとしている中で、彼らは銀貨が地面に当たる音を聞いた。そして一瞬意識が途切れ、ハッと覚醒したときには、彼らはすでにミニダンジョンの中にいた。
彼らは驚きの声を上げようとしたが、何故か声を出すことができなかった。どうやら、このダンジョンは沈黙の魔法がかかっているらしい。
「ダンジョン内に入ったはいいが、帰るときはどうするんだ? クリアしないと帰れないのか? 死んだ場合はどうなんだよ?」
死神ちゃんが悪態をつくと、ブラックナイトメアの一行はギョッと目を剥いた。死神ちゃんは不服そうに鼻を鳴らして言った。
「いやだから、俺、ダンジョンの罠だから。俺にはダンジョン内のアレコレは効かないんだよ。ていうか、俺だって暇じゃあないんだよ。お前ら、とっとと用事を済ませるか、さっくり死んでくれないかな」
中二病と堕天使は苦悶の表情を浮かべると、何やらジェスチャーで会話をし始めた。どうやら、この先どう行動しようかという相談をしているらしい。ジェスチャーは熱を帯び、ズキュウウウンやバアアアアンなどの効果音が聞こえてきそうなポージングへと姿を変えた。その様子を、パンクは腹を抱えて笑いながら見ていた。死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせると、彼らに向かって声をひっくり返した。
「お前ら、それできちんと会話できてるわけ!? 筆談しろよ、そのほうが早いだろ!」
堕天使は〈その手があった〉と言いたげな、バツが悪そうな顔を浮かべた。対して、中二病は〈どうしてだ。あり得ない〉と抗議したそうに死神ちゃんを睨みつけてきた。死神ちゃんはぐったりと肩を落とすと「もうやだ、早く帰りたい」とこぼした。
**********
死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、ケイティーの腹筋にしがみついた。そして腹直筋に顔を埋め、腹斜筋を撫で回しながらグズグズと泣いた。
あの後、死神ちゃんは理解の追いつかない中二ポージング会話と、小汚いブルンとしたものを何度も見せつけられた。想い人がしょっちゅう間近にやってくる死神ちゃんを羨んだ堕天使の肉まんに、何度も埋められた。そして何か危機が訪れるたびに中二病に助けられてときめく乙女な堕天使と、その様子を見てケラケラと笑うパンクに挟まれて気まずい思いを何度もした。もちろん、その合間に何度もココアちゃんにのしかかられたり食べられたりもした。
結局彼らはミニダンジョンをクリアすることも、目当ての物を手に入れることもできずに死亡してミニダンジョン外へと追い出された。霊界をひた走る彼らは「楽しかった。また挑戦しよう」と盛り上がっていたが、死神ちゃんは彼らに振り回されて、ただひたすら疲れた。むしろ、精神的にいろいろと痛みを抱えたのだった。
「それにしても、お前が来てから廃れたものが再び脚光を浴びることが多いね。今回のミニダンジョンなんて、ダンジョン創設時にちょっと流行ってすぐ廃れたものだってのに。――ねえ、聞いてる?」
ケイティーが頭を撫でると、死神ちゃんは今にも泣きそうな顔を上げてポソリと言った。
「大殿二頭筋は?」
「大殿二頭筋は今、ダンジョンに出てていないだろう。私の腹斜筋で我慢しな」
ケイティーが顔をしかめると、死神ちゃんはじわりと涙を浮かべて声を震わせた。
「いやだ! 大殿二頭筋!」
「我がまま言わないの」
「いやだああああああッ! 大殿二頭筋ーッ!」
ギャン泣きし始めた死神ちゃんを抱き上げると、ケイティーは必死にあやしながら「別のにしな」と窘めた。すると、死神ちゃんは嗚咽を堪えながら「じゃあ、上腕二頭筋」とこぼした。
「はあ!? 誰だよ、それ!」
「上腕二頭筋~ッ! 上腕二頭筋~ッ!!」
死神課の仲間たちは、死神ちゃんをぼんやりと眺めながら「ブラックナイトメアのヤツらに引けを取らぬほど理解不能なことを言うよな、この幼女は」と心中で呟いた。
「で、赤ちゃん毛布代わりの筋肉さんで〈上腕二頭筋〉って、誰」
同僚たちが苦い顔でいると、住職が「あ、それ、俺だ」と言って慌てて立ち上がった。住職の腕に嬉しそうにぶら下がる死神ちゃんを呆然と見つめながら、一同はヘッと鼻を鳴らしたのだった。
――――門外漢からしたら、中二台詞も筋肉の部位名も、魔法の言葉のように聞こえる。中二ポージングも筋肉ポージングも、怪しげな儀式に見える。もしかしたら、似ているもの同士なのかもしれないのDEATH……?
