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第247話 あの日の誓い
しおりを挟む461さん達がアイルのいる時の迷宮最深部に到着する少し前。
~461さん~
狼が匂いを頼りにダンジョン内を進んでいく。ダンジョンには何者かによって倒されたモンスターの死骸が無数に倒れていた。
シィーリアが転がっているモンスターの死骸を調べる。
「体の部位が消滅している。次元魔法か……イシャルナ様じゃ。既に最深部に辿り着いておるかもしれぬ、急がねば……」
狼に跨るシィーリア。彼女は俺達の顔を見渡した後。深く息を吐いた。
「この先はどうなるか分からぬ。なので全員へ伝える。心して聞け」
「どうしたんですかシィーリアさん?」
タルパが不安げな顔をする。いつものシィーリアならここで「心配するな」と安心させてくれるが、今日の彼女は深刻な表情のままだった。
「お主達に伝えておこう。時間魔法について」
2体の狼が並走するように走り出す。シィーリアは、全員に聞こえるように声を発した。
「マナを吸い尽くすほどの時間跳躍は妾がなんとしても止めてみせる。だが……万が一、時間魔法が攻撃手段として発動された時。それに巻き込まれた際の対処法を伝えるのじゃ」
「対処法……」
スージニアのつぶやきにシィーリアがコクリと頷く。
「よいか? 時間魔法は発動者ではなく、時間魔法の光を浴びた者の願いにより飛ばされる先が変わる。飛ばされた先では、願いの中心があるはずじゃ。その中心を見つけ出せ。中心に触れた状態で戻りたいと願えば……再びこの時代に戻って来れる」
「願いの中心……か。よく分からないけどよ、俺達の記憶が改変されるなんてことないよな? そうなったら飛ばされた先で永遠に彷徨うことになるぞ」
「大丈夫じゃ。時間魔法の力で時間跳躍をした者は改変の影響を受けぬ」
「時間魔法ってのは随分便利なんだな」
「時間魔法は神の力……万能じゃ。ただし、その代償は……既に言ったじゃろ?」
マナってのを吸って使い果たしちまうってことか。全てのマナを吸い尽くすまでには至らなくても、攻撃手段として時間魔法が発動されると、この世界のマナ総量は減るってことか。
「しかも、スージニアの話だと過去に時空の歪みとかいうのが発生する……と。迷惑過ぎる力だな、ホント」
スージニアが唇を噛み締める。彼女は、目を伏せながら呟いた。
「九条様は、恐らく止まれなくなってる。私のせい……」
「……お前らが選んだ事だ。被害者ぶってんじゃねえ」
「分かってる」
「だがよ」
俺は、彼女から目を背けた。きっとその顔を見たら怒りの方が先に浮かんでしまうから。
「お前らがそう動くよう仕向けたのはイシャルナだ。それだけは間違い無いだろうな」
スージニアは、何も言わずに俯いた。
……。
通路を駆け抜け、生き残ったモンスターを仕留めながら狼達が進む。長い通路を駆け抜けていると、アイル達の姿が見えた。部屋の中央に漆黒の渦が出現しているのを見て、シィーリアは顔を青くした。
「亜空間の門!? マズイ……既に時間魔法を呼び出そうとしておるのか!?」
シィーリアが俺達を見る。
「妾とスージニアでイシャルナ様を止める。九条とアイルは任せたぞ、2人とも!」
「ああ、そっちこそ頼んだぜ。終わったら手伝うからよ」
「ぬかせ。……と言いたい所じゃが頼むかもしれんの!!」
シィーリア達の乗った狼が加速する。スージニアが右手をかざすと、さらに4体の狼が召喚された。
「イシャルナあああああああああああ!!!」
シィーリアの叫び。狼を蹴って飛んだ小さな少女は、4体の狼を引き連れてイシャルナの元へ飛び込んだ。
スージニアの乗っていた狼が一瞬動きを止める。彼女の視線の先には、九条が佇んでいた。スージニアを睨み付けながら。
「九条様……」
「裏切ったのか、俺を」
「違う……イシャルナ様は……」
スージニアが言った瞬間、彼女の目の前には九条がいた。ダガーを振り上げ、真っ直ぐにスージニアへと振り下ろす九条。主人の身に危険が及んだのを察したのか、狼が後ろに飛び退き、紙一重でダガーの斬撃を避けた。
