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残像。
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もう、何度目だろうか。
この夢を見るのは。
僕は10畳程ある薄暗い部屋で一人遊びをしていた。閉め切った窓に掛かるブラインドはキイキイと揺れ、隙間から漏れる黄色掛かった太陽光がちらついては隠れる。壁に沿うように置かれた灰色の、幅15センチ程の細いロッカー。
僕の目の前には色とりどりの積み木と、英語の書かれたマットと小さなレゴブロックが幾つか転がっていて、僕は積み木を手に英語を読むともなく読んでいた。
やがて全ての音が止み、心地よかった部屋が肌寒くなった。英語を見つめてから何時間経ったのだろうと我に返り、部屋を見渡しても時計はない。
なぜ立ち上がることもせずここに座り込んでいるんだろう。そう思って目の前のロッカーを見上げた。
目が離せない。
ロッカーが、カタカタと揺れている。
揺れて、揺れて、その黒い線のような隙間から、人の指が生えて、内側から扉を掴むようにこちら側へ爪を立てた。
逃げなければと思うのに、体は動かない。竦む足に力を込めて、出口のドアへといざる。
ギギギ、と錆びた音が空間に響き、長い黒い髪と、浅黒い淀んだ肌の色と、濁った眼がこちらを見て、僕を追いかけてくる。僕は必死でドアの鍵を開け、光の中へ逃げる。
全力で走りながら後ろを振り返れば、もうそのバケモノの姿も、出て来たはずのドアも、何もかも無くなっていた。ただただ長く続く廊下と、チリチリ鳴きながら存在を主張する非常灯が見えるのみ。
バケモノの正体は紛れも無い、自身の母親だった。怖かった夢から覚め、慰めて欲しい一心で母親に伝える。
「おめでとう。バケモノの子供だね、アンタ。」
そう言って口元を歪めた母親の気持ちを、随分後になって理解した。
ロッカーに閉じ込めるのは随分と骨が折れた。夢の中のロッカーはやはり細すぎて、どう頑張ってもそのままでは入らない。関節を外し纏めて針金で括った。夢のように指だけ扉からはみ出させ、無理矢理扉を閉めた。隙間から液状化したコンクリートを流す。
はみ出す指が蠢いて、あの日からずっと僕を追い詰めるバケモノのように僕を責める。怖くて、呼吸が不安定になって、泣きながら金槌で指を叩くうちに、扉に空いた穴からコンクリートが漏れた。
週1回以上は夢を見て怯えていたあの頃の僕は、きっと母親をバケモノだと認識して逃げてしまったことに罪悪感を感じていたんだと思う。
産んだこと、育てたことが絶対だと思っていた、過ち故に。
ゆらゆらと揺らめきながら海の碧に消えていく灰色のロッカー。
怯えていた僕はもういない。大丈夫だ。これでもう、追いかけられることはない。
バケモノはもう、退治した。
ざざ、ざざ、波が打ち寄せる。
その音に混じって、
濡れた赤い爪が、
扉を引っ掻く嫌な音が、
聞こえた気がした。
この夢を見るのは。
僕は10畳程ある薄暗い部屋で一人遊びをしていた。閉め切った窓に掛かるブラインドはキイキイと揺れ、隙間から漏れる黄色掛かった太陽光がちらついては隠れる。壁に沿うように置かれた灰色の、幅15センチ程の細いロッカー。
僕の目の前には色とりどりの積み木と、英語の書かれたマットと小さなレゴブロックが幾つか転がっていて、僕は積み木を手に英語を読むともなく読んでいた。
やがて全ての音が止み、心地よかった部屋が肌寒くなった。英語を見つめてから何時間経ったのだろうと我に返り、部屋を見渡しても時計はない。
なぜ立ち上がることもせずここに座り込んでいるんだろう。そう思って目の前のロッカーを見上げた。
目が離せない。
ロッカーが、カタカタと揺れている。
揺れて、揺れて、その黒い線のような隙間から、人の指が生えて、内側から扉を掴むようにこちら側へ爪を立てた。
逃げなければと思うのに、体は動かない。竦む足に力を込めて、出口のドアへといざる。
ギギギ、と錆びた音が空間に響き、長い黒い髪と、浅黒い淀んだ肌の色と、濁った眼がこちらを見て、僕を追いかけてくる。僕は必死でドアの鍵を開け、光の中へ逃げる。
全力で走りながら後ろを振り返れば、もうそのバケモノの姿も、出て来たはずのドアも、何もかも無くなっていた。ただただ長く続く廊下と、チリチリ鳴きながら存在を主張する非常灯が見えるのみ。
バケモノの正体は紛れも無い、自身の母親だった。怖かった夢から覚め、慰めて欲しい一心で母親に伝える。
「おめでとう。バケモノの子供だね、アンタ。」
そう言って口元を歪めた母親の気持ちを、随分後になって理解した。
ロッカーに閉じ込めるのは随分と骨が折れた。夢の中のロッカーはやはり細すぎて、どう頑張ってもそのままでは入らない。関節を外し纏めて針金で括った。夢のように指だけ扉からはみ出させ、無理矢理扉を閉めた。隙間から液状化したコンクリートを流す。
はみ出す指が蠢いて、あの日からずっと僕を追い詰めるバケモノのように僕を責める。怖くて、呼吸が不安定になって、泣きながら金槌で指を叩くうちに、扉に空いた穴からコンクリートが漏れた。
週1回以上は夢を見て怯えていたあの頃の僕は、きっと母親をバケモノだと認識して逃げてしまったことに罪悪感を感じていたんだと思う。
産んだこと、育てたことが絶対だと思っていた、過ち故に。
ゆらゆらと揺らめきながら海の碧に消えていく灰色のロッカー。
怯えていた僕はもういない。大丈夫だ。これでもう、追いかけられることはない。
バケモノはもう、退治した。
ざざ、ざざ、波が打ち寄せる。
その音に混じって、
濡れた赤い爪が、
扉を引っ掻く嫌な音が、
聞こえた気がした。
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