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死の覚悟
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「もともと、還魂鍼を打つつもりで中国に修業に行ったんだ。こうなる運命だったのかもね」
「爺ちゃん、どうすればいいんだよ?」
「史門の好きにさせるしかなかろう」
「でも、還魂鍼を打ったら、父さん、死ぬんでしょう?」
「……」
「部屋を開けてくださーい」
星野さんの体は、固まったまま動かない。
父さんは星野さんの手からカギをもぎ取るように受け取って、病室のドアを開けた。
「伸。父さんの遺言だと思って、よーく聞きなさーい。死ぬのはイヤなことだけど、どうせやらなきゃならないイヤなことなら、明るく楽しくやりましょーう」
美織が顔を手で隠して泣きだした。
「美織ちゃん、泣かない、泣かない。愛しちゃってる人のために死ぬのは、男の幸せなんだよー。この人のためなら死ねるって人に出会えたなんて、いい人生だったわー。我ながら、リア充っぷりがスゴイ!」
「ねえ、爺ちゃん、本当に父さんは死んじゃうの? 何とかならないのかよっ!」
「……」
「伸、母さんを大切にしろよ。じゃあな」
父さんは病室に入り、ベッドの横に立った。
鍼を挟んで合掌し、小さな声でなにかをつぶやき始めた。
きっと、呪文だ。
ふだんの父さんの声とは違う低い声。人間の声じゃないみたいだ。
急に部屋の照明が消え、窓のむこうが薄暗くなった。
俺は照明のスイッチを振り返った。
「伸、動くな。場の気流を乱してはならん。いま、この場は冥界の霊域と重なった。ヘタに動くと、お前の命も危ないぞ」
爺ちゃんの言葉を聞いて、部屋の中のみんなは一歩も動けなくなった。
父さんの声がだんだん大きくなる。
母さんのベッドのほうから不思議な圧力を感じる。病室の狭い空間に、目には見えない変化が起きているみたいだ。
ヒューッと音がして、母さんの頭の上に、テニスボールくらいの黒い影が現れた。
ーー
窓が閉まっているのに、風を感じる。
黒い影に空気が吸い込まれている。
「爺ちゃん、あれは?」
「冥界の入り口じゃ。肉体を離れた魂は、あの穴に吸い込まれる。その前に引き戻せば弥生さんは生き返る」
空中の黒い影はだんだん大きくなる。
ブオォォーン
ブオォォーン
ブオォォーン
影のむこうから、不気味な音が聞こえて来た。
「冥界の招魂鼓じゃ。あれは人が死ぬ前触れ。冥界の鬼どもが魂が来るのを待っておる。大勢で弥生さんの魂を引き寄せようとしておるようじゃ」
「もし魂が冥界に引き込まれたらどうなるの?」
「その時は……」
「まさか母さんも?」
「今は、史門のちからを信じるのじゃ」
父さんは合掌した手の平に挟んでいた鍼を右手の指でつまんだ。
鍼がまぶしいくらいに青光りしている。
スゴイ念だ。
大きく開いていた冥界の入り口が、指先くらいの大きさに縮まった。
さっきまで聞こえていた招魂鼓の音が聞こえなくなった。父さんの念が冥界の入り口を押し戻したんだ。
父さんは母さんの顔の上に鍼を構えた。
チャリーン!
「爺ちゃん、どうすればいいんだよ?」
「史門の好きにさせるしかなかろう」
「でも、還魂鍼を打ったら、父さん、死ぬんでしょう?」
「……」
「部屋を開けてくださーい」
星野さんの体は、固まったまま動かない。
父さんは星野さんの手からカギをもぎ取るように受け取って、病室のドアを開けた。
「伸。父さんの遺言だと思って、よーく聞きなさーい。死ぬのはイヤなことだけど、どうせやらなきゃならないイヤなことなら、明るく楽しくやりましょーう」
美織が顔を手で隠して泣きだした。
「美織ちゃん、泣かない、泣かない。愛しちゃってる人のために死ぬのは、男の幸せなんだよー。この人のためなら死ねるって人に出会えたなんて、いい人生だったわー。我ながら、リア充っぷりがスゴイ!」
「ねえ、爺ちゃん、本当に父さんは死んじゃうの? 何とかならないのかよっ!」
「……」
「伸、母さんを大切にしろよ。じゃあな」
父さんは病室に入り、ベッドの横に立った。
鍼を挟んで合掌し、小さな声でなにかをつぶやき始めた。
きっと、呪文だ。
ふだんの父さんの声とは違う低い声。人間の声じゃないみたいだ。
急に部屋の照明が消え、窓のむこうが薄暗くなった。
俺は照明のスイッチを振り返った。
「伸、動くな。場の気流を乱してはならん。いま、この場は冥界の霊域と重なった。ヘタに動くと、お前の命も危ないぞ」
爺ちゃんの言葉を聞いて、部屋の中のみんなは一歩も動けなくなった。
父さんの声がだんだん大きくなる。
母さんのベッドのほうから不思議な圧力を感じる。病室の狭い空間に、目には見えない変化が起きているみたいだ。
ヒューッと音がして、母さんの頭の上に、テニスボールくらいの黒い影が現れた。
ーー
窓が閉まっているのに、風を感じる。
黒い影に空気が吸い込まれている。
「爺ちゃん、あれは?」
「冥界の入り口じゃ。肉体を離れた魂は、あの穴に吸い込まれる。その前に引き戻せば弥生さんは生き返る」
空中の黒い影はだんだん大きくなる。
ブオォォーン
ブオォォーン
ブオォォーン
影のむこうから、不気味な音が聞こえて来た。
「冥界の招魂鼓じゃ。あれは人が死ぬ前触れ。冥界の鬼どもが魂が来るのを待っておる。大勢で弥生さんの魂を引き寄せようとしておるようじゃ」
「もし魂が冥界に引き込まれたらどうなるの?」
「その時は……」
「まさか母さんも?」
「今は、史門のちからを信じるのじゃ」
父さんは合掌した手の平に挟んでいた鍼を右手の指でつまんだ。
鍼がまぶしいくらいに青光りしている。
スゴイ念だ。
大きく開いていた冥界の入り口が、指先くらいの大きさに縮まった。
さっきまで聞こえていた招魂鼓の音が聞こえなくなった。父さんの念が冥界の入り口を押し戻したんだ。
父さんは母さんの顔の上に鍼を構えた。
チャリーン!
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