「駄目よ、ココアちゃん! クッションじゃあないんだから、抱え込まないの!」
死神ちゃんはその一言で〈自分を覆い尽くしているものが一体何なのか〉を把握した。正攻法で脱出することを諦めると、死神ちゃんは物体透過でもふもふから抜け出ることにした。
死神ちゃんは、細かい犬毛にまみれてくしゃみをしながら現れた。そんな哀れな死神ちゃんに、青年が笑顔でちり紙を差し出した。
「死神ちゃんさん、チッス! 大丈夫っスか?」
「おー……、パンク、悪いな。ありがとう」
死神ちゃんは毒々しい装備で身を固めたパンクでロックな青年から鼻紙を受け取ると、勢いよくチンと鼻をかんだ。その合間に、青年は死神ちゃんにびっしりとついた犬毛を払ってやった。すると、巨犬の飼い主である〈天使と人間のハーフ〉の女性も駆けつけてきて、謝罪の言葉を述べながら必死に犬毛を払い始めた。死神ちゃんはくしゃみをし、咳き込みながら「大丈夫」と返してやった。
この二人はロックなものが大好きな凄腕錬金術師の青年〈パンク野郎〉と、いわゆる〈なりきりプレイ〉という冒険の楽しみ方で中二病っぽいダンジョンライフを送っているセレスチャルの〈堕天使〉だ。彼らは〈ブラックナイトメア〉という名の冒険者同盟を結成しており、二人の他にも、熟練ながらイタイ言動のせいで長いことぼっちだった〈中二病〉の忍者などがメンバーにいる。
中二病は彼ら以外の冒険者ともパーティーを組んでいるため、普段は彼らとは探索活動をあまり行ってはいない。この三人が揃って一緒のときは、大抵がパンクの錬金素材収集に付き合ってという感じだった。
死神ちゃんはなおもくしゃみを連発していた。パンクは死神ちゃんの背中を撫でてやりながら、心配そうに肩を落とした。
「死神ちゃんさん、もしかして犬アレルギーっスか?」
「いや、そういうわけじゃあないんだが……」
「あの子、ああ見えてとても毛が細いから。きっと吸ってしまったのね。いつもながら、本当にごめんなさいね」
「そう言えば、今日はお前ら二人だけなのか? 中二病は一緒じゃあないのかよ?」
グジグジと鼻を鳴らしながら、死神ちゃんはちり紙で鼻を拭いつつ首を傾げた。すると、どこからともなく現れた中二病が死神ちゃんの隣で腕を組んだ。
「我を呼び起こしたのは誰だ」
「あ、チュウニンジャさん、お疲れっス」
「闇の炎より生み出されし我の力を得んとする者は――」
「我が昏き世界の民草よ、守備は」
中二病は暗い瞳をギラつかせながら、よく分からない言葉を捲し立てた。堕天使がそれを遮って質問すると、中二病は心なしか寂しそうな雰囲気を醸しながら報告をし始めた。
死神ちゃんは目を瞬かせると、本日もまた錬金素材を探しにでも来たのかと尋ねた。すると、パンクが嬉しそうにニコニコと笑いながら「違うっス」と首を横に振った。そして彼はポーチからあるものを取り出すと、死神ちゃんに見せてくれた。それは、灰色にくすんだ銀貨だった。
「何だこれは。何かのキーアイテムか?」
「その通りっス。これを使わないと入れないところがあるんスけど、そこではロックでパンクでマジパネェ装備を手に入れることができるそうなんスよ」
何でもその銀貨は、五階の砂漠地域にある〈小さなピラミッド〉のような〈ダンジョン内に存在するミニダンジョン〉への入場許可証のようなものらしい。本日、堕天使は禍々しいデザインのアイマスクを身に着けていたのだが、そのマスクも実はそのミニダンジョンから産出されるものだという。
このマスクは見た目こそ呪わしげではあるが、特に呪われているということもなく安全に装備が可能なのだそうだ。堕天使はオークションに出品されていたこのマスクをひと目見て気に入り、何とか手に入れることに成功した。それからずっと、他にもこのような素敵なヴィジュアル系装備があるのならば手に入れたいと思い、産出場所について調べたそうだ。
