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第245話 アイルの記憶
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~天王洲アイル~
ガチャリという音が聞こえて全力で走る。今日は待ちに待ったお父さんが帰って来る日だ。
「おとうさん、おかえりなさい!」
「カナ、ただいま!!」
お父さんは帰って来るなり私を持ち上げてクルクル回る。その顔を触ると無精髭がチクチクして痛かった。
「すごいダンジョン行って来たぜ~!!」
「ほんと? どんなだんじょんだった?」
「ドラゴンもいたし巨人もいたぞ~」
「すごい! もっとおしえて!」
お父さんは嬉しそうにダンジョンの話をしてくれた。聞いた事も無いような生き物に、仲間達との冒険の日々。それは私にとって絵本を読んで貰うみたいにドキドキする物語で、いつか自分もダンジョンに行ってみたいと思った。
「めちゃくちゃ良いアイテム手に入れたしな。カナが欲しいもんなんでも買ってやれるぞ!!」
「やったぁ!」
「もう、カナを甘やかさないでよ」
お母さんが苦笑しながら言う。お父さんは私をポンポン上に投げた後ギュッと抱きしめてくれた。
「いいじゃねぇか。会える時間の方が短いんだし。な~? カナ?」
「うん! こんどはいつまでいるの?」
今度はいつまでいるの?
お父さんと私の関係はいつもそうだった。お父さんはダンジョン探索者。ダンジョンからアイテムを回収して、それを商品として販売する仕事をしていた。その時の探索者はそうやってお金を稼いでいたらしい。
そう、お母さんから聞いていた。
聞いていた。
聞いていた。
聞いていたの。
私は知らない。お父さんが本当はどんな事をしていて、どんな風に生活していたのか、お父さんがどんな人なのかも分からない。うっすら残る記憶と、いつも私に向けてくれた笑顔だけが私の中に残ってる。
私にあるのは、お父さんと公園で遊んだ記憶、お父さんがおもちゃを買ってくれた記憶、一緒にご飯を食べた記憶、抱きしめてくれた記憶、冒険の話をしてくれた記憶……それだけ。
お母さんとも昔は仲が良かったと思う。でも、あの日を境にお母さんは変わってしまった。
お母さんが電話をしていた、あの日から。
……。
私が5歳の時。いつものようにリビングで動画を見ていたら、お母さんの様子がいつもと違っていた。お母さんは誰かに電話をしていて、泣いたり声を荒げたり、すごく怖かったのを覚えてる。
──ねぇ、なんで電話無視するのよ? いつになったらあの人は帰って来るの?
──ふざけないで。今までこんなに長く帰って来なかった事ないじゃない。アンタなら何か知ってるんでしょ?
──はぁ!? 言えないって何!? どういう事よ!! アンタ賢人の親友でしょ!? なんとか言いなさいよ!!
お母さんの声はだんだん怖くなって、最後は電話に向かって叫んでた。電話を切った瞬間泣き崩れて、そこからしばらくは必死になってどこかへ電話をしていた。
お母さんは毎日どこかに電話をしていて、私を連れてツノがある人達のいる場所にも行った。今思えば、それはダンジョン管理局だったんだと思う。
でも、お父さんは帰って来ない。
「お父さんはいつ帰って来るの?」と聞くと、お母さんは泣いたり喚いたり怖い顔になるから聞けなくなった。
お母さんは管理局から死亡通知が来ないから生きてると言っていた。探索者が死んでしまうと管理局で分かるって。だから生きてる。でも、戻って来ない……そう言っていた。
私には分からない。お父さんがどうなったのか。お母さんには聞けなかった。時間が経つにつれてお母さんはお父さんの話をすると怒るようになった。そして私達は関東から京都へ引越した。
私は……お父さんが可哀想だと思った。帰る家がなかったら、私達がどこにいるかお父さんが分からないと思ったから。
中学生になった時、私はお父さんを探そうと思った。同じ探索者になればお父さんに会えるって、そう思ってた。確証は無かったけど、これしか無いと思った。
東京の探索者養成高校なら、学費は無償だと聞いた。探索者になってアイテムを売れば生活はできる。後は入学してから当面の生活費だけ。私はこっそりアルバイトして生活費を貯めた。
願書も全部自分で用意して、親の同意は……自分でなんとかした。それで合格。書類だけの審査で呆気なかった。
お母さんとは毎日喧嘩した。お母さんは私が探索者になるのを絶対許さないと言った。
……。
「待ちなさいカナ!! お母さんそんな事絶対許さないから!!」
「……だったらお父さんに会わせてよ」
「な、何を……?」
「お母さんは諦めたんでしょ? 私は諦めない。だから邪魔しないで」
そう言うと、お母さんは黙ってしまって……それ以上反対しなかった。私は飛び出すように家を出て、東京に来た。
部屋もすぐに見つかったし、私1人だけでも何も言われなかった。探索者養成高校に行くと言ったら、それだけで全部が上手くいった。
入学まで家で過ごす間、これからの事を考えた。ネットニュースで鯱女王の事は知っていたから、参考にしようと鯱女王のダンジョン配信を見ていた時、ふと思い付いた。
そうだ、せっかくならダンジョン配信者になろうって。
お父さんが同じ探索者になった私を見たら絶対気付いてくれるはずだって。
探索者名は、お父さんが昔言っていた「天王洲アイル」にしよう。東京には人の名前みたいな面白い名前の駅があると言っていたから。私の顔と「天王洲アイル」って名前を見たら、お父さんも気付いてくれる。その時の私は絶対上手くいくと思っていた。
なぜそうしたのかは……ただ、お父さんの顔を見たかったから。時間が経つにつれて忘れていくのが怖かったから。私が忘れてしまったら、お父さんの事は誰が待つの? そう思ったから。
──ただいま~! カナ!! すごいダンジョン見つけたぜ!!