攻撃を回避したもののスージニアは明らかに動揺していた。
「き、聞いて……イシャルナ様が時間魔法を使うとこの世界が滅びてしまう。私達は騙されてる」
「……俺はイシャルナから時間魔法の本質を聞いた。可能性さえ開けばそれでいい」
「でも九条様も消えちゃう!」
「そんな事はどうでもいい!! 別の未来が生まれるならそれでいいんだよ俺は!!」
九条の怒声にスージニアがその目を大きく見開く。九条はスージニアから目を背けて呟いた。
「イシャルナを殺りに来たんだろ? 行けよ……俺に向かって来たらこの手でお前を殺す」
「九条様……」
スージニアが泣きそうな顔でイシャルナの元へ駆け出す。何も言わずにスージニアを見送った九条。ヤツは、憎悪の籠った顔で俺を睨み付けた。
「お前がスーに余計な事吹き込んだのか?」
「命懸けで自分を守ろうとした女の言う事信じねぇのか? 目が曇ってるぜ? お前」
ダガーに手をかける。その時、俺達に電撃魔法が放たれた。驚いた狼が暴れ回る。手綱を引きながら視線を向けると、杖を構えたアイルがいた。
「邪魔、しないで……」
電撃を放った杖はバチバチと雷の名残を迸らせている。アイルの悲痛な表情……こんな顔は初めて見た。アイルは時間魔法の本質を知らない。混乱してるな、これは。
タルパが耳打ちして来る。
(私が九条を引き止めます。だから今はアイルさんを)
作戦では俺がこのまま九条との戦闘に突入するはずだった。タルパだけで相手をするのは危険すぎるが……。
(お願いします。アイルさんがあのままだと……461さんが本気で戦えないですから)
タルパは真剣な表情をしていた。そこに、以前のような自信の無さは存在しない。
……ここはタルパを信じるか。
「分かった。だが無理はするなよ。撹乱だけに集中しろ」
「はい! 撹乱だけなら私の得意分野ですから!」
狼から降りる。手綱をタルパへ渡すと、彼女は全身から魔力を発しながら魔法名を告げた。
「空想魔法」
瞬間、九条の周囲を埋め尽くすほどのサメクマが現れる。1つ1つはぬいぐるみサイズのそれだが、無数に蠢くサメクマに九条が舌打ちした。
「ちっ、鬱陶しい女だな」
「461さんの邪魔はさせません!!」
タルパを乗せた狼は、疾風のように走り去り、俺とアイルから離れていった。それに合わせるように無数のサメクマが九条へ襲いかかる。九条は、サメクマの群れから逃れるようにタルパの狼を追った。
……任せたぜ、タルパ。
俺はアイルへ向き直った。怯えたように杖を構える彼女へ、いつものように語りかけた。
「迎えに来たぜアイル」
「そんな事頼んでない!!!」
アイルは、捲し立てるように喚き散らした。
「やっとお父さんに会えるの!!! なんで邪魔するの!? どっか行ってよ!!!」
アイルは俺を拒絶するように火炎魔法を放った。しかし、その火球は俺の真横をすり抜けていく。彼女の震えが強くなる。涙でぐしゃぐしゃになった顔に胸が張り裂けそうになった。
「お前が本当にそう思うなら俺は帰るぜ。だけどよ、俺にはそうは見えねえ。お前にそんな顔をさせる方法が、お前のためになるとは思わない」
アイルが氷結魔法を放つ。だが、手の震えで狙いが外れ、あらぬ方向へ冷気が飛んでいく。
「無駄だったの!! 私がやって来たこと全部!!! この方法しかないの!!! 部外者のヨロイさんは口出さないで!!!」
彼女の元へ歩んでいく。何度も放たれる魔法。だけど、そのどれもが初級魔法だ。本当の拒絶じゃない。俺には分かる。ずっとアイルと一緒にいたから。2人でダンジョンへ挑み続けて来たから。
アイル……お前の中ではこれが親父さんに会う唯一の方法なんだよな? 例え正論で諭されたとしても、絶対納得できないだろ? だから、俺はそんな事は言わない。
「こ、来ないで!! 次は本当に当てるわよ!!」
「撃てばいいじゃねぇか。お前に殺されても俺は文句なんて言わねぇぜ?」
「う、撃つから……! 本当に……!」
「撃てよ」
彼女の杖を掴み胸部プレートに当てる。いくら初級魔法とはいえ、このまま魔法を撃たれたらただじゃすまない。だが、俺の覚悟を見せるにはこれしかないと思う。