「堕天使からその話を聞いたとき、我らの血肉は歓喜に満たされ踊り狂った。そして先ほど報告した通り、それらしい入り口を発見した。入り口というよりも、人だ。アレは我らと同じ、闇の眷属に違いない。しかしながら、かの同胞は我に言ったのだ。『灰色の銀貨を持ちて、五人の仲間とともに来られたし』と」
「五人!? じゃあ、あと二人足りないじゃあないっスか。どうしましょう、出直しましょうかね」
パンクは驚嘆して声をひっくり返すと、困り果てたと言いたげに顔をしかめた。すると、堕天使がニヤリと笑って「大丈夫」と言った。一同が不思議そうに首を傾げると、彼女は一人一人を指差しながら数を数え始めた。彼女はあろうことか、四と五にケルベロスのココアちゃんと死神ちゃんを指し示した。思わず、死神ちゃんは苦い顔を浮かべた。
「ちょっと待て。ココアちゃんはともかく、俺を頭数に入れるなよ」
「しかしながら、我が番犬も死神であるあなたも、闇からの使者であることには変わりないわ」
「なんだか、イケる気がしてきたっス!」
パンクが目を輝かせて堕天使に同調すると、中二病が「では参ろうか」とうなずいた。死神ちゃんは嫌そうに顔を歪めたが、親猫が子猫の首根っこを咥えて運ぶのよろしく、ココアちゃんにワンピースの襟元を咥えられた。抵抗することもできず、死神ちゃんはそのままココアちゃんに運ばれていった。
中二病の案内で、一行は怪しい男の前へとやって来た。ローブ姿の男はフードを目深に被り、青白い顔をちらりと覗かせていた。彼はパンクから銀貨を受け取ると、重々しい口調で彼らに告げた。
「人の痛みを知れ。自然の痛みを知れ。そのために、まずは生まれたままの姿となるが良い」
中二病は大きくうなずくと、頭巾以外の全てを脱いだ。ローブの男は頬を引きつらせると、遠慮がちにポソリと言った。
「いや、下着は着てて良いんだが。そして、頭巾はとって欲しいのだが」
仲間たちのほうを向いて「早く脱げ」と急かしていてた中二病は、その言葉を聞いて勢いよく男のほうを振り返った。股間のものをビタンと言わせながら、彼は何故か誇らしげに胸を張った。
「何か問題でも?」
ローブの男はこれ以上彼と関わり合いになりたくないとでも思ったのだろう、必死に首を横に振った。その間に、パンクと堕天使は渋々ながら装備を解いた。こう見えて純情派な堕天使は、小さな声で「下着姿なんて水着姿と変わらないし」と自分に言い聞かせるように繰り返していた。
堕天使は自身の支度が整うと、今度はココアちゃんの首元に手をかけた。ココアちゃんはお気に入りの首輪を取られるのを嫌がり、大きくなったり小さくなったりして抵抗していた。堕天使は「あとでちゃんと返すから」と必死にココアちゃんを宥めすかした。その様子をぼんやりと死神ちゃんが眺めていると、パンクと中二病に「どうして脱がないのか」と尋ねられた。死神ちゃんは顔をしかめると、彼らに向かって言った。
「いやだって、俺、このダンジョンの罠だぜ? だから、俺にはその試練の制限は関係ないだろう」
「何を言う。お前も我らとともに痛みを知るのだ」
「嫌だよ。必要ないだろ」
「いいから、脱ぐのだ!」
死神ちゃんは眼前に小汚いものを寄せられてギャアと叫んだ。慌てて後ろに飛び退いて逃げたが、小汚いものは追いかけてきた。結局、死神ちゃんは無理やりパンツ一丁にさせられた。スンスンと泣く死神ちゃんを小脇に抱えながら、中二病は「さあ、支度が整ったな」と得意気に胸を張った。
ローブ姿の男はうなずくと、銀貨をピンと指で弾き飛ばした。
「沈黙の中で痛みを知れ」
ローブの男の声は、まるで頭の中に直接語りかけてくるかのように、ブラックナイトメアたちの脳内に響いた。脳みそを揺さぶられるような感覚にグラグラとしている中で、彼らは銀貨が地面に当たる音を聞いた。そして一瞬意識が途切れ、ハッと覚醒したときには、彼らはすでにミニダンジョンの中にいた。
彼らは驚きの声を上げようとしたが、何故か声を出すことができなかった。どうやら、このダンジョンは沈黙の魔法がかかっているらしい。
「ダンジョン内に入ったはいいが、帰るときはどうするんだ? クリアしないと帰れないのか? 死んだ場合はどうなんだよ?」