あの日の声がまた聞きたい。忘れたくない。だから私を見つけて、お父さん。私、配信者になって有名になるから。
だから……。
◇◇◇
「カナ、そろそろ動くぞ。移動できる準備しておけよ」
九条の声で我に帰る。周囲を見渡すと、誰もいない建物にいた。
ダメだ、疲れのせいでぼんやりしていた。
状況を思い出す。私は九条に攫われて……今、東京パンデモニウムの中にいるんだった。歩き続けてこの廃城で小休憩を取っていたんだ。
廃城を出ると、女の人が待っていた。銀と言うよりプラチナのような色の髪を靡かせた女の人が。その人を、九条はイシャルナと呼んでいた。
イシャルナが時間魔法を使うことでお父さんが死んだ過去を無かったことにできると言っていた。
信じられないような話だけど……。
脳裏にお父さんの事を思い出す。ぼんやりして今にも消えそうな淡い記憶を。
これしかない。お父さんに会う方法はこれしかないんだ。
私は、2人と一緒に先へ進んだ。
ガチャリという音が聞こえて全力で走る。今日は待ちに待ったお父さんが帰って来る日だ。
「おとうさん、おかえりなさい!」
「カナ、ただいま!!」
お父さんは帰って来るなり私を持ち上げてクルクル回る。その顔を触ると無精髭がチクチクして痛かった。
「すごいダンジョン行って来たぜ~!!」
「ほんと? どんなだんじょんだった?」
「ドラゴンもいたし巨人もいたぞ~」
「すごい! もっとおしえて!」
お父さんは嬉しそうにダンジョンの話をしてくれた。聞いた事も無いような生き物に、仲間達との冒険の日々。それは私にとって絵本を読んで貰うみたいにドキドキする物語で、いつか自分もダンジョンに行ってみたいと思った。
「めちゃくちゃ良いアイテム手に入れたしな。カナが欲しいもんなんでも買ってやれるぞ!!」
「やったぁ!」
「もう、カナを甘やかさないでよ」
お母さんが苦笑しながら言う。お父さんは私をポンポン上に投げた後ギュッと抱きしめてくれた。
「いいじゃねぇか。会える時間の方が短いんだし。な~? カナ?」
「うん! こんどはいつまでいるの?」
今度はいつまでいるの?
お父さんと私の関係はいつもそうだった。お父さんはダンジョン探索者。ダンジョンからアイテムを回収して、それを商品として販売する仕事をしていた。その時の探索者はそうやってお金を稼いでいたらしい。
そう、お母さんから聞いていた。
聞いていた。
聞いていた。
聞いていたの。
私は知らない。お父さんが本当はどんな事をしていて、どんな風に生活していたのか、お父さんがどんな人なのかも分からない。うっすら残る記憶と、いつも私に向けてくれた笑顔だけが私の中に残ってる。
私にあるのは、お父さんと公園で遊んだ記憶、お父さんがおもちゃを買ってくれた記憶、一緒にご飯を食べた記憶、抱きしめてくれた記憶、冒険の話をしてくれた記憶……それだけ。
お母さんとも昔は仲が良かったと思う。でも、あの日を境にお母さんは変わってしまった。
お母さんが電話をしていた、あの日から。
……。
私が5歳の時。いつものようにリビングで動画を見ていたら、お母さんの様子がいつもと違っていた。お母さんは誰かに電話をしていて、泣いたり声を荒げたり、すごく怖かったのを覚えてる。
──ねぇ、なんで電話無視するのよ? いつになったらあの人は帰って来るの?
