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第208話 元凶
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シィーリアが異世界へ帰っている頃。
──都内某所のオフィスビル。
~スージニア・ベラナルシア~
アタッシュケース片手に廊下を進む。監査機関の者達は忙しそうに駆け回っていた。当然か、最高責任者が来ているのだから。この1ヶ月あまり、気を抜く事もできていないだろうな。
数度すれ違うが誰にも擬態魔法に気付かれない。同じ魔族にすら気付かれないのだから、なぜ私がこの役目に選ばれたのか分かる。
しばらく廊下を歩き、扉の前へとやって来る。以前はどこかの企業の社長室であったであろう場所、護衛が座るカウンターで手続きを済ませ、さらに奥へ。両側にガラスが張られた廊下を進むと、広い空間に出る。そこでは私の「主人」がデスクに座り資料に目を通していた。
「イシャルナ様」
イシャルナ・アンダ・ファラベラム。魔王様の姉君にして監査機関最高責任者。白銀色の長い髪をした私と同じツノの無い魔族。彼女は書類から私に視線を移した。
「擬態を解いてはどうだスージニア」
「失礼しました」
発動していた擬態魔法を解除する。己の姿形を見た事のある者へと変える魔法を。
「相変わらず貴様の擬態は精度が高いな。誰も監査二課のキラルデアだと疑いもしなかったであろう?」
「はい。お褒め頂きありがとうございます」
彼女へ膝をつく。彼女は眉をひそめて私に「立て」と言った。
「やめろ。ここは我らの世界ではない。そのような作法はいらぬ」
「はい」
彼女のデスクへアタッシュケースを置き、鍵を開ける。その中には魔力渦巻く宝玉が収められていた。九条様が回収したイァク・ザァドの力の結晶が。
「ふむ」
イシャルナ様が宝玉を手に取りしげしげと見つめる。
「圧縮された魔力。原初の竜人どもが生まれてから数千年分の魔力が圧縮されている。本物だな」
確認を終えると彼女はそれ以上興味が無さそうに窓の外を見た。それを見て心配になって来る。彼女が九条様との約束を反故にしないかと……。
「我を疑うのか?」
心を読まれたかのような言葉にドキリとする。戸惑いを悟られないように平静を装った。
「心配せずとも良い。九条アラタとの約束は自ずと果たされるであろう。この宝玉を使えばな」
「あの……不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」
「良い。言ってみよ」
「どのように約束は果たされるのでしょうか? 我らの世界でも故人を蘇生する術など聞いた事がございません」
宝玉の膨大な魔力を使う禁呪でもあるのだろうか? そもそもなぜイシャルナ様は九条商会へ宝玉の回収依頼など出したのだろうか?
一度考えてしまうと疑問が溢れ出してしまう。
イシャルナ様はすぐに答えず、私の顔をジッと見つめる。沈黙と緊張が部屋を支配する。質問してはいけない事かもしれないと焦りが募り始めた頃、イシャルナ様は口を開いた。
「東京パンデモニウム。そこで約束は果たされる」
東京パンデモニウム……新宿迷宮と同じく最難関と位置付けられている未開のダンジョン。このタイミングでその名が出るとは思わなかった。
「そのダンジョンに何が?」
「東京パンデモニウムの正体……それは我らの世界で捨てられた伝説の古代遺跡『時の迷宮』だ」
「時の迷宮……」
そんな話を聞いた事がある。我らの世界で時を司る神が作ったという遺跡だ。確か、時の神がその迷宮を使って「時間」という理を定めたという伝説だった。
だが、それはただの御伽話だったはずだ。時の迷宮は魔族や神族……様々な種族が研究を続けたが、何も見つからなかったと、本には書かれていた。
「……今はただの朽ちた遺跡。しかし……時の力のある残滓がそこには残っている」
「残滓……ですか。しかし……」
「信じられぬか?」
イシャルナ様が私を見て口の端を歪める。
「九条が使う時壊魔法……あれは時の迷宮に残された時間魔法の記述を元に我らが先祖が生み出した魔法だ」
時壊魔法が……?
