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第一章 鍼術修行

呂鋼(りょこう)

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 そもそも余杭よこう一帯は、大小の水路や沼が散在する水の多い土地である。

 地面を掘れば水が湧いてきて沼ができてしまう。

 裏庭の沼もそうして作られた沼のひとつであろう。ただし祖先が作ったものであり、相当に古い。

 水はやや濁っており、水草や周囲に生えたあしが邪魔をして、水底まで見通すことはできない。小石を投げ入れて沈んでゆくところを見ると、かなりの水深があるとわかる。

 この沼で釣りをするようになったのは幼馴染の呂鋼りょこうの影響である。

 呂鋼は彩牌楼さいはいろうの長男である。

 長男とは言っても、実子ではないらしい。呂家には長らく子が生まれず、どこからかもらい受けたのが呂鋼なのだそうだ。

 しかし育て親は呂鋼を可愛がり、好きなものを好きなだけ食べさせて育てた。そのせいか、呂鋼は同い年の子供たちの中でも一番太っている。

 肉付きのよい顔は丸く、二重の大きな目に愛嬌がある。屈託のない笑顔は大人たちを和ませ、呂鋼はまるで福の気に包まれているかのようであった。

 ところが呂家の主に妾腹しょうふくの男子が生まれ、噂好きの連中の間では、ちょっとした話題となっていたらしい。

 両親と血のつながりがない呂鋼、実子である次男、次男を生んだ妾、実子のいない正妻。

 こうしたことが、来るべき波乱の予兆とみなされていたようだ。

 しかし、当の呂鋼にはそのような話を気に病む様子はなかった。

 呂鋼は崔翔海よりも数段ほがらかで快活であった。

 家庭の話をするときも、いつも楽しげであり、崔翔海からすれば、実の親子ではないにせよ、母と呼べる人がいる呂鋼がうらやましく思われたものである。
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