──ふざけないで。今までこんなに長く帰って来なかった事ないじゃない。アンタなら何か知ってるんでしょ?
──はぁ!? 言えないって何!? どういう事よ!! アンタ賢人の親友でしょ!? なんとか言いなさいよ!!
お母さんの声はだんだん怖くなって、最後は電話に向かって叫んでた。電話を切った瞬間泣き崩れて、そこからしばらくは必死になってどこかへ電話をしていた。
お母さんは毎日どこかに電話をしていて、私を連れてツノがある人達のいる場所にも行った。今思えば、それはダンジョン管理局だったんだと思う。
でも、お父さんは帰って来ない。
「お父さんはいつ帰って来るの?」と聞くと、お母さんは泣いたり喚いたり怖い顔になるから聞けなくなった。
お母さんは管理局から死亡通知が来ないから生きてると言っていた。探索者が死んでしまうと管理局で分かるって。だから生きてる。でも、戻って来ない……そう言っていた。
私には分からない。お父さんがどうなったのか。お母さんには聞けなかった。時間が経つにつれてお母さんはお父さんの話をすると怒るようになった。そして私達は関東から京都へ引越した。
私は……お父さんが可哀想だと思った。帰る家がなかったら、私達がどこにいるかお父さんが分からないと思ったから。
中学生になった時、私はお父さんを探そうと思った。同じ探索者になればお父さんに会えるって、そう思ってた。確証は無かったけど、これしか無いと思った。
東京の探索者養成高校なら、学費は無償だと聞いた。探索者になってアイテムを売れば生活はできる。後は入学してから当面の生活費だけ。私はこっそりアルバイトして生活費を貯めた。
願書も全部自分で用意して、親の同意は……自分でなんとかした。それで合格。書類だけの審査で呆気なかった。
お母さんとは毎日喧嘩した。お母さんは私が探索者になるのを絶対許さないと言った。
……。
「待ちなさいカナ!! お母さんそんな事絶対許さないから!!」
「……だったらお父さんに会わせてよ」
「な、何を……?」
「お母さんは諦めたんでしょ? 私は諦めない。だから邪魔しないで」
そう言うと、お母さんは黙ってしまって……それ以上反対しなかった。私は飛び出すように家を出て、東京に来た。
部屋もすぐに見つかったし、私1人だけでも何も言われなかった。探索者養成高校に行くと言ったら、それだけで全部が上手くいった。
入学まで家で過ごす間、これからの事を考えた。ネットニュースで鯱女王の事は知っていたから、参考にしようと鯱女王のダンジョン配信を見ていた時、ふと思い付いた。
そうだ、せっかくならダンジョン配信者になろうって。
お父さんが同じ探索者になった私を見たら絶対気付いてくれるはずだって。
探索者名は、お父さんが昔言っていた「天王洲アイル」にしよう。東京には人の名前みたいな面白い名前の駅があると言っていたから。私の顔と「天王洲アイル」って名前を見たら、お父さんも気付いてくれる。その時の私は絶対上手くいくと思っていた。
なぜそうしたのかは……ただ、お父さんの顔を見たかったから。時間が経つにつれて忘れていくのが怖かったから。私が忘れてしまったら、お父さんの事は誰が待つの? そう思ったから。
──ただいま~! カナ!! すごいダンジョン見つけたぜ!!
あの日の声がまた聞きたい。忘れたくない。だから私を見つけて、お父さん。私、配信者になって有名になるから。
だから……。
◇◇◇
「カナ、そろそろ動くぞ。移動できる準備しておけよ」
九条の声で我に帰る。周囲を見渡すと、誰もいない建物にいた。
ダメだ、疲れのせいでぼんやりしていた。
状況を思い出す。私は九条に攫われて……今、東京パンデモニウムの中にいるんだった。歩き続けてこの廃城で小休憩を取っていたんだ。
廃城を出ると、女の人が待っていた。銀と言うよりプラチナのような色の髪を靡かせた女の人が。その人を、九条はイシャルナと呼んでいた。
イシャルナが時間魔法を使うことでお父さんが死んだ過去を無かったことにできると言っていた。
信じられないような話だけど……。
脳裏にお父さんの事を思い出す。ぼんやりして今にも消えそうな淡い記憶を。
これしかない。お父さんに会う方法はこれしかないんだ。
私は、2人と一緒に先へ進んだ。
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