「それが証拠。それ故に真実であると我は掴んだ」
イシャルナ様はもう一度宝玉を見つめた。
「その時の力を呼び起こすには膨大な魔力が必要だ。この宝玉は……その鍵となる」
そういえば……この世界にダンジョンを転移させる前、時の迷宮に調査部隊が出入りしていると聞いた事がある。あれを指示したのはイシャルナ様だったのか。
「その時の力は理を歪めるだけではない。過去と未来……様々な可能性を示すのだ。その事象を利用すれば九条アラタも目的を達せよう」
それなら、九条様の今までの苦労が報われるかもしれない。やっと……。
胸が高鳴る。嬉しくてつい顔が綻んでしまう。イシャルナ様は、私の顔を見て目を伏せた。
「この世界の人間はマナの使用方法を分かっておらぬ。時の迷宮を起動する事にこの世界ほどあつらえた場所は無い」
イシャルナ様がこの世界への侵攻を進言したのはその為か。でも一体何のために……?
いや、よそう。下手に深入りして彼女の怒りを買ってもいけない。私は私の目的の事だけを考えよう。
「時に、シィーリアがルガトリウムへと転移したようだ」
「シィーリア様が?」
「こうなるとは予想していた。あの娘は賢しいからな。我が弟の元へと出向いたのであろう」
イシャルナ様は立ち上がると、窓へと歩み寄った。全面がガラス張りの窓からは東京の街を見渡せる。街を見ながらイシャルナ様は口を開いた。
「既に我の事に気付いているだろうな」
「よろしいのですか?」
「あの娘1人が騒いだ所で何も変わりはせぬ。監視を強化すれば済むことだろう」
監視か。
「貴様の方も引き続き頼むぞ。九条のスキルツリー実験の成果も期待している」
「分かりました」
私は、再び擬態魔法を発動してイシャルナ様の元を後にした。
◇◇◇
──東池袋公園。
待ち合わせの公園に行くと、九条様がベンチに座っていた。ダンジョン周辺地区の誰もいない公園でポツリと座る彼の姿に、妙な寂しさを覚えた。
彼の所まで歩いて行くと、彼はスマホから私へ視線を移した。
「終わったか?」
「終わった。やっぱりあの人に会うと緊張する」
「そうか。任せて悪かったな」
「それが私の仕事だから……」
九条様の隣に座る。彼は再びスマホを確認すると、横目で私を見た。
「で? 賢人を救う方法について何と言っていた?」
「……東京パンデモニウムの正体は時の迷宮。そこに行けば救えるって」
「ふぅん……ややこしいことさせるねぇ。じゃ、とりあえずダンジョンが解放されるまでは待ちってことか」
「ごめんなさい」
「なんでスーが謝るんだよ?」
「すぐに桜田賢人を救えなくて」
「10年以上待ったんだ。今更怒らねぇよ」
九条様が立ち上がる。
「帰るぞ。竹内じゃあそろそろ下のヤツらを抑えられないからな」
「みんな九条様が帰ってくるのを待ってたから」
「たくよぉ……魔王の姉君様は俺達に厄介な役回り押し付けやがって」
……九条商会は表向きは魔族に反抗する探索者組織。でもその実態は、イシャルナ様の依頼でスキルツリーの実験を行っている。反抗を呼びかければ人は集まりやすい。そして皆、九条様の時壊魔法があれば魔族に勝てると思っている。だから九条様を信奉し、無茶なことでもやってのける。
でも九条様は、桜田賢人を甦らせることにしか興味が無い。実験も、下の者の統率も、全て彼の目的の為。
私は……ツノが無いから組織から人だと思われている。擬態魔法は便利だけど、魔力を常に消費する。だから素顔のままでいられることはありがたい。九条様が私を人間として扱うから、みんなも私の事を疑わない。
魔族の証であるツノが無い……それが利点になるなんて。あの世界にいた頃じゃ考えられなかった。
「どうした?」
「なんでも無い」
道徳も、自由も、自分の身体すらも投げ出して友人を救おうとしている九条様……彼は目的の為に私を側に置いてくれている。桜田賢人を救い出したら、彼の側にずっといられるようになるかもしれない。