死神ちゃんが悪態をつくと、ブラックナイトメアの一行はギョッと目を剥いた。死神ちゃんは不服そうに鼻を鳴らして言った。
「いやだから、俺、ダンジョンの罠だから。俺にはダンジョン内のアレコレは効かないんだよ。ていうか、俺だって暇じゃあないんだよ。お前ら、とっとと用事を済ませるか、さっくり死んでくれないかな」
中二病と堕天使は苦悶の表情を浮かべると、何やらジェスチャーで会話をし始めた。どうやら、この先どう行動しようかという相談をしているらしい。ジェスチャーは熱を帯び、ズキュウウウンやバアアアアンなどの効果音が聞こえてきそうなポージングへと姿を変えた。その様子を、パンクは腹を抱えて笑いながら見ていた。死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせると、彼らに向かって声をひっくり返した。
「お前ら、それできちんと会話できてるわけ!? 筆談しろよ、そのほうが早いだろ!」
堕天使は〈その手があった〉と言いたげな、バツが悪そうな顔を浮かべた。対して、中二病は〈どうしてだ。あり得ない〉と抗議したそうに死神ちゃんを睨みつけてきた。死神ちゃんはぐったりと肩を落とすと「もうやだ、早く帰りたい」とこぼした。
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死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、ケイティーの腹筋にしがみついた。そして腹直筋に顔を埋め、腹斜筋を撫で回しながらグズグズと泣いた。
あの後、死神ちゃんは理解の追いつかない中二ポージング会話と、小汚いブルンとしたものを何度も見せつけられた。想い人がしょっちゅう間近にやってくる死神ちゃんを羨んだ堕天使の肉まんに、何度も埋められた。そして何か危機が訪れるたびに中二病に助けられてときめく乙女な堕天使と、その様子を見てケラケラと笑うパンクに挟まれて気まずい思いを何度もした。もちろん、その合間に何度もココアちゃんにのしかかられたり食べられたりもした。
結局彼らはミニダンジョンをクリアすることも、目当ての物を手に入れることもできずに死亡してミニダンジョン外へと追い出された。霊界をひた走る彼らは「楽しかった。また挑戦しよう」と盛り上がっていたが、死神ちゃんは彼らに振り回されて、ただひたすら疲れた。むしろ、精神的にいろいろと痛みを抱えたのだった。
「それにしても、お前が来てから廃れたものが再び脚光を浴びることが多いね。今回のミニダンジョンなんて、ダンジョン創設時にちょっと流行ってすぐ廃れたものだってのに。――ねえ、聞いてる?」
ケイティーが頭を撫でると、死神ちゃんは今にも泣きそうな顔を上げてポソリと言った。
「大殿二頭筋は?」
「大殿二頭筋は今、ダンジョンに出てていないだろう。私の腹斜筋で我慢しな」
ケイティーが顔をしかめると、死神ちゃんはじわりと涙を浮かべて声を震わせた。
「いやだ! 大殿二頭筋!」
「我がまま言わないの」
「いやだああああああッ! 大殿二頭筋ーッ!」
ギャン泣きし始めた死神ちゃんを抱き上げると、ケイティーは必死にあやしながら「別のにしな」と窘めた。すると、死神ちゃんは嗚咽を堪えながら「じゃあ、上腕二頭筋」とこぼした。
「はあ!? 誰だよ、それ!」
「上腕二頭筋~ッ! 上腕二頭筋~ッ!!」
死神課の仲間たちは、死神ちゃんをぼんやりと眺めながら「ブラックナイトメアのヤツらに引けを取らぬほど理解不能なことを言うよな、この幼女は」と心中で呟いた。
「で、赤ちゃん毛布代わりの筋肉さんで〈上腕二頭筋〉って、誰」
同僚たちが苦い顔でいると、住職が「あ、それ、俺だ」と言って慌てて立ち上がった。住職の腕に嬉しそうにぶら下がる死神ちゃんを呆然と見つめながら、一同はヘッと鼻を鳴らしたのだった。
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