屍穴を見るは、冥府の使者 殺しの技・羅刹の鍼

第一章 鍼術修行

見えていた死

　兄は門の向こうをのぞくようにして腰刀翁が連れている大きな狗を目で追った。

「あの狗が死ぬのか？」

「うん」

　兄はほほ笑んだ。

「まだ元気だ。そう簡単に死んだりしないさ」

「だって、白いところと黒いところがたくさんあるよ」

「何だって？」

「灰色のところはもうあんなに少なくなっている。
　あのくらいになると、あと三日でなくなるよ」

　兄は首をかしげた。

「お前はたまに白とか灰色とか言うけど、いったい何のことだ？」

「あの、丸いやつだよ」

　崔翔海は額の前に両手の指で輪を作った。

「お前はときどき変なことを言うな」

「兄さんには見えないの？」

「何が？」

「だから灰色の丸いものだよ」

　兄は再び首をかしげて去って行った。

　その三日後、腰刀翁が訪ねて来た。飼っていた狗が突然死んだというのだ。

「人でいう中風ちゅうぶだ。うつる病ではないから喰っても問題ない」

　それを耳にしたとき、崔翔海は兄のほうをちらりと見た。兄の表情には再び狗鍋を食べられると知った喜びが広がっていた。視線を感じたのか、兄がこちらを見た。

　目が合った。

　崔翔海は目で「だから言ったでしょう」と伝えたが、兄はただほほ笑むばかりだった。

　崔翔海が三日前に言ったことなど、もう忘れていたのだ。