私は、私の居場所を守る為だったら、どんな事でもする。
──都内某所のオフィスビル。
~スージニア・ベラナルシア~
アタッシュケース片手に廊下を進む。監査機関の者達は忙しそうに駆け回っていた。当然か、最高責任者が来ているのだから。この1ヶ月あまり、気を抜く事もできていないだろうな。
数度すれ違うが誰にも擬態魔法に気付かれない。同じ魔族にすら気付かれないのだから、なぜ私がこの役目に選ばれたのか分かる。
しばらく廊下を歩き、扉の前へとやって来る。以前はどこかの企業の社長室であったであろう場所、護衛が座るカウンターで手続きを済ませ、さらに奥へ。両側にガラスが張られた廊下を進むと、広い空間に出る。そこでは私の「主人」がデスクに座り資料に目を通していた。
「イシャルナ様」
イシャルナ・アンダ・ファラベラム。魔王様の姉君にして監査機関最高責任者。白銀色の長い髪をした私と同じツノの無い魔族。彼女は書類から私に視線を移した。
「擬態を解いてはどうだスージニア」
「失礼しました」
発動していた擬態魔法を解除する。己の姿形を見た事のある者へと変える魔法を。
「相変わらず貴様の擬態は精度が高いな。誰も監査二課のキラルデアだと疑いもしなかったであろう?」
「はい。お褒め頂きありがとうございます」
彼女へ膝をつく。彼女は眉をひそめて私に「立て」と言った。
「やめろ。ここは我らの世界ではない。そのような作法はいらぬ」
「はい」
彼女のデスクへアタッシュケースを置き、鍵を開ける。その中には魔力渦巻く宝玉が収められていた。九条様が回収したイァク・ザァドの力の結晶が。
「ふむ」
イシャルナ様が宝玉を手に取りしげしげと見つめる。
「圧縮された魔力。原初の竜人どもが生まれてから数千年分の魔力が圧縮されている。本物だな」
確認を終えると彼女はそれ以上興味が無さそうに窓の外を見た。それを見て心配になって来る。彼女が九条様との約束を反故にしないかと……。
「我を疑うのか?」
心を読まれたかのような言葉にドキリとする。戸惑いを悟られないように平静を装った。
「心配せずとも良い。九条アラタとの約束は自ずと果たされるであろう。この宝玉を使えばな」
「あの……不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」
「良い。言ってみよ」
「どのように約束は果たされるのでしょうか? 我らの世界でも故人を蘇生する術など聞いた事がございません」
宝玉の膨大な魔力を使う禁呪でもあるのだろうか? そもそもなぜイシャルナ様は九条商会へ宝玉の回収依頼など出したのだろうか?
一度考えてしまうと疑問が溢れ出してしまう。
イシャルナ様はすぐに答えず、私の顔をジッと見つめる。沈黙と緊張が部屋を支配する。質問してはいけない事かもしれないと焦りが募り始めた頃、イシャルナ様は口を開いた。
「東京パンデモニウム。そこで約束は果たされる」
東京パンデモニウム……新宿迷宮と同じく最難関と位置付けられている未開のダンジョン。このタイミングでその名が出るとは思わなかった。
「そのダンジョンに何が?」
「東京パンデモニウムの正体……それは我らの世界で捨てられた伝説の古代遺跡『時の迷宮』だ」
「時の迷宮……」
そんな話を聞いた事がある。我らの世界で時を司る神が作ったという遺跡だ。確か、時の神がその迷宮を使って「時間」という理を定めたという伝説だった。
だが、それはただの御伽話だったはずだ。時の迷宮は魔族や神族……様々な種族が研究を続けたが、何も見つからなかったと、本には書かれていた。
「……今はただの朽ちた遺跡。しかし……時の力のある残滓がそこには残っている」
「残滓……ですか。しかし……」
「信じられぬか?」
イシャルナ様が私を見て口の端を歪める。
「九条が使う時壊魔法……あれは時の迷宮に残された時間魔法の記述を元に我らが先祖が生み出した魔法だ」
時壊魔法が……?