アイル、俺はダンジョン攻略しかできない馬鹿だ。お前の父親を生き返らせてやる事も、お前の苦しみを無くしてやる事もできない。
ここでお前を諭そうとしても、きっと嘘で塗り固められた言葉しか出ないだろう。お前の心を無視した言葉しか出ないだろう。だけど、これだけは言える。
これだけは、俺の心からの言葉だと言える。
あの日、お前に誓った言葉だけは。
「探索者「461さん」の相棒は生涯ただ1人。「天王洲アイル」だけだ。例えどんな状況になっても俺は天王洲アイルを裏切らない。アイルが望む限り、俺は相棒であり続ける」
「な……に言ってるの……?」
「約束しただろ? だから俺は来た」
あの日、俺は渋谷で誓った。アイルと一緒に生きていくことを。それを伝える。俺は部外者じゃないと伝えたいから。
「私は……もう、そんな事望んでない……「天王洲アイル」も、もうやめるの……」
「嘘だな。お前はそんな事思ってねぇぜ」
「なんで……分かるのよ」
「泣いてるからだ。お前が苦しそうな顔をしてるからだ。俺には見えてる。お前の顔が」
ヘルムを外してアイルの顔を覗き込む。
「なぁアイル。俺はどんな顔してる? シィーリアに教えられたんだ。自分で自分の事は分からないってな」
泣き腫らした顔でアイルが俺のことを見つめる。きっとここまで来るのに必死だったはずだ。苦しかったはずだ。そんな彼女を、1人にさせてしまった事が辛い。側にいてやりたかった。
分からない。俺もこんな感情は初めてだ。リレイラさんに抱く感情とも、ジーク達へ抱く感情とも違う……アイルにだけ抱く感情なんだ。言葉にできないけど……それがここに来た理由なんだ。
「……ヨロイさん、苦しそうな顔してる」
平気に見えるように振る舞う。アイルが泣いているなら、俺は安心させてやりたい。俺は、無理矢理笑ってみせた。
「お前が泣いてるから、こんな顔になっちまうのかもしれねぇな」
アイルが俺に向けていた杖をダラリと下ろす。
「お父さんに会いたいよ……ヨロイさん……私、どうしたらいいの……?」
「俺にも分からない。だけど俺はさ、もしお前が過去を改変して、お前と出会えなくなるのは……寂しいぜ? 俺はお前といるから楽しい。天王洲アイルと出会って来たみんなもきっとそう思ってる」
「分かんない……私もう……分かんないよぉ……」
アイルが崩れ落ちる。きっと彼女の中はぐちゃぐちゃだろう。色んな事が一気に押し寄せて……俺の想いも押し付けちまった。それは、彼女自身が長い時間をかけて飲み込んでいくしかない。
俯いたアイルがジッとどこかを見つめる。その視線の先を追うと、その視線はクロウダガーへ注がれていた。
「……それ」
「ああ、アイルが選んでくれた武器だ。リレイラさんに聞いて装備して来た。お前を助ける時に、絶対使いたいと思ったからよ」
アイルが声を上げて泣き出す。床に手をついて泣く彼女。彼女はヨロヨロと起き上がると俺の手を掴んだ。
「まだ全然分からないけど……でも、私も……やだ……ヨロイさんともう会えないのは……」
「そうか」
涙で濡れた顔。今まで俺が見た事のない顔。それを見ていたら、何かが込み上げて来る。
アイルは親父さんに会いたいという純粋な想いでここまで来た。例え方法は間違っていたとしても、その想いは本物だ。俺が否定していいものじゃない。
「頑張ったな、アイル」
「え?」
「辛いのによくダンジョンの最深部まで来たな。頑張ったよ、お前は」
「……怒らないの?」
「お前が真剣にやった事を、俺が怒る訳ねぇだろ?」
「う、うぅぅぅ……」
アイルがまた声を上げて泣いた。彼女の頭にそっと手を乗せる。いつかアイルが頭を差し出して来たのを思い出して。
「……帰ろうぜ? ジークとも後でちゃんと話せ」
コクリと頷くアイル。その顔は泣き顔だったが……先程までの悲痛な顔から少しだけマシになっていた。
周囲を見る。ここなら九条やイシャルナ達との戦闘から離れている……安全か。
タルパと戦っている男へ目を向ける。ジーク達を傷付け、アイルを攫った男を。アイルにこんな顔をさせた男を。
九条。
テメェには借りを返させて貰うぜ。
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