「それが証拠。それ故に真実であると我は掴んだ」
イシャルナ様はもう一度宝玉を見つめた。
「その時の力を呼び起こすには膨大な魔力が必要だ。この宝玉は……その鍵となる」
そういえば……この世界にダンジョンを転移させる前、時の迷宮に調査部隊が出入りしていると聞いた事がある。あれを指示したのはイシャルナ様だったのか。
「その時の力は理を歪めるだけではない。過去と未来……様々な可能性を示すのだ。その事象を利用すれば九条アラタも目的を達せよう」
それなら、九条様の今までの苦労が報われるかもしれない。やっと……。
胸が高鳴る。嬉しくてつい顔が綻んでしまう。イシャルナ様は、私の顔を見て目を伏せた。
「この世界の人間はマナの使用方法を分かっておらぬ。時の迷宮を起動する事にこの世界ほどあつらえた場所は無い」
イシャルナ様がこの世界への侵攻を進言したのはその為か。でも一体何のために……?
いや、よそう。下手に深入りして彼女の怒りを買ってもいけない。私は私の目的の事だけを考えよう。
「時に、シィーリアがルガトリウムへと転移したようだ」
「シィーリア様が?」
「こうなるとは予想していた。あの娘は賢しいからな。我が弟の元へと出向いたのであろう」
イシャルナ様は立ち上がると、窓へと歩み寄った。全面がガラス張りの窓からは東京の街を見渡せる。街を見ながらイシャルナ様は口を開いた。
「既に我の事に気付いているだろうな」
「よろしいのですか?」
「あの娘1人が騒いだ所で何も変わりはせぬ。監視を強化すれば済むことだろう」
監視か。
「貴様の方も引き続き頼むぞ。九条のスキルツリー実験の成果も期待している」
「分かりました」
私は、再び擬態魔法を発動してイシャルナ様の元を後にした。
◇◇◇
──東池袋公園。
待ち合わせの公園に行くと、九条様がベンチに座っていた。ダンジョン周辺地区の誰もいない公園でポツリと座る彼の姿に、妙な寂しさを覚えた。
彼の所まで歩いて行くと、彼はスマホから私へ視線を移した。
「終わったか?」
「終わった。やっぱりあの人に会うと緊張する」
「そうか。任せて悪かったな」
「それが私の仕事だから……」
九条様の隣に座る。彼は再びスマホを確認すると、横目で私を見た。
「で? 賢人を救う方法について何と言っていた?」
「……東京パンデモニウムの正体は時の迷宮。そこに行けば救えるって」
「ふぅん……ややこしいことさせるねぇ。じゃ、とりあえずダンジョンが解放されるまでは待ちってことか」
「ごめんなさい」
「なんでスーが謝るんだよ?」
「すぐに桜田賢人を救えなくて」
「10年以上待ったんだ。今更怒らねぇよ」
九条様が立ち上がる。
「帰るぞ。竹内じゃあそろそろ下のヤツらを抑えられないからな」
「みんな九条様が帰ってくるのを待ってたから」
「たくよぉ……魔王の姉君様は俺達に厄介な役回り押し付けやがって」
……九条商会は表向きは魔族に反抗する探索者組織。でもその実態は、イシャルナ様の依頼でスキルツリーの実験を行っている。反抗を呼びかければ人は集まりやすい。そして皆、九条様の時壊魔法があれば魔族に勝てると思っている。だから九条様を信奉し、無茶なことでもやってのける。
でも九条様は、桜田賢人を甦らせることにしか興味が無い。実験も、下の者の統率も、全て彼の目的の為。
私は……ツノが無いから組織から人だと思われている。擬態魔法は便利だけど、魔力を常に消費する。だから素顔のままでいられることはありがたい。九条様が私を人間として扱うから、みんなも私の事を疑わない。
魔族の証であるツノが無い……それが利点になるなんて。あの世界にいた頃じゃ考えられなかった。
「どうした?」
「なんでも無い」
道徳も、自由も、自分の身体すらも投げ出して友人を救おうとしている九条様……彼は目的の為に私を側に置いてくれている。桜田賢人を救い出したら、彼の側にずっといられるようになるかもしれない。
私は、私の居場所を守る為だったら、どんな事でもする。
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